藤本健のDigital Audio Laboratory

第937回

どうすれば高音質で配信できる? 藤本的いい音配信のススメ1

コロナ禍の影響もあってか、ネット配信をする人の数はここ数年で急速に伸びている。スマホひとつあれば誰でも簡単に配信ができる気軽さもあり、世代を問わず多くの人がYouTube Liveやツイキャス、ニコニコ生放送、インスタライブ、17LIVE、SHOWROOM……さまざまなプラットフォームを利用した配信を行なっている。

そんな中、最近よく質問を受けるのが「どうすればいい音で配信ができるのか?」ということだ。確かにスマホだけでも、そこそこの音での配信はできる。けれど「もう少しいい音にしたい」と考えても、なかなかその先が分からないのも事実だ。

筆者はネット配信のプロというわけではないのだが、「DTMステーションPlus!」(ニコ生/YouTube)というネット配信番組を9年近く続けており、またそれなりに音にこだわって運営してきている。例えば、そこで使っている機材やセッティングなどを公開すれば、何かヒントになること、役に立つことがあるかもしれない。というわけで、数回に分けて、DTMステーションPlus! の舞台裏について紹介してみたいと思う。

まず初回は、筆者が携わってきたネット配信番組の変遷をお話しよう。

Ustreamが話題の頃に立ち上げたネット配信番組

DTMステーションPlus! は筆者が運営しているWebサイト「DTMステーション」の拡張版的な位置づけで2013年9月23日にスタートしたネット配信番組だ。

DTMステーション自体は2010年4月にブログ形式でスタートさせていたが、たまたま知り合った作曲家の多田彰文氏から「DTMに関するネット配信番組一緒にやってみませんか?」と声掛けしてもらったことをキッカケにスタートさせた。ちょうどUstreamが話題になっていた頃で、ほかの人の番組にゲストで呼んでいただいたこともあり、配信番組に興味を持っていたのだ。

またその当時は、多田氏が所属する音楽プロダクションが東京・六本木にレコーディングスタジオを持っており、そこを低額で借りることができたため、スタジオから配信を行なうというちょっと贅沢な環境からスタートしていた。

当時配信に使っていたスタジオ

そのころ筆者は、ネット配信に関しての知識はほぼ皆無だった。音についてはともかく、ビデオ回りはまったく分からなかったので、すべて多田氏におんぶにだっこ、という状況。作曲家である多田氏がなぜ配信に詳しかったのかというと、昔は放送作家になりたい、という願望もあったそうで、かなり早い時期からネット配信に触れていたため。そうしたこともあり、初回から現在にいたるまで、毎回、多田氏が進行台本を作成し、これを元に進めているのも、ずっと続けてこれている秘訣の一つである。

ある意味、趣味の延長線上ではあったのだと思うが、ソニーの業務用のビデオカメラを中古で購入したり、ローランドのビデオミキサーであるVR-3を購入していたり……とそれなりの機材が揃っていたため、手探り状態ではあったものの、比較的すぐに配信をスタートさせることができた。

ソニーの業務等ビデオカメラ
ローランドのビデオミキサー

その後Ustream自体が、日本でのサービスから撤退してしまったこともあり、当時のアーカイブはなくなってしまったが、手元に残っている当時の録画データを見ると、ビデオ解像度は512×288ドットで、フレームレートは30。またオーディオは32bit/48kHzのAACとなっていた。

当時の録画データ
詳細

コンポジットケーブルでの接続だったこともあり、いま見ると画質はかなり劣るし、画面の縦横比も4:3と古い雰囲気なのだが、音はかなりいい感じで残っている。

まあ、普段はプロのミュージシャンがレコーディングを行なったり、声優が集まってアニメ作品を収録するようなスタジオを使っているのだから、最高の環境があったのは事実。実際、写真を見るとトーク用のマイクに使っていたのはノイマンの「U87」という高級品なので、これをそのまま紹介しても、あまり参考になるものではないとは思う(その後、紆余曲折あり、現在はかなり庶民的? な機材を使いながらの配信へと変化してきている)。

当初使っていた配信ソフトは「Wirecast」

ただ、Ustream時代は長くは続かなかった。Ustreamのサーバー側のシステムが不安定で、番組途中に配信が止まるといったことが多かったことが要因。こちら側の不手際があったケースもあるとは思うが、ゲストにミュージシャンを呼んでスタジオライブなどを行なっている途中に落ちたりするのは、忍びない。

結果、隔週で番組を続けること半年、13回目を持ってUstreamからニコニコ生放送へと乗り換えた。元ドワンゴの社員の方が、全面的に協力してくれたこともあって、2014年3月24日から新生DTMステーションPlus! として再スタートを切った。

そこから、基本的に隔週火曜日の夜に番組を続けてきて(当初は隔週水曜)、先週で第195回。Ustream時代を加えれば208回も番組を続けてきた。ちょうどニコニコ動画・ニコニコ生放送全盛期にスタートさせたこともあり、滑り出しから順調で、着実に回を重ねていくことができ、トラブルはそれなりにはあったが、かなり落ち着いて配信できるようにはなっていた。

そうした中、AbemaTVが立ち上がるとともに、「AbemaTV FRESH!」なるニコニコ生放送的なサービスがスタート。しばらくしてDTMステーションPlus! を生配信してみないか、という誘いをAbemaTV FRESH! 側から受けた。

おそらくニコニコ生放送のチャンネルを作って運営しているところに片っ端から声をかけていたのではと思うが、話を聞くと面白そうだったのと、「ニコニコ生放送を続けながら、ダブルでの配信でいい」とのことで、すぐに乗ってみることにした。

実はこの時点においては配信システム的にはUstream時代と何も変わっていない。先ほどは触れなかったが、ローランドのビデオミキサーVR-3の後段にはMac miniがあり、ここで配信ソフトのWirecastを動かしていた。

これも多田氏がDTMステーションPlus! のスタート以前から所有していたから、それを利用させてもらっていた。今ならOBSを使うところだが、当時はまだOBSの存在をまったく知らず、これしかほぼ選択肢はないものと思ってWirecastを使っていたわけだ。

そのWirecastだが、1つのソフトでニコニコ動画とAbemaTV FRESH! の両方に配信することができたのが大きかった。

初回はAbemaTV FRESH! の技術担当者もスタジオに同席してくれ、セッティング状況を見守ってもらいつつ配信をしたところ、なんとか無事に乗り切ることができた。

が、配信途中から、Mac miniがヒートアップし、すごい音を立て始めた。やはり1つのマシンで2つの配信を同時に行なうとともに、さらに録画もしていると、負荷が大きすぎて危険な状態になってしまうようだった。

当時は1時間半の番組だったが、Mac miniがギリギリ持ちこたえてくれて乗り切ることができた。しかし、2つの生配信は困難と判断。2回目以降は生配信を録画したものを、そのまま1週間後にAbemaTV FRESH! に流す方法に切り替えた。

ちなみにAbemaTV FRESH! はその後、「FRESH! by AbemaTV」→「FRESH! by CyberAgent」→「FRESH LIVE」と数カ月おきに名前を変えたものの、2019年2月にサービス終了となってしまった。こちらも、なんとなく翻弄された感じではあったが、配信プラットフォームづくりの難しさを実感した。

実はそれと並行する形で、DTMステーションPlus! にも試練が訪れた。それまでは最高の環境を自由に活用できた六本木のスタジオが閉鎖することになり、ここが使えなくなってしまったのだ。

幸いにして配信機材やカメラなどは多田氏の個人所有物だったので、そのまま使えたが、スタジオは別途必要。DTMステーションPlus! は毎回DTMに関する機材やソフトなどを紹介する番組であるため、ミュージシャンをゲストに招いて演奏したり、歌ってもらったり、それをレコーディングしたり……という内容。そのため、どこかスタジオを探さなくてはといろいろと回ってみたが、コスト的にかなり難しい。1時間半の番組とはいえ、準備から撤収までいつも6~7時間かけているので、それだけの時間を借りるとどうしても5~6万円はかかるため、なかなか見合わなかった。

そんな中、たまたま取材で伺った音楽学校メーザー・ハウスに尋ねてみたところ、「学校の宣伝になるのなら」ということで、安く借りられることになったのが2017年1月。以降、メーザー・ハウスの教室兼リハーサルスタジオを使って配信するというスタイルへと変更した。

当初は引っ越してからも、Ustream時代と変わらないシステムで配信を行なっていたが、画質的にも時代遅れだし、学校の教室を借りるため配信機材をそのまま置いておくわけにもいかない。また、従来のレコーディングスタジオにあったようなミキサーコンソールも利用できないから、システムの見直しが必要となり、1つずつ機材をリプレースしていった。

その結果、以前とはまったく違うシステムへと移行していき、現在もそのころに構築したシステムで運用している。その詳細については次回、細かく紹介していくことにしよう。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto