本田雅一のAVTrends

AKGのNCヘッドフォン「K495NC」が気に入った理由

-パッシブでも高音質。QC15など競合に無い魅力




筆者が高く評価している(が所有していない)ボーズ「QuietComfort 15」

 年間、およそ6~8万マイルぐらい飛行機に乗っている筆者。以前は“ノイズキャンセリングヘッドフォンの新製品”と聞くと、「おっ? 次の製品はどうかな? 」と期待を持って評価していたものだが、ここ数年はあまり興味を持てなかった。

 理由はボーズのQuietComfort 15のデキが、飛び抜けて良いと感じているからだ。アナログフィードバック型のQuietConfortシリーズは、第2世代以降はその高性能や機能性で安定した人気を誇ってきたが、マルチマイク採用のQC15はノイズキャンセリングの性能、音質のバランスが良く、現在でも最高峰だと思っている。

 しかし、一方で個人的に買い換えまでは至っていなかった。筆者はボーズのQuietComfort 2とソニーのMDR-NC500Dを所有しているが、旅行時に携帯しているのは後者だ。トータルの商品力として上回っているのはQC15だが、買い換えに至らなかった理由は予算ではなく、機能性。では、その一方でAKGのK495NCに興味を持ち始めたのは何故なのか? といったところから、本稿を書き始めたい。

AKG「K495NC」

 なお、K495NCの試作機試聴レポートは、本誌山崎氏によってすでに執筆されているので、本稿では主に“利用シナリオ”を中心に、K495NCの魅力と課題について考えてみた。

 先に結論を書いておこう。この製品はとても魅力的だ。QC15には買い換えなかった筆者だが、K495NCは購入するかもしれない。ただし、完璧な製品というわけでもなく、弱点もハッキリしている。それらを認識した上で、自分の意思で選べる人にはK495NCを薦められる。良い製品であることは間違いないと思うからだ。



■ QC15を選ばなかった理由、K495NCに注目した理由

K495NC

 今年は何故か欧州への取材が多く、先日はロンドンへと取材に向かった。この取材の直前、たまたまであるが、やっとK495NCの製品版が仕上がってきたとの連絡。試作機は試聴していたものの、製品版では異なる製品になっている、なんてことはオーディオ製品ではよくある話。

 ちょうど、バーンインをやっているところだったK495NCの貸し出しを依頼して、ロンドン往復と現地ホテルでの仕事中、あるいはロンドン地下鉄の中などで、使ってみることにした。試作機を試聴した段階で、三つの点に注目していたからだ。

 まず、メーカー自身が「高音質」をうたっていること。これは興味深い。ノイズキャンセリングヘッドフォンは、耳に飛び込んでくる音のうち環境騒音を差分情報として再生する。音楽信号と混ぜて再生するのだから、ドライバユニットの能力のうち、音楽再生に使われるのはノイズを打ち消す分を差し引いたものになる。

 とはいえ、そうした制約の範囲内でも十分に高音質ということはあるわけで、試作機ではその片鱗を感じる事ができた。これが製品版でどうなるか? が第一の興味。

 また筆者が持っているQC2、NC500Dともに、バッテリがなくなるとヘッドフォンとしての機能を失ってしまうが、K495NCは違う。パッシブのヘッドフォンとしても利用できる。旅先で充電し忘れ、帰国便では使い物にならなかったとか、充電したつもりだったのに充電されていなかった、あるいは予備バッテリを入れ忘れたなんて間抜けなミスを何度もしている身としては、電源なしでも普通のヘッドフォンとして使えるK495NCは便利そう、というのがもうひとつの理由だ。

 そして最後に試作機をパッシブで聴いたとき、存外に良い音がしたということも興味を惹いた点だ。旅先のホテル、静かな環境ならばノイズキャンセリング機能をオフにして、高音質ヘッドフォンとして使える、なんてことになればいいかな? という期待を持たせる音だった。

 そして、今のところノイズキャンセリングヘッドフォンならばQC15が最もウェルバランスだろうと書いておきながら、買い換えずにいる理由はK495NCに興味を持った理由の真逆。バッテリがなければただのお荷物になってしまうようならば、今使っているNC500Dと基本的に同じ悩みを抱えることになる。

 ノイズキャンセリング性能で上回り、バッテリも長持ちし、音質面ではQC2より低域の再現能力が上がっているとはいえ、NC500Dに比べて大幅に……というわけでもなく、まぁ、買い換えるほどでもないよね、という結論に至っていた。では、なぜK495NCなのか? というと、別の魅力を感じているからだ。


■ ノイズキャンセリング機能だけを評価するなら……

ハウジング内部にマイクを装備

 さて、ノイズキャンセリングヘッドフォンとしての性能だが、ボーズで言えばK495NCと同じくオンイヤー型のQuietComfort 3と同程度という印象だ。ユニット径が大きい分、飛行機内など低域ノイズが多い環境下におけるノイズキャンセリング効果はQC3よりも高いかもしれない。

 同時に聴き比べたわけではないが、ノイズキャンセリングの効き味は、QC3とほぼ同等と言って差し支えないと思う。旧型製品のノイズキャンセリング能力は著しく低かったことを考えると、大きな進歩だ。

 これはヘッドフォン外部の音を拾ってノイズキャンセリングを行なうフィードフォワード方式から、ハウジング内部の音を拾ってノイズキャンセリングするフィードバック方式へと、ノイズキャンセリング信号の生成アルゴリズムが変更されたのが大きな理由だ。

 ヘッドフォンハウジング自身の遮音効果が大きいオーバーイヤー方式のQC2、NC500Dと比べると、QC2よりは明らかにノイズキャンセル効果が大きく、より高い帯域までノイズキャンセルが効いているが、NC500Dとの比較では同程度といったところだろうか。ちなみに、これら少し前の高性能ノイズキャンセリングヘッドフォンと比較すると、無音時のホワイトノイズは少なく、ほとんど気にしなくて良いレベルだ。

 ただし、フィードバック方式全般に共通するシビアな側面も顔を覗かせた。フィードバック方式は、密閉型ヘッドフォンのハウジング容量や形状が変化するような時(歩いたり、ハウジングそのものがシートの枕に当たって動くなど)、“ポコ、ポコ”と補正波形の位相ずれなどが原因で鼓膜を圧迫する感覚が出やすい。

 オーバーイヤー型ならば、その感覚もうるさいことを言わなければ、さほど気にならないのだが、オンイヤー型だとこの圧迫感や、ポコポコっとする感触に違和感を感じる事もある。このあたりは、同じノイズキャンセリング方式、同じオンイヤー型の他社製品に比べて劣っているところはないが、QC15のように内と外、両方のマイクを使って制御している製品に比べると違和感はある。

 ただし、本機はノイズキャンセリング機能をオフにしていても音楽を聴ける。圧迫感が気になるようならば、歩きながら使う場合はノイズキャンセリング機能を切るのもいいと思う。

 使い始める前までは、オンイヤー方式はムレる上、遮音性を高めるために側圧を強くしがちで、長時間装着し続ける飛行機の中では、あまり使やすくないという印象だったが、実際に飛行機に持ち込んで使ってみると、あまり気にならない。空調が管理され、動き回らない中では、発汗やムレなどによる不快さを感じることが少ないからだろうか。

 また、音質の面でもノイズキャンセリング機能をオンにした上で使ったK495NCは、比較的余裕のある低域再生能力もあって、十分なノイズキャンセリング効果を得つつも、バランス良い音楽再生を実現してくれた。

専用ケーブルで充電

 既報レポートにもあるように、USB端子を用いた充電の仕組み(ただし専用ケーブルが必要……というのは残念)、飛行機シート用変換アダプタや電源アダプタ、ケーブル類を収納できるコンパクトなキャリングケース、ポリウレタンによるフェイクレザーと金属部品を用いた高い質感の仕上げなど、“長時間の旅行時に持っていく”ヘッドフォンとしては、とても魅力的なパッケージに仕上がっていると思う。

 ただし、そうは言っても本機はライバルと比較しても高価。果たして4万円を越える価格の価値はあるのだろうか?という疑問は、当然あると思う。充電式と乾電池式、オンイヤーとオーバーイヤーといった商品の性格付けが全く異なるとはいえ、QC15と比べて高い価格設定をどう考えるかがK495NCを評価する上でのポイントだと思う。


キャリングケースで付属品をまとめて携帯できる

■ ノイズキャンセリングのON/OFFで変わる音質

NCのON/OFFスイッチを装備。OFFでもパッシブ型のヘッドフォンとして利用できる

 まずは、静かな場所でノイズキャンセリング機能をオンにして、音質を評価する。静かな場所なら、密閉型ヘッドフォン自身のパッシブなノイズ低減効果で、十分に音楽を楽しめるのだから、ノイズキャンセリング機能は必要ないのだが、ボーズのQCシリーズやソニーのNCシリーズは、いずれも電源オンでなければヘッドフォンとして機能しないので、まずは上記のような環境で聴いてみた。

 全般に中域から低域にかけてのボリューム感が増えるが、情報量と解像度が増加するというよりは、モワッと位相の遅れた音が纏わり付くような感覚。低域のブーミーさが印象として頭の中に残る。ただし、これは他のノイズキャンセリングヘッドフォンにも見られるもので、ノイズキャンセリング効果をある程度引きだそうとすると、ある程度、質の面では妥協が必要なのかもしれない。

 ただし、電車や飛行機の中はもちろん、街中や客の多いカフェなど、ある程度以上の騒音に包まれている中では、むしろバランスがいい。どうやら、静かでノイズキャンセリング機能の必要性が低いところではなく、実利用環境でのバランスに合わせ込まれているようだ。

 絶対的な音質、音の情報量ではノイズキャンセリングを行なわない通常のヘッドフォンには敵わないものの、ノイズキャンセリングヘッドフォンの中で比較するなら、音質の仕上がりはトップクラスだと思っていい。

 一方、ノイズキャンセリング機能をオフにするとどうだろう? 本機はノイズキャンセリング機能をオフにすると、電源不要のパッシブ型ヘッドフォンとなる。充電し忘れなど電源を失ったときにも使えるのは嬉しいが、実際に聴いてみるとノイズキャンセリングオフにすると明確に音の品位が向上した(と同時に“質感”も変化する)。

 やや高域が固く聞こえる傾向はあるものの、歪みっぽさは少なく、抜けの良い爽快さ感じさせる音だ。低域の量感もそこそこにはあるのだが、量感の演出感はなく、エネルギーバランスは同社のオープンエアヘッドフォンに通じる味付けと感じる。ノイズキャンセリング機能のON/OFFで性格はガラリと変化する。

 では飛行機の中では? というと、低域ノイズに囲まれた飛行機の中では、ノイズキャンセリング機能をオフにしているとと、音が痩せて感じられ、情報量もノイズにマスクされて減ってしまうため、オンにした方がトータルの体験レベルは上がる。


■ ノイズキャンセリング+パッシブヘッドフォン、両方のバランスよい折衷案

 冒頭で筆者は“個人的に”K495NCを気に入ったと書いたが、それは筆者の使い方に合っていると感じたからだ。

 飛行機に乗る機会が多く、必要なものを一式、コンパクトなケースにまとめて持ち歩けるノイズキャンセリングヘッドフォンを求めている。専用ケーブルとはいえUSBからの充電が可能で、ノイズキャンセリング性能は最高とは言わないが高いレベル。装着感も質感も悪くない。

 と、これだけならばQC15を選ぶかもしれないが、出張先のホテルで使いたい場合などは、ノイズキャンセリングをオフにすればパッシブのヘッドフォンとして、なかなかの高品位で楽しめる。

 もちろん、QC15とお気に入りの高音質イヤフォンを二つ持っていくという解決策もあるが、ノイズキャンセリングヘッドフォンでありながら、パッシブのヘッドフォンとしても作り込まれた本機に、僕自身は魅力を感じた。

 もしノイズキャンセリングヘッドフォンは音が悪い、高音質とノイズキャンセリング機能の良いバランスポイントはないものか? と思っているなら、K495NCは興味深い存在になると思う。

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AKG「K495NC」

(2012年 8月 3日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

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[Reported by 本田雅一]