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Spotifyが目指す音楽体験の変革。ダニエル・エクCEOインタビュー

日本参入に必要だった“時間”。規模とレコメンの力

 9月29日から、ついに日本でもSpotify がサービスを開始した。世界最大のストリーミング・ミュージックだが、日本では結果的に後発となる。そこでの勝算などをどう見ているのだろうか? Spotify創業者兼CEOのダニエル・エク氏に、サービス開始に向けた思いを聞いた。

Spotify ダニエル・エクCEO

ストリーミング・ミュージックへの理解向上が日本の環境を変えた

--日本への参入がやっと実現しました。今の気持ちを教えてください。なぜここまで遅れたのでしょうか?

エクCEO(以下敬称略):私は、このリリースにとても興奮しています。数年前に日本に来た時には、レーダーをかいくぐって隠れるような気持ちでやってきたのですが、今回は日本でサービスを開始するためにやってこれました。だからすごく興奮していますよ。

Konnichiwaが日本参入のキーワード

--日本では、音楽レーベルがストリーミング・ミュージックに積極的でなかったことから、サービスが遅れました。特に無料プランには乗り気でなかった、と聞いています。Spotifyのアイデンティティの一つであるフリー・プランを導入する上で、どのような交渉が行なわれたのでしょうか?

エク:サービスの形についての「学習」の過程があった、と言えます。ですから我々は、その過程に多く投資をしてきました。

 日本の音楽業界はとても活発で、豊かなものです。

 しかし残念ながら、この2年間、日本市場は他国で起こったような、売り上げが低下する時期を迎えました。その時、Spotifyがサービスをしていた他の国々、アメリカやドイツなどでは、音楽市場が成長に転じています。

 これらの国々では「学習過程」が完璧な形で機能したと考えています。そして、日本の音楽マーケットもその様子を見ていました。Spotifyの上陸に際し、日本のマーケットとは長期間のパートナーシップを締結しています。

--ということは、フリープランの導入について、日本の権利者と特別な交渉をしたわけではなく、ストリーミング・ミュージックというビジネスへの理解が進んだために導入が可能になった、ということでしょうか?

エク:その通りです。我々は常に各地の権利者と交渉を続けています。可能な限りローカル楽曲のカタログを充実させるためです。私は日本の音楽市場が成長するためには、より多くの点で、Spotifyのモデルが正しいことを証明する必要がある、と思っています。

--他のサービスとの差別化はどうなるでしょうか? 日本ではすでに、有料のストリーミング・ミュージック・サービスが複数サービスを展開中です。どのように差別化していくのでしょうか? 無料プランの存在は大きな差別化点だとは思いますが。

エク:3つの点があります。

 一つ目は、あなたもご指摘の通り、無料のプランが存在することです。

 二つ目は「レコメンデーション」です。我々のプラットフォームは何百万人もの人々が使っており、その知見をレコメンデーションのデータに使っています。レコメンデーションは、どの時でも最適な音楽を見つけるためのものであり、眠りにつこうとしている時でも、友達と一緒にいる時でも、その時に合わせたプレイリストを、エディトリアル・チーム(人力)とマシンラーニング(機械学習)のコンビネーションにより作成しています。その魅力が、新しいユーザーを引きつける力になるはずです。

 三つ目が、400ものデバイスで利用できる、ということです。自動車の中でも色々な携帯電話でも、家庭にいてもです。様々なデバイスが「Spotify対応」になってきており、そこが他の競合とは異なる点です。

 どこでも使えて、安価で、最適な音楽を聴ける。その組み合わせが差別化点です。

機械と人のコンビネーションが重要、アーティストに「世界」へのチャンスを

--特にレコメンデーションについて伺います。他のサービスでは、「マシンラーニングのレコメンデーションは信頼できないので、徹底的に人のキュレーションにこだわる」というところもあります。マシンラーニングを使うことのメリットはどこにあると考えていますか?

エク:まず、ここはクリアーにしておきたいのですが、私たちは「マシンラーニングは人のキュレーションよりも明確に良い」とは思っていません。我々は「コンビネーション」こそがベストな結果を生む、と考えています。エディターがマシンラーニングで作られたプレイリストに手を加え、相互作用を及ぼすことで最高のプレイリストができる、と考えています。

 一方で、エディターよりもマシンラーニングが明らかに優れたものを作るのは、「あなた」に特化したプレイリストを作る時です。「これは好きじゃないな」と考え、プレイリストから特定の曲を外していったり、「もうちょっとロックが欲しいな」と思って追加したりすると、そこから「あなたのためのテイラーメイド」のプレイリストができあがります。その点こそが、マシンラーニングの利点です。

--日本においては、一般的なロックやポップの他に、ゲームミュージックやアニメミュージックといった、非常に特化したジャンルも人気があります。そうしたジャンルは非常にコアなファンが多く、音楽などのネットサービスを支える存在になり得ます。しかし、ストリーミングサービスでは、そうした「濃い」部分のサポートが弱い、との声も良く聞きます。Spotifyでは、そうした部分をどう考えていますか?

エク:もちろん、そうしたジャンルは大きなものです。しかし、Spotifyは4,000万曲のラインナップをもっています。さらにそこにパーソナライゼーションを効かせます。ですから、一般的な音楽ファンだけでなく、もっとディープな人々にも満足していただけると考えています。さらにライトで、ゆっくりと入ってくる人々にも、です。

 特に日本は独特のカルチャーを持っています。そこに「国際的な価値」を持ち込むことも、重要です。それこそが、Spotifyに日本のアーティストが感心を持っていただくために重要なことです。日本以外の国には数億人のSpotifyユーザーがいて、彼らがファンになってくれる可能性があるのですから。アーティストとファンをつなぐことが、Spotifyの目的でもあります。

--今日の発表会の中でも、「ローカル・アーティストを世界市場へと導く役割」について強調しておられました。そこが強く印象に残りましたが、その価値、Spotifyの役割についてもう少し教えてください。

エク:Spotifyは「エコシステム」を形成しています。まず、数億人の利用者がいることが基礎になります。そして、200万人のアーティストが登録しています。

 まず、ユーザーは「優れた楽曲を聴きたい」と思ってサービスを利用しています。そのための行動が大きな役割を果たします。そして、アーティストは「どうやってファンとつながればいいかが分からない」と感じているわけです。すべてのアーティストがユーザーの誰かに必ずバリューを持っていて、お互いをつなげることで、さらなるバリューが生まれるわけです。

--すなわち、ユーザーとアーティストの間のバリューチェーンが出来上がることが重要である、と。

エク:はい。非常に強い関係が出来上がります。

 そうした関係が増えるほどに、我々が提供するレコメンデーションの質もどんどん向上していきます。そしてそこから、さらにアーティストとファンの間を結ぶ関係が出来上がる……という構造なのです。

ハイレゾなど高音質化は“時間”が解決。ソーシャルで特別な体験を

--今、日本やアジアでは「ハイレゾ・ミュージック」が注目され、特にハードウエアメーカーは積極的にプロモーションしています。CDクオリティよりも音質の高い、ハイレゾ・ミュージックについてはどう考えていますか?

エク:個人的は、そうした非常にハイクオリティな音楽を愛する人間の一人です。

 いつ使えるようになるのかは、結局は、進歩の段階に関わるものだと思います。まず、ネットワークの品質がさらに良いものになり、データの利用がより安くなっていけば、音質はさらに良いものになります。

 ハイレゾリューション・ミュージックの方が良いに決まっています。そこは時間の問題ですよ。

--Spotifyの特徴として、ソーシャルネットワークとの関係が挙げられます。日本においては、音楽とソーシャルネットワークの関係がまだ成熟していません。Spotifyはどういった発想でその部分を開発してきたのでしょうか。

エク:まず、人々はソーシャルネットワークと連携することで、特別な体験を得られる、ということです。

 ソーシャルネットワークを使って友人などに音楽を拡散すると、他の人はそれに「好きか嫌いか」という反応をすることになります。また、なにかを書く時に「曲を添える」こともあります。

 すると次に、そうした行動から、我々の楽曲トップリストの中に「バイラルリスト」が出来上がります。多くの場合、そこからはまったく知らなかったアーティストや楽曲が発見されるのです。そして、そうした傾向をマシンラーニングで探っていくと、その先に「なにかが起きる」シグナルを掴むことができるのです。

--最後に。海外のニュースでは、SpotifyがSoundCloudを買収するのでは、との観測が流れていますが、なにかコメントはありますか?

エク:(苦笑)。すみません、その件については、なにもコメントできないですね。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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