麻倉怜士の大閻魔帳

第16回

忘れられない! QUALIAやJBL伝説の名機、麻倉怜士“平成のオーディオビジュアル”

新元号・令和が目前に迫る今だからこそ、平成のオーディオビジュアル30年を振り返る特別企画。後編に取り上げるのは、麻倉怜士氏が特に印象深く感じている、プロジェクター、テレビ、CDプレーヤー、スピーカーの4名機。

平成不況が業界に与えた影響は大きく、高い理想を掲げたプロジェクトの数々は、その多くが経済という現実の前に敗れ去った。それでも必死に積み重ねた開発は次世代文化の血となり肉となって、新時代の発想と発見を育むこととなる。あの時撒いた種は今確実に、芽吹いているのだ。

デジタル化への危機感が生んだ技術文化遺産、ソニー プロジェクター「QUALIA 004」

麻倉:次に取り上げるのは、平成のソニーが世界に誇る傑作プロジェクター「QUALIA 004」です。

「QUALIA 004」こと「Q004-R1」

「QUALIA」は人の心に訴える“モノづくり”を目指して、平成13(2001)年5月に当時の出井伸之社長が発足させたプロジェクトです。語源は脳が質感を感じる力を意味する、感覚質“クオリア”。ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員の茂木健一郎博士がメディアで発信したことで、世間的な認知度が高まりました。ブランドとしては平成15(2003)年にスタート。ハイクオリティ志向で技術オリエンテッドな高級製品を揃えるため、社内に設けた「クオリア認定委員会」が企画を審査し、認定を受けた製品に3桁のクオリアナンバーが与えられるというものでした。

QUALIAの発表会に登壇した出井伸之CEO(2003年当時)

その4番目に企画が通ったプロジェクターは、エポックメイキングという言葉が大袈裟でなく、プロジェクターの偉大なるマイルストーン、映像の歴史に残る技術文化遺産となりました。

QUALIA 004は1,920×1,080のフルHD解像度に対応した初の家庭用SXRDプロジェクターです。業務用DLPプロジェクターは720pパネル搭載機が主流だった当時において、圧倒的な解像感で業界に大きな衝撃を与えました。ですが見どころはそこに留まらず、ディテールまで見事に解像する細密描画力さることながら、色再現性にはとにかく驚嘆しました。

この頃の私は映像の評価要素を「表示/再現/表現」という三段階で見ていました。それで言うとQUALIA 004は像表現におけるボキャブラリーが実に豊富であり「表現力」が深い。コンテンツの映像文法に沿った再現力に加え、このプロジェクターは明らかにコンテンツ側の意図に寄与し、それと共同作業での深い表現をものにしています。そのため情緒系映像の再現性が抜群に良かったのが印象的です。

特に暗部の微妙な色の違いが実に上手く、しかも凄みを持って再現されていました。透過型液晶デバイスに見られた暗部のS/N問題も、反射型液晶(LCOS)のSXRDデバイスでは無縁で、映像に透徹した描写性を与える一因となっています。人肌を見てみれば、肌色に込められた意図的な情報の驚くべき深さに圧倒。映像の背景にある文脈的な情報がここまで的確に捉えられるプロジェクターは史上初ではないでしょうか。美味しく再現される白ピークも、映像の意味を語る重要な小道具になっています。

「QUALIA 004」に搭載されたSXRD

具体的な要素を言うと、画調としては若干コントラストが甘く僅かな黒浮きが見られるものの、LCOSデバイスの特長である階調で迫ってきます。しかも絵の品が良い。DLPデバイスは、あまり解像感が無くこってりとした色乗りのものが多かったのに対して、こちらは色が少々細身美人で彩度感がゴージャス、色数が驚くほど多く、しかも色のグラデーションが緻密でした。ここまでのスクリーン映像は覚えがない、そういうレベルです。

ナチュラルで素晴らしい色再現は「太陽光と同じ豊富な色スペクトルを持つ」というキセノンランプの絶大な効果によるもの。特に赤・橙・山吹色の描き分けが正確で、花を映すと微妙に色合いが違う花弁の数々が丁寧に描き分けられていました。当時も他社にキセノンランプ使用を謳う製品が無かったわけではない(それも業務用で、家庭向けではない)ですが、感動性においてこれまで観てきたものとは圧倒的に違います。「この映画って、そんな映像意味があったのか」「撮影監督はここまで凝っていたのか……」そんなコンテンツの深掘り、探求、新発見が得られました。

放熱フィンを備えたキセノンランプ
その一部が外から見えるデザインになっていた

――僕がオーディオビジュアルの世界に足を踏み入れたのはこの頃でした。当時地元の関西で、心斎橋から今のソニーストアがある梅田へ移動したQUALIA大阪へ突撃し、一番奥の視聴ブースでQUALIA 004を視聴させてもらいました。それまで視たことのない豊かな色彩の巨大な映像に、それまでの常識が音を立てて崩れていったことを、今でも鮮明に覚えています。

麻倉:注文付けるとするならば、黒のペデスタルレベルでの沈みがもっと欲しいという点くらいでしょう。色要素がたいへん素晴らしいだけに、そこがややアンバランスです。それにしても3板式からLCOSまで、この時で既に20数年以上にわたってあらゆるフロントプロジェクターを見続けてきた私でさえも「これほど色の情報量が多い固定画素型プロジェクターなど見たことがない」と感じたほど。私が感動するソニー製品は滅多にないが、これは本当に凄いと思いました。

これから2011年に登場した民生用初の4Kプロジェクターである「VPL-VW1000ES」まで、ソニーはプロジェクターにおけるイメージリーダーを張り続けました。以降のプロジェクターはプラスチック筐体が主流になり、存在感が薄れてゆくだけにQUALIA 004のモノとしての作り込みの凄さは圧倒的。デザインと質感・素材感も素晴らしいです。これは掛け値なしに「10年に1度の出来」と評して過言ではありません。

さて、このプロジェクターを語る時には、QUALIAというブランドが犯した失敗に触れないわけにはいきません。

'95年からソニーはIT化に舵を切り、水平分業への転換に動きます。水平分業は技術力を持たない企業でも市場参入にできる代わりに、他社との差別化が難しくなりコスト競争へ収束する。量産効果によるシェア伸長と引き換えに、製品の単価下落に陥るのです。行き着く先は市場に同じようなモノが溢れかえる、経済学用語で言うところの汎用品化・コモディティ化です。

そこでソニーは垂直統合的こだわり技術を打ち出して、デジタル時代でも差別化を図ります。その流れにおいて、行き過ぎたIT志向のアンチテーゼとして打ち出されたのがQUALIAでした。出井さんはIT時代におけるハイエンドAVに、かなり高い志で向き合っていた訳です。

ユニークな発想と最先端のモノ作りの精神をデジタルに生かしたハイエンド商品作りは「技術の揺籃」として絶対必要です。それがブランドの、ひいては企業そのものの価値を高めるのです。しかし同じ様なルーチンワークを繰り返す通常の仕事の延長では“明日の種”は作り難い。究極を目指す開発の中で飛躍的なテクノロジーも生まれ、ハイエンドとしての大胆な差別化につながる。それには時間と人員とお金のリソースが要求されます。

――逆に言うと、単なる高級部材の組み合わせでは、ハイエンドを名乗るに相応しい技術の飛躍はなかなか起きません。頂点へ向かうストイックさが“高級品”と“高価格品”の絶対的な差であり、ブランドの根拠のひとつとなる訳ですね。

麻倉:そうです。そうして出来上がった新技術が次世代のスタンダードとして採用され、普及する。技術であれ芸術であれ、人を感動させるモノは、上から降ろさない限りなかなか出てきません。QUALIAのビジネスは“シャワー効果”でソニー全体の技術水準を上げるという、非常に技術戦略的な面を担っていました。一方で現場から見ると、QUALIA 004はそれまで業績としてなかなか認められなかった高級プロジェクタ開発に、しっかりとした予算が充てられました。

この様な思想は素晴らしい。ただしQUALIAの実態は、製品の出来が玉石混交でした。これはたいへんな問題です。

デジタル時代は技術革新が非常に速く、次々と新製品が登場する。しかもそれは共通“規格”という枠の中で起こります。この様な状況の中で、QUALIAにはハイエンドで、モノの価値観があり、モノを愛でる対象という“企画”が要求されました。少なくとも五年程度は銘品としての魅力を放ち続ける事が必要。すぐに陳腐化するものはQUALIAブランドを冠する意味がないのです。

ところが「QUALIA 005」が与えられた液晶テレビは、三原色LEDバックライトという実験的な挑戦を仕掛けたものの、画質を見るとトータルでは翌年に発売されたBRAVIAの方が良かった。当時において液晶テレビはまだまだ発展途上の製品カテゴリーであり、そこでQUALIAブランドを展開してはいけなかったのです。

「QUALIA 005」。左から46V型の「KDX-46Q005」、40V型の「KDX-40Q005」

オーディオ製品はさらに問題でした。SACDシステム「QUALIA 007」は、トレイ部分の動作こそユニークだったものの、オーディオとしての本質である“圧倒的に人を感動させるという音作り”が欠けていました。小型デジカメ「QUALIA 016」は、不具合・製品回収問題を起こし、QUALIAブランドのイメージを大きく傷つけました。

SACDシステム「QUALIA 007」。デジタルアンプ内蔵のSACDプレーヤー「Q007-SCD」と、スピーカーシステム「Q007-SSS」で構成された

小型デジカメ「QUALIA 016」

こうした実製品の迷走に加え、悪化の一途を辿っていた経営状況がQUALIAブランドに追い打ちをかけます。結局は出井さんの退任をきっかけに、平成18(2006)年にブランドは終息しました。

――平成17(2005)年にCEOの座に就いたハワード・ストリンガー氏は、生き残りのため削ぎ落とす経営を選びましたが、これは当時のソニーに必要だったものだと思います。

麻倉:一方で、超解像技術をベースにしたクリエイションボックス「QUALIA 001」や、SXRDリアプロテレビ「QUALIA 006」、ブラウン管モニター「QUALIA 015」など、映像分野の製品には大傑作と言っていい製品が多いです。前述のLED液晶テレビは別にして、QUALIAの映像製品はデジタル技術を使いつつ、他社が絶対真似できないところをやっていました。

クリエイションボックス「QUALIA 001」
SXRDリアプロテレビ「QUALIA 006」
ブラウン管モニター「QUALIA 015」

QUALIAから生まれたSXRDは、その後フロントプロジェクターやリアプロなど普及製品に落とし込まれました。QUALIA 001の中枢である「DRC」は、鬼才・近藤哲二郎氏が創った高画質化回路であり、ソニーにおける画質の要として改良を重ねながら、現在もなおテレビやレコーダーなどに搭載され続けています。同類のデータベース型アップコンバートは、今やAI高画質化の世界標準的な手段。これも大きな成果でしょう。

その意味で004はQUALIAの理想を最も体現した製品です。ハイエンドからのシャワー効果という意義は、ビジュアル製品においてはとても大きかった。QUALIAの最高傑作であり、ブランド最大の意義でもあると言えます。

――今に続くソニーのプロジェクターは、絵も色もデザインもQUALIA 004が原点になっている事は確かですね。

麻倉:幸いなことにQUALIA的な因子がソニーの内部から消えることはありませんでした。当時で言えばAVアンプ「TA-DA9100ES」が、それに該当するでしょう。ハイエンドスピーカー「SS-AR1」は10年以上も生産され続けており、これは今でも新品を購入できます。

そして2012年に平井一夫さんがCEOに就任して以降、近年では高級ウォークマン「NW-WM1Z」に連なる「Signature Series」なども徐々に出てきだしました。厳しい冬の時代は長かったですが、ソニーは間違いなく復活の道を歩んでいます。

AVアンプ「TA-DA9100ES」A 001」
左から「NW-WM1A」、「NW-WM1Z」

世界恐慌に飲まれた悲運の「表現」テレビ パイオニア プラズマテレビ「KURO」

麻倉:次はテレビの話をしましょう。取り上げるのはパイオニアのディスプレイ部門が最期に放ったプラズマテレビの銘品「KURO」です。

パイオニア プラズマテレビ「KURO」

平成という時代を端的に言い表すならば“軽薄短小”。小型化・軽量化・お手軽化が尊ばれた時代にあって、真空管の一種ともいえるブラウン管は、画面後方が長いため設置に場所をとる“重厚長大”を体現したデバイスでした。'90年代後半には凸型に湾曲していた画面がフラット化しましたが、ハイビジョンの足音も大きくなってきた頃。ブラウン管開発は、映像の精細化に必須な電子ビームのフォーカスを絞るという技術が限界を迎えていました。

こうして市場は次世代テレビの覇権をめぐり、液晶・プラズマ・リアプロの各方式が三つ巴の戦いを繰り広げます。そのうち設置サイズが大きかったリアプロは縮小してゆき、ゼロ年代のテレビ市場は液晶とプラズマの一騎打ちになりました。しかし当時の液晶はあまりに酷い画質で、AV趣味的な視点では箸にも棒にもかからない。シャープがテレビデバイスとして開発に挑みましたが、バックライトが必要な液晶はコントラスト・視野角・動画応答速度という、いわゆる“液晶三悪”に長年苦しめられます。

そんな問題もあって、ディスプレイには自発光デバイスが求められていました。東芝・キヤノンはSED方式、ソニーはFED方式、三洋は有機EL(OLED)方式を、次世代デバイスとして次々に開発。中でも最初に製品として実り、テレビの薄型化に先鞭をつけたのが、パイオニアやパナソニック、NECなどが開発をしていたプラズマです。

ところが初期のプラズマテレビは黒浮きが激しく、画質としては決して褒められたものではありませんでした。というのもプラズマテレビは液晶の画素に相当するセルで、プラズマ放電による発光を1秒間に数十万回繰り返しています。これには“種火”に相当する予備放電が必要。ですが安定発光のための予備放電で消灯時に光が漏れ、黒浮きの原因になっていました。つまり小さな種火を効率的に焚く、というのがプラズマテレビの開発ポイントだったのです。

パイオニアはこの種火制御の研究開発を10年以上も続けていました。セルの中に“電子発生源”を設けて放電速度を向上することで、予備放電を抑えることに成功。その結果実ったのが、平成20(2008)年発売のKUROです。フルHD対応の60型モデル「PDP-6010HD」はコントラスト比20,000対1と、それまでにない圧倒的な黒を表現し、発売するや否や、当時AVマニアのハートを鷲掴みにしました。私の書斎にも、シャープの80型8K液晶テレビが入るまで、KUROの前身にあたるパイオニアの業務用プラズマディスプレイ「PDP-EX5000」が鎮座していました。

アドレス側に新材料の電子発生源を配置した新セル構造を採用。圧倒的な黒を表現した

――確かにKUROは他社のテレビとは次元が違う“黒さ”でした。電源を入れていない状態でもKUROの画面は圧倒的に黒かったのを覚えています。KUROより何年も後に出た製品と比べても。あれには本当に驚きました。

麻倉:それは画質向上の決め手となった「P.U.R.E. Black Panel」の効果でしょう。パイオニアのプラズマパネルは従来から発光効率が業界随一とされていましたが、この新世代パネルでは、プラズマ放電が発生する放電セルの真上に「高純度クリスタル層」という薄膜を置きました。プラズマから放出された紫外線を効率的に蛍光体へ当てる事が目的で、新型パネルは従来比で発光効率が22%も向上しています。

なぜパイオニアがここまで黒にこだわったのかと言うと、映像では黒の再現が全ての基礎になるからです。加色混合の原理で画を写すテレビ画像は黒の上に光の三原色を重ねることで、色と明るさの階調を描きます。そのため土台である黒がしっかりと締まっていなければ、映像はふぬけてしまう。当時のパイオニアでも「どんな素晴らしい絵でも、キャンバスがグレーがかっていては綺麗には見えない。テレビにとっての黒は、絵にとっての真っ白」と、黒の重要性を訴えていました。

ただし“高コントラスト比=高画質”とは限りません。コントラスト比とは画面で映し出せる最大限の真っ白を「1」レベルとして、その輝度値を黒の輝度値で割った数値のこと。つまり「最大限の真っ白は最大限の真っ黒の何倍の輝度差」という意味で、絶対的な黒レベルではなく、あくまでも「相対比」なのです。スペック測定時はもちろん絶対値で計っていますが、当時は一般的にその値は公表されませんでした。なので黒レベルは一定でも、白レベルを上げれば人為的にコントラスト比を上積みできたのです。実際、同じ値のコントラスト比を示していても「何でこんなに黒が浮くのか」と思うディスプレイもありました。

――HDRが普及してきた近年ではこの点が問題となり、画面の明るさを示すスペックとして、nit(ニット)が使われだしましたね。意味としては単位面積あたりの光度(光の強さ)で、SI単位系で示すと「cd/m2」です。

麻倉:HDRはメタデータで輝度を指定されますから、以前のような誤魔化しは通用しません。でもその点でパイオニアのKUROは大丈夫、“漆黒”という文学的な言葉を与えてもよいでしょう。

私の書斎にあったPDP-EX5000は、KURO以前に最高のコントラスト比をマークしていたディスプレイでした。KUROはそこから、コントラスト比を5倍も引き上げています。どのくらい黒が締まったかと言うと「レターボックス映像の黒帯が、画面の周りを囲うフレームの黒とほとんど同一」「スクリーンだけが浮かび上がるような感覚」と表現すればお分かりになるでしょうか。

黒の再現についてさらに言うと、絶対的に黒が沈んでいたとしても、それだけでは画質は決まらないことも指摘しなければいけません。画質には階調再現と色再現という要素も同様以上に重要で、特に黒の階調再現はきわめて大事です。黒の階調部が粗かったり、ノイズがあったりしては、どんなに黒が沈んでいても興ざめですし、その逆も然りなのです。

さらに黒は、影の表現も担います。パースと共に、影は立体感を演出する重要な要素なので、黒と階調の出ない絵からは立体感・精細感を感じません。だからこそ黒を丁寧に描くことが重要なのです。そうして与えられた新ブランドが、その名も「KURO」。いかにパイオニアが黒再現にこだわり、その成果に自信を持っていたかの査証です。

パイオニアは「我々だけが提供できる価値を盛り込み、審美眼のあるお客様にユニークな体験をお届けする製品」というこだわりでKUROシリーズを展開していきます。発表時にはハイエンドBlu-rayプレーヤー「BDP-LX80」や、AVアンプ「VSA-LX70」も同時発表し、KUROシリーズ向けシアターシステムを揃えることで、シアターシステムを前面に出したマーケティングを展開しました。

さらに発売前には、全国30カ所で体験イベントを敢行。実際に見てもらって購入を提案するという、イベント中心のオーディオ的販売戦略であり、スペックとプライスタグを天秤にかけるコストパフォーマンス競争からの脱却です。これはテレビのマーケティング的に見ても画期的なことでした。そもそもKUROという製品はその特性上、店頭の明るい環境で見せても真価を理解してもらうのが難しいのです。高級プロジェクターの様に適切な視聴環境を用意し、存在感と画質力を感じてもらう。これはKUROにふさわしいアピール手段でした。

KUROはテレビ業界に画質の作り込みを説くこととなりました。当時私は「表示」「表現」「創造」という3点をテレビ画質の要素に挙げて、コンテンツインテントの重要性を説いていたのですが、その先端を走っていたのがKUROです。これ以降、KUROは業界におけるマイルストーンとなり、画質における目標として君臨しました。結果としてはクオリティ競争を生みだし、業界へ好影響を与えたと言えるでしょう。

VIERAにしろ、BRAVIAにしろ、AQUOSにしろ、REGZAにしろ、日本のテレビは基本的に画質がブランドの拠り所であり、世界のテレビメーカーに対して決定的な差異化のポイントとなっています。とても素晴らしいことに、こと絵作りという伝統において、日本のテレビは世界の追随を許さない次元にあるのです。

――カタチやスペックは真似できても、感情的な絵作りはそう簡単に真似できない。それこそ世界中どこの家電売場に行っても、ソニーとパナソニックのテレビがブランド物として置いてあります。そういった感じで日本のテレビブランドは今でも世界で高い評価を受けていますが、これは文化と先人の努力の結晶なのだと、海外のテレビを見るたびに深く感じ入ります。それだけに、KUROブランドの終焉とともにパイオニアのディスプレイ事業まで幕を下ろしてしまった事は、残念でなりません。

麻倉:薄型テレビの初期における画質的な差別化と言うと、「フルHD対応か否か」という解像度の尺度でよく語られました。当時は液晶陣営にメーカーが多数参入して競争が激しくなり、価格はガンガン安くなりつつクオリティはどんどん向上していった時代。ただし一部にビクターなどの例外はあったものの、基本的に液晶はまだ「表示」のレベルでした。

主要モデルがフルHD化されると、モデル毎の差がユーザーにあまり認知されなくなっていきます。こうなった時の判断基準は「インチ幾らだから買う」というもの。こうしてユーザーの懐事情と共に、テレビの画質と音質は一気に貧しくなっていってしまいました。高品質な絵作りができるプラズマ陣営は、メーカー数が少なく、構造的にもなかなかコストダウンできなかったのです。

もっと早く出ていれば、別の結果があったのかもしれません。ですがバブル後の長期不況で日本企業は体力がどんどん削がれてゆき、KURO発売と同じ年の2008年には、トドメと言わんばかりにリーマンショックという不運が重なってしまいます。残念ながら高コスト高クオリティでは市場に残ることが出来ない、そういう厳しい時代でした。

あるいは今の時代にKUROの様なものが出れば、また違う評価を受けたでしょう。OLEDがかなり売れている事に見られるように、今は世界的にクオリティコンシャスに振れてきました。自発光デバイスが持つ映像の正当性みたいなものはどの時代にもあり、今はOLEDがそこで支持されています。この意味でOLEDはプラズマの後継者という言い方ができるのではないでしょうか。

CDが到達した16年目の至高 LINN CDプレーヤー「SONDEK CD12」

麻倉:ここからはオーディオの話です。取り上げるのはスコットランドのグラスゴーを拠点とするオーディーブランドであるLINNが創立25周年を記念して作り上げた、フラッグシップCDプレーヤー「SONDEK CD12」です。CD規格が登場して16年後の平成10(1998)年に発売。今はディスクプレーヤーを廃したLINNですが、当時はリファレンスモデルとしてのCD12に相当力を入れていました。

LINN CDプレーヤー「SONDEK CD12」

――LINNと言えば、今なおハイエンドターンテーブル「SONDEK LP12」を生産していて、しかも未だに進化を続けていますね。

麻倉:LINNは発売する製品がことごとく世界的に高い評価を得ています。中でも代表的なのが、昭和47(1972)年の創業時に発売した「SONDEK LP12」でしょう。これはピュアオーディオの世界に一大センセーションを巻き起こしました。そのLP12と同じSONDEK(ソンデック)の名を冠する事が示すとおり、CD12はCD再生の最高峰を目指して作られた、いわばCD版LP12です。それだけに、志が非常に高い。

ターンテーブル「SONDEK LP12」

LP12がそうであったように、CD12には振動対策などのあらゆるノウハウが凝縮されています。音の物理的な解像度よりも、音楽性、すなわちアーティストや作曲家の心を感じ取る事を旨とするプレーヤーで、音の調子としてはクリアで透き通った味わいです。ほかのCDプレーヤーとはまったく次元の違う、情報と情緒量に富んだすばらしい音が印象的でした。当時で280万円という価格も別次元です。

――実は僕の初めてのピュアオーディオCDプレーヤーは、CD12と同時代に出たLINNのIKEMI(アイケミ)でした。CD12の様なシビアさ・崇高さは薄く、もう少しリラックスしたフレンドリーな印象の音です。その音は今聴いても下手なハイレゾ環境よりはるかに魅力的で、「丁寧に再生したCDからはこんなに豊かな音楽が鳴るのか」と感動します。今後どんなに素晴らしいプレーヤーが出てきても、IKEMIだけは絶対に手放したくありません。

麻倉:LINNは徹底して有機的な音にこだわっているのが魅力的ですね。臨場感あふれるマルチチャンネル再生の台頭が著しい昨今ですが、CD12の優れた2ch再生には、想像力を働かせる楽しさがあります。

同時にCD12は操作が愉しいプレーヤーでもあります。と言うのも、フロントパネルには操作系のボタンなどがまったく無いんです。どこで操作するかと言うと、金属削り出しのトレー部分。ひと押しすると再生、長押しすると取り出し、といった具合です。LINNのプロダクトは創業家が鋳型工場を持っていて、つまり外装から自社生産をしています。CD12は質感も素晴らしく、重さも充分。こういうところはハイエンドオーディオ的ですが、でもIKEMIまでの様なありきたりなCDプレーヤーのカタチはしていません。そこにハイエンド感があるのです。

CDにはパッケージとしての“妖しい魅力”というものがあります。パッケージから出てくる音楽だけでなく、パッケージそのものの物理的な存在感です。通常のプレーヤーはボタンを押しての操作ですが、CD12は削り出しの重たいトレーを触って操作する。そこには音楽に触る、価値のあるホンモノに触れている、そういう高揚感がありました。

QUALIAでも話しましたが、究極のモノづくりというのは、一つの目的にすべてのリソースを投入してこそ実現できるものです。そのため大メーカーからは、こういう突出した製品がなかなか出てきにくい。その点においてLINNは音楽とオーディオに対する誠意があり、大変に熱心でした。実は創業者のアイバー・ティーフェンブルンさんは、CD12の開発にあたり何度も来日して日本の評論家などに意見・協力を求めていたんです。私も当時アイバーさんへ何度か助言をしました。

CD12はレーザーピックアップの入手が困難になり、平成16(2004)年に惜しまれつつ生産を完了します。その他の保守パーツが手配できなくなったことなどから、LINNは平成29(2017)年にすべてのディスクプレーヤーかのサポートを終了し、ディスク再生から決別します。

――現在は高音質ネットワークプレーヤーの元祖であるDSシリーズを筆頭に、デジタル信号伝送を中心に据えた展開していますね。

麻倉:私のシアターにもまだCD12は保管されていますが、残念ながらピックアップが死んでいて音が鳴りません。一方でもうひとつ、フィリップス「LH2000」というCDプレーヤーの名機もあります。コレは中古市場で結構需要があって修理ができたので、今でもどっしりとした盤石な音を聴かせてくれています。

LINNは修理・メンテナンスを社内で請け負っていたため、分解整備用の専用治具が世間に出回っていないんです。ところが平成29年にディスクプレーヤーの公式サポートが終了したことで、修理用の治具・工具がこれから出回る可能性が出てきました。独特の澄み渡る音に愛着がある人は、諦めずに持っておくと良いことがあるかもしれません。

平成の麻倉怜士を支えた悩ましき相棒 JBL スピーカーシステム「Project K2 S9500」

麻倉:平成のオーディオビジュアル振り返り、ラストはスピーカーシステム「Project K2 S9500」で、JBLのProjectシリーズを語りましょう。S9500は平成元(1989)年に我が家にやって来て、平成の30年を生き抜いてきた、麻倉シアターのリファレンスです。

JBL Project K2 S9500

平成元年に自宅を建てて以来、“オーディオ・ビジュアル評論家の城”に相応しいシステムを求めて、私は色々なブランドの最高級スピーカーを試しました。私の使用形態からすると、メインスピーカーは音楽から映画まで、つまり雑音から楽音に至る極めて広大なレパルトゥワールを担当する必要があります。様々な候補スピーカーを聴き、とどめを刺されたのがS9500でした。

解像度は極めて高く、上質で、ハイスピードな音は私の好みにぴったり。クラシック音楽からポップス、ジャズ、そしてAVのダイアログまで、ソースに合わせ、その世界を深く耕し、深く聴かせる。その類い希なる表現力に惚れ込んだのです。

このスピーカーが凄いのは、音が非常にナチュラルで人為的強調感が無い、それでいて高解像度とハイスピードが両立しているところです。特に立体的な音場再現はまさにS9500だけの世界。音の立上がりのピークが鋭くとらえられ、音の小波、大波がリアルな振幅をともなって、部屋の空気を振動させます。その様子がまるでこの目で見えるようであり、この音を聴くだけで、私は文字通りの「オーディオ&ビジュアル」を体感します。

JBL Project K2 S9500

――麻倉シアターでは、本当に様々なオーディオビジュアルを再生していきますよね。そうして機材やコンテンツの実力を容赦なく詳らかにしますが、それに耐える音の番人がS9500です。様々な方にこの音を披露してきましたが、皆さんが異口同音に「音楽も映画も信じられないほど自然に鳴る」と驚かれます。

麻倉:とても多用途に活用できる、それこそがS9500をパートナーに決めた決定打でした。映画のセリフも音楽もエモーショナルで、ローレゾからハイレゾまで自在に対応する。あらゆる音源に対してもの凄く感動的な音を奏でるのは、S9500をおいて他になかったのです。

でもこれをここまで持ってくるのは大変でした。アンプとの相性がなかなかシビアで、同じハーマンで取り扱っているマークレビンソンのアンプではちっとも鳴らない。それどころか「我こそは当代随一!」という名声アンプをいくら持ってきても、期待通りに嬉しく鳴いてはくれなかったのです。S9500の基本的な資質を引き出すのは本当に難しかった。

この時に唯一朗々とS9500を鳴らしたのが、845真空管をプッシュプルで使ったZAIKAのアンプでした。ヒューマンで柔らかく、それでいて芯が強い真空管的なフレーバーが香るように。「これによってようやく鳴ってくれた」そう胸をなでおろしたものです。今はプリ段にドイツ・オクターブの「Jubilee preamp」を、パワー段にZAIKAを使用しており、情報と情緒を高次元で両立した音に仕上がっています。

シアターのマルチチャンネル系は全部JBLのホーン付きシステムで揃えています。サラウンド環境における一貫した音の性格と、K2が持つ正確でありながら情緒豊かという要素を出せていて、これをリファレンスに日夜様々な音源や機材を聴き続けています。確かにS9500は高価な買い物でしたが、音質に対する価値基準(リファレンス)を確立するためにも、新築時に世界最高を買うことはたいへん重要だと確信していました。なので今でも、S9500という選択に後悔はありません。

余談ですが私のS9500はカタログにないメイプルカラーなんです。実はこれ、製品化されなかった試作品。ハーマンさんに無理を言って譲ってもらいました。K2はその後もモデルチェンジを何度か実施しており、今では「S9900」となっています。メーカーの方からは後継機をすすめられるのですが、思い入れもあって今でもS9500が私のナンバーワンですね。

……と、いうところで話が終わればめでたしめでたしなのですが、困ったことにそうは問屋が卸さないんですよこれが。

――あぁ、趣味をやっていると稀にある、ココロを鷲掴みにするものとの邂逅をしてしまったんですね。その気持ち、同好の士としてよーく解ります……

麻倉:評論家としての長いスピーカー試聴の歴史の中で、私に身震いさせた製品はたったふたつだけ、あるんです。ひとつは言わずもがなのProject K2 S9500。類い希なる表現力に惚れ込んだ思いと印象は、今でもなおまったく変わっていません。

ところがS9500の購入から16年経って、私を夢中にさせ、同時にため息をつかせるスピーカーが平成18(2006)年に現れました。それがもうひとつの身震いをさせたK2 S9500の次世代モデル「Project EVEREST DD66000」です。これはProjectシリーズの第5弾で、正確に言うと第3弾に当たるEVERESTの第2世代です。それと同時に、創立60周年を記念したアニバーサリー製品でもあります。

Project EVEREST DD66000

DD66000とS9500は衝撃の内容が違いました。DD66000のそれは「音楽再現の深さ」。当時私はロサンゼルスのJBL本社へ取材をしに行ったんです。開発者のグレッグ・ティンバース氏と共に、本社試聴室でクライバー/バイエルン国立歌劇場のシュトラウス「こうもり」を聴いた時の驚きと言ったら! 感情表現の深さ、細部に至るまで実に丁寧に、そして実に音楽的に聴かせてくれる語り口に、それはもう驚嘆しました。

このコンビの「こうもり」はライブでも聴いたし、CDとなると耳にタコができるくらい聴き込んでいました。しかしクライバーらしい凄い躍動感・快速的な進行感・深い感情の発露の様子が、DD66000ほど眼前の音場に聴けた例など、他にはありません。序曲冒頭のシャンパンのコルク飛び三連符は、はちきれんばかりの溌剌さと弾力感で奏され、空気の流れが圧倒的に速いし、中間のウィンナ・ワルツらしい色香と表情のチャームも素晴らしい。特に弦の内声部で形成されるハーモニーの構成音が明確に聴き分けられ、しかも音楽的に実にきれいな和声感であること、音色の種類の多いこと……。

全帯域に渡り歪みが驚異的に少ないことが、十分に余裕のあるヘッドルームを形成します。それが包容感と余裕のある音を聴かせ、同時に透明でハイスピードな音進行を支えているのです。そのためサウンドはあまりに歪みが少なく、音の出方、進行がナチュラル。ややもすると、このスピーカーから物理的に音が出ているという感覚が失せる程です。

――地元に居た頃、DD66000は馴染みのオーディオショップで何度か聴かせてもらったことがあります。印象はまさに先生が説明されたとおりで、軽やかに空を飛ぶ巨像と地響きを轟かせる蟻が同居し、広い空間を自在に動き回っている。意味不明とも言える感覚に驚嘆した事を今でも覚えています。

麻倉:君も素晴らしい表現をするねえ。目を閉じて聴くと、スピーカーからではなく空間のあるべき位置から音が発せられていると感じる。それがDD66000の特長です。こうもりならば、クライバーの軽妙躍動の指揮姿もビジュアルな映像情報として眼前に浮かび上がってくる。そんな現場感再現力と音楽演出力に、大いに感嘆しました。

DD66000は高い解像力、音調の明晰さという点において、非常にJBLらしいスピーカーです。しかし圧倒的に細やかな繊細表現力や、グラデーションの凋密さ、しっとりとした表情、こういった側面では実にJBLらしくありません。二つの違う価値が統合された品位の高い音の魅力は絶大で、私としては「スピーカーの王者」以外の形容はできない。

試聴室で時間をたっぷりと取り、心ゆくまで聴き込んだ記憶は、その後薄れることなく、相変わらず鮮明であり続けました。初めて音を聴いた頃は「これは絶対に我がシアタールームに入れなければ」と意気込んだものです。ところが、ですよ。私のシアターでS9500を眺めては、DD66000のことを思って吐息をつくことが多くなっていました。何故か? DD66000を入れるのに私のシアターは狭すぎたのです。

――絶対に超えられない物理の壁が立ちはだかってしまったのですね、哀しい……

麻倉:私の視聴環境はリスニングルームだけではなく、あくまで“シアター”。K2 S9500は(まだ)細長なので、150インチのスクリーンの横に置けました。しかしDD66000は380mmという特大ウーファーを横に並べたため、近年のスピーカーにしては珍しく幅があります。そのためシアターに入れるとスクリーンがケラれ、影が出来てしまうのです。ビジュアルの評論家として、これは容認できない。凄く欲しいけれど、でも置けない。できるのは、只々ため息をつくことのみ。こうして私はDD66000を迎えることを、泣く泣く諦めたのでした。

JBLのProjectという取り組みをちょっと考えてみましょう。JBLの内部資料によると、Projectとは「オーディオのテクノロジーと科学技術を最高度に発揮し、マテリアルとエンジニアリングの革新を牽引する開発」。単に特別なステイタスを持つのみならず、広く世界のオーディオ業界に大きな影響を与えるものであり、この思想は今回語ってきた各銘機にも通じます。

Project第1弾は昭和29(1954)年に発表された「ハーツフィールド」。後続のプロジェクトスピーカーと同様にコンプレッション・ドライバーを採用した2ウェイの高能率のシステムで、LP時代のリファレンスとしての役割を果たしました。

平成元年に誕生した第4のプロジェクトがK2で、JBLの内部資料によると「JBLが信念とするシンプルな2ウェイ方式を採用し、物理的にも音響的にも前代未聞のスケールの2ウェイシステムとしてつくられた」とあります。36cmウーファーを縦に並べて同相で出すファントムセンターと、その真中に中高域ホーンツイーターを置いている。この一点放射型は当時として画期的です。

――現代のJBLから見て、Project K2 S9500は何をもたらしているのでしょう?

麻倉:Project EVEREST DD66000の後継機として、DD67000とDD65000という2モデルが出ています。ですがこれは、いうなればDD66000のマイナーチェンジモデル。現代のJBLとしてはハイエンドのラインから途切れていて、最近の同社はフラッグシップが他のモデルに影響を及ぼしていないと感じます。シャワー効果の観点から言って、これはよろしくない。

ヨーロッパのスピーカーブランドは、素材やキャビネットの形でイノベーションを目指す傾向にあります。新素材や進構成、形状などはヨーロッパがたいへん先進的。技術としては誠に結構ですが、でも音楽としてはそれだけでいいのでしょうか? 聞き慣れた音調のなかでの新しさ、洗練されたものがあるのではないか。新しいスピーカーを見ると、そういう疑問は常につきまといます。

対してS9500はそうではなく、従来のスピーカー作りをベースにしたハイエンドであり、JBLの最良の部分を出しています。構成はブランド伝統の紙ウーファー+ホーンツイーター。真新しさを狙ったものは少ないながら、それでも安心感があり、JBLサウンドそのものの良さがキッチリ出てくるし、それが歴史・伝統として継承されています。

この価値観はオペラの世界にも通じます。劇場や演出家が多数存在するヨーロッパのオペラは先進的で、それ故に個性を出さんと、読み替えや演出、解釈などで新規性を狙った競争をしています。対してアメリカはメトロポリタン歌劇場に代表されるように、とてもトラッド。昔からの伝統がそのまま残っていて、ヨーロッパで完成された不変の価値が尊ばれています。JBLもこれと同じで、素材も形状も、構成も考え方も、トラッドの中に先進性を見出している。良い意味での伝統と革新を、S9500は兼ね備えているのです。

――ここからさらにトラッドを狙うならば、例えば「パラゴン」の様なサイドボード型へ向かったりするのでしょうか?

麻倉:確かにレトロフューチャーというところはあって、当時における新規性が今はトラッドになっており、現代はそういったものが求められていますね。テレビ台にビルトインしているスピーカーなどは、どことなく通じるものがあります。テレビが先進的なカタチに進むならば、スピーカーはそれに応じたトラッドなカタチが求められるでしょう。新元号の精神と同じ様に、昔に作られたものからこれからの価値観を練り上げる事が、新しい時代には重要になってくるのかもしれません。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表

天野透