本田雅一のAVTrends |
AVコンテンツ流通の今後を左右する「NGSMI」とは?
DRMの違いによる“縛り”を解消
パナソニック、サムスン、サンディスク、ソニー、東芝の5社が12月19日に発表した「Next Generation Secure Memory Initiative(NGSMI)」のニュースをご覧になった方もいるだろう。ニュースリリースには「SDカードなどフラッシュメモリを使った記憶媒体向けの新しいコンテンツ保護技術について協業することで原則合意」と書かれているが、事実上はSDカードの次世代規格を、この5社で作っていくということ。
とはいえ、ニュースリリースを見るだけでは、何をやりたいのか、サッパリわからないという方も多いはずだ。それもそのはずで、肝心なところはボカして発表されているからである。NGSMIは、AVコンテンツのこれからの流通において、大きな意味を持つものになる可能性が高い。
NGSMIを用いると、メモリカードの中に高付加価値のコンテンツ(たとえばフルHDの映画など)を安全に保管することが可能になる。たとえば、現在は標準解像度での転送しか許されていないハイビジョン放送の“おでかけ転送”も、NGSMIを用いるとお出かけを許してもらうことができる。
NGSMIはメモリカードにコンテンツを安全に保管するための著作権保護技術で、これを用いることでDTCPなどを超える、極めて信頼性の高いセキュリティを実現できる。それと同時に柔軟な運用も可能なため、従来のようにガチガチに固めるだけで使いづらいコンテンツ保護でもない。
報道を見るとNGSMIを「SDカードの次世代規格」と紹介していることもあるため、またメモリカードの規格が変更されるのか? と、少し残念な気持ちになる方もいるかもしれない。しかし、前述したようにNGSMIは従来のSDカードやメモリースティックなど、データ交換用の外部メモリカードの標準化を目指したものではない。
もちろん、カード型のメモリでも利用することは可能だが、どのような半導体メモリを用いるかは規格の中で決められていないが、その効能はハッキリしている。セキュリティ対策が不完全なAndroid採用の機器でも、付加価値の高い高解像度(HD)コンテンツが扱えるようになる。
■ DRMの違いによる“縛り”から利用者を解放するNGSMI
みなさんの多くが経験しているように、ネットワーク経由でコンテンツをデジタル配信し、内蔵メモリやメモリカードに保存するシステムでは、物理メディアで流通していた頃に比べ、利用者側に不便を強いるケースが多い。
たとえばアップルのFairPlayやマイクロソフトDRMなどでは、メモリ内蔵でコンテンツをモバイル環境で利用するための機器が、特定の配信技術に依存してしまう問題がある。FairPlayやマイクロソフトDRMで配信されたコンテンツは、それぞれに対応する機器でしか再生できない(もちろん、著作権保護をかけていない場合はその限りではないが、音楽はともかく映画などは保護なしでの配信は無理だろう)。
一方、著作権保護は物理メディアに依存する形で実装されている場合がある。この場合、どんなメーカーのどんな機器でも、そのメディア規格に対応していれば再生できるものの、外部記録メディアに依存しているため、内蔵メモリにコンテンツを記録するAndroid機器などに対応できない(SDカードのCPRMなど)。
そこでNGSMIでは、一般的に使われている著作権保護技術の運用ルールを一通りすべてカバーした上で、各種配信システムの著作権保護を変換してNGSMIの保護ルールに置き換えた上で、内蔵メモリやマイクロSDカードなど既存のメモリカードに保護コンテンツを書き込む。
【NGSMIの技術構成】
- | NGSMI | Blu-ray Disc(参考) |
AVフォーマット | HDコンテンツ規格 (Blu-ray/.MP4) その他応用規格 | BDMV/BDAV |
コンテンツごとの 鍵暴露対策 | ネットワーク認証型 コンテンツ保護 | BD+ |
コンテンツ暗号 | 基本著作権保護 | AACS |
メディア固有鍵の 媒体保護 | デバイス固有鍵 | BD-ROM Mark |
物理媒体 | 半導体メモリー素子 | Blu-ray Disc |
保護の仕組みも著作権保護ポリシーの設定に基づいた運用ルールも、どんな配信サービスにも、NGSMIにシステムが対応していればカバーできる。
もう少し簡単に言い切ってしまうと、NGSMIの実装が進み、対応サービスが増えてくれば、どのNGSMI対応配信システムからダウンロードしたコンテンツであっても、NGSMI対応のデバイスならば再生できることが保証されるようになる。メーカーを変えた買い換えもできるし、機器を買い換える時の引っ越しも簡単だ。
しかし、なにより一番の利点は従来はメモリカードにコピーしての持ち出しが許されていなかった、プレミアムな品質のHD映像をはじめ、端末内に高付加価値のコンテンツをコピーして持ち出せるようになることだ。
現在、デジタル配信のクラウド対応が進みつつあり、特定のユーザーIDを紐付けることでテレビなど固定回線のブロードバンドネットワークを通じてストリーミング配信でコンテンツを楽しむことが自由に行なえるようになってきた。
しかし、モバイル環境では映像のストリーミング視聴を行なうことは困難。そこで、NGSMIを用いて安全にスマートフォンなどに持ち出せるようにしようというわけだ。ユーザーはどんな著作権保護技術(DRM)を使っているのかなど気にする必要がなくなる。
NGSMIの活用シーン |
■ ARMのセキュリティ機能を活用しコンテンツを保護
つまり、結論だけを簡単に説明するとNGSMIに対応した機器でありさえすれば、NGSMIに対応したコンテンツを管理、再生可能になり、メーカーの乗り換え時にコンテンツの互換性が失われたり、特定のサービスでしか配信を受けられないといった制限がなくなる。
NGSMIの主要部分はセキュリティ関連であるため、運用できるコンテンツの種類などには柔軟性がある。つまり、特定の用途だけにしか使えないフォーマットではないということだ。そしてもうひとつ、NGSMIには大きな特徴がある。それは著作権保護に関して、対応機器が動いているプラットフォーム(Androidなど)に、セキュリティの高さが依存しないことだ。
Androidを採用したARMプロセッサを用いた機器での利用を考え、NGSMIではARMプロセッサで利用可能なTrustZoneという機能を用いて、内蔵メモリ、外部メモリ双方に保存されたコンテンツのやりとりをする。漏れてしまうと暗号が解かれてしまうデバイス固有鍵などの情報は、TrustZoneの中でしか扱われない。ただし、実際にはTrustZoneだけではなく、プラスαで別の技術も組み合わせて安全性を高めているという。
ネットワーク経由のダウンロードや放送、Blu-ray Discからのコピーなど、さまざまな経路で流通するHDコンテンツに対応され、スマートフォンやタブレット端末、カーナビなど、あらゆるデジタルデバイスでの相互運用が確保可能になる。
実はこの規格、2011年の比較的早い段階から規格提案が進み、9月のドイツIFAで発表されると予想されていたもので、開発はすでに進んでいると予想される。5社が協力して2012年の早いうちに新技術のライセンス提供開始すると話しているが、対応のための仕組み作りはすでに始まっていると考えていいだろう。2012年中には対応製品が登場するはずだ。
そんなに簡単に普及するのか? という素朴な疑問もあるだろうが、NGSMIに参加しているサムスン、東芝、サンディスクのNAND型フラッシュメモリのシェアを合計すると77%を越える。このため、この三社が積極的に推進する限り、“種まき”としてのNGSMI対応は確実に浸透していくだろう。
■ コンテンツオーナーの対応は?
関係各所に取材してみたが、日本のハイビジョン放送に関する扱いについては、ARIBの審査は確実に通過する見込みだ。すなわちハイビジョン録画のハイビジョン解像度でのお出かけ転送は、NGSMI対応機器において可能になる。
一方、映画スタジオなどは一様に好意的な反応を示しているようだ。ハリウッド界隈では、セキュアにダウンロードしたコンテンツを運用する手段がないため、クラウド型といっても内蔵メモリやメモリカード上に複製を作っておき、ユーザーIDとの組み合わせで利用するといったことを行なう場合、HD映像の配信は避けてきた。
しかしストリーム配信だけでは、好きな時にすぐに再生が始まらないこともあり、品質もネットワークの混雑状況に依存する。レンタルモデルでの販売が主になるため、なんとか「売り切り」で販売したい。そんな映画スタジオのニーズにも、ピッタリと合致する。現在はストリーミング配信だけの対応になっているUltraVioletをはじめ、様々なデジタル配信ビジネスの枠組みが、NGSMIをきっかけに変化していくと思う。
ただし、NGSMIの枠組みの中には、再生環境としてパソコンが含まれていない。これはBlu-ray Discに採用されているAACSという著作権保護技術が、パソコンの再生プログラムを通じてハッキングされた経緯があるためだ。
パソコンの場合、TrustZoneに相当するようなハードウェアによるセキュリティ機能が利用出来ないこともあり、過去の経緯を含めて再生環境としてのサポートは困難とのことだ。ただし、NGSMIは主にモバイル機器向けのコンテンツ配信が中心になるので、パソコンの非対応そのものは、あまり大きな問題ではないと思う。なお、コンテンツのダウンロードやバックアップなどの管理はパソコンで行なえる。
プレミアムなコンテンツはHDの映画だけではない。今回のプロジェクトがうまく進めば、あらゆるデジタルコンテンツの流通基盤に成長していくかもしれない。