藤本健のDigital Audio Laboratory
第644回:USBオーディオの超低遅延、DSDレコーディングも可能にするソフト開発の裏側
第644回:USBオーディオの超低遅延、DSDレコーディングも可能にするソフト開発の裏側
(2015/7/27 12:40)
USB DACにUSBオーディオインターフェイス、国内の楽器メーカー、オーディオ機器メーカーからは数多くの製品が発売されているが、それらの製品の中枢部を支えている社員50人ほどの会社がある。以前にも「続々登場のDSD対応USB DACを支える会社とは?」という記事で紹介した、インターフェイス株式会社というシステムハウスだ。同社は、数多くのUSB機器のドライバやミドルウェアを開発してきた会社であり、裏方として日本のPC周辺機器を支えてきた実績を持つエンジニア集団。USB機器に限らず、ファームウェアやドライバを中心としたさまざまなハードウェア、ソフトウェアの開発・設計、またマイコン応用システム開発・設計・研究を行なっている。
同社では2009年にUSBオーディオ用のドライバをとあるメーカー向けに納品したのを皮切りに、数多くのオーディオドライバやシステムハードウェア、ファームウェアなどを手がけてきている。PCM用のシステムはもちろんDSDを含め、日本の多くのUSB DACメーカー、オーディオインターフェイスメーカーを裏方で支えている企業なのだ。実は先日、記事で紹介したズーム(ZOOM)の超低レイテンシーなオーディオインターフェイスである「UAC-2」と「UAC-8」も同社が開発をサポートしたものなのだとか……。
先日、インターフェイスの担当者に話をうかがうことができたので、紹介しよう。お会いしたのは同社の社長室・室長の平林幸典氏、第1営業部営業2課・課長の森拓也氏のお2人だ(以下、敬称略)。
手探りから始まったUSB 3.0対応オーディオ関連の開発。FPGAも超える結果に
――インターフェイスさんのお名前は、本当にいろいろなところで聞きます。いまUSB DACやUSBオーディオインターフェイスのドライバやファームウェアなど、何社くらいに提供しているのですか?
平林:すべて国内メーカー、国内ブランドへの提供となっていますが、現在12社ほどです。
――それは、もう日本メーカーのほとんどではないですか?
平林:いえいえ、まだ一部のメーカーに過ぎないですよ。ただほかにもたくさんのメーカーからお問い合わせをいただいており、追いついていないのが実情です。海外勢からもお声がけしていただくケースも出てきていますが、どちらを先に対応していくか、という経営的判断から、現状においては国内を優先させているのです。そのほうが、当然、効率はいいですからね。ただ、一巡してしまえば、海外も視野に入れる可能性はありますね。
――今日、ぜひ詳しくお話を伺いたいと思っていることのひとつがUSB 3.0への対応です。先日、ズームのUAC-2、UAC-8を使ってみましたが、おそらく世界最小のレイテンシーを実現していますよね。このドライバ、インターフェイスさんで開発していたという話を小耳に挟んだのですが、本当ですか?
森:これまで、表明はしていませんでしたが、UAC-2、UAC-8の開発には当社も関わらせていただきました。USBオーディオの開発はずっと続けてきていたので、USB 3.0にはとても興味をもっていました。ただコントローラチップがほとんどなかったため、なかなか手を出せずにいたのですが、これまでもお付き合いのあったズームさんから「USB 3.0の製品を一緒にやらないか? 」とお声がけいただいたので、「レイテンシー世界一」を目標に掲げて開発をスタートさせたのです。
――コントローラチップがほとんどないというのは、どういうことですか?
森:USB 2.0のオーディオに対応するコントローラチップは数多くあるのですが、USB 3.0対応のものは、まだあまり供給されていないのです。我々が知る限り、現在デバイスメーカーで出しているのはルネサスエレクトロニクスとサイプレスの2社くらいではないでしょうか? 確かに、USB 3.0のマスストレージとして使うためのブリッジICであれば、いろいろあるのですが、オーディオで使えるものは限られていたため、我々単独ではなかなか手が出しにくいのが実情でした。そうした中、ズームさんからのお話があり、喜んで参加させていただいたのですが、実はその時点では、何をどうすればレイテンシーを縮められるのかが分かっていたわけではなく、まさに手探り状態でした。最初の半年は、設計をどう進めていくかの調査に当てて、試行錯誤をしていました。当初はUSBオーディオクラスを使ったアプローチをしていましたが、もともとUSBの規格として決められているものだけに、限界がありました。レイテンシーをある程度の水準までもっていくことはできましたが、それ以上にするためには独自で設計するしかない、ということになり、そこで大きく舵を切って、独自の方法で実装する方向に行ったのです。
――ここでちょっと確認をしておきたいのですが、USB 3.0を使ったとしても、USBAudio Class 2が使えるのですよね?
森:誤解がないように簡単に整理をしておきましょう。USBには1.1、2.0、3.0という大きく3つのハードウェア規格がある一方、USB Audio Class 1とUSB Audio Class 2というものがあり、これらはまったく独立した別ものです。もちろん転送速度の関係があるので、USB 1.1で使えるのはUSB Audio Class 1に限られますが、USB 2.0とUSB 3.0であれば、USB Audio Class 1、2ともに通ります。USB 3.0を使うことの優位性は、480Mbpsを超えるスピードがあるため、より多くのチャンネルを通すことができるわけです。
――そうですよね。USB 3.0だからレイテンシーが詰められるというのは、どうにも納得のいかないところなのですが……。
森:おっしゃるとおりです。もともと当社では2010年にITF-Audio for WindowsというASIO規格に対応したオーディオドライバを出しており、当初は「世界最高水準のオーディオドライバ」と銘打ち、レイテンシーも10msecと世界最高を誇っていました。しかし、あれよあれよという間に、5msec、3msecという数字を出すメーカーが海外に現れ、抜かれてしまいました。「世界最高水準」を謳う以上は、スピードを考え直さなくてはと、いろいろと研究を進めていた中、ズームさんとの話があったので、ここに力を注いでいったのです。で、話を戻すと、実はUSB 3.0だからレイテンシーが縮まるのではなく、USB 3.0用のホスト側のコントローラを使ったほうが速くなることが分かってきたのです。つまりバンド域よりもコントローラチップの性能ということですね。
――UAC-2、UAC-8で搭載しているUSBのコントローラチップは何を使っているのですか?
森:それは守秘義務もあるので、伏せておきます。ただ、ルネサスを使うのか、サイプレスを使うのかなどによっても、最終的なレイテンシーの違いは出てくるはずです。もちろん、PC側のドライバだけでなく、機器側のUSBのドライバ、つまりファームウェアによっても性能に違いが出てくるので、当社ではその両方に携わっております。
――そのレイテンシーの測定はどのように行なっているのですか? ズームのサイトのUAC-2の製品紹介のところで、「クラス最速2.2msの超低レイテンシ」という文句があり、私が96kHz/24bitのサンプリングレートでバッファサイズを最小にして測定したところ、2.22msecとなったので、同じ結果だと思ったのですが……。
森:基本的にAV Watchで測定されている方法と同じループバックでの測定です。途中の信号などを捉えれば入力のレイテンシー、出力のレイテンシーなど個別に測定することもできそうですが、それはそれで大変ですし、そもそも他社製品との比較などもできなくなってしまうので、できるだけ汎用的な方法で測定して比較しています。
――先ほどの5msec、3msecを達成した海外のメーカーって、RMEのことですよね。確かに、ここ数年、同社がトップにいたと思います。RMEの説明によれば、内部にFPGAを採用しているので、絶対的に速いのだ、とのことでしたが、それを超えることができたわけですよね?
森:RMEを重要なベンチマークと位置付けていましたが、さすがにFPGAを超えることは無理だろうと思っていたのです。ところが、いろいろと試行錯誤を繰り返す中で、それを超えることができ、しかもUSB 3.0ではさらに性能を上げることができたのは、正直なところ想定外ではありました。うちの技術陣がとことんまで追い込むという姿勢が功を奏した形ですね。とはいえ、このチューニングには、ずいぶん時間もかかりました。単にレイテンシーが少なければいいというわけではありません。いくら速くても、ノイズがのったらアウトです。「何時間再生し続けて1回ノイズがのった」といったテストを繰り返しながら、これなら絶対大丈夫というところにもっていくには、時間を要したのです。ズームさん側からもいろいろと要件を出されていたので、それをクリアできる品質のドライバに仕上げました。
――今後、さらに競争相手が性能を上げていく可能性はありそうですか?
森:それはもちろんあると思っています。やはりソフトウェアで行なうよりも、FPGAでやったほうが速いと思いますし、FPGA、そしてFPGAを使うツールであるVHDLなども日進月歩で進化しているので、最新版でコンパイルしなおしたら、性能が上がる、といったことも十分考えられますから。ここはお互い切磋琢磨していければと思っています。
――ここでうかがいたいのは、UAC-2の96kHzで2.22msecが出せたということは、今後他社製品でも同様のレイテンシーが実現できるということなのか、という点です。
平林:ズームさんで行なった設計をそのまま他社に持っていくことはありません。他社さんと行なう場合には、また設計を改めて行なう必要があり、性能も違ったものになってくるはずです。
森:ズームさんの製品の場合、いろいろと特殊な仕掛けも施されていたので、仮に他社さんで展開するにしても、必然的に違った設計になってしまいます。デバイス側のCPU、USBのチップなど、いろいろと条件も異なってきますから、それに合わせた設計をしていくことになるのでトータルとしての性能になりますね。
――ちなみに、ズームではTAC-2やTAC-8などThunderboltのオーディオインターフェイスも出していますが、それらもインターフェイスさんでの開発になるのでしょうか? またTAC-2、TAC-8と比較した場合のレイテンシーに差はあるのでしょうか?
平林:当社が担当させていただいたのは、あくまでもUSB製品なのでThunderbolt製品については携わっておりません。ただし、それとほぼ同等の性能にすることで調整してきたので、どちらの製品でもほぼ同じレイテンシーになっていると思います。
DSD関連の開発も進化。ついにレコーディングも実現可能に
――では、ここで少し話題を変えて、DSD関連のシステムについておうかがいします。2年前に取材したときは、ちょうどDSD対応のドライバをはじめ、各社への提供がスタートしたということでしたが、このDSD関連はその後進展しているのでしょうか?
森:ITF-USB DSDという製品を紹介したと思いますが、まずは、そこから派生した再生側のプレーヤーソフトとしてITF-Audio ToolkitというものをWindows用、Mac用に出しております。もちろんfoober2000などを使えばいいところなのですが、やはり各メーカーさんとしては、フリーソフトを使うのではなく独自のソフトをということだったので、提供させていただきました。
平林:実際に各社さんが製品を提供する場合には、それぞれのGUIを搭載したソフトウェアとなるので、見た目も大きく変わったものになっています。またそれとは別にもっと安くシステム開発ができるようなソリューションとしてITF-USB EXPCMという製品も出しています。
――ITF-USB EXPCMとはどんなものなのですか?
森:いま、各社さんのDSD対応製品、11.2MHzに対応したり、384kHzに対応するなどした結果、かなり高価なものになってしまっているので、もっとローコストに抑えられるように設計したものです。11.2MHzや384kHzに対応するためにはTIのコントローラチップが必要となります。しかし、DSDは5.6MHzでよくPCMも192kHzまででいいというのであれば、ITF-USB EXPCMによって、ぐっと安くできるのです。さらに、DSD関連ではまったく新しい製品としてITF-USB DSD RECというものを開発し、いまお客様への案内を開始したところです。
――え? RECということはDSDのレコーディングに対応したということですか!? それを待ってました!
森:はい、まだ開発中のもので、今年の暮れに出荷の予定ですが、ついに録音側をやることになりました。DSDの音源、増えてきているとはいえ、録音できる機材がなければコンテンツも増えてこないよね…という声が大きく、昨年暮れから話を温めてきてました。お客様、つまりメーカーさんに届けるのが12月の予定なので、実際の製品が発売されるのは春くらいになるのではないかと思います。具体的にはDSD 5.6MHzの4ch入力、4ch出力に対応したソリューションとなっています。またPCMも384kHz/32bitまで対応させるようにします。
――ついに、DSDでのレコーディングができるPCのシステムが登場してくるわけですね。しかも4chとは、すごいですね。でも、それに対応するソフトウェアが存在しないと思うのですが、もしかしてコルグのClarityを使うとか!?
森:ASIOを使って動く形になるので、Clarityも使えるのではないか……とは思っていますが、今回ITF-USB DSD RECを出すにあたって、録音・再生に対応したアプリケーションソフトを提供できるようにします。さすがにClarityほどのDAWを目指すわけではなく、もっとシンプルに録音、再生ができるだけのツールではありますが……。
――ソフトウェアの機能的には、録音、再生だけ? トラックごとのバランス調整とかはどうですか?
森:トラックごとの音量コントロールは入れていません。波形を見ながら分割し、保存ができるというシンプルなものを予定しています。大学の研究機関に相談したところ「ミュートはハードウェアで行なうのがいいよ」ということだったので、ミュートもソフトウェアでは実装していないんです。実はこうしたことは、技術的にというよりもSuper Audio CD(SACD)を中心に数多くの特許があるので、それに引っかからないようにした結果、このようになっている次第です。それ以上の機能については、SONARやSound it!などもDSD対応してきているので、そちらにお任せしようと思っています。
――実際のDSDがレコーディングできるオーディオインターフェイス、どこのメーカーから出るのかという情報はまだですよね?
平林:そうですね。私たちのビジネスは、製品をゼロからすべてを作るわけではなく、あくまでも共同開発する、賛同いただけるところがあって初めてスタートできる仕事です。その意味では、実際に一緒に開発しているお客様がいることは確かですし、複数社から問い合わせもいただいているところです。
――5.6MHzとのことでしたが、11.2MHzでのレコーディングとかもできたりするのですか?
森:11.2MHzに対してもアップグレードオプションとして対応できるようにしようとしています。ただ、上り、下り同時に11.2MHzというのはパワー的に厳しいのが実情です。そのため、当面は5.6MHzで行きたいと考えております。
――それこそUSB 3.0対応させることで、可能性も出てくるのかもしれませんね。まずは、DSDで録音、再生ができる機材の登場を楽しみに待っています。ぜひ、早く使ってみたいですね。ありがとうございました。