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第659回

映画館は「99通り」の体験へ。イオンシネマとディズニーが描くリピーター戦略

イオンエンターテイメント・代表取締役社長の藤原信幸氏(左)と、ウォルト・ディズニー・ジャパン スタジオ、ゼネラルマネージャーの佐藤英之氏(右)

映画は、映画館だけで見るものではなくなった。テレビやDVDに加え、ストリーミングサービスでも気軽に楽しめる。

だが、それでも新作の公開日には多くの人が劇場へ足を運び、作品によっては2度、3度と同じ映画を見る。

では今、観客がお金と時間を使って映画館へ行く理由はなんなのか。そして人口が減少する日本で、映画館と配給会社はどのように観客との接点を増やそうとしているのか。

イオンシネマを運営するイオンエンターテイメント・代表取締役社長の藤原信幸氏と、ウォルト・ディズニー・ジャパンで配給を担当するスタジオ、ゼネラルマネージャーの佐藤英之氏に話を聞いた(※編集部注※取材は2026年7月中旬に実施した)。

両氏が共通して重視するのは、スクリーンの中だけでは完結しない「体験価値」と、公開後も観客を呼び戻す「リピーター」の価値だ。

例えば『トイ・ストーリー5』は興行収入90億円(7月30日時点)を突破。複数のラージフォーマット・吹き替えの同時公開や、家族連れをターゲットにした施策が功を奏したという。今もリピーターの観客が続く。

それら「配給と劇場の連動による価値」は、どのように形作られているのだろうか。

トイ・ストーリー5
大ヒット公開中
©2026 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

映画館自体を「エンタメ化」する

映画館側にとって、作品そのものを作り変えることはできない。だからこそイオンシネマは、作品を受け止める「場」の価値を高めようとしている。

藤原社長(以下敬称略):映画館運営を我々の事業として力を入れています。体験価値の向上ということで、スクリーン・座席・音響などの進化を提供することによって、お客様に価値を感じていただく。我々は場を提供する立場なので、設備の充実を進めています。

それ以外では、館内のフードやグッズなどの飲食・物販です。作品自体は配給会社から提供していただいているので、映画の鑑賞の前後の体験価値と鑑賞の環境の向上が大きな取り組みであり、ここが映画館としての体験価値の進化にもなるんじゃないかと思います。

一方、作品を届ける配給側から見ると、映画館の意味は「いち早く新作を見る場所」だけではない。大きな画面と音響の中に身を置き、他の観客と感動を共有する場所でもある。

佐藤:映画を見る方法は、映画館に行く、DVDで見る、ストリーミングで見る、テレビで見るなど、すごくいろいろな形があります。それでもなぜ映画館に行くかというと、やっぱり早く新作を見たい。それから没入感のある体験をして、みんなとその感動を分かち合いたい。それを提供するのが映画ビジネスだと思うんです。

応援上映を提供したり、週替わりの入場者プレゼントを提供したり、我々でいくと映画に関連したワークショップを展開したりして、リピーターが生まれるような施策をやっています。映画を映画館で見ることが、すごくエンタメ化しているんじゃないかというのが我々の見方です。

「映画を届ける」だけではない、配給の仕事

配給会社と映画館の関係も変わった。かつては、配給会社が海外作品に字幕や吹き替えを付け、テレビスポットで告知し、映画館へ作品を供給するという役割分担が明確だった。だが、SNSで感想や体験が瞬時に広がる現在は、映画を見てもらうための「付加価値」を双方が一緒に作る必要がある。

ディズニーはイオンシネマと協力し、『モアナと伝説の海2』では親子でアクアボールを作る催しを実施。現在公開中の『トイ・ストーリー5』では映画に登場するキャラクターのフォーキー作り、昨年公開されたハワイが舞台の実写版『リロ&スティッチ』では上映前のフラパフォーマンス、『インサイド・ヘッド2』ではバルーンアートなど、作品ごとに映画の世界をさらに楽しめる体験型の企画を展開してきた。

佐藤:映画だけではなく、映画を見に来て一緒に楽しんでもらうような形の付加価値をつけることを、今すごく考えてやっています。これは映画館さんと事前にしっかり話をしながら進めているので、映画を成功させるためには、映画館さんとどうマーケティングしていくのかがすごく大事になっています。

ウォルト・ディズニー・ジャパン スタジオ、佐藤ゼネラルマネージャー

イオンシネマ側にも効果はある。全国約99館という規模のイベントの展開や、作品と連動した限定商品は来館と購入の動機になる。藤原氏によれば、商品を『トイ・ストーリー』のデザインの袋に入れて販売することで購入率が上がったという。

この協業は、イオンエンターテイメントが巨大なリテールグループ、イオンのグループ会社だからこそ広げられる。映画館のロビーだけではなく、モール内の売り場、通路、イベントスペースまでを作品との接点にできるからだ。

その象徴が、昨年1月から全国28劇場に設置された巨大壁画「シーニック」だ。ディズニーやピクサー、マーベル、ルーカスフィルムの世界観を大きく掲出し、「イオンに行けばディズニー作品を楽しく見られる」という環境を作る。佐藤氏によれば、これは日本独自の取り組みだという。

ディズニーやピクサー、マーベル、ルーカスフィルムの世界観を劇場内に展開する「シーニック」
©2025 Disney ©2025 Disney/Pixar ©& TM Lucasfilm Ltd.

佐藤:イオンのモールに行くと、いろいろなところでディズニーの映画に触れるタッチポイントが設けられています。映画館に行くまでの動線で我々の映画を目にして、これからディズニーの映画を見るんだ、というワクワク感を醸成できるのがイオンさんだと思います。

米国にもショッピングモール内のシネコンはあるが、AMCやRegalのような大手興行会社が運営しており、イオングループのような、ショッピングモールの運営に関わる企業そのものではない。

映画館以外の売り場で作品の関連商品を展開され、そこで新作の予告やクリエイティブに触れ、最後に同じグループの映画館へつなげられる構造は、世界的に見てもユニークな構造といえる

「個性のない映画館」から、99通りの劇場へ

イオンエンターテイメント藤原社長

藤原氏は、従来のシネコンを「個性のない映画館」だと感じていたという。上映作品が変われば館内の雰囲気は変わるものの、映画館そのものは、ただ作品を見るための箱になりがちだった。

そこで目指しているのが、劇場ごとにテーマを持たせることだ。シーニックを備えたディズニーの世界観を感じる劇場、アメリカンをテーマにした大日の劇場、宇宙をテーマに改装した綾川の劇場など、地域ごとに異なる個性を作っている。

藤原:単に映画を見る場だけではなく、そこに来て、一歩入ってみたらアメリカ体験、という形です。若い人たちが写真を撮りに来られ、それがPRになったということもあります。

我々に99の劇場があったら、99通りの劇場に仕上げたい。テーマを持たせ、それ自体を来店動機にしたいと思っています。

映画館を選ぶ理由を、上映作品や立地だけに委ねない。劇場そのものにキャラクターを与え、行ってみたい場所にするという発想だ。

IMAXが遠方から人を呼び、次の1回にもつながる

劇場体験を分かりやすく押し上げるのが、IMAXや4DXなどのプレミアム・ラージ・フォーマット(PLF)だ。

藤原氏はイオンエンターテイメントの代表に就任後、まず観客の立場からIMAXを体験した。その後、同じ作品を通常スクリーンでも見て、「やっぱり全然違う」と実感したという。

イオンシネマはローカルの劇場を強みとする。大都市以外で高品質な上映環境を提供することは、商圏そのものを広げる力を持つ。

例えば、岩手県北上市に2026年4月に開業した「イオンシネマ江釣子」にIMAXを導入した際には、北上市周辺だけでなく、盛岡市、さらには秋田県からの来館も増えたという。映画を目的に遠方から来た人がモールでも買い物をすれば、効果は映画館だけにとどまらない。

イオンシネマ江釣子(えづりこ)

藤原:先日、イオンシネマ江釣子のオーナーさんと会った際には、いきなり「ありがとうございます。IMAX導入の効果で商圏が広がっています」と感謝されたんです。それくらい、やはり、IMAXのようなPLFのインパクトは大きいと実感しました。

配給側にとってもPLFは重要だ。『スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー』やマーベル作品など、コアなファンを持つタイトルは、まずIMAXから座席が埋まるのだという。ファンは作品だけでなく、どの環境で最初に体験するかを選んでいるわけだ。

「スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー」特別映像|IMAXで素敵な映画体験を—|5月22日(金)劇場公開!

佐藤:コアなファンがきちんとついている作品は、没入感を体験できるスクリーンでまず見たいというお客様が殺到します。ですから、「まずIMAXがあるのか、4DXがあるのか」をチェックするところから我々の仕事が始まります。

PLFは鑑賞単価が高いだけではない。IMAXで見た人が次は通常スクリーンを選ぶ、字幕で見た人が次は吹き替えで見る。最初の強い映画体験が「次のもう1回」につながることに、配給側は大きな価値を見ている。

一方で、PLFの上映枠を巡る競争は厳しい。邦画も含めて対応作品が増え、新作が毎週のように入るため、1作品が確保できる期間は1~3週間ほどになることもある。イオンシネマ側は対応作品のさらなる拡大を求めつつ、地域の動員に合わせて上映回数を調整している。

人口が減るなら「年間の来館回数」を増やす

興行収入が好調でも、映画館を訪れる人の総数が同じ勢いで伸びているとは限らない。佐藤氏によれば、入場者数そのものはそれほど増えておらず、鑑賞単価の上昇が興行収入を補っている。人口減少が続く中で成長を維持するには、1人の観客に年に何度来てもらえるか、同じ作品を何度楽しんでもらえるかが鍵になる。

佐藤:どこでこの成長を加速していくのかというと、本当にリピーターを増やすしかないんです。お客さんのニーズをウォッチしながら、「だったら、こういうイベントをここで仕掛けてみよう」と常に探しています。

週替わりの入場者プレゼントは、現場の配布作業を増やす一方で、再来場を促す効果が高い。応援上映も同様だ。スター・ウォーズの7年ぶりの最新作で大ヒットしている『スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー』では、グローグーに愛着を持つ女性ファンらが応援上映に集まり、即完売することもあるという。

佐藤氏はリピーター戦略による成功例として興行収入150億円を突破した『ズートピア2』も挙げる。初見の観客だけではなく、2回、3回と見る観客が生まれることで、興行を長く伸ばせる。

すなわち、公開日はゴールではない。公開後も5週、6週、7週、8週と施策を重ね、作品と観客の関係をつないでいくことが重要になっているのだ。

座席、売店、トイレ。「また来たい」は細部で決まる

リピーターを生むのは、作品連動のイベントだけではない。毎回の鑑賞を快適にする地道な改善も欠かせない。

イオンシネマで評価が高いというのが「全席両肘掛け付きの座席」だ。座席数は2割ほど減るが、隣席との間にひじ掛け二つ分の空間ができ、ゆとりを感じられる。藤原氏は当初「席がスカスカじゃないか」と思ったというが、観客はそのプライベート感を支持した。

イオンシネマ八王子滝山の両肘付きシート

飲食売店では、約8割の劇場にセルフオーダーシステムを導入。提供時間を短縮して売り逃しを防ぐだけでなく、「ようやく買えたときには本編が10分始まっていた」という体験を減らす。改装時にはトイレも、古い設備からパウダールームと呼べる水準へ更新していくという。

藤原:イオンシネマは9割がローカルの劇場です。地元のお客様に愛されるためにも、端的に言えばQSC(クオリティ・サービス・クレンリネス/清潔さ)をどう強化するか。快適だから「行くんだったら、いつものところで」と選んでいただけるところを目指しています。

飲食も、ポップコーンとドリンクだけに固定しない。新商品の本格展開、若手スタッフが提案したフレーバーソーダ、作品と連動したポップコーンケースやドリンクカップなど、映画を見る前後を含む商品として考える。イオンシネマ独自の「キッズセット」は、春の展開で約15万食を販売したという。

藤原氏が次の段階として構想するのは、シネマの隣にエンターテインメント性のあるレストランゾーンを作ることだ。

例えば『トイ・ストーリー5』を見た家族が、その余韻のまま食事を楽しむ。劇場で過ごす2時間に前後30分、合計1時間を加え、1日を通じた体験へ広げていく。

佐藤氏は「特にディズニー作品は、イオンシネマとは相性が良いのではないか」と話す。親子で楽しむ作品が多いためだ。だとするならば、イオンシネマの考える「家族が映画の前後まで楽しむ体験」との相性も良い。

©2026 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
トイ・ストーリー5
大ヒット公開中
©2026 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

多様化する「吹き替え」の捉え方

同じ作品を複数回楽しむという点では、字幕と吹き替えの編成も重要になる。

かつては「字幕は大人、吹き替えは子ども」という見方もあったが、藤原氏は「もうフラットに考えていい」と話す。観客の支持があるなら、その動員実績に応じて字幕と吹き替えの回数を増減する。午前中はシニア層が多いなど、ショッピングセンター内の人流や各地域の客層も踏まえ、それぞれの編成を組む。

ディズニー作品では、吹き替えの存在感はさらに大きい。佐藤氏は「アニメーション作品では興行収入の90%以上、実写作品でも40%近くを吹き替え版が占める」と話す。

佐藤:コアな映画ファンでも、吹き替えに対するハードルがすごく下がってきていると実感しています。吹き替えの方が映画に没入して楽しめる度合いが違ってくる。没入して見られることは、思い出として自分の中に残ることでもあります。

ディズニーのミュージカルアニメーションでは、台詞だけでなく歌も日本語になる。好きな声優の歌声は作品への親近感を高め、親が子どもに同じ作品を見せるという世代間の循環にもつながる。声優を招いた舞台挨拶を含め、吹き替えは単なる翻訳ではなく、日本で作品を育てるローカライズ戦略の中核だ。

作品ごとの字幕・吹き替え比率、通常スクリーンとPLFの配分は、ディズニーの営業チームとイオンシネマの編成チームが密に連絡を取りながら決める。選択肢を増やせばよいのではなく、地域、時間帯、ファン層に合わせて最適化することが必要になる。

映画館を「あの人に会いに行く」場所に

設備や商品、イベントを充実させても、最後に観客と接するのは「人」だ。藤原氏は、イオンシネマのスタッフを「クルー」と呼び、ロビーやフロアで観客とのタッチポイントを持ってほしいと考えている。

年配の人にチケットの買い方を案内する。作品について少し話せる。セルフオーダーで効率化した分、人は人にしかできないコミュニケーションを担う。藤原氏が映画館の「テーマパーク化」という言葉で語るのは、派手な設備だけではなく、こうした小さな接点も含む。

藤原:クルーが本当にディズニーランドに追いつくぐらいのことをやれるようになったら、もっと館の価値は高まるだろうと思います。それがリピーターにもつながり、極端に言ったら「あのイオンシネマの人に会いたい」という劇場を目指すべきだと思っています。

映画館にできることは、作品を上映することだけではない。公開前にはモールの動線で期待を高め、劇場では大画面と音響、快適な座席、フード、物販、接客で世界観を支え、公開後には入場者プレゼントや応援上映で再び足を運ぶ理由を作る。

佐藤:公開したから終わりではなく、公開してからも何かできることはないのか。お客様に楽しんでいただける体験をさらに提供していくことで、ビジネスも5週、6週、7週、8週と伸びていきますし、お客様の満足度にもつながるはずです。

映画館を、作品を映すだけの箱から、何度も訪れたくなるエンターテインメント空間へ変える。配給と興行、モールと売り場、設備と人をつなぐ両社の取り組みは、人口減少時代に映画興行を伸ばすための、ひとつの答えになりそうだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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