樋口真嗣の地獄の怪光線

来たぞ大阪! レーザーIMAX「ダンケルク」の五感直撃体験に圧倒

「ダンケルク」オリジナル上映フレームを求めて……

 クリストファー・ノーラン監督の最新作「ダンケルク」の完全版……完全なのは尺ではなく上映フレーム、となればその映画館でないと体験できないんだから、と「109シネマズ 大阪EXPOシティ」まで行きます。高さ18m横幅26mという六階建てのビルに匹敵する容積の劇場に4Kツインレーザープロジェクターで映写されるのですよあのレストアされたスピットファイアが!

 Facebookで募り集まった旅の仲間はシン・ゴジラで日本アカデミー最優秀編集賞を受賞したVFXスーパーバイザーでありながら予告編演出家の佐藤敦紀に、同じくシン・ゴジラ助監督でありながら自主制作映画「怪獣の日」でPFFに入選した中川和博、そしてメイン監督を務めたウルトラマンオーブに続いてウルトラマンジードも撮りながら世界初の「VR特撮版ウルトラファイト」が発表された田口清隆という特撮西遊記といった顔ぶれの四人がゴーゴーウェストですよ。

特撮西遊記?の面々が大阪へ向かった……

 新大阪から大阪市営地下鉄御堂筋線で執着の千里中央。そこで大阪モノレールに乗り換えて3駅で万博記念公園。1970年に開催された日本万国博覧会EXPO70の富士グループ館……黄色い風船でできた建物の中で上映したのが世界初のアイマックス作品「TIGER CHILD 虎の仔」が上映された場所で国内最高水準のアイマックス上映館があるという感慨に打ち震えます。

万博記念公園の大型複合施設「EXPOCITY」(撮影:トラベルWatch)

 とはいってもEXPOシティ自体は去年のシン・ゴジラの時にこっそり観に行ってましたが、正直ゴジラではそのツインレーザーのポテンシャルの恩恵は得ることができたとはいえず、ダンケルクで遂にその実力を目の当たりにするわけです。

 つくば万博から30年以上のアイマックス歴を誇る私ぐらいになるともはやその劇場の規模に驚いたりはしませんが、壁面に浮かび上がる巨大なアイマックスのロゴはちょっとビビります。

 公開時に“通常の”アイマックス(IMAX)で見た時は、巻頭の会社ロゴからダンケルク市街地を死にものぐるいで撤退する主人公たちイギリス兵、そのあたりまでは上下が通常のシネスコと同じぐらいまで切り込んでいたけど、その銃声の音圧に圧迫圧倒されて気がついたら上下が開いてアイマックスギリギリの広いフレームに切り替わってました。どこで切り替わったか全然記憶にないから今度こそ、と意気込んだら会社マークの後の本編スタートと同時にすぐに上下のスクリーンいっぱいに広がります。

なんだこれは!

 縦を1としたら横は1.43。高さ18m、横幅26mのスクリーンいっぱいに人気のないフランスの街並みが映し出される。空からドイツ軍の撒いた戦意を喪失させる内容が印刷された赤いビラがヒラヒラと舞い落ちてくる。何枚も何枚も。静まり返った街に風に煽られる紙の音だけが雨音のように降り注ぐ。

 この空からビラ降ってくる感じがもう、いきなりフレーム上下を目一杯使った演出に打ちのめされます。時々上下が狭まるところはアイマックス撮影じゃないところだけど、救援に向かう小船の中とラストの電車の中といったどう考えてもアイマックスのカメラが入らないと思える場所だけで、あとはほとんどが上下いっぱいのフルフレーム。水の中も飛行機の上も転覆して沈む船の上も爆撃を受ける桟橋のあたりも全部あのバカでかいアイマックスのカメラをセットアップして撮影しているのです。

 臨場感という免罪符でいたずらにカメラを動かしたりカットを細かく割ったりしません。小手先のごまかしに頼らず、どーんと構えてじっくり捉えることこそ真の臨場感。

 東京で見た時は緩慢にさえ思えたその堂々たる編集リズムはアイマックスのフルフレームの空間に身を置いてその空間を見回すことで出来る「体感」…どちらかといえばVRのゴーグルをつけて視界いっぱいに広がっている世界の中をウォークスルーするような印象で、フレームで切り取った画の連続を見せる従来の映画のアプローチと全然違います。

 しかも機構やシステムに頼ることなく物量で攻めるので回避できずに五感に直撃して、体験というレベルで他にないものです。

 最大限の褒め言葉のつもりなんだけど、脳に到達する認識情報を制御することで集団の情動を意図通りに操る、まるで悪の組織や全体主義的支配国家で使われる洗脳装置のような威力です。

 これは違う。日本中の映画館で観れるダンケルクと違うし、東京で観れるアイマックス版のダンケルクとも全然違う! いいなあ大阪! 大阪がもっと近くにあればいいのに!

 そんな嘆きも来年には解消されるらしいのです。東京池袋に出来るシネマサンシャイン系列のシネコンにレーザーアイマックスが導入されるそうですよ。でも2019年。

 ちなみにアイマックス上映館でかかる全ての映画が1:1.43のフルフレームになるというわけではないみたいです。ブレードランナー2049もDMRフォーマットにコンバートされたもので、縦横比は通常劇場よりも広い1:1.9。でも、年末公開になる「スターウォーズ 最後のジェダイ」は部分的にアイマックスフィルムカメラのフルフレームで撮影しているらしく、1:1.43で上映される可能性が高いのです。

 また大阪行かなきゃ、ダメなのかー?

もちろん家にも忍び寄る4Kの波

 その一方で高品質という名の悪魔の囁き地獄への誘惑は、映画だけではなく一般家庭用の民生機にも魔の手を伸ばして来ています。

 すでに撮影用機材とかで4K、Kというのはいわゆる1,000きざみの単位、キロってやつで約四千画素、つまり(横の)画素数が約4,000あるってことです。

 映画の場合はDCI(デジタルシネマ協会)規格の4,096×2,160画素、テレビの場合は3,840×2,160画素、微妙な差はありますが、どちらも大変な高解像度にして高画質の大容量で、ワンフレームにかかるレンダリング時間は従来の2Kに比べたら面積に比例して4倍、容量も程度の差こそあれ同等のドカ食いに実作業に関わる立場から言わせてもらえればHDDがいくつあっても足りないよ、勘弁してくれーっ!!ってヤツです。

 それでも通常の上映用DCPは2Kサイズがほとんどなので、4Kの有効な使い方として最高画質の4Kで撮っておけば、編集時にタイトなサイズに寄ったりキャメラワークをつけたりできます。高画質として利用するのではなく表現の幅を広げるために使ってその恩恵を浴して参りました。

 高画質よりも画作りの自由度を高めるツールとしての4Kは本当に便利で、むしろ4K撮影無しでは成立しないと言っても過言ではなく、あとで画調の調整ができるマージンをとってあるRAWファイルで保存するせいなのか、実効解像度が横幅で3Kに満たないARRIのアレクサ(ALEXA)で撮るとなると、そっちが世界の趨勢であってもなんだかモヤモヤしちゃうよでアリんす。

 去年からずっとやってきて、いよいよ11月25日土曜日からスタートしますNHK大河ファンタジー「精霊の守り人 最終章」に私樋口も演出に名を連ねさせていただいておりますが、この「精霊の守り人」が何を隠そう4KのHDR放送なので撮影から仕上げまですべて4K。収録も4Kなので現場のモニターで、見えすぎちゃって困る♪級の超絶解像度を見慣れてきちゃうと、だんだん自分の内なる要求がアップグレードしそうで怖くなってきました。

 別に関係ないやと思っていた4K解像度のブルーレイディスクのUHD(Ultra HD Blu-ray)も、「ブレードランナー」に「メッセージ」に「未知との遭遇」、んでもって「ララランド」と欲しい映画に限ってリリースが目白押し。何度かデモで見たあの高解像度だったら欲しいかも、どうしよう。どうします?

 あとで買い直して後悔するのもやだからUHD付き買っちゃいましたよプレーヤー持ってないから見れないのに。

 と、相談したらその数日後にはお手頃価格の各社エントリーモデルのテスト機が玄関に山積みになってます。ありがとうAV Watch!

 これから一週間でUHD BDプレーヤー漬けです。天国という名の底なし沼にようこそ。どうしよう。どうします?

続く

樋口真嗣

1965年生まれ、東京都出身。特技監督・映画監督。'84年「ゴジラ」で映画界入り。平成ガメラシリーズでは特技監督を務める。監督作品は「ローレライ」、「日本沈没」、「のぼうの城」、実写版「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」など。2016年公開の「シン・ゴジラ」では監督と特技監督を務め、第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。