麻倉怜士の大閻魔帳

第4回

4K HDRはファッションではなく実用だ! 表現を拡張するクリエーターのMIPTV 2018

 映画の街、南仏・カンヌで毎年開催される映像番組の国際見本市「MIPTV」。ここ数年のトレンドは4K HDRだが、定点観測をしている麻倉氏に今年のカンヌは「4K HDRの熟成」が印象的に映った様子。特に映像“表現”という点に関して、単なるスペック競争に留まらないアプローチが見られたという。

 今回はMIPTV前に東京ビッグサイトで開かれた「4K・8K機材展」のインプレッションも踏まえて、4K・8K映像制作のイマをお伝えする。技術と表現が互いを高め合う映像業界の最前線へ、皆様をご招待。

コンテンツ制作者から見た“映像の次世代”

麻倉:4月上旬、カンヌで開催される春恒例の「MIPTV」へ、今年も取材に行ってきました。なんと今年で8年目になります。秋の「MIPCOM」と共に、番組を作る人と売る人を結ぶ見本市で、事務局がイノベーションに積極的なのがこのイベントの特徴です。

――ビジュアル業界の最先端を見通す時に、カンヌのトレンドというのは“映像コンテンツを創る人達のイマ”を知るのに最適、というわけですね。

麻倉:今年はMIP/MIPCOM機関紙専属編集長の編集長のJulian Newby(ジュリアン・ニュービー)氏にもインタビューし、どのように番組を売る場が変わってきたかを聞いてきました。そこで出てきた言葉が「市場を創るのは技術」、改めて聞いてみるとその通りですね。

MIPTV機関紙編集長のジュリアン・ニュービー氏

 現代に生きる我々にとって、テクノロジーとメディアがあるのは当たり前です。でも考えてみると、たとえテレビ産業があっても、そこにVTR(ビデオテープ・レコーダ)が無いと映像を交換する手段がありません。昔のテレビは映画のフィルムをビデオ信号に変えたものが流れていましたが、VHSやベータマックスの出現で“録画”という概念が生まれた。これをメディア化・パッケージ化することで業務用VTRも生まれ、B2Bにおけるコンテンツ販売の市場ができました。物理メディア自身もテープからディスクへ進化し、現代はUHD BDとなってより高品位で扱いやすくなっています。このように新しい技術とパッケージの出現で、市場も拡大するのです。

 MIPTVでもパッケージ進化の恩恵は大きく、番組交換としてサンプルを渡す時に、昔はVHSを使っていたそうです。会場に何十本もカセットを持ち込むわけで、みんな山のような荷物を抱えてカンヌへやってきていたのだとか。これがDVDの時代になると、サンプルのハンドリングがずっと楽になり、さらにUSBメモリなど小型軽量になりました。そして今やクラウドの時代、物理メディアを持ち込む必要さえありません。

――チェックの環境も大きく変わりましたね。ビデオテープはデッキとブラウン管モニターが必要だったのが、今やスマホ・タブレットでどこでも観られます。QRコードを読み込んで会場で見る、ということも可能になりました。

麻倉:そんなクラウドのチャンネルも最近は増え、視聴者の選択肢が随分と広がりました。でもそれは空っぽの箱と同じで、誰かがコンテンツを作らないと意味を為しません。「コンテンツ産業は技術革新でエクスパンドする」(ジュリアン氏)。MIPTVという空間は技術革新がかなりダイレクトに影響すると感じました。コンテンツ制作はもちろん、伝送、視聴に至るまで、すべてに言えることです。

――そう言えば先生は何故カンヌへ足を運ぶようになったのでしょう?

麻倉:実はソニーが9年くらい前からMIPTVで技術セミナーをやっていて、そこへ呼ばれたのが始まりです。ちなみに私が最初にカンヌへ行った時は“3Dセミナー”でした。当時ビジュアル業界を席巻していた3Dですが、その後急速に衰退し、4K、その2年後くらいにHDRが出現し、今に至ります。

 来場者は番組プロデューサーが多いですが、そのような制作者側は新たな技術をどうコンテンツに活かすかのヒントを求めています。今回はそういった種まきが終わり、花開く時期に入ってきたと感じました。様々なコンテンツが4K HDRで出てきた、そういうところを報告しようと思います。

 それからもう1点、フォーマットというのはある時点を過ぎると次世代のものに変わります。現代で言うと2Kが4Kになり、その次は8Kですね。その8Kですが、現状として全世界的に凄く盛り上がっているというわけではありません。ですがコンテンツ(ソフト)は日本、テレビ(ハード)は中国が中心となって発展中で、ワールドワイドの視点で見ると非常に面白いことになっています。この辺もお話しましょう。

4Kの最適サイズは65型。中国だけで進む8K化

麻倉:まずヨーロッパの放送衛星オペレーター「Eutelsat」が発表した、UHD(4K)アップデート情報をお伝えしましょう。毎回来場している同社幹部のMichel Chabrol(ミシェル・シャブロル)氏が、なかなか良いことを言っていました。

「4K 8Kはサーフィンのようなものです。常に良い環境なわけではなく、良い波を待っている。今はちょうど、“良い波”が来るタイミングです。UHDへの転換は3ステップあります。(1)デモチャンネルを作っての試験放送、(2)独立系チャンネルによるアーリーアダプタ向けの先進放送、(3)大手チャンネルによるマス向けの番組量産。今は2と3の段階で、デモチャンネルの時代は終わり、独立系チャンネルが非常に増えてきました。そろそろ大規模チャンネルが普及に向けて動きだす頃でしょう」(ミシェル氏)

 数としては、全世界でUHDは125チャンネルが放送中、2017年10月は99チャンネルだったため、半年で26%の増加です。内訳としては、独立系が52、OTT系のIPTVが71、地上波が2(これはいずれも韓国)あります。エリア別で見ると、特にロシアが増えていますね。夏に開催予定のFIFAワールドカップに向けた動向で、独立系チャンネルが増えることで対応中なのだそうです。同大会では64の全試合を4K HDRで撮影すると言っていました。

 現IHS(旧ディスプレイリサーチ)研究員のPaul Gray(ポール・グレイ)氏による講演では、テレビ側のトピックを語っていました。地域別の4K出荷シェアにおいて、従来は中国が圧倒的に多かったのですが、2017年第4四半期(10~12月期)は中国が52%、北米が54%と、ついに米国が抜いたそうです。近年の技術トレンドに関して、新しいモノは中国が早い動きを見せています。が、4Kテレビの場合だと、中国では放送やセルソフトなどのコンテンツが少ないので、主にアプコンで使われています。ポールさんの言葉を借りると「ファッションテレビ」だそうです。その他の地域では、西欧は51%、日本は40%。欧米市場がホットになってきたことが伺えます。

 放送に関して言うと、先に挙げた125局のUHD放送局のうち、およそ半数はヨーロッパです。ヨーロッパは衛星放送・ケーブルテレビ、アメリカはOTTが活発で、そういう意味で4K需要は世界的に“ファッション”から“実用”へ変遷しつつあります。4K放送が伸びている大きな要因はテレビの大型化です。中国では4K液晶テレビに対して積極的に投資中で、特に65型に力を入れています。なので販売も基本的に65型が中心になっています。ではいくら位で販売されているかというと、中国の量販店では、バーゲンセールの場合でだいたい3,799元(およそ600ドル)。安い!

――最近は日本でも“ジェネリック家電”として、大手以外のメーカーが機能を絞った格安4Kテレビを販売しており、支持を集めていますね。それにしても65型が600ドルとは、驚きです。

麻倉:パネルは中国で作り、各国のセットメーカーでプロダクトとしてまとめるという構図が世界的に定着しています。北米市場でもサイズアップの傾向が出てきており、2017年Q3からQ4にかけて、平均サイズが42型から47型へ上昇しました。4Kコンテンツが出てきて、これを満喫できるサイズは? という問いに対する回答のひとつでしょう。大型が売れるのでコンテンツ側も2Kではなく4Kで供給しましょう、という流れが出てきています。また、これにはちょっとした弊害もあり、中国が65型の生産に集中しているため、この影響でヨーロッパではある時期に40/50型製品のストックがショートしたこともあったそうです。

 ともあれ、現在は40型後半がボリュームゾーンですが、次は50型にドライブがかかり、65型も徐々に伸びてゆくでしょう。しかし、体積と重量という物理の壁が存在するため、大型化は無限に続く訳ではありませんとポールさんは言います。体積は60型から70型にアップすると急増し、重量は70型から80型へのアップに壁が存在します。具体的には70型でだいたい45kgなのが、80型になると80kgとほぼ倍増です。映像体験という意味では8Kになった場合でも大画面のほうが良いですが、ポールさん曰く「実際(家庭に)インストールするなら65型が望ましいサイズ」。この辺りが今後のボリュームゾーンとなるのではないでしょうか。ポールさんによれば、「日本ではマンションのエレベータに入るサイズが家庭用としては最大ではないでしょうか。アメリカでは自分で運ぶSUVに入る大きさがリミットですね」ということです。

 ちなみに8Kの進捗は、やはり中国が圧倒的に多いです。と言うよりは、他の地域ではほとんど動きが見られません。でもやはり、中国の8Kは基本的に「ファッションテレビ」、放送やOTTなどのコンテンツは無いので、アプコンで使うのが主流です。

――「今一番良いものをちょうだい」という状況ですね。それで需要の一翼を担っているので、業界にとっては貴重な市場と言えるでしょう。

ドキュメンタリー、ドラマ、ネイチャーに広がる4K

麻倉:ここからは4Kでどのようなものが創られているかという、コンテンツの話をしましょう。MIPTVでは3日にわたって音楽/ネイチャー/ドキュメンタリー/スポーツなどの、各ジャンル新作が披露されました。私は制作にかかる苦労話を聞いてきましたが、その中で3つの動向をキャッチしました。

 1つ目は音楽モノです。このジャンル最先端のトレンドとしては、最新技術による圧倒的リアリティとダイナミックさを活用すること。圧倒的ダイナミックさの例として、「Eagle Rock」グループというロック・ポップス映像専門チャンネル制作の、ハンス・ジマーのライブを挙げましょう。17,000人が集結したプラハのコンサートで、ハンス・ジマー全体に言えることですが、この時も大オーケストラと大合唱団、ソリストを含む、非常に大掛かりなコンサートでした。映像はNetflixで流しており、これをパッケージ化。BD、DVD、CD、LPとマルチ展開しています。

 撮影には4Kカメラを14台使用しており、クリップデータの合計容量は43TBにものぼったそうです。なぜそんな大容量になったかというと、4Kの10bit RAWで撮影し、出口に応じた編集・変換をしているから。このRAW撮影がフレキシビリティのキモで、BDの場合はBT.709の8bitなのに対して、UHD BDになるとBT.2020の10bitが必要で、HDRも考慮しないといけません。ワンマスター・マルチパッケージを4Kでやっていく目論見で、そのために最高の絵を撮影するという意気込みが伺えました。

 撮影のコンセプトは「ライトカメラ、ライトレンズ」。ソニーの「CineAlta F65」にカール・ツァイスのマスタープライム・シネレンズという、最高級の組み合わせを投入しました。単なる記録ではなく、映像作品として永続的に、劇場からスマホまでのあらゆる機会で視聴されることを想定したとしており、各シーンに最適な映像作りを目指したそうです。そのためには、大元の素材を最大限ハイクオリティにする必要がある、というわけですね。

 ハンス・ジマーの音楽は「パイレーツ・オブ・カリビアン」に代表される、血湧き肉躍るもの。今回の映像はそういった音楽性にリンクしていて、音楽の流れに対して、スイッチングとカメラワークがダイナミックに変わるのが特徴です。実際に観たところ、金管セクションをアップで映したかと思うと、次の瞬間には天井カメラへ、さらに女性のソロチェリストへ、という具合で、音楽の進行に合わせてカメラを次々と切り替えていました。ハンス・ジマーの音楽に合わせたフレーミング、ライティング、スイッチング。音楽映像をトータルなものとして同一世界観で見せる、この意図性が素晴らしいですね。

「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズなど、数々の映画音楽で知られるハンス・ジマーのライブ映像作品。映画を盛り上げるアグレッシブな音楽にリンクする演出を、カメラワークでも表現している

――音楽・映像共にそれぞれの文脈があり、両者が掛け合わされて、さらに一段上の文脈を語りだす、ということですね。

麻倉:制作のイーグルロックグループは、ローリング・ストーンズやフランク・ザッパなど、ライブものが得意なチャンネルです。ライブにおけるアーティストの息使いやメッセージ、これらを映像コンセプトとして凄く出していて、そこに4K HDRならではのダイナミックさが加わるわけです。特にHDRが効いていて、ライティングがトバないというのが大きいですね。今回も非常に強烈な光でしたが、白トビが少なく、視聴者のめくるめく体験というものを、多い情報の中で得られました。これは4K HDRのひとつの切り口として重要です。

ソロチェリストのシーンはスポットライトで被写体が浮かび上がる。映画音楽が“映像をアクセルさせる音楽”なのに対して、ライブムービーは“音楽をアクセルさせる映像”

麻倉:同じくイーグルロックグループ制作の、ノラ・ジョーンズのライブも挙げましょう。「Ronnie Scott’s Jazz Club(ロニー・スコッツ)」というロンドンの老舗ジャズクラブで、2017年の夏に開いたものの映像です。ドラム・ベース・ピアノのオーセンティックなピアノトリオ構成で、ハンス・ジマーとは真逆の、お酒片手にしっとりじんわりという大人の空間が繰り広げられていました。

ロンドンの老舗ジャズクラブ「ロニー・スコッツ」で催されたノラ・ジョーンズのライブ

 この作品の特徴は、親密さというか、歌声の深さというか。シンプルな編成における音楽の流れと映像のリンクにあります。ポイントのひとつが、撮影のための人工光を使わないこと。ロニー・スコッツにある常設のライティングだけで、ライブの雰囲気をそのままカメラで捉えているのです。シャドウとライトが結構ハッキリと分かれており、全体的に暗く、スポットライトで奏者が浮き出る、ジャズクラブに相応しいライティングです。スタジオのPV撮影だと、まず全体が白で、要所要所を暗くしてゆく。それとは逆の発想ですね。光量が減ると当然ノイズが気になるところですが、これも結構良い処理をしてありました。ハンス・ジマーはノリの良さ・躍動感・飛び抜け感。対してノラ・ジョーンズは、まったり・しっとり・ほわっとした、雰囲気の良さで勝負していました。この空気感を映像でどう出すかと考えた結果が、会場の雰囲気を最大限そのまま活かすというコンセプトなのです。

 それで、ノラ・ジョーンズの肌はオイリーなんですよね。メイクの影響かもしれないですが、オイルが滲んだような質感。それが会場のライティングと4Kで撮ると、いい意味で生々しく出ています。代表作「Don't Know Why」をはじめ、彼女の音楽は基本的に爽やかなものではなく、少しバタついていると言うかベタついていると言うか、そんな感じの声質です。そんな声と顔の映像が、本作ではリンクしています。音楽の表情やコンセプトに合わせて、技術・手段を上手く活用していると感じました。4Kが始まって4年くらいになりますが、2Kより大きなスペックの枠で音楽の内容をどのように映像化するか、そんなノウハウ・経験がここに来てより鮮明になったと言えるでしょう。さらにHDRが加わることによって、2K世界ではできない、音楽・アーティストに寄り添った表現ができるようになったわけです。

 イーグルロックのPeter Worsley(ピーター・ワースレイ)さんによると、撮影にはARRI ALEXAを使用したそうです。画質は元々良いので、カメラワークで音楽の世界観を壊さないように苦慮したと話していました。何で撮っても、素材は素材、演奏は演奏。どういう画質/Dレンジ/カメラで撮るのか。“4Kだからこその表現力がちゃんとある”ということを、イーグルロックは自信を持って打ち出しています。

――「素材の良さを活かしましょう」というのがノラのコンセプトですね。

麻倉:特にハンス・ジマーのような映像では、ガツンとコントラストを上げて輪郭を強調することで、世界観的には結構シンプルに表現できそうな気はします。でもノラ・ジョーンズの表現は、これまでのテクノロジーではちょっと難しいところがあります。そういったところを本作は良く引き出しています。

――視聴者側としても、当然そういうところに気付くし、新しい表現を発見できるわけで。正しくオーディオビジュアルの歓びです。

麻倉:続いて2つ目、ドキュメンタリー分野に移りましょう。ここで取り上げるのは「ディスカバリーUK」のトライアルです。内容は制作費を費やした「これぞ4K!」という超大作と、「これが4K?」というスペックそこそこ・アイデア勝負の2作。イーグルロックと同じで、こちらもコンセプトが対照的です。

 超大作サイドはNASAの活動を4K HDRで描いた「Above and Beyond: NASA'S Journey to Tomorrow」。NASA 70周年の記念映像で、スペースシャトルから地球を撮った絵で始まり、高解像度、Dレンジも高く、ものすごくきれいな大変素晴らしい絵です。地上から宙を見上げるのと違って、宇宙から見ると空気のフィルターが無いんですね。ものすごく細かいところまでノイズ・汚れなしに、非常に透明感が高く出ています。スペースシャトルから地球を映したNASAの映像は多数ありますが、4K HDRで観る映像は特別ですね。

NASA70周年を記念する「Above and Beyond: NASA'S Journey to Tomorrow」。NASAは活動の映像記録に力を注いでいる

 映像はNASAの北極圏探査用飛行機ドキュメンタリーに続きます。これも細かいところまで階調が出ており、ものすごくリアリティの高い映像で、現実的な作業の様子が非常にインプレッシブに切り取られています。デモでは120型くらいのスクリーンを使用していましたが、制作現場では30型ぐらいのマスターモニターを使っているため、今回のデモでは大画面の威力も感じたそうですよ。制作部長のEd Sayer(エド・セイヤー)さんは「大スクリーンで観ると、NASAの作業を撮る我々の努力がよくわかった」と話していました。

――小画面と大画面では映像体験が全く違う、制作陣の思いが大画面なら伝わる。オーディオビジュアルでは常識ですが、それがクリエイター側も実感できる、貴重な体験になったようですね。

麻倉:いつの時代でも、映像技術はまず花鳥風月モノから入ります。そういう意味で本作は、現時点における最高の花鳥風月と言えるでしょう。特にスペースシャトルから地球を撮った冒頭の映像は、これでないと観られないワンアンドオンリーの描写力を見せつけています。

麻倉:対してもうひとつ面白かったのが、サバイバルショーを4Kで撮ったものです。披露されたのは絶海の孤島でライバルとサバイバルゲーム(モデルガンによる銃撃戦ではない)番組「First Man Out」でした。

――欧米のドキュメンタリー部門で流行中のジャンルですね。昨年のMIPTVでも同様のジャンルを紹介していましたし、最近ではPCゲームの「PUBG」というバトルロワイヤルゲームが世界的に流行中です。

麻倉:Ed Stafford(エド・スタフォード)さんがリュックを背負ってヘルメットに4Kアクションカムを付けて、獣道を行ったり滝を登ったりのアドベンチャーを繰り広げる、という内容の番組です。山道から足を踏み外して転げ落ちるといったアクシデントがすべて4Kで捉えられており、画面はものすごく揺れて、映像も内容も粗いんです。NASAとは正反対ですね。

NASAとは正反対な激しい映像が連発の「First Man Out」

 この番組は従来の価値観では「これが本当に4Kで良いのだろうか?」と首を傾げそうになるところですが、単にキレイなだけではない、私は4Kの新しい価値に挑戦した表現手法だと評価します。劇場で腰を据えて堪能するようなNASAの映像美とは全く違い、従来のテレビ番組の文法で、小画面でクローズアップして観る。これを4Kで挑戦したらどうか、というアプローチですね。

 撮影にあたっては大まかな映像の雰囲気を探るべくシンガポール動物園でテストを実施し、ここで問題も多数出たそうです。撮影はエドさん当人のカメラと、後方カメラマンの2本体制。後方カメラマンはワイドアングルで冷静・スタティックに撮っているのに対して、エドさんのカメラは小さくて望遠系。この画質が違いすぎるんです。加えてフレームレートも問題で、後方カメラマン側はともかく、アクションカムの激しい動きはブレが非常に目に付き、大画面では不快で観ていられません。サバイバルしながら撮影する主人公(エドさん)も大変で、本人曰く「Too much things to do」だそうですよ。

 でも、HDRが入ったのは良いことですね。実際会場でも、あちこちで異口同音に「Human eye」という言葉が多数出てきていました。HDRのご利益を説明すると、技術的には「ダイナミックレンジが広い」と言えますが、表現的には「人が見たように撮れる」ことが画期的です。単に明るいところを明るくというのではなく、見たそのものの情景が映像化できるということは、テレビ屋にとって非常に嬉しいことなのです。特にドキュメンタリーの場合は、自分がそこに居るような、テレビを通した自然な絵に対して脳が反応する、という期待が持てます。First Man Outはこれがとても面白かったです。

麻倉:3つ目は画調の話、特に“フィルムルック”についてです。

 これまで取り上げたタイトル、特にNASAなどは、自分の目に近い映像を目指した“ビデオルック”でした。一方フィルムルックは見たそのままではなく、ファンタジーやタイムマシンなどのフィクションを表現するべく、付加価値・表現が付く映像です。

――映像をよりアーティスティックに捉え、言語外で語る事を試みるアプローチですね。

麻倉:まず紹介するのは音楽モノで、ドイツ「ZDF Enterprises」が2017年12月にラスベガス・ベラジオで撮った、シルク・ド・ソレイユ「O」です。「これが4Kなのか?」と思うくらい、グレーン的なフィルム調のノイズが入っている本作は、幻想的な舞台をより幻想的に彩る、録るという、製作者のルックに対するコダワリを感じます。生々しく現実を切り取るだけではない、あえて表現を削いだ4K表現ですね。

シルク・ド・ソレイユ「O」のラスベガス講演をドイツ・ZDFが4K収録。映像をアートと捉え、表現のために“あえてノイズを出す”という事を試みている。足し算だけでなく“引き算の理論”が効果的なこともある、ということだ

 これに対して、関西テレビ制作の「僕だけがいない街」はより明確にフィルムルックで作っています。三部けい原作コミックで、既に2回映像化されている本作。アニメの人気を聞き及んだNetflixの要請で、KADOKAWAを加え三者制作されました。2017年12月より、Netflixを通して190ヵ国で配信中です。

英題「ERASED」として、関西テレビが製作したNetflix向けドラマ作品「僕だけがいない街」

 25歳の男性が18年前にタイムスリップする話で、12話、各30分構成。Netflixのドラマ作りは、従来の日本のテレビのそれとは全く違うそうです。日本のドラマは制作中に監督が変わることがありますが、本作はそういった事をせず、6時間の通し映像を1作として制作するようオーダーされました。主人公が小学生だった18年前のシーンは原作者の出身地である苫小牧で撮影され、この時に昔と今で画調を全く違うものにしています。

 現代のシーンは4Kらしい明瞭で高解像なカリッとしたもの。対して昔のシーンは、下山天監督の言葉を借りると「フィルムルックで撮りました」。

「これまでドラマの現場では、テレビ局側から『もっと明るくなりますか?』と聴かれるのが当たり前でした。今回はNetflixの要請で『フィルムルックでお願いします』という、真逆の要望が来たんです。驚いたと同時に、監督として表現に挑戦できることが嬉しかったですね」(下山監督)

 実際に見てみると、昔のシーンは確かに凄く特徴的な絵です。全体的に青みがかっていて、コントラストはあっても階調がありません。髪の毛などは黒でベタッとしていて、ビデオ的というよりはフィルムガンマ的です。ノラ・ジョーンズにも通じることですが「表現したい、従来とは違う撮り方・見え方にしたい」という思いに対して、柔軟に応える・クリエイターの要求を満たす技術が4K。そんなことが関西テレビの事例でひとつ明らかになりました。“表現の手段としての4K”を意識したということは、大いに評価すべきです。

――カンテレさん頑張ってる。素晴らしいですね。

麻倉:関西テレビは撮影部がしっかりしていて、ここが4K・8Kに対して凄く積極的なんです。実際に自社制作による15分の8Kショートフィルム「つくるということ」は、ニューヨークフェスティバルのショートフィルム部門で金賞を取っています。これは自社立案、自社撮影、自社編集の完全内製作品で、なかなか大したものですよ。8K関連ツールが安くなってきているので、民放でも買えるようになったというのが大きいと思われます。

「僕だけがいない街」。青っぽい映像で時代の隔絶を表現している

8Kが盛り上がる中国と、NHKの圧倒的な“8K力”

麻倉:その8Kの話に移りましょう。8Kは世界的に見て、放送は日本のNHK 1局だけ(12月開始予定)。でもハードは“ファッションテレビ”ということで中国のノリが良いわけです。

 こちらはカンヌの前に東京ビッグサイトで「4K・8K機材展」があり、これがなかなか良かったですね。まず何が凄かったかと言うと、中国BOEが、8K配信戦略を発表しました。クラウドで8K配信し、初期はSTBを作って売る、次はSTBをテレビに内蔵してもらうそうです。クラウドなので、この段階になればネットの受信システムだけあればいいわけです。現在のOTTと同じ理論ですね。

――BOEと言えば中国本土の中でもかなり先進的な思想のパネルメーカーですね。

麻倉:実はこの8K戦略は、シャープがずっと言っていたことと同じなんですよ。シャープ・ホンハイ・アストロデザインの3社で、まずクリエイターへ廉価に機材提供し、8Kコンテンツを創ってもらう。それをネットで配信、シャープの8Kテレビで愉しむというエコシステムです。これは中国系の流れで、明らかに中国市場を見ています。

 IHSのポールさんは「ファッション」と評する中国の8K事情ですが、実体的にはDVDやBDなどからアプコンで観ているはずです。しかし、これからはネット経由で8Kという流れが来るのではないでしょうか。通信サイドでは5Gネットワークが控えており、これが実用化されれば高速回線が確保できます。8Kだってストリーミングできるはずです。

 放送では4K・8K機材展で観たNHKの「8Kシアター」が素晴らしかったです。同じものをMIPTVでも観たのですが、こちらは4Kにダウンコンしてソニーのプロジェクターで投影していました。やっぱり8Kと4Kは「こんなに違うか!」と感じますね。

 上映していたのはサカナクションが2017年9月・10月に幕張メッセで開いた10周年記念ライブです。ドルビーが以前からやっている、ライブ会場での6.1chサラウンドを持ち込んだもので、スーパーハイビジョンでは8K/22.2chで収録・編集しています。2万人以上が集結した会場を2日間にわたって総力取材しており、これがまた大変な撮影だったそうですよ。8Kを8台、4Kを5台、合計13台ものカメラを用意し、収録に臨みました。本当は全部8Kで揃えたかったそうですが、カメラがこれだけしか集まらなかったとか(苦笑)。8Kカメラはクレーン/会場センター/バックに据え、4Kカメラは基本的にアップ用に使ってアプコンをかけるという体制です。実際に見たところ、正直言って殆ど違いがわかりませんでした。

8Kカメラ8台を含む、合計13台ものカメラを投入してNHKが映像化した、サカナクションのライブ。全カメラをパラレルで収録し、1ヵ月もかけて8K編集したという

 サカナクションのライブは、音楽だけでなくライティングと音響が素晴らしいんです。元々がハイクオリティなので8K向きのイベントと言えますね。例えば紗のカーテンを置いてレーザーライトの演出を映す、といったものなど。それらを8Kでダイナミックに捉えています。

 スタッフの体制もまたスゴイ。カメラ80人、演出20人、合計100人体勢です。8Kのクレーンというのも大変珍しいので、事前に練習を重ねたとか。映像も一般的なリアルタイムのスイッチングではなく、13のカメラをパラレルで撮っておき、後で編集をかけています。そのため編集だけで1カ月もかかったという、非常にこだわり抜いた映像作品に仕上がりました。

――スゴイ大所帯ですね。いくら大規模アリーナコンサートとは言え、カメラ80人というのはただ事じゃないですよ。

麻倉:MIPTVでの4Kダウンコン映像は、それだけ見ると全然良いんです。が、有明のネイティブ8Kを見ていると、言っては悪いですが(カンヌのものは)SD放送のように感じました。8K制作なのに画素が荒く、奥行きも浅い。実際問題、4K・8K機材展のパナソニックの4Kプロジェクター4台による映像は、現時点で得られる最高最良のものでしょう。非常に明るくコントラストがあり、精細感とビビット感が凄く高い次元でバランスする新しいものになりました。

MIPTVに先立って東京ビッグサイトで開催された「4K・8K機材展」の8Kスーパーハイビジョンシアター。パナソニックの4Kプロジェクターを4台使うという力技で、特大8K映像を投射した

 私が最初にこのシステムを観たのは、NHKのふれあいセンターで上映されたリオオリンピックの開会式なんですが、実はこの時、途中から真ん中だけフォーカスが合わなくなるという問題が発生したんです。全体的に凄く精細なのに、真ん中だけダメ。会場で指摘し、NHKの人も同意していました。その後の分析で、ソースに問題はなく、問題は会場にあったことが判明。原因は空調の風がスクリーン裏へ回り込み、投影面中心だけを少し揺らしたということでした。つまり8Kはそれくらい精細ということです。プロジェクターの投影となると被写界深度が浅くなり、フォーカシングがかなりシビアになります。そんなこともあり、今回(有明)はかなり頑張ったと言っていました。

 このデモは音声も素晴らしかったですね。元々がサラウンド環境のコンサートなので、広がる音響感がウリです。22.2chで作ると、センターチャンネルのメインヴォーカルに対して、コーラスが前方右上・左上からきます。それが会場全体に広がり、ノリの良い会場のサラウンドは後方から3Dでやってくるわけです。これは会場に居ても感じられないような、高品位な音場感ですよ。MIPTVでは2chに落としていましたが、それとは全然違います。8Kをネイティブで観て、なおかつ22.2chで聴くというのが、現状で最上のオーディオビジュアル体験でしょう。スピーカーも英国製の最新のものを導入したそうなので、そういう意味で、4K・8K機材展のデモが今最高のクライテリア(基準)ではないでしょうか。

麻倉:MIPTVと4K・8K機材展を通して、特に表現というところの4Kの広がり、8Kの新しい体験が、これからのオーディオビジュアルライフに重要になるということが解りました。まだまだオーディオビジュアルは面白くなる、そんな期待を抱かせる有明とカンヌの春でした。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表

天野透