第484回:「Inter BEE」で注目のオーディオ新製品をチェック

~「Pro Tools 10」登場。ヤマハの新VSTプラグインも ~


Inter BEE 2011

 11月16日~18日の3日間、幕張メッセで第47回目となる「Inter BEE 2011」が開催された。すでに映像・ネット配信関連についてはニュース記事で掲載されているほか、小寺氏の「Electric Zooma! 」でも詳しくレポートされているが、Digital Audio Laboratoryでは「プロオーディオ部門」で展示されていた新製品などについて紹介していくことにしよう。


■ 早くも登場した「Pro Tools 10」

 昨年のInter BEE 2010ではAvid Technologyの「Pro Tools 9」が発表された直後で、Pro Tools 9が話題の中心となっていたが、今年は10月に予想外の「Pro Tools 10」発表となり、やはりPro Toolsが話題をさらった印象だった。予想外というのは、発表のタイミング。これまでPro Toolsのメジャーバージョンアップは3~4年置きだったので、次は早くて再来年あたりと予想していたのに、たった1年でのバージョンアップとなったからだ。

 ワールドワイドで見ると、Pro Tools 10が発表されたのはアメリカ・ニューヨークで10月20日~23日に行なわれた「第131回AESコンベンション」。それと同時にネット上でのダウンロード販売がスタートし、店頭でのパッケージ売りも始まってはいたが、こうした会場での国内お披露目は初とあって、多くの人が集まっていたのだ。

 ご存知のとおり、Pro Toolsはレコーディングスタジオなどで使われる「ProTools HD」とDTM用途で利用される「Pro Tools」、さらにエントリー向けの「Pro Tools MP」、「Pro Tools SE」の大きく4ラインナップが存在するが、今回10となったのは上位の2つ。MPとSEは当面は9のままとなっているようだ。

 この新バージョン、ちょっと珍しいのは、その位置づけだ。実は、Avidではすでにその次のバージョンである「Pro Tools 11/Pro Tools HD 11」についても言及しており、9から11への橋渡しとしての10であると明言しているのだ。ちょっと変わった形の発表という気もするが、そうしてくれたことで、10の位置づけや、今後の方向性が非常に明快になっている。

Avid TechnologyのブースPro Tools 10レコーディングスタジオでの使用例

 これまでMac版、Windows版ともにPro Toolsは32bitアプリケーションとなっていたが、11では完全に64bit化する。それと同時にプラグインのアーキテクチャを抜本的に変更し、これまでのDSPベースのTDMが廃止されてAAX (Avid Audio eXtension) プラグインに、同様にCPUベースのRTASも廃止されてAAXプラグインになる、というのだ。正確にはAAX DSPとAAX Nativeというプラグインだが、どちらも音的にはまったく同じ処理ができるので、従来のようにRTASで処理すると音が変わる……という問題は解消されるという。同様にオーディオエンジン部分もDSPを使うかCPUを使うかでの音の差はなくなる。

 その背景にあるのはDSPの変更だ。これまでのPro ToolsではずっとFreescale(旧Motorola)製のDSPを使ってきたが、それを異なるアーキテクチャのものに変えるようなのだ。どこのメーカーなのかは明らかにされていないが、その新DSPを搭載した「Pro Tools|HDX」なるものがまもなく登場する。これは従来のPro Tools|HD Accelカードと比較すると5倍以上のDSP処理能力を持つとともに、1000dB以上の追加ヘッドルーム、4倍のトラック数、2倍のI/O処理が可能になるという。必要に応じてPro Tools|HDXを3枚まで搭載することで、膨大なパフォーマンスを持つというのだ。

 それを64bitアプリケーションとして実行できる理想形がPro Tools 11/Pro Tools HD 11とのことだが、そこへの橋渡し役となるのが、今回リリースされたPro Tools 10/Pro Tools|HD 10なのだ。これはアプリケーション的には32bitながら、これまでのDSPやRTAS、TDMといったプラグインも利用可能でありつつ、新アーキテクチャであるAAXプラグインや新DSPであるPro Tools|HDXも使えるというもの。さすがに、従来の膨大な資産を簡単に捨てるわけにはいかないだろうから、両アーキテクチャをサポートするというわけだ。

 では、そもそもDSPを使っていないDTM系のユーザーにとっての10の位置づけというのは、どうなのだろうか?  話を聞く限りでは、それほど9と機能そのものには大きな変化はなさそうだし、見た目もほとんど変わっていない。もちろん、ある程度の新機能はある。具体的には、「クリップゲイン機能を使って編集もミックス作業もスピードアップ」、「ディスク処理機能の改善とリアルタイムフェードで、ネットワーク経由ドライブあるいはローカルドライブでもパフォーマンスを向上」、「単一のタイムライン上で複数のプロジェクトを同期させる際、24時間タイムラインでより柔軟性を強化」といったものだ。

 また、デジタルオーディオコンソールのSystem5に搭載されているチャンネルストリップをAAXプラグインとして移植した「ChannelStrip」が標準搭載されているあたりも大きな目玉となっている。また用語上大きいのは、従来「リージョン」と呼んでいたオーディオの単位を「クリップ」と呼ぶことに変更。これはAvidのビデオ系の製品群と名前を揃えるためのようだ。

 このように、パッと見ではあまり変わらないものの、Pro Tools 11に向けて大きく動き出しているというのが実情。Inter BEEの展示内容だけでは、しっかりと理解できなかった面も大きいので、今週、改めてAvid Technologyに取材させてもうので、これについては来週の記事で紹介する予定だ。

新DSPを搭載したPro Tools|HDXPro Tools 10の外観にはさほど変化はないChannelStripを標準搭載

 ほかのブースを見ても、やはりPro Tools 10の余波は大きく、今回が初お披露目といった感じで、AAXプラグインを展示しているところがいくつかあった。そのひとつがメディアインテグレーションだ。同社では英Sonnox Oxfordのプラグインを扱っているが、「Sonnox EQ」のAAX版が展示され、これが12月に発売されるという。

 動いていたのはCPUベースのAAX Nativeであり、DSP版のほうは今後登場する予定とのことだ。もっともAAX Native版が単独で発売されるのではなく、従来同様RTAS版、VST版、AU版とセットでの販売となる模様。同じくメディアインテグレーションが扱う米Metric Haloからは「Charactor」というアンプシミュレータのベータ版が展示された。これもAAX Nativeプラグインとなっているが、かなり安定して動いているようだった。

メディアインテグレーションのブースでは、12月に発売されるSonnox EQ AAX版が展示されていたアンプシミュレータのCharactor ベータ版も展示されていた

■ オールアクセス「REDNET 5 Pro Tools HD BRIDGE」など

 Pro Tools|HD、さらには今回のPro Tools|HDXと連携させたインターフェイスとして利用できる「REDNET 5 Pro Tools HD BRIDGE」というものを参考出品していたのはFocusrite製品を扱うオールアクセスだ。REDNETというのは、来年夏にリリースするForcusriteの新システムで、CAT 5eのEthernetケーブルやルーターを使って24bit/192kHzの信号を最大256ch(128入力/128出力)伝送できるというもの。

 このようなLANケーブルを使ってオーディオ信号を伝送できるシステムは、これまでもヤマハ、ローランド、RMEほかさまざまなメーカーがリリースしており、すでにコンサートホールのPA機器や放送機材などとして実用化されている。また、そのプロトコルとしてMADI、Dante、EtherSound、CobraNetといった複数の規格が存在しており、ネットワークトポロジーに応じて使い分けられているようだ。

 このREDNETでは、各種あるプロトコルのうちDanteが採用されているのだが、従来のシステムと決定的に異なる点がある。それは、中央に設置するのがデジタル・ミキシング・コンソールではなく、PCであるという点。WindowsもしくはMacに「REDNET PCIe Card」というPCI Expressカードを挿しておき、ここからLANケーブル、ルーター、ハブを通じてAD/DA、デジタルI/Oなどに接続することで、大規模なオーディオインターフェイスを構築できるようになっている。

 もちろんA/D、D/AなどもREDNETシリーズとしてラインナップされており、REDNET 1~REDNET 5までトータル5種類が存在する。そのうちのREDNET 5がPro Tools|HDまたはPro Tools|HDX用というわけなのだ。ちなみにREDNET 1は8chのAD/DA、REDNET 2は16chのAD/DA、REDNET 3は32chのデジタルI/OでS/PDIF、AES/EBU、ADATに対応している。そしてREDNET 4は8chのマイクプリアンプ内蔵の192kHzのADコンバータとなっている。

REDNET 5 Pro Tools HD BRIDGEを参考出品このREDNETではDanteというプロトコルを採用REDNET PCIe Card
PCを中心に構築できる大規模オーディオインターフェイス8chマイクプリアンプ内蔵の192kHzのADコンバータ、REDNET 4

 それぞれの機材は20万円程度とのことではあるが、単純にREDNET PCIe CardとREDNET 2を組み合わせれば16chの24bit/192kHz対応のオーディオインターフェイスを構築することができる。ハブを使ってもう一台のREDNET 2にも接続すれば32chになる、というわけだ。

 メーカーでは往復レイテンシーが3msec以下と言っているので、かなり画期的に思う。理論的にいって、LANケーブルでの接続においてはノイズが入る心配はないため、大規模なホールでのレコーディングといったことが、非常に簡単に、そして安価にでき、PCサイドはDTM系システムで実現できてしまうのだから、なかなかすごいことになりそうだ。

上がScarlett 2i2、下がScarlett 8i6

 このイギリスの老舗のFocusrite、こうしたハイエンド製品を扱う一方、先日取り上げた「Scarlett 8i6」もそうだが、非常に低価格な製品を扱っているのも面白いところ。このInter BEE会場でもScarlett 8i6のさらに下に位置づけられる「Scarlett 2i2」を出品していた。名前からも想像できるように2IN/2OUTのシンプルでコンパクトなオーディオインターフェイスで、24bit/96kHzまでの対応となっている。オールアクセスからは11月20日にオープン価格(15,000円前後)で発売される。


■ ヤマハは「O1V96i」を出品、新しいVSTプラグインも

 Inter BEE当日の発表ということもあって、もうひとつ目立っていたのがヤマハのデジタル・ミキシング・コンソール、O1V96iだ。O1V96シリーズは2003年リリースの初代機、2008年リリースの2代目のO1V96VCMに続く3代目。今回のポイントはUSB 2.0を装備したことで24bit/96kHzの信号を16in/16outでPCとやりとり可能になったこと。

 従来機にもUSB端子は搭載されていたが、オーディオ信号が通るようになったのは今回が初めて。OV196i側から見れば、O1V96i標準装備のアナログ・デジタルの入出力に16in/16outが追加される格好となっている。またPC側DAWのコントロールサーフェイスとしても利用可能になっている。

 もちろん前モデルから搭載されているVCMテクノロジーによるエフェクトも健在。VCMテクノロジーとはVirtual Circuitry Modelingの略で、ヤマハが開発したアナログオーディオ回路を正確にモデリングする技術。抵抗やコンデンサ、トランジスタなど素子レベルから正確に再現することで、アナログ回路の機器特有の音のキャラクターを再現できるという技術だ。O1V96に限らず、DM2000などヤマハのコンソールに搭載されており、大きな売りポイントとなっている。

 今回のO1V96iでは前モデルでオプション扱いとなっていた「AE-021 Master Strip Package」、「AE-051 Vintage Stomp Package」の2つが標準搭載になったのが特徴だ。

O1V96iO1V96iの背面

 そのVCMに関して、もうひとつのトピックスはDSPを用いず、CPUパワーで実現できるVSTプラグインが新たに発売されること。すでに、この夏、VCMテクノロジーを使ったRupert Neve Desiginsのプラグイン、「Portico 5033 EQ」および「Portico 5043 Compressor」が発売されていたが、12月1日に「YAMAHA VINTAGE PLUG-IN COLLECTION」という製品が3パッケージ発売されることになった。具体的には「Vintage Channel Strip」(実売39,800円前後)、「Vintage Open Deck」(実売19,800円前後)、「Vintage Stomp Pack」(実売19,800円前後)のそれぞれ。

 いずれもDM2000やMOTIFなどにDSPで処理するエフェクトとして搭載されていたものをVSTの形で切り出したセット商品。それぞれ70年代のスタジオやSR現場のサウンドを再現したものや、オープンリールなどのアナログ回路、マスターテープの特性を再現したもの、70年代のギターエフェクタを再現したものなど、昔の音をPCで忠実に再現できるというのがポイントだ。

VCMテクノロジー採用のプラグインYAMAHA VINTAGE PLUG-IN COLLECTION

 以上、Pro Tools 10を中心にInter BEEで気になったものをピックアップしてみたが、いかがだっただろうか? 来週は、そのPro Tools 10についてさらに突っ込んでみる予定だ。


(2011年 11月 21日)

= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto

[Text by藤本健]