本田雅一のAVTrends

IFA 2013から見るソニーとパナソニックが迎えた転機

生まれ変わった平井ソニーと原点回帰のパナソニック

 ソニーとパナソニック。ふたつの日本を代表する巨大電機メーカーが揃って大赤字を計上。トップ交代となって1年半以上が経過した。まったく異なる属性の両社が、いつの間にかライバルとなったのは、AV家電を中心としたホームエンターテインメント分野の売上げが膨らみ続け、さらにホームエンターテインメント機器がデジタル化される中で、より両社の競争が激しくなっていったから、という側面が強かったように思う。

 また両社をはじめ日本の家電メーカーが多くの研究開発費をAV分野に投入し、技術的なアドバンテージを築いてDVDやBlu-ray Discをはじめとする世界標準策定やディスプレイの要素技術開発などで世界をリードしてきたが、その中心にいたのも両社だった。

 しかし市場環境は大幅に変化した。様々なアプリケーションがクラウドの中に溶け込み、クラウドに溶けたアプリケーションを使うためのフロントエンドツールとして、スマートフォンやタブレットの価値が高まっていることは言うまでもないが、その結果、デジタル家電メーカーが大きなダメージを負った。

 世界的な金融危機や為替(による韓国メーカーの台頭)など、さまざまな要因が重なったこともメーカーを疲弊させたが、問題の根っこはやはり「売れる製品の傾向」が大幅に変化したことにある。

 新しい経営陣の元、両社は新しい市場環境に順応すべく、体制を整え直してきた。その結果、ふたつのメーカーはまったく異なる方向へと歩みを進めた。ドイツ・ベルリンで開催されているIFA 2013では、かつてライバルだった両社が異なるゴールへと向かっていることが、より鮮明に浮かび上がっていた。

生まれ変わることに賭けたソニー

平井一夫 ソニー社長兼CEO

 先日、ソニー平井社長を囲んだグループインタビューに関連した記事でもお伝えしたように、ソニーはエレクトロニクスビジネスの全体像、枠組みを大きく変えるために、過去2年近くの時間を費やしてきた。それは以前から実施してきた戦略が結実したものとも言えるが、やはり現CEO兼社長である平井一夫氏の意思の強さでもあるのだろう。ソニーはリスクを取って、アップルとサムスンが支配する(クラウド+スマートフォン)の世界に、正面から挑んだ。

 電機産業に関わる企業が揃って不調な背景には、もっともキャッシュフローが大きいテレビの単価下落などの要因もあるが、そもそも“売れる製品の種類が減っている”という事実がある。さらに、単独の製品カテゴリとして成立している分野も、普及価格帯の製品売上げは激減している。

 たとえば今さらと言うだろうが、電子手帳やボイスレコーダなどはその代表例だろうし、普及価格帯の製品が売れなくなってきているのは、コンパクトデジタルカメラ市場の急速な縮小がすべてを物語っている。

 アプリケーションの一部はクラウドの中に入り、一部はスマートフォンに内包あるいはアプリとして提供され、その両方を組み合わせることで、エレクトロニクスの力で生み出された気の利いた製品が“不要”になってしまった。

 これまで存在していた製品カテゴリごとのユーザーピラミッドは、エントリーユーザー、カジュアルユーザー層がゴッソリと抜け落ち、ミッドコア以上のユーザーしか残らなくなる。マルチマイクで高音質録音を可能にしたサウンドレコーダは生き残れても、お手軽なヴォイスメモはスマートフォンで用が済む。

 ならばプレミアム製品だけに特化すればいいか? というと、そうとも言い切れない。なぜならユーザー体験が断ち切られてしまうからだ。どんなに素晴らしい製品を作っているブランドでも、そのブランド名に触れる機会がなければ、憧れになろうはずもない。

 そこで、普及価格帯製品を買ってくれていた消費者を、スマートフォンで受け止めることにした。これまでのユーザーピラミッドを構成していた消費者は、ゴッソリ抜けたあと、アップルとサムスンが受け止めていたからである。

Xperia Z1のPurple

 平井社長はインタビューの中で「サイバーショットを買ってくれていた人がスマートフォンに行ってしまうのはしかたがない。しかし、スマートフォンに行くのであれば、しっかりとXperiaで受け止めたい。そのためにXperia Z1のカメラ性能・画質を徹底的に磨き上げた」と話した。

 DSC-RX1R、RX100 IIといったカメラ、Hi-Resオーディオに対応したウォークマンと一連のオーディオシステム、磁性流体を応用したスピーカーを搭載した4Kテレビなど、プレミアム、サブ・プレミアム製品を並べたのも、普及価格帯のエントリークラスは捨てて(とはいえ、完全にやめるわけではないが)画質、音質、手触り、質感など感性に訴える商品を磨き込むことで、Xperiaあるいは他社スマートフォンが受け止めた「デジタルエンターテインメント世界のエントリーユーザー」の二次体験、三次体験をソニーに誘導しようという考えだ。

 平井氏自身、こうした“製品の磨き込み”に興味が強いようで、要素技術の研究開発を担当する部署からは「定期的に通って、“何か面白い事は?”、”この前言っていた技術はどうなった?”と尋ねてくる。もう長い間、そんな人には会っていないので気合い入りますよ」という声も聞こえるようになってきた。

 “エレクトロニクス製品を売る会社の経営者が、エレクトロニクス製品を人一倍愛して、より良い製品に仕上げたいと欲するのは当たり前のことだ”とは、スティーブ・ジョブズの言葉だ。規模も扱い品種も異なるふたつの会社。同じ経営手法が通用するわけではないだろうし、二人のやり方が同じであるとも言わないが、何かしらの共通点は見つけられるのかもしれない。

 まだ成功を語るには早すぎるが、クラウドとスマートフォンによって、その形が大きく変わってしまったデジタル家電産業において、多品種のコンシューマ製品分野を抱えるソニーがサバイバル術を身に付けつつあることは間違いなさそうだ。

原点回帰とともに、次世代への“仕込み期間”に入ったパナソニック

4K VIERA「TX-L65WT600」

 一方、外から商品の発表を見るだけでは、なかなかその形が見えてこないのがパナソニックだ。いわゆる“黒もの”で目立った商品と言えば、同社としては初めてVA型液晶パネルを採用した65インチの4K VIERAを発表したことぐらいで、目立った動きはない。

 テレビメーカーとして、いまだ世界4位のシェアを持つパナソニックだが、国内でのシェア低下や4Kへの移行遅れ(プラズマの4K化が難しいことも理由のひとつだろう)などもあって、AVの分野ではあまり目立たない存在になっている。ネイティブ4K映像の放送がない今年のタイミングで、これほど4Kへの注目が集まるとは想定していなかったのかもしれない。ただし、来年に向けては着々と準備を進めているようだ。

スマートビエラの強化に注力

 一方でパナソニックが力を入れているのが、“CMが放送されない問題”で注目を浴びたスマート・ビエラ機能である。ネットワークサービスとの接点として、テレビをディスプレイとして活用することを考え、テレビの使い方を変えていこうとする姿勢が見える。が、まだ目標は近くないという印象だ。

 パナソニックの津賀一宏社長をIFA会場で見かけることはなかったが、その方針はCESでの講演時から変化していない。各分野における市場リーダーに声をかけ、パナソニックが持つエレクトロニクス技術を組み合わせることで、製品やサービスを改善する提案を行うことで、B2B領域のビジネスを拡大するという基本戦略だ。

 これは航空機向けエンターテインメントシステムのアビオニクスや、トヨタと協業するハイブリッド、電気自動車向けバッテリ技術など、すでにパナソニックに内在している強みを活かそうという意図だ。CESで試作製品が披露され、このIFAで発表された20インチ4K IPS液晶を使ったタブレットなどは、こうした津賀氏の基本方針に従って、新規事業向けに開発された製品である。コンシューマ向け展開が見えないのも、そもそもの開発意図がそこにはないからだ。

 津賀氏がパナソニック再建の方向を見定めた昨年の中頃、パナソニック幹部は「AV機器などホームエンターテインメントの派手な部分に対して、次々に新しい技術を投入していく楽しい会社というイメージは、今後は薄れていくかもしれない。見方によっては、何をやっているか傍目には判らない“つまらない会社”に感じるだろう。しかし、キッチリと利益は出していく。まずはそこからだ」と話していた。

 もっとも、コンシューマとの接点を重視しない、ということではない。ホームエンターテインメントではなく、もともとパナソニックが松下電器産業だったころから得意だった、生活家電における存在感を上手に利用しようということだ。では具体的にどうするのか?

Panasonic Cloud

 そのヒントはIFAのバックヤードで行なわれていたPanasonic Cloudのデモに垣間見ることができるが、まだその全体像は見えていない。デモではキッチンとリビングをテーマに、そこで生活する人の行動履歴、言動などをモニタリングし、さらにはヴォイスコマンドによる自動化(たとえば400ccの水を出せ、両手が塞がっているときにレンジの扉を開けなど)を組み合わせた利用シナリオを見せていた。

 しかし、これを見ただけの取材者は、きっと10年前からあるeHome構想と何が違うのだろう?と訝しむはずだ。電気設備から生活家電まで幅広く製品を提供しているパナソニックらしいと言えばらしく、天井にモニタリング用マイクを仕込むなどのアイディアはあるものの、これが新戦略と言われるとクビを傾げざるをえない。

 しかし、Panasonic Cloudについてコンセプト作りを行なっている担当者に話を聞いてみると、音声認識やヴォイスコマンドといった自然言語処理にで世の中を変えるのではなく、そのバックエンドにおくサービスに重点を置いているのだという。

 音声認識をするのは、音声認識で何かを直接するという部分に重きを置いているのではなく、常に言動による心の動きや行動パターンをモニタし、それを学習していくことで、先回りして生活空間を心地良く整えていく。

 たとえば食材管理やレシピ検索、調理器具の利用履歴などから、大まかな好みや食事パターンを分析しておき、自宅内で「今日は暑いから、さっぱりしたものを食べたいなぁ」などと話していると、レシピ検索時に「さっぱりした和食系料理」の表示優先度を上げる、といったことだ。

Panasonic Cloudのデモ

 このPanasonic Cloudの中に、空調や照明設備、健康、美容家電など、さまざまな製品加わっていくと、ひとに対してより優しく先回りしたサービスを提供できる。人の行動はとかく曖昧なもので、とりわけ生活の中では「いつものアレを淹れようか」などと会話したりする。これが生活のパートナーならば理解してもらえるが、一般的な機器は(音声認識機能があったとしても)理解しない。しかし、履歴から学習するPanasonic Cloudなら、そうした曖昧さも吸収していけると考えているようだ。

 ただし、今すぐにPanasonic Cloudによる素敵な生活が待ち構えているわけではない。行動履歴の認識や記録などには、当然ながらプライバシーの問題がついて回る。この点はパナソニック自身も解決策を模索しているところのようだ。

 まだハッキリとした“形”が見えないPanasonic Cloudだが、パナソニックなりの「これから向かう場所」は見つけているようだ。

SCEとの連携が今後の課題か

 さて、このようにパナソニックとソニーは、明らかに異なる方向へと向かい始めた。B2B、生活家電あるいはインフラ技術を組み合わせたPanasonic Cloudなど、パナソニックの活動の中心は、我々の目から隠れた部分へと変化していくかもしれないが、ソニーは以前以上に、コンシューマに対して戦略的に製品を出していくことになるだろう。

 平井体制になって1年半。やっとプロダクトアウトし始めたタイミングである。まだまだこれから、“やりたいこと”を実現した製品が出てくるという平井氏の言葉は嘘ではないだろう。

PS Vita TV

 ソニーはグループ企業のソニー・コンピュータ・エンターテインメント(SCE)の新製品が好評な点もプラス材料だ。PlayStation 4が発表されたPlayStation Meetingでは、携帯ゲーム機向けに開発したPlayStation Vitaのプラットフォームを応用したテレビ向け端末「PlayStation Vita TV」も発表した。PS VitaとPS Vita TV、それにnasneの連携について注目されているが、ここにXperiaをはじめとするソニー製品が加わってくれば、面白い展開になるはずだ。

 たとえばアップルは、iPhoneの新機種投入と同時にiOSをアップデート。iPad、Apple TVといったiOS機器の基本ソフトがアップデートされることで、従来とは異なる操作イベントのハンドリングが可能になっていた。典型的な例がAirPlayで、新しいiPhoneとともに周辺のiOSデバイスがアップデートされ、突如としてAirPlayの世界を生み出すことができた。自社でコントロールできる基本ソフトが、さまざまな場所に点在させることで有利になることはとても多い。

 低価格でゲームが遊べ、多様な映像コンテンツとの連携が可能なPS Vita TVはヒット商品となる素養を持っている。今のところは日本だけでの発売だが、こうした製品をうまく育てていき、SCEだけに留まらない“オール・ソニー”の連動が行なえれば、という期待があるのは、ソニー・平井社長がSCE出身だからだ。

 と、外野から見るとIFAでの発表が、東京で行われたSCEの発表にも絡んで期待を押し上げるのであるが、帰国早々に行なわれたSCEへのインタビューでは、まだ期待するほどにはソニーとSCEが連動していないようにも感じられた。

 このあたりは、SCE社長のアンディ・ハウス氏インタビューとして、本日中に別掲載するので、別途、参照いただきたい。

本田 雅一