本田雅一のAVTrends

「X1 Ultimate」が提示するソニー次世代画質。8Kだけではないリアリティ追求

 北米ではAV製品をほとんど展開していないパナソニックは欧州向け製品をハリウッドで先行発表したが、ソニーは例年通りBRAVIAシリーズの新製品をCES前日のプレスカンファレンスで披露した。だが、ひとつだけ例年と異なる展示がある。それが「X1 Ultimate」と呼ばれる8K解像度までの映像処理能力を持つ新映像プロセッサだ。

8K液晶パネル+X1 Ultimate(左)と液晶テレビフラッグシップ「Z9D」(右)の比較デモ

 展示会場ではピーク10,000nits(低価格液晶テレビで250~300、上位モデルで1,000程度)という超高輝度の85インチ8K液晶パネルと組み合わせ、従来モデルであるZ9Dシリーズとの比較デモを参考展示として行なっていた。

X1 Ultimateの概要

 しかし、この展示がただの技術デモではないことがわかるのは、その横で65インチの現行ハイエンドモデルをOLED(有機EL)と液晶それぞれ並べ、X1 Ultimateを搭載するとどのように画質が変化するのかを見せているからだ。

 ソニーはその年に販売する製品をCESで発表した上で、その年の商談へと進むことが多い。つまり追加モデルが登場することは少ない。しかし、このタイミングで現行モデルとの比較デモを行なうということは、おそらくX1 Ultimate搭載モデルが今年後半に控えているのだろう。あくまで推測だが、Z9Dの登場から2年ぐらいのタイミングで、液晶、OLEDともに最上位モデルを展開すると予想する。

 なにしろ発売決定製品はA1Eシリーズのスタイルチェンジ版であるA8Fシリーズと、液晶テレビ上位モデルのX900Fシリーズのみ。液晶テレビは動画応答性を高める新技術が盛り込まれているが、A8FとA1Eの画質は同じでOLEDの画質は従来と同じ。

 実はA8Fはスピーカーであるアコースティックサーフェイスの音質が改善され、より低い帯域まで画面上での再生が行なえるようになっているが、画質面はパネルの生産プロセスも含めてキャリーオーバーとなる。

 おそらくX1 Ultimate搭載モデルの追加がある……という予想の元(もちろんその答は教えてはもらえないが)ソニービジュアルプロダクツ 企画マーケティング部門 部門長 長尾和芳氏に話を聞いた。

--- 今回の展示は2年前にBacklight Master Driveを参考展示した時と状況が似ていますね。X1 Ultimateはすぐに商品に入ってくるのでしょうか?

長尾:投入の時期は申し上げられませんが、もちろん商品化を前提に開発をしています。今年のCESでは8K対応がひとつのトピックと予想していたので、8Kの液晶と最新のバックライト技術で、どこまでリアリティのある表示ができるかに挑戦しました。

ソニービジュアルプロダクツ 企画マーケティング部門 長尾和芳 部門長

--- 10,000nitsというと現在のHDR技術で定義されている輝度範囲すべてを表示できるということですが、実際の映像作品でそこまでの輝度が入ったものはなく、おおよそ1,000nitsぐらいを目処に作り込まれてます。しかも映像の主体的な部分は300nits以下ということがほとんどですよね。10,000まで全部……というのは、どういう意図があるのでしょうか?

長尾:我々の開発しているバックライトシステムとX1 Ultimateを使えば、ここまでのリアリティが出せるということを、まずは色々な人に観てもらいたい。特にコンテンツを制作している側の人たちに”やろうと思えばここまで到達できるよ”という次世代ディスプレイが目指す新しいゴールを見てもらおうと。

2Kから4Kは自然に変化してきましたが、そこから8Kとなると単に解像度を上げるだけでは新しい価値を提供できません。解像度、輝度、コントラスト、動画応答。このすべてのレベルを上げて総合画質を高めリアリティを追求する。そんな価値観をコンテンツ業界の人たちと共有するのが目的です。

--- 比較対象は75インチのZ9Dでしたから、2,000とは言わないまでも1,500nitsぐらいはピークが出ているはずですよね? かなり眩しい領域まで出ているのにリアリティは全然違う。

長尾:2年前のバックライトマスタードライブ(BMD)で、弊社的には最高画質を目指しました。ですから、ここまで質的なものが上がるとは自分たちもわからなかったのです。今後、さらに画像認識の技術を高め、ダイナミックレンジを広く取れるよう積極的に処理を行まえば、このぐらいまでは到達できるのだろうという発見にもなりました。

--- 4KパネルでのX1 Ultimateのデモもありましたが、OLED、液晶ともに明らかな画質向上を感じました。8Kではなく4KパネルでもX1 Xtremeに対する優位性があるのでしょうか?

長尾:X1 Xtremeに対して、Ultimateはリアルタイム処理能力が2倍になっています。その分、まるまる解析能力が上がってますが、さらに処理の並列性などを挙げてトータルでパフォーマンスを上げました。具体的にはオブジェクトの認識精度が高まっています。たとえば、これまでのX1 Xtremeは葡萄の房全体を“葡萄”と認識して映像処理していましたが、X1 Ultimateでは葡萄の粒ひとつひとつを認識し、茎の部分はまた別に認識します。映像処理は機械学習が進みより高精度となり、認識できるオブジェクトの種類も増加しています。

その上でダイナミックレンジを、本来の質感に合うように復元する処理をオブジェクトにかけていたのですが、Ultimateでは同時に超解像処理も施します。Xtremeに比べ、Ultimateのリアリティが向上しているのはそうした理由ですが、さらに8K向けに高速化しているため、4Kでは同時に認識できる映像オブジェクトの数が増加します。

4K OLED+X1 Xtreme(上)と一般的なUHD/4Kテレビ(下)
4K液晶+X1 Xtreme(上)と一般的なUHD/4Kテレビ(下)

--- X1 Xtremeは高品位な映像に関しては素晴らしい結果が得られていましたが、一方で地上デジタル放送などのクセが強いノイジーな映像はS/N感があまりよくありませんでした。その改善はされていますか?

長尾:地上デジタル放送のS/N改善が必要というフィードバックはもらっているので、そこについては手厚く対策をしています。ここではオブジェクト認識の精度、細かさ向上が効いているため、オブジェクトではないと認識された部分、言い換えると平坦部に対して適切なノイズ処理を行ないます。前述したように、かなり細かく多くのオブジェクトを認識しているので、被写体ごとに異なるノイズ処理を行ないます。

--- X1 UltimateはOLEDでも液晶でも高画質になるというのが売りですが、中でも液晶のバックライト分割制御は優れていました。今回、バックライトマスタードライブ(BMD)にも改良は入っていますか?

長尾:まさに今回のCESにおける8K+X1 Ultimateのデモがそれです。10,000nitsというピーク輝度を出すには、より優れたローカルディミング制御が必要になります。

--- 分割数がBMDよりも多くなっていると言うことでしょうか?

長尾:いえ、分割数は“これで目の特性上、影響のないHaloに抑えられる"とした前回の分割数から変化していません。それ以上細かくする必要がありません。一方で制御の精度は向上していて、それがより優れたバックライト制御につながっています。

そのことは65インチパネルで比較していた、一般的なテレビとX1 Ultimate搭載テレビとの比較デモで見ていただけます。この比較デモ用に使われているパネルはBMDではなく、常識的な数の分割数しか持っていません。

--- コンテンツ制作者と目線を合わせたいという話がありましたが、これは現在、最高1,000nits程度の輝度を目安に作られているHDRコンテンツを、より高い輝度を想定したグレーディングにしてほしいと考えているからですか?

長尾:はい、将来実現可能なディスプレイ性能を示すことで、8K時代にはっもっと高いよことに目標を据えたいという意図はあります。すでにハイエンドモデルは1,000nitsを超える輝度を出せています。

--- パナソニックやSamsungがHDR10+を発表しました。ソニー製テレビは対応するのでしょうか?

長尾:特に検討はしていません。確かに輝度情報があらかじめ入っていれば処理は楽になるでしょうが、X1にはバックライト制御に必要な情報を得るための機能が最初から組み込まれているので必要がありません。HDR規格のPQカーブには、絶対的な輝度情報が収められていますから、それを正しく表現すればいいだけなのです。もちろん、HDR10+を使うことで画質が向上する製品もあるでしょうが、我々には必要ないと考えています。

本田 雅一

PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。  AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。  仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。  メルマガ「本田雅一の IT・ネット直球リポート」も配信中。