西田宗千佳のRandomTracking

PS4が開いた新たな市場。早く訪れた収穫期を確実に

SCEアンドリュー・ハウス社長インタビュー

 今年も、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のエクゼクティブインタビューをお届けする。まずは、アンドリュー・ハウス社長からだ。

 PlayStation 4は現在絶好調。SCEの業績も良い。今回のプレスカンファレンスでも、海外・日本双方から有力なゲームタイトルを集め、ある種の横綱相撲を見せた。PS4ビジネスの現場はどうなっているのだろうか_ そして、クラウド系サービスやProject Morpheousに代表される「未来への投資」の勝算はどうだろうか? 率直に聞いてみた。

ソニー・コンピュータエンタテインメントのアンドリュー・ハウス 社長兼CEO

業界全体が進捗、ドイツ・中近東・アジアなどに「新しい」市場が誕生

-今年のE3は盛況ですね! 日本のユーザーの、SNSでの反響を見ていると、SCEのプレスカンファレンスの評判がいい。「史上最高のE3だ」という声もあります。

ハウス社長(以下敬称略):ありがとうございます! 2013年(筆者注:PS4の価格などが発表された年)の熱狂はもう越えられないんじゃないか、と思っていたのですが、そういう声があるならなによりうれしいです。我々プラットフォーマーのプレゼンも良かったのですが、ゲーム・パブリシャーのプレゼンも非常に良くて、そういう意味でも、業界全体が盛り上がっている印象を持っています。

-ここまで盛り上がった理由・背景を改めてどう分析してますか?

ハウス:複数のプラットフォームが強くて、勢いが作れていると思います。その上に、このライフサイクルの3年目になって、ようやく、各パブリシャーの開発者が、ようやくこの世代らしい、この世代ならではの要素を持つゲーム体験を作り上げることができているからではないかな、と思います。

 少し驚いているのは、通常のプラットフォーム・ライフサイクルであるなら、こうした時期は4年目や5年目にやってくるものです。しかし今世代は、より早い段階でそうしたすばらしい体験ができるようになり、ユーザーの盛り上がりも起きています。PS4がその中でも、プレイステーションの歴史の中で、もっとも早い速度で売れており、かなりの割合で貢献できているのではないか、と思います。

-過去の世代からの乗り換えが早い、ということも、PS4世代からの特徴だと思います。ビジネスの観点でいって、それはリスクではないですか?

ハウス:日常的にいつも考えているのは、どれだけのユーザーベースを、できるかぎり幅広い形でアピールできるのか、ということです。そのプラットフォームを作ることが我々の使命で、それはかわりません。

 一方、PS4世代では、特に2つの点をポジティブに感じています。

 一つ目は、いままでにゲームはエンターテインメント・メディアとして普及していなかった国々に、ようやく新たにコンソールが普及していている、ということです。

 この間、SCEヨーロッパの社長と話していて、すごく面白い情報を得たんですよ。この世代では、ヨーロッパで最も売れ行きが良い国が、これまでのトップ2カ国、イギリスやフランスじゃなくなったんです。実はドイツなんです。圧倒的です。

-ドイツはこれまで、ゲームといえばPCが強く、コンソールは弱い国、という認識でしたが、そう変わったのですか。

ハウス:はい。圧倒的一位になりました。

 また、数週間前、週毎の売り上げを集計を見ていたら、第二位の国も、ちょっと驚くような場所になっていたんです。どこだと思います?

 なんと、サウジアラビアなんですよ。まあこれは、特に売り上げが集中しやすい条件があった週のことなので、ちょっと特殊なのですが。中近東の国々が、ものすごく盛り上がっているんです。

 これはおそらく、コンソールゲームの市場自体が、それらの国でようやく育ってきた、ということだと、我々は判断しています。タイミングはとても良くて、ちょうど先週、PlayStation Networkも、アラビア語への対応を終えたところです。さらなる期待がかかります。

 成長率では、アジアの方がポテンシャルは大きいです。前の世代でも、香港・台湾・韓国で我々のビジネスを行なってきましたが、PS4からは広げました。実数ではなく、あくまで「成長率」でお話しますが、トップは「中国」です。そしてその次に「シンガポール」です。これらの国は、本当に小さな市場からスタートしているため、実数はまだまだ小さなものですが。これらも中近東の例に近く、新たなゲーム市場が出来上がりつつある、という背景があるのだな、と思います。これはとてもポジティブなことです。

 二つ目のポジティブな点に目を向けましょう。

 二つ目は「コンソールの使い方」です。

 特にアメリカでは、ストリーミング・ビデオが、ゲームとほぼ同じような時間だけ、使われています。(筆者注:ストリーミングビデオは現在のアメリカで、週に7時間から10時間視聴されている、とする調査結果がある)

 これは我々にとってポジティブなことです。我々の使命は「プラットフォームを広げること」。ゲーム以外のエンターテインメントとしての使い方も、かなり早い段階から見えています。

日本の開発は難しい時期を「乗り越えた」?

-なるほど。日本はPS4世代の市場の立ち上がりが遅い、とも言われます。その点はいかがですか?

ハウス:2つのチャレンジがあります。

 一つは、いつもお話しているように、「日本の開発者ならではのゲームが、いつ登場するのか」ということです。そのチャレンジは「乗り越えた」とまではいいませんが、昨今のヒット作、例えば、この春に販売された「ドラゴンクエスト・ヒーローズ」や「Bllodbone」のヒットにより、ようやくある程度の状況に達したと思います。

 なにより、弊社のプレスカンファレンスにて、「人喰いの大鷲トリコ」に「Final Fantasy VII」、そして、鈴木裕さんの「シェンムーIII」が、全部日本開発のもので、しかも大きな3つの柱になった。これはとても大きなことだと思いますし、とてもうれしいことです。大きなトレンドです。

 もうひとつ残っているチャレンジは、先ほどお話ししたストリーミング・ビデオにも通じますが、「もうひとつの購入の動機」です。こちらは、日本市場については、チャレンジとして残っていると思います。

-今年の後半、Netflixは日本に参入します。HuluもPS4に対応し、がんばっています。そうしたことがかなり追い風になりそうですね。

ハウス:その通りです。

-それに関連して。日本市場にはSpotifyが参入していません。その関係から、「PlayStation Music」のサービスが始まっていない。「Music Unlimited」利用者の受け皿もできていない状態です。いつスタートかを明言するのは難しいと思いますが、「比較的早期にスタートできそうか」という点について、ご回答いただけますか?

音楽サービス「PlayStation Music」は好調だが、日本展開は未定

ハウス:希望としては、ぜひ早くスタートしたいです。

 しかし前提として、ご存じの通り、各音楽レーベルが納得できるビジネスモデルでの合意が必要になります。当然のごとく、私の立場は「PlayStation Music」の責任者ですから、もちろんやりたいです。一方で、ソニー・ミュージックジャパンの関心と交渉の進捗がもっとも大事なことでもあります。そこのバランスを取らなくては、とは思います。

「シェンムーIII」「FF7」交渉の舞台裏

-日本から提案された3つの大きなタイトルが、プレスカンファレンスにて、それぞれのスタンディングオベーションで迎えられたことは、会場で見ていた私にとっても感慨深く、うれしい出来事でした。

 その中でも「シェンムーIII」について。あれは、SCEが資本的な面でも開発協力をする、という条件のもとにあるものなのでしょうか? 鈴木裕さんのスタジオとの間で、ある程度限定的な契約を交わし、資金調達をするという契約なのでしょうか。

セガのゲームコンソール事業撤退により日の目を見なかった「シェンムーIII」が、PS4で登場

ハウス:はい。その通りです。

 補足しますと、まず鈴木さんは、元々「Kickstarterで出資を募って開発をしよう」という意思をお持ちでした。それがスタートだったんです。我々の社内のチームがそれを聞いた瞬間に「これは面白い。なんとか支援したい」ということになったんです。

 しかしその前に、「本当にそれだけのファンベースがあるかどうか、確かめましょう」ということになったんです。そして、クラウドファンディングの目的を達成した段階で、ソニーからの支援をします、という形です。したがって、コンソールではPS4独占のタイトルになります。

 でも段取りとしては、どちらにしても鈴木さんはKickstarterでやろうとしていたんです。ならば我々も支援したい。だから、まずはこの間のプレスカンファレンスでの「発表」こそが、大きな支援の形だと思っているんです。このステージで皆に存在を知ってもらうことができますから。

 我々の力ではないですよ? そもそも「シェンムー」にそれだけの人気・力があってこその成功です。一時は、Kickstarterにアクセスが集中し、つながらなくなったそうですね。すごいことです。

-「トリコ」については、吉田(修平)さんにゆっくりうかがいます(笑)。Final Fantasy VIIについて。あのリメイクは、どのようなディールの結果スタートしたのですか?

「Final Fantasy VII」のPS4でのリメイクが発表に。会場はスタンディングオベーション

ハウス:個別の企業との契約なので、詳しくはこちらからお話しすることはできません。そこについては、スクウェア・エニックスさんにぜひ御取材いただきたい部分でもあるのですが……。

 ひとつ言えるのは、スクウェア・エニックスから交渉のお話があり、我々がぜひ、という形で実現しました。FF7は歴史もありますし、我々のプラットフォームにとって重要なタイトルでもあります。PlayStationで生まれたものですから。

 実は、私個人としても、とても思い入れのあるタイトルなんですよ。当時アメリカで、FF7のマーケティング担当だったので。坂口(博信)さんに、「この宣伝戦略でどうでしょう?」と相談の日々でした(笑)。ぜひPlayStationとコラボレーションしたい、ということは、すぐにお話しました。

 ここまではお話できる範囲ですかね。

VRでゲームをふたたび「シンプル」に

-タイトルは揃いました。E3の展示会場として盛り上がっているのが「VR」です。「Project Morpheus」は、Oculus Riftと並び、VR用HMDの2トップのような人気になっています。Morpheusの事業化計画はどう進んでいますか?

ハウス:Morpheusは、PlayStationのエコシステムの一部、という位置付けです。他社と異なる点であり、大事なことは、唯一「独自のコンソール」と紐付いていることです。ユーザーとしてはPlug & Playを実現できますし、すでに持っているPS4で使えるのもアドバンテージです。

 PCですと、複数のOS・複数のスペックである点で苦労する、と聞いています。PS4ならば、すでに使い慣れたSDKを使い、さらに「1つの環境」に合わせて最適化できます。どんなユーザーでもまったく同じ体験が保証できます。これが、開発側にとっては魅力的でしょう。

 つい最近もMorpheusの色々なタイトルを体験しましたが、気がついたのは、「VRならではの没入感があると、どんなシンプルなゲームでも、新しい体験に生まれ変わる・面白くなる」ということです。これこそがVRの面白さだと思うんですよ。

 今のゲームは、開発コストが上がって「大規模」なゲームが多くなってきています。その環境の中で、VRだと、シンプルな組み立てのゲームでも感動できます。だからこそ、小さい規模ならではのゲームが作れるチャンスではないか、と思います。

 私が例にあげるのは2つのタイトルです。

 一つは「Headmaster」というゲーム。本当にシンプルで、飛んでくるボールをヘディングしてゴールに入れたり、爆弾を避けたりするものです。もう、本当にシンプルなんだけど、はまるんですよ。このゲーム、1人か2人で作っているんですよね。「なんだ、それでもいけるじゃん」と私は思っています。

 二つ目、これも小さいチームが作ったものなのですが、「Keep talking,Nobody Explose」。要は「しゃべり続けて爆発させるな」。ちょっとバカバカしい世界なんですが……。

 ヘッドセットをかぶっている人には、シンプルな爆弾の絵が見えます。タイマーカウンターがあるので、その間に解除しなくてはいけません。でも隣の人は、画面を見ずに紙のマニュアルをもっています。そして、質問したり会話をしたりする。その障害にめげずに解体を目指す、というものです。とにかくシンプルなんだけど、もうとにかく面白い。こういうものは、大昔のボードゲームのようにシンプルですが、VRだとこれも面白い。

 それだけでなく、バラエティがあります。全然違うのは、ゼロベースでMorpheusのために作ったリッチなゲーム、「The Rigs」です。これは我々が作ったもので、最先端のゲームです。大きなコストをかけた最先端のグラフィックを持つゲームで、ネットワークでのマルチプレイヤー対戦がベースです。

 そういう色々な体験が用意できることが、Morpheusの価値です。

Morpheous

-いままでVRを体験したことがない方々に、ヘッドセットをかぶってもらうのはけっこうハードルが高いものです。これまでのゲームとは違うマーケティングなども必要になりそうですが。

ハウス:そこにハードルはあります。できるだけ多くの人に体験していただくチャンスを、マーケティングの中で用意したいと計画しています。

 Morpheusは、かぶり方やかぶっている時の注意など、一般的な試遊よりガイダンスが必要です。そこは注意が必要で、いままでのゲームのマーケティングの延長線上ではない……と思っています。

 そういう意味もあって、Morpheusの最初の展開としては、一気に何時間も楽しむような従来型のゲームではあまりない、と思っているんです。テーマパークのライドのような形。一度に10分から15分のプレイだけど、ものすごい印象的な体験をできる、というものでしょう。スタートでそういった、短いが有望なコンテンツを用意することが重要です。

-いままでも、ゲームやテレビにはいくつものトレンドがありました。モーションセンサーや3Dが代表格でしょうか。そうしたものは一気に盛り上がったものの、その後が続かなかった。Morpheusをそうした不幸な例にしないためには、どういう施策を考えていますか? VRを継続的に育てていく計画はありますか?

ハウス:なによりも、クリエイターの盛り上がりに期待します。すでに大変な盛り上がりです。

 ですが、3Dなどと違う点もあります。3Dは移動した後、処理した後の「付加機能」だったじゃないですか。しかしVRは完全に違う体験ですし、巨大なコストもかけられません。継続性が大事です。

-マイクロソフトはOculusと提携しました。どう考えていますか?

ハウス:正直に言えば、他社の戦略はまだ、自分の理解も足りないことがあると思いますので、一つだけに限らせていただきます。Xbox OneからPCに、さらにそこからOculusに、という構造をアピールしているようですが、それにはどこまでニーズがあるのか、個人的には疑問です。

Vitaは「日本とアジア」でシュアに、ビジネス収穫期を長くする施策も重要に

-欧米では、モバイルコンソールそのものが下火です。これから、「スマホ」「モバイル」「据え置き型」でどうリソースを割り振るかが、とても大きなテーマとなりそうです。

ハウス:結局、我々とパートナー各社の戦略に関わる部分なのですが……

 いま見えてきたのは、日本のパブリシャーが、PS4とVitaのクロスプラットフォームにすることです。特に日本人は喜ばれているといいます。私が聞いている限りでは、Vitaは開発コストがそう高いわけではないので、市場が小さくともシュアなビジネスができる可能性は十分にあります。

 残念ながら、欧米ではちょっと期待薄で、興味をもつパブリシャーは少ないのですが、出来るかぎりいいタイトルを作っていきたい、と思っています。

 PSVitaは日本だけでなく、アジアでもけっこう売れています。世界的にみればその「ミニ・エコシステムでも、ここの企業にとってはシュアでいいビジネスになっています。

-最後に。冒頭で、「いままでのコンソール市場なら4年目・5年目の収穫期が今(3年目)に来ている」というお話がありました。それが単に「早送り」なのか、それとも「収穫期が長くなる」と考えるべきなのか……。

ハウス:私は売る立場の人間ですから、当然「収穫期が長くなる」と考えたいです。

 弊社の出資者へのプレゼンテーションでも説明したのですが、現在は「収穫期の最初の段階」だと考えています。収穫期には、我々の手で幅広い顧客層を含めて開拓が必要です。ファミリーやキッズのゲームも必要になります。そこをちゃんとできれば、収穫期はいままでより長く、数年間は期待できる、と思っているんです。

 そこには、同じ世帯での「新しいユースケース」が重要です。先ほども説明しましたが。

 だからこそ私にとっては、ストリーミング・ビデオサービスである「PlayStation Vue」が大切なものになるんです。仮にその家庭で、ゲームの盛り上がりが多少下がったとしても、ゲーム以外の用途でも使っていていただけるなら、ゲームプラットフォームとしてのライフサイクルは長くなる、と考えているのです。

クラウドTVサービス「PlayStation Vue」。米国展開が、ロサンゼルス、サンフランシスコを加えた5都市に拡大

西田 宗千佳