藤本健のDigital Audio Laboratory

第561回:iPad連携でDAW初心者も楽しめる「Logic Pro X」

第561回:iPad連携でDAW初心者も楽しめる「Logic Pro X」

GarageBandライクなUIや、「Drummer」などを試す

 7月16日、AppleからMac App StoreでDAWであるLogicの新バージョン、Logic Pro Xおよびその関連ソフトであるMainstage 3が発売された。ダウンロード購入という形ではあるが、Logic Pro X本体が17,000円という価格破壊的な設定。ほかのDAWメーカーも戦々恐々としているようだが、先週これを入手して触ってみた。

 確かにプロ用の業務使用のDAWとして使える定評あるDAWの進化版となっていのだが、DAWは初というユーザーでも楽しめる面白い設計になっているのも大きなポイント。そこで、今回はあえてLogic Pro Xをエントリーユーザー視点からチェックしてみたいと思う。

Logic Pro X
Mainstage 3

4年ぶりのバージョンアップで新しいUIに

 Logicの前バージョンが発売されたのは2009年9月、その後とくにアップデートもなく、すでに4年も経過していた。ほかのDAWが毎年、または2年おきにバージョンアップを繰り返す中、Logicはまったく動きがなかったので、「AppleはLogicをやめてしまったのか……」といった声も上がっていたが、今回の突然の発表に驚いた人も多かったはず。

 以前のバージョンであるLogic Pro 9を記事でとりあげた2009年当時は、ほかのDAWと同様に店頭で販売されるタイプのパッケージソフトであり、54,800円という価格設定になっていた。しかし、2011年末、そのパッケージソフトは姿を消し、変わりにAppleが展開するダウンロード販売サービスであるMac App Storeで17,000円という価格で販売され、DAW業界に衝撃を与えた。

 もっとも単に値下げをしたというのではなく、以前のLogic Pro 9の時から、Logic Studioというパッケージに収録されていたほかのユーティリティであるSoundtrack Pro 3や、インパルスレスポンスユーティリティ、Compressor、そしてMainStage 2は切り離されて、Logic Pro 9本体のみとなったのだが、数多く収録されていたApple Loopsなどのライブラリはそのままバンドルされていたので、大半の人にとっては必要十分な安いDAWとなっていたのだ。

 今回のLogic Pro Xも単体販売という形と価格を継承しており、Logic Pro Xは17,000円、MainStage 3は2,600円。実はこれともう一つiPad用のリモートコントロールアプリであるLogic Remoteというものもリリースされた。Logic RemoteはLogicのオマケアプリということで無料となっていたが、これを合わせた3つをダウンロードして使ってみた。なお、今回は第3世代のiPadを使用している。

 Logic Pro 9からLogic Pro Xの変化をどう評価するかは、人それぞれのようだ。回りのLogicユーザーの反応を見る限り、「ユーザーインターフェイス(UI)は変わったけれど、実質的な機能はほとんど変わっていない」と言っているようだが、ついに完全64bitアプリケーションとなったため、高速化は実現されている模様。もっとも、そのために対応OSはMountain Lion(OS X10.8.4以降)に制限され、それ以前のLion、Snow Leopardなどでは使えなくなったのはPro Tools 11などとも同様だ。

 とはいえ、このユーザーインターフェイスの変化というのは、とくにエントリーユーザーにとっては非常に大きいポイントだと思う。とにかく難しいことなしに、DAWが使える構造になっているのはなかなかすごい。しかもiPadと組み合わせると、ちょっと信じられないほど面白いことができるのだ。

“ただのリモコン”ではないiPadアプリが便利

 まずLogic Pro Xを起動させると、テンプレート選択の画面が現れる。試しに、ここでは「空のプロジェクト」を選択してOKしてみると、Logic Pro Xが起動してくる。普通なら、空のプロジェクトだから、何もない状態で起動し、その後トラックを作成することになるところだが、親切なことに、まずどんなトラックを作るのかを聞いてくるのだ。これを見ると、ソフトウェア音源、外部MIDI、オーディオ、ギターまたはベース、Drummerとあるが、Logic Pro Xの新機能としてDrummerというのがあったので、まずはこれを選択してみた。すると、ドラムトラックが作成されており、ここに波形のようなものが表示されている。試しに、この状態で再生してみると、ドラムが鳴り出してくれるが、これは一体何なのだろうか?

テンプレート選択
どんなトラック作成するかを選ぶ
Drummerを選択したところ

 ここで、そのドラムトラックに作成されている2つのリージョンのうちのひとつを選択すると、画面下にはドラムキットのようなものが表示される。再生しながら、左下にあるXYパッドのようなものを移動させるとドラムの雰囲気がいろいろと変化する。縦軸で音の強さが変わり、横軸でリズムパターンの複雑さが変化するようなのだが、どうなっているのか、トラックを拡大して確認してみた。すると、波形のように見えたのは実は波形ではなく、ドラムのキックやスネア、タム、シンバルなどをを叩くポイントを示すもののようだ。音の大きさに応じてサイズが異なるため、波形っぽく見えていたのである。XYパッドをいじると、リアルタイムにリズムパターンが変化するのも分かる。このように言葉で書くとやや複雑に思えてしまうかもしれないが、要はこのXYパッドをいじるだけでさまざまなリズムパターンを自動生成することができるのが、このDrummerの特徴。

ドラムキットのような画面が下に
波形のように見えるのは、ドラムのキックやスネア、タム、シンバルなどをを叩くポイントを示すもの
XYパッドを操作するとリズムパターンが変化
様々“ドラマー”のデータをダウンロードできる

 初期設定状態で登場したのは、ロックドラマーのKelyというキャラクタだったが、ほかにもいろいろなドラマーに叩かせることが可能であり、キャラクタによってリズムの雰囲気が違うのも面白いところだ。ただし、新しいキャラクタを選ぶと、そのデータをダウンロードしにいき、それぞれ1GB以上あるので、回線状況によってはかなり時間がかかるしHDD容量も食うので、その点は覚悟が必要だ。

 さらに面白いのは、ここからだ。前述のiPadアプリ、Logic Remoteを起動してみると、自動的にMacのLogicを見つけ、これにつなぎにいく。Logic側にもその通知がされるのでこれを許可し、この2つがつながると、まったく新しい世界が広がるのだ。iPad側の初期画面は、ミキサーコンソールであり、プレイボタンをタップすると、Logic側が再生され、その状況がiPad側にも表示される。これを見て、「なるほど、最近よくあるリモートコンソールのよくできたものだな」と思ったが、実はそんなレベルではなかったのだ。

iPadアプリのLogic RemoteからMacのLogicを探す
MacのLogicからの通知
プレイボタンをタップすると、Logic側が再生

 左上のボタンをタップすると、いくつかの選択肢が現れる。Logic側で作られているトラックは、まだドラムのみなので、ここでは試しにドラムキットを選んでみたところ、ちょっと驚いた。なんと、お馴染みiPadのGaragebandソックリな画面なのだ。Garagebandのものと見比べてみれば、瓜二つであるのが分かるだろう。ここでこのドラムキットをiPad上で叩いてみると、Mac側からリアルタイムに音が出てくる。しかも、そのレイテンシーが非常に小さく、まったく違和感がないのだ。LogicとLogic Remoteは無線LAN(Wi-Fi)で接続されているわけだが、どうしてなのか? 無線LAN接続だとかなりレイテンシーがあるものだと思い込んでいた、それは単なる思いこみだったのかもしれず、まったくレイテンシーを感じない。

左上のボタンをタップすると表示される選択肢
Logicのドラムキット画面
こちらはiPadのGarageband画面
iPadにも、Logicにオーディオインターフェイスが接続された旨が通知された

 もっとも、Logic側のセッティングを何もしていなかったので、デフォルトでは本体のオーディオ機能で鳴っていた。そこで、Logicが起動した状態のままオーディオインターフェイスを接続してみたところ、さらにビックリ。Logic側だけでなくiPadにも、新しいオーディオインターフェイスが接続された旨の通知がされ、「使用」というボタンをタップすると、こちらに切り替わるのだ。このオーディオインターフェイス側のバッファサイズを小さ目に設定しておけば、さらにリアルタイム性は高まり、iPadのGaragebandで演奏するよりも、さらに応答性が高く感じてしまうほどだった。そして、当然のことながら、iPadのGaragebandと比べてドラムの音が圧倒的に豊かになっているのには感激した。

iPadで鍵盤表示、ミックス操作など

 ドラム音源一つだけで感激している場合ではない。このLogic Remoteから「新規ソフトウェア音源トラック」を選択すると、これもまた見慣れたSmart Keyboardのようなものが現れた。これを弾いてみると、やはり簡単にコードを鳴らすことができ、まったく鍵盤が弾けない人でもコードプレイが可能となっている。ここで、録音ボタンをタップしてみると、先ほどのドラムが鳴りながら、演奏ができ、それをLogicでレコーディングしていくことができる。

Logic Remoteから「新規ソフトウェア音源トラック」を選択して表示された画面
iPadで演奏し、Logicでレコーディングできる

 もちろん、普通のキーボード表示も可能で、これを弾いてもレイテンシーの極めて小さい、リアルタイム性が非常に高いものであることが実感できる。また、画面上部には音色パラメータ表示が現れ、ここで音をエディットしていくこともできる。実は、これと同じ画面がLogic側でも表示されるのだが、これがSmart ControlというLogic Pro Xの新機能だ。Smart Controlに表示されているのが、この音源のすべてのパラメータというわけではなく、本体にはもっと多くのパラメータがある。Smart Controlでは、ここからよく使うパラメータだけを抜き出したものであり、初めて触る人でも、効果的に音色を変えられるようになっているのだ。

キーボード表示
よく使うパラメータだけを抜き出して表示するSmart Controlで編集できる
より細かな調整も行なえる

 いま例に挙げた音源は、新たに搭載されたビンテージ音源の一つであるが、Smart Controlの良さがわかりやすいのは、従来からの音源を使ったケースだろう。そこで、従来の音源を選択してみたいが、その音色選択そのものも、iPadから行なえるようになっている。カテゴリー選択をしながら、選ぶのだが、たとえば、リード・シンセサイザとして「Ambient Lead」というものを選んでみた。すると画面上部には、いかにもアナログシンセというパラメータが表示され、同じものがLogicにも表示される。とはいえ、実はこのようなGUIの音源が特別に存在するのではなく、従来からあるES2というソフトシンセが動いているのだ。

Ambient Leadを選択
アナログシンセ風のパラメータが表示される
Smart Controlの表示

 そしてSmart Controlの画面だけ、右のようになっているのである。ES2はかなり複雑な音源であるため、これを見ても、何をどうエディットしていいか分からない人も多いと思うが、効果的なパラメータだけを抜き出しているから、これならパラメータの意味が分からなくても適当に動かすだけで音の変化を楽しめるはずだ。またパラメータをよく見てみると、FLANGERやDELAY、REVERBといったES2にはないものもある。プリセットで選んだ「Ambient Lead」はES2だけでなく、エフェクトもセットにした音色となっており、それらから選りすぐったパラメータが表示されていたわけだ。

 もちろん、LogicはDAWだから、ソフトシンセを動かすだけでなく、オーディオをレコーディングしたり、編集したり……といったことも可能。この辺もGaragebandと非常に近い考え方になっており、オーディオとMIDIの扱いが非常にシームレスになっている。たとえばオーディオトラックを作成後、プリセットからディストーションギターの音色を選べば、そこにアンプシミュレータやエフェクトがセッティングされる。またボーカル用のプリセットを選べば、ダイナミクスやEQ、リバーブなどが設定された状態の画面が現れるのだ。これらエフェクトが組み込まれた状態で演奏、レコーディングができ、そうした操作もすべてiPad側でできてしまうので、あまり難しいことを考えずに、すぐに使えるというのはLogic Pro Xの大きな魅力といえるだろう。

オーディオトラックを作成後、プリセットからディストーションギターの音色を選択
ボーカル用のプリセットを選ぶと、ダイナミクスやEQ、リバーブなどの設定画面を表示

 iPadのLogic Remoteで行なえるのは、別に演奏だけではない。最初に紹介したミキサー画面でミックス操作もできるほか、Logicの各種操作をiPad側から行なうこともできる。これはトランスポーズ操作や、新規トラックの作成といったものだけでなく、UndoやRedo、またカット、コピー、ペーストといった編集操作、画面の拡大や縮小、さらにはオートパンチモードへの切り替えやスクロールプレイ、マーカーの作成といったこともできるのだ。そして、これらコマンド自体も必要に応じて自分で設定できるので非常に自由度の高いリモートコントローラということができるだろう。

Logicのさまざまな操作を、iPadアプリ側からも行なえる
コマンドの表示なども必要に応じて自分で設定できる

 この辺を見ても分かる通り、やはりiPadはリモコンであり、画面表示はMac側を使うのが基本ではあるが、シンセサイザのパラメータやミキサーなど、画面を直接触ってコントロールできるという意義は大きいのではないだろうか。

 なお、いくらiPadから演奏できるとはいえ、鍵盤に関しては外部にUSB-MIDIキーボードを接続して利用するほうが圧倒的に弾きやすい。この場合でも、Logic Remoteとバッティングするという心配はなく、両方同時に使うことができるし、すべて自動でセッティングされるので、戸惑うことはないだろう。

新たなタイムストレッチ機能や、MIDIプラグインも追加

 ここまでiPadとの組み合わせを中心にLogic Pro Xについてみてきたが、いかがだっただろうか? 以前の難しいソフトというイメージは完全に払しょくされ、初心者でも使える高性能なDAWに進化していることが実感できたのではないだろうか? もちろん、ここで紹介したのは、ユーザーインターフェイス部分だけの本当に触りの部分。DAWとしては、プロの音楽制作にも使える高性能なものになっている。

Flex Pitch

 機能的には、Logic Pro 9とほとんど変わらないと筆者周辺のLogicユーザーが言っていたというのは冒頭で書いたが、もちろん久々のバージョンアップだけに、いくつかの強力な機能が追加されている。まずは、Flex Pitchというもの。Logic Pro 9でFlex Timeというタイムストレッチ機能が搭載されていたが、こちらはピッチをいじるもの。まだ、しっかりつ使っていないので、性能などはハッキリわからないが、機能的にはCelemonyのMelodyneのようなボーカルエディット機能のようだ。

 またMIDIプラグインが追加されたのも大きなポイントだろう。このMIDIプラグインの中でもアルペジエータが追加されたのは大きな特徴であり、コードを抑えるだけでいろいろなパターンを自動生成できるという点は、演奏が得意でない人にとっても便利に使える機能だと思う。

 なお、別売ソフトではあるが、MainStage 3もなかなか便利なソフトだ。こちらはMacを楽器にするというコンセプトのソフトであり、ほぼ同様のことはLogic Pro Xでもできるが、ステージなどで利用することを前提に作られたソフトだけに、大きな画面で操作がしやすいのが特徴。ソフトウェア音源として、エフェクトとしても使うことができるが、必ずしもLogic Pro Xと同時に買う必要はないので、演奏専用に使いたいと思ったときに入手すればいいのではないだろうか。

アルペジエータなどのMIDIプラグインが追加されている
MainStage 3
Mac App Storeで購入
Logic Pro X

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。EPUBマガジン「MAGon」で、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Journal」を配信中。Twitterは@kenfujimoto