本田雅一のAVTrends

CES基調講演に見るパナソニックの大変革

米国の産業界に向けたメッセージ

パナソニック津賀一宏社長

 2013 International CES。パナソニック社長の津賀一宏氏は、米ラスベガス・ヴェネチアンのボールルーム、CES基調講演の壇上にパナソニック社長として初めて登った。これまでにCES基調講演を担当したパナソニック幹部(大坪氏、坂本氏)は、すべてAVC社・社長時代としての講演。しかし、今回はパナソニックグループ全体を背負っての講演である。この違いは小さくない。

 この中で語られたのは、パナソニックの大きな方向転換であり、原点回帰だ。経営危機を経て大きく生まれ変わろうとしているパナソニックが向かうのは、どのような方向なのだろうか。

 津賀氏の基調講演やその後のグループインタビューについては、すでに記事が掲載されているため、ここでは基調講演が指し示すパナソニックの変化について話を進めたい。

自身の姿を見つめ直すパナソニック

 言うまでもなく、一般消費者にとってのパナソニックと、パナソニックという企業体の実態は必ずしも同じではない。過去10数年を振り返ると、薄型テレビやブルーレイレコーダ、デジタルカメラ、カムコーダなどを中心とする、デジタルホームエンターテインメント製品が、消費者にとって意識に強く残る商材であり続けてきたため、たとえばパナソニックとソニーは同じタイプの会社だと感じている人は少なくないと思う。

 実際、AV Watchで扱う両社の製品分野はとてもよく似ている(PC Watchも然り)。しかし、これが家電Watchとなると、そこにはパナソニックの名は頻出するものの、ソニーは出てこない。

 同じように様々な分野にまたがる、総合的な家庭向け電気製品の企業として、人々の生活のほとんどすべてと関係しているのがパナソニックだ。AVC社の社長ではなく、“パナソニックの社長としての講演”を行なうということは、電気設備や美容家電、調理家電、創エネ・省エネ・蓄電などのエコ技術まで、様々な電気にかかわるすべての領域を含んだ話になる、ということだ。

 津賀氏は基調講演の中で「私は心の底からエンジニア。エンジニアとして、世の中をより良くすることにエネルギーを費やしてきた。パナソニックはテレビを中心としたリビングルームやネットワークサービスを活用するスマート家電だけでなく、美容、健康、環境に関わる電気製品やエネルギー問題に取り組んできた」と、幅広い製品群があることを強調した。

56型の4K有機ELディスプレイ

 もちろん、消費者にとって印象深い、大型の薄型テレビなどAV製品に関しても投資はしている。56インチの新TFT材料と、独自開発による印刷プロセスのOLEDディスプレイは、パナソニックの技術力、それに印刷プロセスへの挑戦という”より多くの人に良い製品を”という企業DNAを示したものだ。

 しかし、その後に続いたのは、他社との協業関係について。自動車メーカーが航空会社などとのコラボレーションについて話ながら、「テレビメーカーとしてのパナソニック」以外の側面を描いてみせた。

 たとえば家庭向け電気設備やそれらをネットワーク化したソリューションを持つこと。たとえば世界中の航空会社175社がパナソニックの機内エンターテインメントシステムを採用し、1,600機に搭載されるブロードバンドインターネットアクセスサービスと連動する新しいシステム開発をしたこと。たとえば東京スカイツリーやローソンに省電力技術や創エネ、蓄エネ、省エネのソリューションを提供していること。

 日本人の我々からみると、これらはたいして意外性のある情報ではない。“コンシューマ”エレクトロニクスショーなのに、最新のホームエンターテインメント製品は、商品化スケジュールの決まっていない56インチOLED 4K2Kディスプレイと、顔認識機能を用いたスマートテレビ機能のみ。

 しかし、これらの情報は、米国人の視点から見ると充分に意外性のある情報だったようだ。それは基調講演後に行なわれた、米国人記者やCEA関係者とのレセプションでの様子からも読み取ることができた。

米産業界へ向けたプロポーザル

 基調講演を通して感じたのは、“AVC社の社長”ではなく“パナソニックの社長”として、米産業界に対し、共に新たな価値創造をしていこうという呼びかけだった。AVC社の社長としてならば、デジタルホームエンターテインメント製品が生み出す未来のライフスタイルに焦点が当たっただろう。実際、過去の大坪氏、坂本氏の基調講演は、そうした期待に添うものだった。

 これに対して津賀氏は、印刷技術を用いた低価格なOLED 2K4Kテレビによる技術力を示した上で、他業種と一緒になって新しい価値を生み出しているのもパナソニックである、というアピール。さらには、一緒に新しい分野に挑戦することで、一社だけではできないことに挑戦できる。一緒にやりましょうという呼びかけを中心にした。

 レセプションでは56インチOLED 4K2Kテレビの商品化について質問すると、津賀氏は「いつかは作れるだろうし、コストダウンも可能だと思う。しかし、それだけでは不十分。テレビ放送を映すだけなのか、ディスプレイとして他にどのような使い途があるのか。より良いテレビを作るだけでなく、商品価値を顧客に届ける仕組みがなければならない」と切り返した。

20型の4K/2K液晶タブレット

 たとえば、20インチサイズの4K2K IPS液晶パネルを用いたタブレット型Windows 8パソコンは、その気になればコンシューマ市場にも投入できる。しかし、220ppiに達する高精細Windowsタブレットを販売するだけでは高付加価値は得られない。このため、高精細かつ高品位なディスプレイを活かしたアプリケーションとセットで、企業向けにのみ提供する。

 自社製パネル生産という設備産業への投資や、規模を追わなければ利益を上げられないテレビ事業をコアにするのではなく、家電製品を数多く販売、研究開発にも熱心な企業として、多様な産業とのコラボレーションを進める。その背景にあるのは、技術力、開発力といった部分への自信なのだろう。

 北米市場におけるパナソニックの売上げは1兆2,000億円程度だそうだが、このうちB2Bの売上は1兆円近くにまでのぼるという。言い換えれば、表向き目立っているB2Cの売上は2,000億円を少し越える程度しかない、ということだ。

 津賀氏はレセプションで、記者や関係者ひとりひとりに、丁寧に自分の言葉で、パナソニックが、いかに他産業界との協業で価値を生み出しているかを話してまわった。さらに驚いたことに、その後、パナソニックブースのメインステージ上に二人のジャーナリストを招き、津賀氏と三人でディスカッションをしながら、自分のやりたいことを訴求していたこと。こうした展示会のステージにトップが立ち、自分自身の言葉で語りかけるケースは希だ。

 “家電の展示会”と銘打ちながら、IT、航空、自動車、建築、通信など、様々な産業を巻き込んでいるCESで、これからのパナソニックはトップ外交で色々な企業との交流を持っていきますよ。このメッセージこそが、津賀氏の言いたかったことなのかもしれない。

コンセプトの明快化が期待されるAVC製品

 こうした津賀氏のB2B2Cスタイルへの傾倒は、パナソニック・オートモーティブ社で培われたものだと言われている。自動車向けのカーナビ、オーディオなどのB2Cの売上げが下がっていく中、間に自動車メーカーを挟むB2B2Cビジネスは金額面での、技術開発など内容面でも、前進するところが大きかったからだ。

 パナソニック一社では達成できなくとも、それ以外に得意分野を持ついろいろな事業者と連動し、エコシステムを作ることで新しいことができる。基調講演では、さらりとIBMと提携していくことを発表したが、これも将来に向けた新しい価値創造を示唆しているという。IBMの情報分析ツールやノウハウ、クラウドの運用などを活用し、パナソニックの強みを活かして……と、このあたりはこれから詳細を詰めていくことになる。

 もっとも、本誌の読者という視点では、津賀氏の指揮の元で、我々に届く製品がどのように変化していくか? ということの方が気になるだろう。これまでのように、企業としてのスケールメリットを活かし、高画質や大画面に多くの投資を注ぎ込んだ製品がなくなり、あるがままに提供される簡素なデジタル製品ばかりになっていくのなら、もうパナソニックに高品位に対するコダワリを感じるAV製品は望めないだろう。

 AVC社は白物家電を扱うAPC社の約2倍に相当する売上げを誇っていたこともあるが、製品単価の下落や日本市場におけるテレビ販売の落ち込みなどから、今やAPC社の6~7割にまで落ち込んでいるという。

 しかし、製品単体での価値は生み出せないとしても、パナソニック全体で利益を生む仕組みは作れると考えているようだ。パナソニック社内では、“クラウド製造業”という言葉が使われている。顧客に対する価値を創造するために、どのようなアプローチを取っているかが重要なのではなく、最終的に顧客が得られる価値こそが重要という意味だ。

 今回のCESでは、AVC社による新たな方向への打ち出し感はなく、新製品、新コンセプトを期待していた向きからは失望の声も聞かれる。しかし、同社全体の姿勢が明確になったことで、むしろ製品コンセプトが明快になり、良い製品が出てくる可能性もある。

 たとえば、これまでのAVC社の主力製品を見ると、数と規模を追わねばならないテレビ事業は、質の高い自社パネルの性能を追いつつも、最終的にエンドユーザーに届ける製品はコンサバティブになりがちだった。このあたりは規模を追わなくても良い東芝のテレビと比較すると明確だったと言える。

 しかし、規模を追う必要のないブルーレイレコーダでは、全製品に一気通貫で高品位のデジタル処理アルゴリズムを盛り込んだ上で、最上位クラスには物量を投入。新規開発の技術も盛り込んで、少量生産でも利益を出せる仕組みを作ることで、マニア向けからVHSの置きかえ需要までをカバーすることに成功している。

 規模を追わず、顧客価値を追う方向に津賀パナソニックが大きく舵を切るのであれば、必然的に同社製テレビの作り方は後者に近くなるだろう。さらには、“テレビ放送”という枠を越えて、あらゆる映像エンターテインメントを楽しむための、ユーザーにとっての価値を見つめ直せば、むしろ我々消費者にとって、より興味深い製品を生み出すメーカーになるのかもしれない。

本田 雅一