藤本健のDigital Audio Laboratory
第632回
誰でもボカロ投稿が可能に? ベンチャー連携で新規事業加速するヤマハ
(2015/4/20 14:25)
新しい革新的技術やアイディアは、ベンチャー企業が生み出すケースも少なくない。技術力の高い大手企業であっても、自社だけですべてを行なうより、ベンチャーと組んだほうが、より効率的に高い効果を出せる可能性もある。これはサウンド、ミュージックの世界でも同様だ。ただ、どこと組むといいのか、そもそもどんな企業があって、どんな技術があるのかを見極めるのはなかなか難しいところ。そうした中、ヤマハが技術におけるお見合いの場ともいえる枠組み、「Yamaha Sound & Music Innovation Platform」を創設することを発表し、4月7日にそのキックオフ的位置づけのイベントが行なわれた。そのイベントに参加してきたので、その内容を紹介してみよう。
バイクも、ゴルフも、リゾートも。ヤマハの新規事業
4月7日、東京・銀座にあるヤマハ銀座店の地下のホールで「Yamaha Sound & Music Startup Summit」なるイベントが行なわれた。これは音・音楽に関するベンチャーを対象としたイベントであり、招待制のイベントとのこと。具体的にどんな内容なのか、そもそも何を目的としたイベントで、どんな企業が参加するのかも、まったくわからなかったが、ヤマハの広報から招待状をいただいたので、興味半分で参加してみたのだ。
会場に行ってみたところ、ざっと50~60人の人たちがおり、見てみるとヤマハの顔なじみの方々もいっぱい。半分はヤマハの統括部長、部課長クラスの方々とのことで、首からは青いストラップがついた名札をぶら下げていた。一方、赤いストラップつきの名札をぶら下げていたのはベンチャー企業の方々。といっても、今回初顔合わせという人たちがほとんどのようであり、提携が決まったベンチャー企業を呼ぶイベントというのではなかった。今回はヤマハから声がけした音・音楽に関するベンチャー企業、約20社が集まり、ヤマハの各部門の部課長とお見合いをするという、ちょっと変わったイベントだったのだ。
2013年4月にヤマハは「Yamaha Management Plan 2016」という中期経営計画を発表しており、この中で、「M&A・資本提携を目的とした投資:300 億円」、「ベンチャー企業向け投資:30億円」という目標を掲げていたので、今回のイベントもそれを実現するための試みではあるようだ。ただし、「ベンチャーを買収することを目的としているのではなく、あくまでも協業で新しいビジネスを模索していきたい」とのこと。
そうした考えのもと、「Yamaha Sound & Music Innovation Platform 」(YSMIP)という枠組みが作られたのだ。このYSMIPは、オープンイノベーションの理念に基づき、パートナーとヤマハがそれぞれのリソースを掛け合わせて、新しい顧客価値を提供するビジネスモデルや製品・サービスを共創することを目指すというもの。主に音や、音楽をテーマに成長が期待される市場や技術にチャレンジしているベンチャー企業などから、ビジネスに関する提案を受けるための窓口として設置されたという。とはいえ、ただ待っていてもベンチャー企業からのアクセスがあるわけでもないので、まずは気になるベンチャー企業に声をかけて、集まってもらい、そのキックオフ的なイベントにしたのが、今回の「Yamaha Sound & Music Startup Summit」ということのようなのだ。
この企業のお見合いパーティー、まずは主催者であるヤマハの自己紹介からスタートした。ヤマハの上席執行役員 楽器・音響開発本部長 長谷川豊氏、そして執行役員、事業開発部長の小林和徳氏からのプレゼンテーションであったが、あまり聞く機会のないヤマハの歴史について、技術という観点から解説していたので、なかなか興味深い内容だったので、簡単に紹介してみよう。
同社は1887年、山葉寅楠(やまはとらくす)が創業した会社で、浜松の小学校のオルガンの修理からスタートしていたとのこと。創業後、すぐにオルガンの開発にも成功し、1900年にはピアノの製造をスタートしている。創業という意味ではエジソンがGEを設立した12年後のことで、自動車のフォードが設立される16年前のことというから、世界的に見ても歴史ある企業といえるようだ。
長年の歴史がある会社だけに、イノベーションといわれるトピックスもいろいろある。とくに1954年はポイントとなる年で、現在のヤマハ音楽教室の前身であるオルガン教室を開講すると同時にオーディオ機器の製造を開始、そしてオートバイの製造までもスタートさせているのだ。オートバイに関しては、翌年にヤマハ発動機として分離独立させているが、これがヤマハの多角化を象徴するものであり、その後リゾートやゴルフクラブなど、さまざまな分野へと進出していっているのだ。
一方、1983年に発売したシンセサイザ、DX7もヤマハとしてエポックメイキングなことであったという。これはスタンフォード大学で開発したFM音源という技術をTLO(大学の技術移転)したものであり、スタンフォード大学のTLO事例の中でももっとも成功した例として今でも語られているとのこと。ヤマハではすでに1971年から半導体の生産を行なっていたが、DX7によって、本格的な半導体メーカーとしてスタートを切ったことにもなるのだ。
そのデジタル信号処理技術は、その後さらに進化し、通信機器の世界にも参入している。ヤマハが発売しているルーターはコンビニ、レストラン、ガソリンスタンドなど、さまざまな店舗に導入され、現在SOHOルーターと呼ばれる分野でヤマハはNo.1シェアをとっているのだとか。まったく関係ない事業のようにも思えるが、そのルーツは楽器音響の技術で培われているわけだ。
大学からの技術移転や共同研究は、現在も積極的に取り組んでおり、今話題のVOCALOIDもその一つだ。これはスペインのポンペウ・ファブラ大学との共同研究によって生まれたもの。ヤマハとしては、大学に限らず、ベンチャー企業とも協業していきたい、というわけなのだ。
難聴者向け新提案やボカロ連携など続々
こうしたヤマハによる自己紹介の後、集まった約20社のベンチャー企業の中から、5社が自己紹介プレゼンテーションに立った。それぞれ音と音楽に関連する企業ではあるが、いずれも楽器メーカーではないのが一つのポイント。楽器メーカー同士だと、どうしても競合になってしまうため、楽器でないものを手掛けるベンチャー企業に声がけしているわけなのだ。では、1社ずつ簡単に紹介していこう。
1社目はユニバーサル・サウンドデザイン。難聴者との快適なコミュニケーションを実現するツール、「COMUOON(コミューン)」について。登壇した代表取締役CEOの中石真一路氏が冒頭で述べた一言は衝撃的だった。メガネをかけた女性の写真をスライドに表示させた上で、「みなさんは、彼女を難視者と呼ぶでしょうか?低下した能力を補助するという意味ではメガネも補聴器も同じ。でも補聴器をつける習慣がまだ根づいていないから、難聴者なんて呼び方をするんです」。
確かにその通り。日本では補聴器をすることに対する「恥ずかしさ」などから難聴者の補聴器利用率は14.1%と低い状況なのだ。
こうした中、EMIミュージック・ジャパンの社員であった中石氏は、社内で難聴者向けのオーディオシステムを提案したが受け入れられず3年前にスピンアウト。その後中石氏が開発したCOMUOONは指向性を高めることで、70dB以下の中等度難聴の方であれば補聴器の装用をしなくても、コミュニケーションができるものになっている。すでに医療機関や役所、学校などの公共機関、約250か所で使われているほか、JALのカウンターなどでも採用されるなど広がっているほか、実は海外での展開のほうがよりスムーズに進みだしているとのこと。
中石氏は「いい音というのは、人によって感じ方はいろいろだけど、聞こえやすい音というのは明らかに存在します。ヤマハと何か生み出せないかと思っています」とアピールしていた。
2番目に登場したSkeedは、2005年にWinnyの開発者である故金子勇氏が設立した会社。プレゼンテーションを行なった同社の取締役CTO、栁澤建太郎氏によると創業時のミッションは「ピュアP2P技術を活用したデジタルコンテンツ配信プラットフォームの実現」ということ。
現在もそうした研究・開発を進めているが、いま、事業の大きな柱になっているのはクラウド・モバイル等の環境における転送性能を大幅に向上する技術。2011年にSilverBulletとして販売を開始したファイル転送製品はTCPでは距離が遠くなると転送速度が遅くなるという課題を克服する高速通信プロトコルSSBPを用いたもの。会場でもデモを行なっていたが従来のhttpやftpでの転送と比較して圧倒的に高速にデータ転送ができる。これを音楽や映像のコンテンツの転送に使えるのではないか、というのが今回のプレゼンテーションの趣旨だ。
さらにP2P技術を応用した配信システムSkeedCastはオンデマンド型のコンテンツ配信に利用可能な技術。P2Pを応用したものだから、低コストであり、限られたサーバーリソースでも大規模配信が可能なのがメリットとなっている。さらに、プッシュ型P2P製品であるSkeedDeliveryは低コストで高性能な配送を実現するもので、バケツリレーのように拠点間でデータを送受信する多段転送をおこなったり、送受信の際に、複数の拠点と同時に通信を行なうマルチパス転送を可能にする技術だ。こうした技術を音、音楽の分野でも利用できないか模索しているわけだ。
続いて壇上に立ったのは、nana musicのFounder/CEOである文原明臣氏。冒頭、文原氏は「2010年に起こったハイチ沖地震へのチャリティ・ソングとして企画されたYouTube上の“We Are The World 25 For Haiti”の映像を見て感銘を受けたのがnanaのアイデアのキッカケだった」と語っていた。
目標は「世界から孤独をなくす、音楽で人と人と、人と世界を、つなぐ」ことと大きく構える文原氏が開発したのがiOSやAndroidのアプリで展開するサービス「nana」だ。nanaは音楽共有&セッションのシステムで、誰でも簡単に録音し、投稿できるという無料のサービス。
人が投稿した曲にボーカルを加えたり、ギター、ベース、ドラム……と各パートを簡単に追加していくことができ、知らない人同士でセッションができてしまうというわけだ。この音楽共有において威力を発揮するのがnanaのコミュニティ機能。これによってユーザーによるライブイベントが行なわれたり、バンドが編成されるなど、日々さまざまな動きが起こっているとのこと。
文原氏は「カラオケボックス市場は3,957億円、有料音楽聴取(音楽ソフト)市場は3,100億円、音楽プレーヤー市場は496億円などと言われており、これらを合わせると7,553億円あります。nanaはこうした市場全体がターゲットとはなりますが、我々としてはそうした既存の市場に沿って考えるのではなく、自分たちで市場を作り上げたいと思っています」と野望を語る。こうした威力がほかの企業と協業することで、さらに勢いを増す可能性はありそうだ。
4番目に登壇したのは、フェアリーデバイセズの代表取締役 藤野真人氏。同社がプレゼンテーションを行なったのは未来の機械たちのための聴覚プラットフォーム、「mimi」についてだ。mimiを簡単にいえば、「自動テープ起こしシステム」ともいえるもので、ベースとなっているのは自動音声認識技術(ASR)。ただし、単純な音声認識だけではなく、環境音を認識するESRを用いて残響抑制やノイズ抑制を行ない、音源定位やビームフォーミングを利用して、誰がしゃべっているかを認識するSRSなどの技術を組み合わせたシステムとなっている。
藤野氏は「普通は脚本を人間が読んで演じるのに対し、演じられた演技から脚本を逆生成するのがmimi」と夢のようなことを語る。話を聞いてみると、このmimiはクラウド型のプラットフォームで実現していて、スマホなどをフロントエンドとして利用できるのだとか。
ただし、まだ万能なシステムというわけではなく、ICレコーダで録音した会議の音声を元に議事録を作成するレベルには至っていないとのこと。やはりNチャンネルの入力がある場合、それぞれにしっかりとマイクを立てて、どれが誰の入力であるかなどを知らせる必要があるのだとか。とはいえ、まだまだ発展途上の技術のようなので、今後がかなり楽しみではある。
そして最後に登場したのはjThreeの河崎純真氏。同社が展開するサービスjThreeは誰もが思い描いた世界を簡単にWeb3Dで表現できるサービス。
たとえば、従来Web上で自由に動く3Dキャラクタと立体音響を表現するには膨大な手続き技術と数学的な技術が必要だったが、jThreeをプラットフォームとして利用することによりわずか数行のプログラムで作成・公開でき、すべてのデジタルコンテンツが集積できるのだという。
HTML、CSS、JavaScript、WebGLというWeb技術だけで3D表現しているので、専用のアプリのインストールをせずに、PCでもスマホでも、そのままブラウザで3Dを見ることができるのが大きな特徴でもある。
会場では、キャラクタがグランドピアノを弾く3Dがデモされていたが、これも20行程度のプログラムでできているのだとか。プログラム自体もいたって簡単であり、先日も小学生30人を対象にマイクロソフトで講座を行なったところ、みんなそれを理解して作品が作れたというのだから、確かに革新的な技術のようだ。
河崎氏は、「jThreeのWeb3D技術をヤマハのVOCALOIDと組み合わせることで、PCを持たないライトユーザーでも手軽に参加できる楽曲投稿サービスを全世界に提供できるのではないか」と提案する。これによってVOCALOID市場を大きく成長させられるのではないかと語っていたが、確かに面白そうな枠組みに思えた。
ヤマハとベンチャーの連携が加速する?
こうした一連の発表の後、懇親会となり、お見合いのスタート。ヤマハ側は商品開発部門、研究開発部門、事業部門、新規事業開発と大きく4つの部門に分かれたうえで、担当者が、テーブルの前に立って、ベンチャー企業を出迎えていた。ここで、実際にどこまで具体的な話が進んだのかはわからないが、かなり真剣に話し合っているところも見受けられ、今後ここから何かが生まれる可能性もある。
ヤマハによると、今回のイベントはあくまでもキックオフ的な位置づけであり、今後もいろいろな形で展開していきたいと話していた。もちろん、すぐに協業がスタートできるというものでもないだろうが、今後どんなものが生まれてくるのか楽しみに待ちたい。