藤本健のDigital Audio Laboratory

第974回

レコードプレスに新風!? 高音質に挑む“最先端カッティング”とは

Altphonic Studioの山根アツシ氏

いまアナログのレコードが売れているという。欧米においてはすでにレコードがCDの売り上げを越えているという話を聞くと、時代は逆行しているのか!? と不思議にも思ってしまう。国内においてもレコードが盛り上がりつつあり、現時点においては旧譜の流通がそのほとんどを占めているが、少しずつ新譜も発売されることも増えるなど、これまでにない新しい動きも出てきているようだ。

レコードというと、大昔の機材を使い、昔から携わっている年配の、数少ないベテランがカッティングするものという印象だったが、最近では、最新DAWでのレコーディングにマッチさせた、最先端のレコードカッティングが登場している。

まだ世界的にも珍しいケースのようだが、今回はそんなレコードの“最先端カッティング”に挑むレコーディングエンジニア兼マスタリングエンジニアのAltphonic Studio・山根アツシ氏に話を聞いた。

デジタル時代に即したカッティングマシンが必要

――レコードのカッティングをされているエンジニアというと、かなり年配の方をイメージしてしまうのですが、山根さんはだいぶ世代が違う印象を受けました。もともとどのような道を歩んできたのですか?

山根氏(以下敬称略):1997年に、渋谷系のユニットでデビューしたのがこの業界でのスタートです。当時はタワレコとかHMVなどでチャート1位を取ったこともあったのですが、恥ずかしいので“某ユニット”ということにさせてください(笑)。

ユニットの時は、音楽活動とFM番組でのパーソナリティなどをしていて、2004年の解散をきっかけにレコーディングやマスタリング、またプロデュースなどを手掛けるようになりました。東京と大阪にレコーディングスタジオを作り、メジャーアーティストのレコーディングやマスタリングなどを行なっていたのですが、2015年辺りで日本の音楽業界が全体的に厳しい状況に陥ってきたように感じたのです。

これは転機かな? と思い、日本語圏ではないところで、音楽をゼロからやってみようと考えました。とはいえ、アメリカのハリウッドでは太刀打ちできないだろうし、ヨーロッパがいいかな、と考えたのです。ベルリンはクラブミュージックが盛んだし、興味のあったレコードの工場も多いので、そのまま飛び込んでしまったわけです。

――ドイツというか、ベルリンはよく知っていた場所だったのですか?

山根:いいえ。ドイツは行ったこともなかったですね。大学の第二外国語でドイツ語を取ったことはあるものの、そんなのは記憶の彼方に消えていたし、英語もまともにしゃべれないまま、ドイツに飛び込みました。行く前に、某輸入代理店の知人に相談したら「向こうに行けば、まあなんとかなるぞ!」という言葉を信じて行ったのですが、当然そんな生易しいものじゃない。まぁ、Google翻訳などがない時代だったら、生きていけなかったでしょうね。

日本の家もスタジオも楽器もみんな手放して、ベルリンでスタジオを作りました。レコードの勉強をしたいとはいえ、そんなコネもなかったので、現地の知り合いのミュージシャンのカッティングに立ち会わせてもらったりしながら、カッティングの世界に入り込んでいきました。

ドイツは本当にレコードの案件が多く、ある程度オープンだったので、いろいろと勉強になりました。それに対し、日本はクローズドで状況がまったく見えない。当時は実際のところ東洋化成しかレコードのカッティングを行なっていなかったので、入りようもなかったわけです。

ドイツに行って衝撃を受けたのは、CDを売るお店というものが存在せず、レコードしかない、ということ。まさに売り場的にはアナログレコードが完全にメイン。これは世界的にもアナログがメインになっていくのでは? と感じました。

――7、8年前の話だとは思いますが、やはり日本とドイツではだいぶ違うのですね。

山根:もちろん今では、国内外とも“配信”が中心になっていますが、向こうはDJが多いんですね。もちろんDJといっても星の数ほどいるわけですが、自分でアナログレコードを出しているかどうかでステータスが違ってくるのです。

日本と違い、ヨーロッパのDJはプレイ時間も長い。クラブカルチャーが違うわけですが、アナログだと聴き続けていても疲れないというのが大きいように感じました。疲れちゃったら朝までいられないですからね。そうしたクラブを回りながら、レコードについて勉強していきました。

そうしているうちに、やはり自分でもカッティングしたいぞ、と思うようになっていったんですね。そのカッティングとは、“ダブカッティング”というものです。

これは大量にプレスするためのカッティングではなく、1枚ごとのカッティングをするものです。日本では、それほど需要はありませんが、ヨーロッパはクラブカルチャーが盛んで、DJがAbleton Liveを使って作った楽曲を、すぐに夜にクラブで掛けたい、といった案件がいっぱいあるのです。そのためにダブカッティングというものが頻繁に行なわれているんですね。そうした中、運よくダブカッティングができる機材を手に入れることができたのです。

――ダブカッティングの機材とはどんなものなのですか?

山根:残念ながら、もうその機材を買うことはできないのですが、ドイツ南部にある、とあるおじいさんの会社が開発した「T560」という機材です。かなり癖のあるおじいさんで、簡単にコミュニケーションがとれないし、日本人には売らないというのです。「日本人はYESばっかり言って、あとでトラブルになるから嫌なんだ」とか。

でも「私はベルリンに住んでいる。ベルリンの人になったのだから売ってほしい」とお願いして、なんとか入手したのです。ただ、このT560は弱点が多かった。確かに切れるには切れるけれど、音質的にはあまり詰められていませんでした。

私としては、2016年の今(当時)、カッティングをするなら、デジタル対応の次世代のものでないと意味がない、と思っていました。レコードを作る技術は、テープの時代に培われたもの。もっといえば、エジソンによる150年近く前の技術ですからね。現代は扱えるダイナミックレンジも全然違うし、ピッチ補正のようなことまでできる時代。それに見合ったカッティングが必要ではないかと強く思うようになりました。そこで、このT560を活用しつつ、デジタルマスターに対応できる音質にできないか、書籍や文献を読んだり、自分でも研究しながら方法を考えていきました。

――実際どんなことをされたのですか?

山根:カッティングマシンの心臓部といえば、カッターヘッドです。カッターヘッドとはいわばスピーカーのようなもの。これが振動することで、針が溝を削っていきます。カッターヘッド自体は簡単に替えることはできませんから、これを駆動するアンプをよくすればいいのではないか、と考えたのです。これによって音質が変わるはずだ、と。

ところが、まさにこれからだ、というとき、不運なことが起きました。当時ベルリンはまさに不動産バブルの真っただ中。すごいマンションが続々と建っていた時期でした。私がいたのはアーティストビルで、同じビル内にはデザイナーや映画監督、ミュージシャン……といったユニークな人たちが集まっていました。

そうしたアーティストが手ごろな値段で借りることができるビルだったのですが、ここが某大手のホテルチェーンに買収されてしまったのです。建て替えるから、1カ月以内に立ち退け、と。でも、バブルなので、スタジオどころか住む家にも困るくらい、物件がないし、高い。結局、代わりになるような場所を見つけることができず、やむなく帰国することになったのです。それが2018年の終わり。これで3年間のベルリン時代が終わりました。

魔改造で世界に唯一のダブカッティングマシンへ

――そのカッティングマシンとともに帰国されたわけですよね?

山根:はい。帰国後、真空管マイクやレコーディング機材などのカスタムで有名なトーンフレークの佐藤俊雄さんにお願いして、カッターヘッドを鳴らすアンプを作ってもらいました。これによってトランスペアレントな音になりました。

次に、ワウフラッターを無くすためには回転系をよくすればいいのでは? とモーターをもっといいものに替えたり、回転する実際の盤を載せるプラッター部分をもっと精度を上げようということになって、人工衛星の部品を作っている会社に作ってもらったりと、どんどん手を加えていきました。

結局、カッターヘッドももっといいものにということで、海外にコンタクトをとって取り寄せたりと、当初のものとはまったく別のものになりました(笑)。残っているのはフレームくらいですね。世界に唯一のダブカッティングマシンであり、究極のマシンができたと思っています。

ダブカッティングマシン

――そこまで、行ってしまったんですね。

山根:実はこの機材、針を替えればラッカー盤を切ることもできます。ダブカッティングでは針にダイヤモンドを使って塩化ビニルの盤を切っていくのに対し、プレスマスター用ではラッカー盤にサファイアの針で切っていくのです。

ただ、そんなことを考えていた中、2020年2月にラッカー盤の原材料を供給する、世界に2つしかない工場のうちの1つ「アポロマスターズ工場」が火事で全焼してしまい、ラッカー盤の供給が難しくなってしまった。

そこで代替案として、このダブカッティングした塩化ビニルの盤をマスターにできないだろうか…と模索してみたわけです。でも、塩化ビニール盤だと静電気が帯電するし、常識としてそれは不可能と言われていた。しかしなんとかできる方法を見つけ出し、特許を出願。結果、ROVOバンドの「ROVO」という2枚組アナログレコードを、世界初の塩化ビニールでのプレスマスターとしてリリースしたのです。

「ROVO」

――すごいことを次々と実現しているのですね。その後は、この塩化ビニル盤をプレスマスターにする手法を貫いているのですか?

山根:実現は可能でしたが、世間の常識からすると“イレギュラー”。このダブカッティングマシンで作ることができるメリットはありますが、なかなか工場側が受け入れてくれません。日本の工場においてはすべてNG。これでは、ビジネス的にはデメリットです。やはりスタンダードな方法になぞったほうが、幅広くクライアントの要望に対応できますからね。

そこで、やはりラッカーに行こうと方針を変えました。とはいえ、このダブカッティングマシンの針をサファイアに替えただけでは、なかなかうまくいかなかった。音質的にはよくなってきたものの、工場基準にまで達することができない。

こうなると、やはりプレスマスターに対応した機材を導入するしかありません。しかし世界のレコードカッティングのスタンダードは「VMS70」や「VMS80」など、50年近く前のノイマンの機材。誰かが手放さない限り市場には出てきません。

これは困ったと思っていたのですが、いろいろ情報を集めていく過程で、「海外で新しい機械を作ろうとする動きがある」という話を聞いたのです。

データ分析で溝の管理を徹底する、次世代カッティングマシン?!

――それはダブカッティングマシンではなく、プレスマスターのラッカー盤をカッティングするマシンということですね。

山根:そうです。あくまでも私の頭の中では、もっと現代的なカッティングマシンができるはず、と考えていました。昔はテープの1秒後を先読みして、それを元にどうカットするか職人が手を動かしていました。

でも、いま我々が使っているのはWAVファイル。1秒どころか、全曲丸ごと読み込めるわけだから、もっとデータを分析して、その結果をもとに、もっと詳細に溝の管理ができるだろう、と。これができれば、2016年に自分が目指していた音が可能になるはずだと思ったのです。

確かにノイマンのマシンでの音は確立されています。70年代、80年代のレコード全盛期に充実した予算で開発された機材ですから、いい音に仕立てることができた。でも、今そんなものを作れるわけがない。また今作ることができるのは、海外のガレージメーカーです。でも、コンピュータ技術が進んだ今だから、制御系なら、昔のものにも勝てるんじゃないか。PCならいくらでも安くできるし、解析するアルゴリズムが構築されればできるはず…と探していた中、まさにそんなことを企画している人を見つけだしたのです。

――まさにズバリのものがあった、というわけですね。

山根:もっとも見つけた時点では計画のみで、機材ができあがっていたわけではありませんでした。開発を後押しするには資金が必要で、まったくモノはないけれど、開発を援助することになりました。まあ、クローズドな10人くらいのクラウドファンディングのような雰囲気ですね。

開発には、ハードウェアを作っている人、ソフトウェアを作っている人など、いくつかのチームに分かれていたのですが、ソフトはいいところまでできたものの、予算不足でソフトの会社が倒産してしまって。これは大丈夫なのだろうか、と不安が募りましたね。私も、ここに1,000万円くらい投資していたので、頓挫してしまっては生活できなくなってしまう。しかも、コロナによる中国のロックダウンでパーツが揃わず、何カ月も進展がないなど、ずっとハラハラしていましたが、2年待った結果、ようやく初号機が完成し、世界ではじめて導入されたのが、このマシンです。

初号機
これは、ノイマンの「VMS70」

――以前の取材で「VMS70」などは見たことがありますが、それと比べるとずいぶんとコンパクトですね。

山根:冷却のための窒素ガスもなくて動きますし、小さいです。まあ、窒素ガスは、あくまでもヘッドを冷やすためのもの。ヘッドは冷やしたほうが痛まないのは確かだけど、そこまでしなくても大丈夫になっているのは技術の進歩です。本格稼働させる前には、オーディオメーカーなどからフローティングボードを作ってもらう予定ではあるのですが、軽いので、そこまでしなくても大きな問題はなさそうかなと。

シン・カッティングマシン爆誕。ハーフスピードで音質改善も

――実際に使ってみていかがですか?

山根:以前考えていたことが実現できるようになりました。従来であれば、実際にテープを回して音を出しながら、ラッカー盤をカットしてみないと分からなかったものが、カットする前にどこにどんなリスクがあるのか、すべて分析できるようになったのは大きいです。

山根:これによって、事前に事故を防ぐことも可能になります。一方で、ハーフスピードカッティングといったことも行ないながら、さらなる音質向上も実現しました。

ハーフスピードカッティングもテープの時代に生まれた方法で、テープの再生速度を半分にするとともに、カッティングマシンも半分のスピードで作業していくことで、高音域での情報量を増やそうという手法です。

DAWの現代は、ピッチとテンポを半分にして再生するということも簡単に、より正確に行なえるので、トランジェント、つまり音の立ち上がりや消え入るところが倍の長さになるからコントロールしやすくなりなります。

さらにカッターヘッド、アンプ部分も電力を使わないので、余裕を持たせることができる結果、音質を向上させることが可能になります。デジタルのレンジの広い曲をカッティングする上でも、できるだけ情報量を削らずに作業できるという面でもいい結果が出せています。

もっとも、「ソフトウェアがあるから」とか「デジタル制御の部分が増えたから」といっても、マスターのラッカー盤は音を聴いての確認はできません。また、盤面のコンディションは同じロットのメディアでも微妙に異なるのも事実です。そのため、カッティングを終えるまで、納品マスターにふさわしいかどうかは分からないのが実情。最終確認となる顕微鏡での確認は欠かせないのです。

山根:ここでの作業は、やはり経験がものをいう世界であり、非常に重要な作業。納品されて運用が開始したばかりであるため、いろいろと音質面で気になるポイントがあったのも事実です。

最終的には内部パーツの交換なども行なう予定ではありますが、現状は各種ケーブルのチューニングで運用できる状態までになりました。主にAcoustic Reviveのケーブルを使用しているのですが、これにより、気になっていた細かい描写の表現がよくなりました。特にPCと本体との接続に使用するUSBケーブルは大きな効果があったと感じています。

Acoustic Reviveのケーブルを使用

ブームの今だからこそ、いい音のレコードを作る意義がある

――こうした最新鋭の機材を使ったプレスマスターのカッティングとなると、かなりの金額になるのでは? と思ったのですが、価格表を見ると、7インチ用マスター作成で40,000円(税/送料別)。12インチ用マスターで80,000円と、結構手ごろですね。とはいえ、とくに海外にはプレスまで込みで、安い値段で展開しているところもあります。これらと比較してどう違うのですか?

山根:私も、海外での安いカッティングにオーダーするという案件に携わったことが何回かあります。やはり制作予算が下がっているいま、とにかくコストを下げようと、一番安いところに出すということがあるからです。

でも、仕上がってきたものをみて、「???」という音のことが多かったですね。

というのもアナログレコードのカッティングはデジタルマスターと違って、自由にレベルの変動を突っ込めるわけではありません。ラッカー盤に対して何dBまでの音量でカットできるかがすべてなのです。

実際、私の場合0.5dB入れるかどうか、1dBの範囲で悩んで作業しています。0.5dB入れたいけど、入れると溝幅的に厳しい。けど1dB下げると音像が小さくなるから……。ところが、安くカッティングしているところだと、ザックリ3dB下げて、ものができあがってくるんです。まあ、ビジネスですし、そんな細かいことやってられないですからね。3dB下げれば事故はないし、安全ですから。

でも、そんなレコードでいいんですか、と。単純にレコードができあがったという面では満足かもしれないけれど、それは本人が求めている音なのか、と。本来と2dBも差があるわけですから、音的にはまったく別モノです。やはりラッカー盤によるテスト用を試聴したうえで、工場に出すのがいい。可能であれば立ち会って確認していくのがいいのですが。そうじゃなくても、しっかり確認しておきたいところですね。

――予算が少ないなか、少しでも安く抑えようという気持ちもわかりますが、せっかくレコードを作るなら、しっかりしたカッティングを行なうのは重要そうですね。

山根:レコードは今、確実に売れるので、ビジネス的に見ても、しっかりいい音のレコードを作る意義は大きいと思います。もちろんビックネームであれば、5,000枚とか売れるけれど、そうじゃなくても、500枚以上売れるのであれば、予算的にも十分ラッカー盤を作って採算が合うはずです。

300枚以下だとさすがに難しいかもしれませんが、CDのように在庫を抱えることなく、売ることが可能になるから、作品としてちゃんと作ったほうがいいですし、その売り上げをレコーディング費用に回せるし、トータル的には配信の音も向上させていくとが可能ですから。ぜひ、そうしたところに貢献できれば、と思っています。

倍音が豊かに感じられることが、レコードの“いい音”の秘密

――ところで、まったく話は変わりますが、山根さんのところでカッティングする場合、24bit/96kHzなどのWAVデータを渡すわけですよね? それがオリジナルだとしたら、リスナーはレコードよりも、ハイレゾ版を聴くのがいいのでは? とも思ってしまいます。ノスタルジックな思いでレコードを、という気持ちがわからないでもないですが、その辺はどのように考えてらっしゃいますか?

山根:原音に忠実という意味では、その通りだと思います。ところがレコードがいい、という人が多くいるのも事実です。そこにはいくつかの理由があると思います。

1つはレコードのほうが、主要な部分がよく聴こえるという面があります。アナログレコードは情報量が減るので、結果的に聴こえる部分がクローズアップされ、印象に残りやすいという面があると思います。

また、レコード盤をセットし、針を落としてスピーカーからの音に神経を集中させて聴く、という儀式があるからこそ、いい音に感じられるという面もあると思います。

そして、さらにもう1つ重要なことがあると思っています。

――その重要なこととはどういうことですか?

山根:音って、複雑な倍音が重なりあって成立しています。PCMの96kHzや192kHz、DSDにしても、かならず上にエイリアスノイズがあるから、フィルタリングされた音になっています。

それに対し、アナログレコードって、そもそもレコードに40Hz以下の音はないし、10kHz以上の音が記録された形で入っているわけではありません。では10kHz以上が出てないのかというと、そういうわけでもないのです。

中帯域の音を再生する際に、その倍音が出ているんですね。針の振動を電気的に増幅しているだけなので、無限に音が伸びる可能性を持っているのです。その倍音が豊かに感じられることが、レコードはいい音だ、と言われる所以なのです。

カートリッジをいいものに替えると音が変わりますが、まさにそこがポイントです。針の形にこだわりがあり、レコードの溝でこすれることによって音を出すとともに、振動によって倍音が生まれる。つまりギターのピックアップや弦を選ぶような感じですね。原音に忠実では決してないけど、この倍音の響きが気持ちよく感じられるというわけなのです。

――なるほど、とても納得感のあるお話ですね。今後、山根さんはどのようなことを展開されていくのですか?

山根:先ほどお話したハーフスピードカッティングを本格的にサービス展開するために、「StuderA80」というハーフインチのレコーダーをスタジオに導入します。これを使ってデジタルをテープを通してデジタルに戻すという新サービスも展開する予定でいます。

またレコードだけでなく、 Dolby Atmosのミックスなどにも積極的です。ぜひ、こうしたものを通じて、日本からいろいろな音楽を海外にも発信していきたいですね。

藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto