藤本健のDigital Audio Laboratory

第938回

ミキサーと配信マシンはどう選ぶ? 藤本的いい音配信のススメ2

DTMに関する情報発信をするネット番組として2013年9月にUstreamでスタートした「DTMステーションPlus!」(ニコ生/YouTube)は、筆者と作曲家の多田彰文氏の二人で運営を続け、まもなく満9年を迎える。5年前からは声優の田村響華さんもレギュラーで加わる形で運営しており、この手の内容ものとしては結構な長寿番組だろうと自負しているところだ。

DTMを伝える番組ということで、音にはこだわってきたつもりではあるが、振り返ってみれば試行錯誤の連続であり、トラブルも数えきれないほどある。その番組の舞台裏を公開することで、これからネット配信をする人にとって、何かヒントになることがあるかもしれないし、役立つこともあるのではと数回に渡って記事にしている。

前回は、そのスタートからの経緯などについて紹介してきた。第2回目の今回は、配信システム周り、またビデオ周りについて、紹介していこう。

ビデオミキサー「VR-4HD」購入の決め手は“ファンレス”

番組スタートから3年ほどは、六本木にあるプロ用のレコーディングスタジオから生配信できるという恵まれた環境にいたが、2017年1月からは音楽学校メーザー・ハウスの教室でもある、大きなリハーサルスタジオの中からの配信する形になった。

音楽学校メーザー・ハウスのリハーサルスタジオで配信していた頃の様子

リハーサルスタジオなので、PA用のアンプ・スピーカーやマイクスタンドはあったけれど、それ以外に配信のための機材があったわけではなく、基本的には機材を持ち込み、毎回そこで配信前に数時間かけてセッティングを行なうスタイルだった。

機材の入ったスーツケース
機材は毎回数時間をかけてセッティングした

もっとも機材を毎回持ち帰るのも大変なので、スーツケースに収めたうえで、倉庫に置かせてもらうことに。そのスタイルは配信場所をESPミュージック・スクールに変えた現在でも同様である。

現在配信に利用しているESPミュージック・スクール

メーザー・ハウスでスタートした当初の配信機材は、基本的に2013年にUstreamで始めたころと同じものを使っていた。つまり、ローランドのビデオミキサー「VR-3」を使い、ソニーの業務用ビデオカメラで撮影するという形だ。

多田氏が半分趣味で買い集めていた機材であり、「ビデオカメラなどは中古で入手した」とのことではあったが、結構な金額を投じたことは間違いない。しかし、そのころすでに誰もがスマホひとつで配信できる時代になってきており、高校生が配信する映像のほうが、われわれのものより圧倒的にキレイな画質だった。

ただ、カメラの切り替えなどが必須で、スマホ一つで配信するわけにはいかない。またVR-3だと1024×768という4:3の画角となり、ニコニコ生放送を音質優先で配信していたのではどうしても画質的には見劣りしてしまう。やはり、これは絶対的にシステムの刷新が必要だろうということで、30万円弱という莫大な金額ではあったが、ローランドのビデオミキサー「VR-4HD」を導入することにした。

ローランドのビデオミキサー「VR-4HD」

もちろんVR-4HDありき、というわけではなく、ほかにも複数の機器を検討した。

最有力はVR-4HDと同じく4入力を持ち8万円弱で購入できた「V-1HD」。実機を借りてテストさせてもらったこともあり、機能や使い勝手の面ではほぼ完ぺきだったが、一つ大きな問題があった。それは内蔵ファンの音が大きく、実用面において無理、という判断だ。

たしかに配信スタジオと、コントロールルームが分かれている状態なら問題ないが、筆者と多田氏の二人で出演し、二人でオペレーションもしながら配信するスタイルであったため、マイクのすぐそばに機材を置くことが必須。その際に、これだけ大きなファンの音が入ってしまうと配信の音に支障をきたすということで却下となった。そのほか、セレボのビデオスイッチャーなども検討したが、iPadでの操作で応答にタイムラグがあることから、扱いにくいと判断。結果的にVR-4HDを選択することになったわけだ。

そう、このVR-4HDはコンプレッサなどのエフェクトも搭載し、高性能・多機能なのがいいところだが、最大の決め手はファンレスで非常に静かであったことだった。ここは“いい音”で配信する上で重要なポイントとなる。

ちなみに、配信環境を静かにするのが大切なのはビデオミキサーのファンに限らない。とくに気を遣うのがエアコンのノイズ。

エアコンのノイズは普段過ごしている時はあまり気にならない音ではあるけれど、マイクは大きさのノイズとして拾ってしまうため、配信においては大敵だ。ローカットなどをすることで、ある程度抑えることはできるものの、ローカットしてしまうと低音がなくなり、音楽側には悪影響しかない。

そこで、本番中は基本的にエアコンは切るようにしている。冬は照明などの関係もあって、比較的気にならないが、夏はかなり熱くなるのは事実。そのため、本番直前まで強めにエアコンをかけ部屋をなるべく冷やしていく……といった工夫もしている。ローテクではあるけれど、音をよくする上では大切なことなのだ。

配信マシン「LiveShell X」の導入で、PC周りの悩みから解放

VR-4HDはHDMIが4入力と、オーディオ8入力を持つ機材で、USB 3.0でPCと接続できるので、普通はこれにWindowsやMacを接続し、今ならOBSを使って配信するのが一般的だとは思う。ただ、六本木のレコーディング・スタジオで配信をしていた最後のころ、セレボの「LiveShell X」という機材の存在を知り、これを導入したために、PCは使っていない。

前回の記事でも少し触れたとおり、それまではちょっと古いMac miniにWirecastをインストールしてニコニコ生放送を行なっていた。

しかしニコニコ生放送とFLESH LIVEを同時に配信しようとすると、CPUがヒートアップしてしまってシステムダウンしてしまう。そこで、よりパワフルなWindows PCでも自作しようかと多田氏と話をしていた中、たまたま別件の取材で伺ったフジヤエービックでLiveShell Xの存在を教えてもらい、驚いたのだ。そう、これは手のひらにのるほどの小さいマシンだが、3ch同時配信も可能という優れもので、価格は75,000円程度。フジヤエービックに聞いてみたところ、1週間貸してくれるという話になり、いろいろ試した結果、最高の使い勝手だったこともあり、すぐに購入を決めた。

セレボの「LiveShell X」

PCを自作した場合、OSを入れて、Wirecastの最新版を購入して……なんてしていたら、それだけで数十万円かかってしまうのに、この小さなスーパーマシンを使えば圧倒的に安く済む。本機の導入で以前はニコニコ生放送と1週間ずらした録画配信をしていたFRESH LIVEをこのタイミングで同時配信に切り替えることができた。

しかも、LiveShell Xはファンレスで静かだし、とにかくコンパクト。そしてなにより最大のポイントはPCではなく、専用ハードウェアであるという点が魅力だった。

コンピュータを使い始めてかれこれ40年も経つが、コンピュータほど信用できないものもない。

いざというときに、マシントラブルに陥いると、配信が止まってしまったり、そもそも配信ができなかったりする可能性があり、そのことが常に気がかりなわけだが、専用ハードなら電源を入れればすぐに配信ができる。OSのアップデートとか、ドライバのトラブル、コンピュータウィルス……といった悩みから解放されるのは、嬉しいところだ。

これと並行して、メインカメラもフルHDでHDMI出力可能な業務用のソニーのビデオカメラを中古で購入。筆者のニコンの一眼レフでも試したこともあったが、30分程度で強制的に電源が切れる仕様がトラブルの元になることから、専用のビデオカメラを使う形にした。

そんなわけで、数か月の期間にVR-4HDとLiveShell X、業務用ビデオカメラを導入し、フルHD環境で配信可能な高画質な新生DTMステーションPlus! のシステムが動き出した

ビデオ周りのトラブルは「入力音量調整」「HDMI切替機」

コンピュータを使わない配信システム、LiveShell Xにしたことで、装備もよりコンパクトになり、片づけやすい体制にもなった。

ちなみにDTMの番組であるだけに、DAWなどコンピュータ画面を見せるケースが多いが、VR-3はコンポジット入力しかなかったので、PCモニターをカメラで直に映すという、なんともローテクな配信しかできなかった。しかしVR-4HDなら4つのHDMI入力があるので、PCの画面を直接配信でき、必要の応じてワイプ表示もできるなど、結構進化した。

ところで、このVR-4HDとLiveShell Xの接続はHDMIとなっている。

ここで映像も音も同時に送れるのだが、それとは別にステレオミニのオーディオ入力も装備している。当初はHDMIでの音声接続だとホントに正しく音を伝送できるか不安であったため、確実に接続できるアナログでの接続していた。が、後日、セレボの担当者と話す機会があり、「HDMIなら劣化なく確実に音の伝送ができる」ことを確認できたため、現在はHDMIケーブル1本での接続となっている。

もう一つ補足しておくと、この新生DTMステーションPlus! のシステムに刷新した当初、全的に音が小さいとか、逆に音が割れるというトラブルが生じたことがあった。

その原因となったのが、LiveShell X側の入力音量調整にあった。VR-4HDまでは確実にいい音で来ているのが確認できているのだが、LiveShell Xを通すと問題が起きることがあったのだ。

LiveShell Xは単に配信機として機能してくれるだけでいい。変換も期待しないし、できるだけ何もして欲しくないのだ。つまり入力に対して何もしない0dBの状態でいてほしかったわけだが、LiveShell Xの入力音量調整のパラメータはステレオミニのライン入力は0~40、HDMIのオーディオ入力は0~64という設定になっていて単位も何も書かれていないし、マニュアルにもその当時は何の記述もなかった。

最大が0dBなのかな? と思っていたが、これだと完全にオーバードライブがかかった形になってしまい、音が歪む。では中間の20や32にすれば0dBなのかと思って試すと、今度は小さすぎる。まさに手探りで設定していたために、音に問題が発生した。

どうにも解決できず、たまたま知人にセレボ社員がいたので、彼を通じて確認したところ、ライン入力は0~40の設定の中で32が0dB、HDMIは0~64の中で52が0dBであることを知り、それ以降はその設定にしたことで問題は解決できた。いま確認するとオンラインマニュアルにも0dBの位置が記載されているので、同様の問い合わせが複数あったのかもしれない。

ついでにもう1つ、HDMI周りでのトラブルについて紹介しておこう。それはHDMIの切替機に関してだ。

VR-4HDには4つのHDMI入力があるが、メインの大きい業務用カメラのほかに小型カメラを2台接続しているので、空き入力はもう1系統しかない。しかし、配信上は多田氏のPCを映したり、筆者のPCを映したり、またゲストがPCを持参するケースも多くそれらを接続するとなると、当然入力が足りなくなるため、手前に4入力/2出力というHDMI切替機を置いている。

なぜ2出力かというと、1つはVR-4HDに行く一方、もう1つを手元のモニターに表示させ、我々で画面をリアルタイムに確認できるようにしているためだ。

当初、Amazonで適当に購入した安い切替機で問題なく使えていたのだが、ゲストが持ってくるマシンによって相性があるのか、うまく接続できないことがあった。があるとき、3種類のMacBookのどれを接続してもうまくいかず、ついに壊れたか…と新しいものを買ってみたけれど、やはりうまくいかず……。

そんな中、たまたま何かのイベントでローランドのビデオ機器の開発者と会って話すことがあり、相談してみたところ「EDID付のセレクターにすれば、そうしたトラブルはなくなるはず」というアドバイスをいただいた。

その時はEDIDが何なのかもよくわからずだったが、言われた通りのものを探してみると、ちょっと割高ではあるけれど、普通にAmazonなどで販売されていたので、それを購入して交換してみたところ、すべてが魔法のように解決。改めて、ビデオ周りは難しいのだなと実感しつつ、着実に安定したハードウェアへと進化していった。

HDMIの切替機

次回は、一番メインとなる音周りのシステムがどうなっているのか、どのようなマイク、ミキサー、オーディオインターフェイスなどを利用し、配信のオーディオ設定をどうしているのか? などを見ていくことにする。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto