本田雅一のAVTrends
HDR普及を加速する「HDR10+」の狙い。ワーナーとAmazon参加で採用拡大へ
2018年1月10日 09:30
昨年秋に発表されていた動的にメタ情報を付加することで、低価格なテレビにおけるHDR映像の再現性を高める規格「HDR10+」のライセンスが開始された。HDR10+の目的や詳細に関しては以前のコラムで紹介した通り。ライセンス開始のニュースも本誌に掲載されているが、今回の記事では今後の見通しと、機器の対応状況、同じ動的メタ情報付きHDR規格「Dolby Vision」との違いなどについて紹介することにしたい。
HDR10+の強みは互換性と改良の柔軟性
ハイダイナミックレンジ(HDR)映像を記録するフォーマット規格はいくつかあるが、大きく分けると放送などでの利用をターゲットとしたHLG(ハイブリッドログガンマ)と、映像を編集して作品として仕上げるコンテンツ向けのPQカーブを用いた規格に大別される。
HDR10はPQカーブを元にしたUHD BDやネット配信用映像向けに開発されたものだが、メタ情報は固定されている。Dolby VisionもPQカーブを基礎にしたシステムだが、こちらはシーンごとのダイナミックレンジに関する情報が記録される規格で、一般的な4K映像の10ビットを超える階調を得るため、12ビット化するための情報ストリームも付加されている。
ただしDolby Visionはドルビーが完全にパッケージ化したシステムだ。問題のひとつにライセンス料が(コンシューマ製品向けとしては)高いというものもあるが、直接的には消費者には影響しない。Dolby Visionがなかなか普及しない最大の理由は、メーカーが技術の進歩や採用するパネルの性能・特性に応じた独自改良が難しい点にある。
HDRコンテンツにはディスプレイ性能を大きく超える情報が入っている。どう表示するのかは製品開発の段階で、採用するディスプレイパネルに合わせメーカーが作り込むが、Dolby Visionはドルビーが実装を担当し、どのように表示するかの部分はブラックボックス化される。技術力が低いメーカーは採用することでHDRの表示性能が上がり、プレーヤーの視点ではSDR変換機能もドルビーまかせにできるが、一方でそれ以上の工夫はまったくできない。
もっとも、シーンごとに明るさの範囲や分布がわかれば、性能が低いテレビでもHDRコンテンツの良さを活かした表示は可能だ。
HDRコンテンツは、ピークに数1,000nitsの情報を含んでいる場合もあるが、概ねかなり明るいところでも1,000nitsぐらいに収められている。ソニー製BVM-X300(最大1,000nits)が業界標準モニターになっていることも理由のひとつだが、しかし映像のボディとなる部分は多くの場合、300nits程度までに収まっていることがほとんど。
つまり、特定のシーンにおける輝度の範囲と分布を見て、映像のボディが300nits以下に収まっているとわかれば、300nitsまでしか出せないテレビでも明部のロールオフを行なわずにそのまま表示できる(ロールオフすると明部の色濃度が失われるためHDRの効果が失われてしまう)。
HDR10+の目的は、業界標準となっているHDR10との完全な互換性を保証(HDR10の映像は動的メタ情報が使われないだけで、HDR10デバイスでも再生できる)した上で、ライセンス料フリーの動的メタ情報付きHDRシステムを実現することにある。
ワーナーの支持でコンテンツ側のHDR10+対応が進む
ただ、問題はどのように普及させるのか。そもそも普及するのか? という点だろう。以前ならばDVDやBlu-ray Discなどの規格に必須技術として採用されれば、それだけで業界標準となり得たが、現在は映像配信サービスのサポートなしでの業界標準は意味が薄い。
今回のライセンス開始発表ではワーナーブラザースとアマゾンがHDR10+のサポートを発表した。中でも意外だったのはワーナーブラザースのコミットメントだ。ワーナーはこれまで75タイトルのDolby Vision対応コンテンツを映像配信サービス向けに、UHD BDタイトルとしても40タイトル近く出しているが、これらはすべてHDR10+でも提供すると発表したのだ。一方、アマゾンの対応も手厚く、数100時間分に上るオリジナルのHDR作品は、すべてをHDR10+対応にした上でグローバルに展開する。
この二社に加え、HDR10+を推進してきた20世紀フォックスが外注しているポストプロダクションを合計すると、ハリウッド系のポストプロダクションスタジオの大部分がHDR10+での制作サービスを開始することになる。
また映画会社も、たとえばソニーピクチャーはHDR10+への賛意を表明はしていない。ここにはソニーがBRAVIAシリーズのDolby Vision対応を発表しているからという事情もある。しかし、ラスベガスで行なわれているCESの会場でソニーピクチャーの技術担当幹部に尋ねたところ、(SPEの販売するUHD BDタイトルとして出てくるかはわからないが)アマゾンからの要求があるためHDR10+版も提供すると話していた。
HDR10とHDR10+に互換性があることを考えれば、UHD BD版だけHDR10+に対応しない理由はない。これは他の映画スタジオも同じだろう。
これだけ外堀が埋まってくると、技術ライセンスが無料、下方互換性があることなどからアップルやグーグルといった他の映像配信サービスを持つプラットフォーマーも、HDR10+を採用しない理由がなくなってくる。
実は安価なテレビで効果を発揮するHDR10+
最後にHDR10+で追加される動的メタデータが、どういった情報なのかもお伝えしておきたい。HDR10ではディスク内のプレイリスト情報、映像ストリームの制御パケットの両方にHDR関連の情報が収まっている。
中でも重要なのはMaxCLL(最大輝度)情報だが、実際には「0(指定しない)」「4000」などの値で固定されているもの少なくない。ほとんど参考にならないのが実情だが、ここに実質的な映像を分析した正しい値が入るようになる。
たとえば、小さな輝点があってもMAX CLLとはせず、実質的に一番明るいと想定される輝度を規格上決め(画面全体に占める割合で規定する)、そも値が入るよう業界標準のグレーディングツールにプラグインソフトウェアが提供される。
このプラグインはダヴィンチというツール用だが、どのシーンからどのシーンまでを同じメタ情報にするかなどを指定するだけで、あとは映像全体をスキャンさせれば作業が完了する。
動的な情報の変化は、映像ストリームの制御パケット内の値が変わることによって機器に伝えられるが、このときMAX CLLだけでなく輝度の分布情報も入っている。これは映像のボディ(主要な部分)が、どの範囲に収まっているかを検出するために使われるものだ。
映像のボディがわかれば、その間をリニアな階調で見せ、それ以上の極端に明るい情報は無視して白く飛ばすといった表示が行なえるようになる。
実際にどのように処理するかはテレビメーカーの実装次第だ。優れたHDR対応プラットフォームは、総じてそうしたHDR処理をすでに行なっている。しかし、ピーク輝度が低い安価な製品ほど難易度は高くなるため、全体の品質底上げにはつながるだろう。