樋口真嗣の地獄の怪光線
皆さん、映画は映画館で。AV百年戦争と爆音の自由。樋口立川上陸
2017年5月19日 08:00
新連載:樋口真嗣の地獄の怪光線
「映画は映画館で観てほしい」と日々世界に訴えながら、AV機器や最新ガジェットに並々ならぬ関心とこだわりを持つ映画監督 樋口真嗣氏。映画やAV機器への愛・情熱・憤怒から、わりとどうでもいいことまで、縦横無尽、行き先不明に進むAV茨道。AVはオーディオビジュアルの略語です。月1回更新(編集部)
こんにちわ。いや時間によってはコンバンワかもしれませんが、今月から連載をやることになりました。
よく、同窓会とかでいつも一緒に仕事をしてない人たちに囲まれるとこう言われます。
「いいよなぁ、好きなこと仕事にできて」
そう言われると首を縦にも横にも振れずに困ってしまいます。なぜなら好きなことを仕事にすること、というか仕事にし続けることは決してイイこととは言い切れないからなのです。
それとも、好きなことばかりやっているように見えるのでしょうか?
ジャンルとしては好きかもしれないけど、好きだからこそなんでもいい訳ではなく、許し難いような内容だったり、ハラワタが煮えくり返るような解釈の相違を仕事だから受け入れざるを得なかったり、好きだからこそ、仕事として割り切ることがとてつもなく辛い瞬間も幾度となくありました。むしろ好きでなければどんなに思い切って仕事に取り組めたことか!
だけど、それを辛抱して30年仕事をしていると、やっと好きなことが仕事になる日がやってっきたのです。
それこそがこのAV専門のウェブマガジンの連載です。
AVの事だけを考えてAVのことだけを書いていいなんてなんて素敵なことでしょうか?
これが仕事なんて信じられません。
今から40年前、親父がなけなしの小遣いを叩いて構築したステレオコンポを我が物顔で横取りして始まったAV生活。当時はまだAのみでVはない時代でした。レコードを買う金も限られていてもっぱらFM放送をエアチェックして隔週刊で出ていたFM録音専門誌……しかも複数誌が競合していた……。
知らない人にはなんのことだか理解してもらえず、うまく説明できないのが歯がゆいのだけども、それらの雑誌がこぞって付録につけていたカセットレーベル。それを切り抜いてFM放送を録音したカセットテープのケースを自分色に染め上げる…… といっても何万部も出ていたであろう雑誌の付録だから同じケースが何万部は世の中に出回り、読者はそれぞれ「みんなと違うぜ俺は」とほくそ笑んでいたのだから、おめでたい時代でございます。
それから家庭用ビデオテープの時代が到来して革命が起きます。
「A」に「V」が合体したのです。
限られた幅の磁気テープに高音質の音声データや高品質の画像を記録するための新技術が次々に開発され、映画館でしか観ることができなかった「映画」が家庭で、好きな時間に好きなだけ観ることができるようになるというのです。
もちろん劇場で上映されるほどのクオリティには及びませんでしたが、それから半世紀近く経た今に至るまで劇場と同等、あるいはそれ以上の環境を目指して各メーカー、有力店、各雑誌社に全国にいらっしゃる富裕層の皆さんを巻き込んでゴールのない戦い…… AV百年戦争の火蓋が切って落とされたのです。
その間に私はいろいろあってどちらかといえば観る側というよりも作って送り出す側に回ってしまいました。もちろんその間も栄養を得るかのように観ることを続けてまいりましたが、それでも作るのには殊の外時間がかかってしまい、観る時間はどんどん削られてしまいます。
しかも、作った映画を見てもらうためにまずする事は何か?
多くの観客というか、我々が作った映画の観客になる可能性のある人の大半が考えているのは
・わざわざ映画館にまで行って見た方がいいの?
・ソフトが出るまで待てばいいんじゃないの?
・レンタルで借りて見りゃいいんじゃないの?
という狐疑でありましょう。
かくいう私ですらそう思うときがあるので間違いありません。
そんな猜疑心を溶かして何とかして劇場に来て頂きたい。
だから公開直前になると必ず日本全国を回るキャンペーン、朝の、昼の、夜の生放送の情報番組でテレビカメラの向こうの皆さんに訴えかけます。
「皆さん、映画は映画館で、ご家庭のテレビじゃ体験できない大画面大音響で是非ご堪能ください。」
要は優先順位後回しにせず観にきてね(♥)という事です。
競合する他の映画よりも私たちの映画を先に!
崇高な表現も観客がいなかったら届きませんから、綺麗事を言ってる場合ではありませんし、大小交えた複数の映画館を擁する複合型映画館(シネマコンプレックス)は、その観客動員数に対応して自由に映画館を入れ替えられる。上映する映画館を入れ替えるわけではなく、映画そのものを入れ替えるんだけど、空席を可能な限り減らし、お客さんがいっぱい入りそうな映画は大きな劇場で上映して、残念ながらそれほどでもない場合は規模の小さい客席数の少ない劇場に変更し、劇場にとっての損害=「空席がいっぱい」をなくすのです。
だから、公開直後に観に行けば大きな劇場で映画を堪能できる可能性が高く、二週目以降になると観客動員数に応じて小さい劇場に変更になるかもしれないのです。
逆にいえば今は劇場の自由な裁量で最終的に観客に届ける上映形態を選べる時代になってきたのです。
そんな劇場の最たるものといえば、東京都立川市にある「立川シネマシティ」。
ふた棟に別れた劇場のひとつ、シネマ・ツーで上映される一部の映画に冠されている極上爆音上映や極上音響上映は、IMAXや4DXといった施設にあわせた上映規格ではない、通常上映をまったく独自のやり方で始めた上映スタイル。
その体験こそ、劇場でないと体験できない…… いつもキャンペーンでテレビカメラに訴えかけてきた事そのものだったのです。
気になって観に、というか聞きに行くと確かに凄い。凄すぎる。というか楽しい。
これは確かにみんな遠くから押しかけるだろう。他では味わえないここだけの体験があるじゃないか!
そんなシネマシティの謳い文句のひとつ「プロの音響家による調整」。
これがわかるようなわからない、他所では絶対に聞かない言葉です。
ここにあの劇場の秘密があるのではないか、と思い立川に向かいました。(つづく)