第453回:着実に進化し、低価格になった「Cubase 6」を試す
~“テンポの揺れ”を簡単に活かせる新DAW ~
まもなくYAMAHAから、ドイツSteinbergのDAW「Cubase」の新バージョン「Cubase 6」および、普及モデルの「Cubase Artist 6」が発売される。Cubase 5のリリースからちょうど2年経っての新バージョンだが、また従来の音楽制作の考え方を大きく変えるような機能が追加され、一段と便利なDAWに仕上がっている。そのCubase 6を入手することができたので、その新機能を中心に紹介する。
Cubase 6 | Cubase Artist 6 |
■ “生のリズム”を取り込める「テンポ検出機能」
これまでのCubase 5は、最上位の「Cubase 5」(実勢価格10万円前後)、「Cubase Studio 5」(実勢価格55,000円前後)、「Cubase Essential 5」(実勢価格25,000円前後)、そしてYAMAHA/Steinberg製品にバンドルされる「Cubase AI 5」、他社製オーディオインターフェイスなどにバンドルされる「Cubase LE 5」と5品目があった。それに対し今回登場するのはCubase 5およびCubase Studio 5の後継となる、Cubase 6とCubase Artist 6の上位2品目。実勢価格がそれぞれ80,000円前後、40,000円前後となり、製品名がStudioからArtistへと変更になる。1月に行なわれた製品発表会では、値下げ理由について特に言及はなかったが、Pro Tools 9が63,000円で発売されたことなどが影響しているのかもしれない。Essential以下のものも、今後バージョンアップしていくことが予想されるが、現時点においてはまだ5のまま継続するようだ。
操作画面のデザインは若干変更されている |
さて、その値下げとなったCubase 6、Cubase 5から劇的に変わったのかというと、そういうわけではない。これはCubaseに限ったことではないが、どのDAWも成熟しているので、これまでの機能をそのままに、多少機能を追加したり、UIを少しいじったり、高速化を図ったりという感じだ。実際、Cubase 6を起動してみても確かにCubase 5とは配色やデザインが微妙に変わっているが、Cubaseユーザーでないと、その違いには気づきにくい程度。とはいえ、これは5から6へのメジャーバージョンアップ、もちろんそれなりの目玉機能を付けてきている。
その目玉機能といえるのがテンポ検出機能だ。これはCubase Artist 6には搭載されていないものだが、個人的にはかなり感激した新機能である。これは名前のとおり、テンポを検出する機能で、DJ系のソフトでもbpm検出といった機能があるので、別に珍しいものではなく、今までのCubaseでもできなかったわけではない。しかし、Cubase 6のそれは、まさにプレイヤーが演奏する生のリズムにDAWが合わせるために生まれたといっても過言ではない機能。つまり、既存のCDやMP3などからテンポを検出するというより、手で叩いたドラムパートからテンポを検出することを目的としているのだ。
クリック音なしで手でドラムを叩けば、当然テンポには揺れが発生する。熟練したプロのドラマーであれば、ドラムマシン顔負けの正確なテンポを刻めるようだが、曲によってはあえてノリを出すためにテンポを揺らす。一方、素人ドラマーになれば、そのテンポの揺れはもっと大きくなるけれど、そこが面白いところで、生き生きした感じが出てくるところでもある。ただ、そうしたリズムをDAWに取り込んでも、従来はなかなか使うのが難しかった。設定したテンポからはどんどんとズレていってしまうため、ほかのトラックとタイミングが合わなくなるからだ。
「テンポの検出」を選択 |
しかし、Cubase 6の「テンポ検出機能」を用いれば、そうした問題が簡単に解決してしまう。揺れのあるビートであっても、1つ1つ刻むリズムを逐一追いかけて、テンポを割り出していくのだ。操作はいたって簡単。テンポの元となるリズムを録音したイベントを選択した上で、「プロジェクト」メニューから「テンポの検出」を選択。出てきたダイアログ上で「分析」ボタンをクリックするだけだ。その結果はテンポトラックに反映され、テンポの揺れもはっきりと確認することができる。試しにクリックを鳴らしながら再生すればドンピシャにマッチしてくれるのはすごく嬉しい。別のトラックにMIDIループやオーディオループを流し込んでも、完全に同期してくれる。このダイアログのパラメータを見ると、テンポを倍にしたり、半分にしたり、4拍子を3拍子にするといったボタンがあるので、必要に応じて使ってみるといいだろう。
ダイアログ上で「分析」ボタンをクリック | 検出結果。テンポの揺れもはっきりと確認することができる | MIDIループやオーディオループを流し込んでも同期できる |
このようにテンポに揺れがあるオーディオ素材を元にテンポトラックを生成していく機能自体、10年近く前から備えてはいた。ヒットポイントを検出し、それを元に手でひとつひとつ合わせこんでいく、という手法だ。それも少しずつ進化してきたが、それでも実際には面倒で筆者自身はほとんど使ってこなかった。でも、これならホントに簡単だ。「DAWを使うとノリが機械的になるから嫌い」という人も少なくないが、この機能を使えばそうした欠点は取り除かれる。
なお、このテンポ検出をする際、急にテンポが大きく変化するrit(リタルダンド)の入った素材も扱ってみた。が、さすがに、こうした場合にはついてきてくれなかった。曲のエンディングなどで大きくテンポが変わる場合には、そこのみ手動で設定するというのが現実的な使い方のようだ。
ヒットポイントに関連していうと、もうひとつ便利な機能が追加された。それが「ヒットポイントをMIDIノートに変換」というその名のとおりの機能。つまり手で叩いたドラムを録ったオーディオを元にMIDIノートを生成するというものだ。
まずリズムのイベントをダブルクリックしてサンプルエディタを開き、スレッショルドレベルを変化させてみる。これによってある程度、ハイハット、スネア、キックを見つけ出すことができるので、ここで「MIDIノートを作成」ボタンをクリックするのだ。出てくるダイアログで、鳴らしたいノートナンバーを指定すれば、まさにそのタイミングのMIDIのデータが生成される。これを利用すれば手で叩いたタイミングそのもので、MIDIのドラムに差し替えるといったことも可能になるわけだ。リズム作りには大きく可能性が広がりそうだ。
リズムのサンプルエディタを開き、スレッショルドレベルを変化 | 鳴らしたいノートナンバーを指定 | 同じタイミングのMIDIのデータが生成された |
■ コンピング機能も大きく改善
次に紹介するのは、いわゆるコンピング機能。ループレコーディングなどを使って複数回録った音の中から、ベストと思われる部分をつなぎ合わせていくというものだ。このコンピングもCubase 5に搭載されていたが、結構多くの手順が必要でほかのDAWと比較すると扱いづらいのは事実だった。今回そこが大きく改善され、簡単に、直感的にすぐ利用できるようになった。とくに準備も不要で、レーン表示できる形でループレコーディングすればOK。あとは、ハサミツールで切りながら、使いたい部分をマウスで選べばいいだけ。もちろん、どの音を出すかの選択は後から自由に変更できるし、ハサミで切る位置をズラすことも自在。これなら誰でも迷うことなく使えそうだ。
レーン表示できる形でループレコーディングする | ハサミツールで切りながら、使いたい部分をマウスで選ぶ |
そして、もうひとつ追加された大きな機能がVST 3.5というVSTの新バージョンとノートエクスプレッションによって作り出されたもの。VST 3.5といってもVST 3のときと同様VSTプラグインの規格が何か大きく変わったというわけではない。Cubase上でMIDIを扱う際、アーティキュレーション(楽器固有の演奏法)の表現がさらに簡単に扱いやすくなっている。それを引き出してくれるのが、ノートエクスプレッションという自由度の高いエディットだ。MIDIトラックやMIDIイベント単位ではなく、その中のノートに対して、個別でピッチやモジュレーション、パン、ブレス…といったコントロールができるようになっているのだ。ノート単位で行なえるので、和音において一番高いキーだけにビブラートをかけるなんていう表現もでき、そのアーティキュレーションを適用させるといったことができる。
「ノートエクスプレッション」で自由度の高い表現が可能 | 和音で、一番高いキーだけにビブラートをかけるということも可能 |
もっとも、アーティキュレーションが利用できるのは、一部の音源の中の一部の音色に限定される。Cubase 5のときには、標準搭載のHALion Oneがそれに対応しており、サードパーティーからもいくつかが登場していた。それに対し、Cubase 6ではHALion Oneの後継として搭載されたHALion Sonic SEが対応している。名前からも分かるとおり、これはすでに発売されているHALion Sonicの機能限定版。シンセサイザとしての表現力はHALion Oneをはるかに上回る16チャンネルのプレイバックサンプラー系のマルチティンバー音源となっている。オシレーターやフィルターのパラメーターを扱えるほか、数多くのエフェクトもHALion Sonice SE自体が装備しているなど、かなり使いでのある音源に仕上がっている。
HALion Sonic SE | オシレーターやフィルターのパラメーターを調整可能 | エフェクトも多数装備している |
■ エフェクトが充実したギターアンプシミュレータ「VST Amp Rack」
LoopMash2 | さまざまなボタンが追加された |
同じVSTインストゥルメントとして機能を強化したのが、LoopMash2だ。これはCubase 5で搭載されたLoopMashの新バージョン。もともとLoopMashはソフトシンセなどとはちょっと異なるプラグインで、既存のループ素材を組み合わせながら、まったく新しいループ、ビートを作成するというユニークなツールだ。YAMAHAのオーディオ分析エンジンを活用し、テンポ、リズム、スペクトル、音質など類似した要素割り出し、ループを再構築するというもの。言葉で表すと難しいが、直感的な操作で新しいループをどんどん作れるということで人気があったプラグインだ。
今回、この作り出されたループに対して、スクラッチ操作をしたり、スタッターによる溜めを突っ込んだり、テープがゆっくり止まるようにテンポを遅くするといった操作のボタンが追加された。もちろん、これらボタンはMIDI制御も可能。ドラッグ&ドロップでのシーン編成を可能にしたり、Undo/Redoがフルサポートたことで、より操作性が向上している。
VST Amp Rack | キャビネットは変更できる |
もうひとつ追加されたプラグインがギターアンプシミュレータのVST Amp Rackだ。これまでもAmp Simulatorというプラグインを搭載していたり、ディストーション、ディレイ、フランジャーと、ギター系のエフェクトをいろいろ装備し、それなりに充実していた。しかし、ほかのDAWがこの分野を強化してきたということも影響したのだろう、今回かなり充実したものが搭載された。アンプセクションを見てみると、Plexi、Blackfac……と、ほぼ名前もそのとおりのMarshall、Fenderなどのアンプが並んでいるので、ここから1つを選ぶと、同時にキャビネットもそれにマッチしたものが選択されるが、必要に応じてキャビネットを変更することも可能だ。
さらに、Pre-Effects、Post-Effectsとアンプの前後に設定するストンプエフェクトも利用可能。ここにはコンプ、ディレイ、コーラス、フェーザー…と16種類が用意されており、必要に応じて複数並べて使うことも可能になっている。コンデンサマイクとダイナミックマイクの選択またはミックスが可能となっており、その位置や距離などの設定ができる。そして最終段のマスターセクションではEQ、チューナー、マスターレベルが用意されているという、かなり充実したものとなっている。Cubase Artist 6でもこのVST Amp Rackが標準装備されているのだから、これだけでも十分に元が取れそうな気がする。
ストンプエフェクトを複数個並べて使用できる | コンデンサマイクとダイナミックマイクの選択やミックスが可能 | 最終段のマスターセクションではEQ、チューナー、マスターレベルが設定できる |
ほかにもいろいろな機能が用意されているが、今回はCubase 6の主な新機能をピックアップした。Cubaseの機能全体から見ると、地味にも思える機能強化ではあるが、テンポ検出機能など、まさにキラー機能が搭載され、しかも従来より価格が下がっている。久しぶりのバージョンアップや、他DAWからの乗り換えにはいいタイミングかもしれない。