樋口真嗣の地獄の怪光線

革命と労働と経済。流れよ我が涙、と4K Ultra HDブルーレイは言った

ソニーのベータデッキ「SL-7300」(1975年)

振り返ればわたしの人生は高画質革命とともに歩んできたような気がします。

VHSかベータ、どちらを取るかと言われればもちろんベータ。

録画モードはもちろん標準のβII。

テープのグレードは経済的に許す限りHG。

 それからというもの、日進月歩という名の美辞麗句を自ら探し求め踊らされて参りました。

 音声トラックをFM方式で記録し、劇的な音質の改善を図ったベータHi-Fi、さらに記録フォーマットを高周波数化して画質を向上させたハイバンドベータ、記録テープそのものを高品質なメタルテープに変えて民生機最高解像度を達成したEDベータ……その時代を切り拓く高画質録画への飽くなき開発者の皆様のチャレンジ魂に呼応してバイトしまくって最高画質を手に入れてエアチェックテープにはインスタントレタリングでタイトルを作成して録画情報専門誌の折り込み付録の「永久保存版」シールを貼って後生大事に取っておいたのに!

 それに並行してすでに記録されたパッケージとしてテープメディア以外に光学記録式ディスクのレーザービジョン規格のプレーヤーと並んで数々の映画がディスクに記録されて発売されました。その通常放送での高解像度が240本前後だったところに400本以上というハイスペックを利用して従来のテープ記録のソフトでは考えられなかったワイドスクリーン収録で観ることができたのはレーザーディスクだけだったのです。

パイオニアLDプレーヤー「LD-7000」

 そのレーザーディスクも記録方式が一つではなく、片面一時間の長時間モードCLVとは別に片面30分の標準モード(CAV)という規格があり、画質の差もさることながら標準モードならスロー再生やコマ送りのトリックプレイが出来るのです。なんのためにそんなものが必要かというと、名作の特撮や凄い作画は、どういうコマの運びになっているのかをスロー再生やコマ送りで分析するのです素人のくせに!まあそれが高じて仕事になったのだから感謝しなきゃいけないけど、あの頃はみんながそれを当たり前にやってたんだよなあ。

 で、CAVを普及させるため、というよりは純粋にみんなが求めているものを出す、という姿勢でスターウォーズ初期三部作がアメリカよりも早く、世界で初めて日本で初めてノートリミング、4:3ではなく劇場公開と同じ1:2.35のシネスコの比率でソフト化された時もCAV規格でリリースされました。価格は確か14,800円、3作揃えるには更なる夜の重労働が必要だが、誰よりも早く劇場公開と同じ画角が最高画質で手に入る喜びには替えられない。

 ランニングタイムは二時間以上なのでどれも5面3枚組、最終面を裏返すとこちらではないというサインでカメの絵が映し出されていたことを知る人は同志です。

 というか、最初の頃の映画のソフトは映画館で観るものとはかけ離れた代物だった事を忘れてはいけません。シネスコの左右はトリミングされ、画質音質ともに観れるだけマシと思わなければならない時代……脱線するけれども、それに加えて海外からのソフトや、時には劇場で撮影したおろそしく画質の悪いソースに日本語字幕を民生用ビデオテロッパーでつけた、いわゆる海賊版が渋谷東急ハンズの向かいにまだタワーレコードがあった時代に入口の柱の陰に文字通りコッソリあったビデオショップで売ったりレンタルしたりしていまして、まだ正規にパッケージ化されてないE.T.の裏ビデオ並みの低画質ジッター出まくりの変なノイズ入りまくりのを我慢して観てたり、今だったらあのパトランプ男に羽交い締めにされた挙句、2年以下の懲役、もしくは二千万円以下の罰金またはその両方が課せられるようなことが平気で横行していましたが、まだ、質、量ともに行き渡っていない冬すら知らぬ文明開化前、人類のあけぼのだったのです。

 そこで火を手に入れ、力で相手をねじ伏せ、奪うことを知り、強きものは弱きものを束ねてより強くなる。まるで人類の歴史をなぞるかのようにベータはVHSに破れ、VHDに勝利したレーザーディスクはDVDによって衰退していくのです。そういえば最近、各社がスマートスピーカーなるものを争うように出していますが、それぞれが独自の規格に固執するばかりに顧客の囲い込みが優先されて互換性を無視した商品が生き残ると本気で思い込んでいるのであれば笑っちゃいますよね。

話が脱線しました。

 標準モードで録画するために高画質で二時間半まで記録できるHGグレードのL750を買うために工場の夜勤のバイトをしていた俺に教えてあげたい。

「お前が永久保存版ってシール貼るそのビデオテープ、テープより先にデッキがなくなるぜ。」

「んでもって保存しなくてももっと高画質で記録されてるのに一時間ごとにひっくり返さなくていい、CDと同じ大きさのディスクが出るぜ。」

「しかもそのディスクの中には記録データ量がどういう魔法かわかんないけどネズミ算的に増えて、信じられないことに映画館で上映できるぐらいの解像度に上がって、それがレーザーディスクの半分の値段で手に入るんだ。」

「その形のディスクに自分で書き込めるようになって、ビデオテープというものがなくなるから、今まで録り貯めたテープ、もうみらんないぜ。」

「そのディスクも規格がどんどん変わって高画質になって、懲りずに録り溜めたディスクも観ないまんま溜まってく一方だぜ。」

「他にもマッドマックスやブレードランナーの続編とか、斉藤由貴の私生活とか、お前さんが想像できないほどスゲエ未来が待ってるぜ、21世紀は。」

生きててよかった。

そして21世紀。

私の目の前には3台の4K UHD BD(4K Ultra HDブルーレイ)プレーヤーがある。

どれも各社が出したエントリー機だ。

ソニーのUBP-X800。
パナソニックのDMP-UB30。
LGのUP970。

左からLG「UP970」、パナソニック「DMP-UB30」、ソニー「UBP-X800」

 すでにハードディスクレコーダが入っているAVラックやテレビ台の隙間に潜り込ませるためなのか、どれも薄くシンプルで目立たないフォルム。

 まあ操作のほとんどはリモコンでやるわけだし、重厚長大を尊しとした時代からは隔世の感がございます。

 視聴比較用に自腹で揃えたのは「コヴェナント」「ラ・ラ・ランド」「ブレードランナー」です。

 まだ4K UHD BDプレーヤーを持ってないけどこれだけは欲しいと買い揃えた大好きなタイトルばかり。

 対応するHDMIケーブルを結線する。

 TV、AVアンプが4K対応なのは調査済みだけど、どう設定すればいいのか、どう確認すればいいのかはそれぞれのハードウェアに準じて進めていきますが、問題が発生したら原因を突き止めるのに三つの段階の一つ一つの設定を洗い出す必要があります。

 しかも、今映し出されている映像は本当に4KのHDRなのか? 本当にドルビーアトモスなのか?

 まず疑ってかかるのは明瞭な差を瞬時に感じられない我が眼我が耳であり、すると頼るのは画面表示される入力情報だけです。

 確かめれば4Kになっていないので設定を確認します。

 その設定が当然といえば当然だけどメニューの階層、ネーミング等で各社それぞれの個性を出していて、評価するための一定水準に設定するのに難儀しました。普通は一台しか買わないからこんな苦労はしなくて済むんだけど、これも公平を期するためには仕方ないのです。この産みの苦労の先には桃源郷が待っているはずです。

 以前からデモ等で見て覚悟をしてきたこととはいえ、我が屋にこの高画質が開陳されると流石に居ずまいを正さざるを、えません。

 圧倒的な高画質。というか、情報量がもう、凄い。

 そもそもテレビに映し出されるものってカメラでレンズを通して記録してそれを送受信あるいはテープまたは記録用メディアを介してモニターに映し出される以上、見る側は何かしらの覚悟というか諦めのようなバイアスをかけていました。それがいらないのです。モニターのベゼルの向こうに、その世界がある。

 三機種、画質は見分けがつかない、というか、好みの傾向にあるかどうかだし、それは個別に調整して追い込めさえすれば好みになるのです。

 だとしたら、あとはメニュー画面の使い勝手とか、リモコンの使いやすさといったインターフェースの差で、細かい機能や装備は一長一短です。

ソニー「UBP-X800」
パナソニック「DMP-UB30」
LG「UP970」

 たとえばソニー、LGに実装されている無線LANはパナソニックについてない。でも、パナソニックには字幕の位置や輝度の調整がついていて、シネスコ作品の字幕を画面下の黒帯にずらすことができます。

 ハードの起動時間、ディスクの読み込み時間は実際体感してみて、どれぐらいまでなら我慢できるか、判断するしかないでしょう。

 あとはリモコンに実装されている某大手配信事業会社のダイレクトアクセスボタンが、カーソルの上下左右キーのちょうど真上にあって設定とか操作してるつもりが間違えて押してしまいネットにアクセスしてしばらく操作ができなくなることが一度や二度ではなく、そのボタンに大書きされているロゴを見るのもイヤになるくらいに嫌いになりそうです。

 そして、テスト機を返却すると同時に買っちまいやがりまして俺、晴れて4K生活ですよ。

 だってそりゃほしくなりますよなりますとも。

 でも、本当に困ったことに、戻れなくなりました。

 特にエアチェックしてディスクに焼いたDVD-R。

 4Kと見比べちゃうと、もうかつてのVHSの三倍モードのようなポヤンポヤンな画質にしか見えません。

 もう見れないよ、というか見ないよ4K見ちゃったら。今までよくこんな画質で映画を丸々見る気分でいやがったな俺! 何を見てもまず【画質が悪い】という第一印象が視界を覆って映画に没入できない。

 もう全部撮り直し、というか集め直しだよ!

 こんなの賽の河原の石積みと変わんないよ!

 そうです。これが未来。これが21世紀なのです。

 ザ・ポイント・オブ・ノー・リターン

つまり、それはどういう事か?

お前が汗水垂らして働いて手に入れたものたちは、21世紀になったらなんの価値もなくなるって事なんだよ~!

この涙は悲しくて流してるんじゃない!

その代わり、もっと価値のあるものが現れるからなんだよー!

そのためにまだまだ汗水垂らして働かなきゃならないんだよ!

嬉しいから勝手に流れるんだよ!

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ソニー「UBP-X800」パナソニック
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樋口真嗣

1965年生まれ、東京都出身。特技監督・映画監督。'84年「ゴジラ」で映画界入り。平成ガメラシリーズでは特技監督を務める。監督作品は「ローレライ」、「日本沈没」、「のぼうの城」、実写版「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」など。2016年公開の「シン・ゴジラ」では監督と特技監督を務め、第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。