― RandomTracking―
米Apple、「iPad」に関するプレスイベントを開催
~狙いはネットブックより「なにかもっといいもの」~
会場はサンフランシスコ市内のYerba Buena Center for the Arts Theater。アップル関連のイベントが多く開催されるMoscone Centerに比べるとコンパクトな会場。垂れ幕のデザインは、招待状に描かれたものと同じ |
話題は、もちろん噂のタブレット端末こと「iPad」。既に第一報をお聞き及びの方も多いと思うが、ここでは会見で公開された内容を中心に、その詳細をお伝えしたい。
会場となったYerba Buena Center for the Arts Theaterは、製品の注目度のわりに小振りなところだ。そのためか、現地につめかけたプレスの熱気は凄まじいものがあった。
そんな中、発表されたのはたった1つの商品、iPadだ。2時間にわたるイベントのすべてが、iPadとそれに関するサービスの解説に費やされた。Appleが、そしてスティーブ・ジョブズCEOがこの製品にかける意気込みが、その1点からでも伝わってくる。
■ アップルは世界一のモバイルデバイス会社?!
PhoneとMacBookの間に「なにかある」
ジョブズ氏が登壇し、イベントがスタートすると、会場は割れんばかりの拍手とスタンディング・オベーションに包まれた。いかにもAppleのイベントらしいスタートだが、それを受けてか、冒頭ジョブズ氏は次のように語った。
「2010年を、革命的で魔法のような製品の発表ではじめたい」。
とはいえ、そこから続けられたのは、先日発表されたばかりの、同社第一四半期の業績と、最近のビジネスについてだった。iPod、iPhone、そしてMacBookの好調について説明したあと、ジョブズ氏はこう続けた。
「アップルは、いまや世界最大のモバイルデバイス・カンパニーになった。ソニーよりも、サムスンよりも、ノキアよりも大きい」。
現在のアップルという会社の立ち位置を、ジョブズ氏は「世界一のモバイルデバイス・カンパニー」と称した |
続けて振り返ったのは同社の歴史。1991年に登場したPowerBook、2007年に登場したiPhoneの例を引いて、アップルが常にモバイル機器の世界で革新的な存在であった、ということをアピールした。
「iPhoneもモバイルデバイスだし、MacBookもモバイルデバイス。では、その間はどうだろう?」。
ジョブズ氏の問いはそこから始まった。
「ブラウジングやメール、写真にゲームにeBook……。そういった用途には、“ネットブック”が使われることが多い。しかし、本当にそれがいいのだろうか? ネットブックは遅いし、ディスプレイのクオリティは低いし、使うのはPC用ソフト。“安いPC”でしかなく、良いところといえば、安いことくらいだ」。
古くからのMacユーザーには懐かしい、初代PowerBookの1台である「PowerBook100」。ちなみに製造・設計はソニーが担当した | iPhoneとMacBookの間に「すき間」がある、とジョブス氏は主張する。日本だとモバイルノートが使われることも多い領域だが、そこにiPadが登場する |
そこで、「もっとずっといいもの」としてジョブズ氏が紹介したのが「iPad」である。これまで「電子書籍端末だ」と噂されてきた製品の正体は「電子書籍にも使える、ネットブックよりもリビングに最適なコンピュータ」だった、ということなのだ。
ジョブズ氏は、ネットブックを手厳しく批判。「PCはすき間を埋める存在ではない」と断言した | iPadを発表するジョブズ氏。薄さを強調するかのように、手に持って縦に回して見せた |
ハードスペックなどについては、すでに記事が掲載されているので、そちらをお読みいただいた方が詳しいだろう。ジョブズ氏が強調したのは、「きれいで、薄くて軽くて、バッテリーが持つ」ということだ。
採用しているのは9.7型、1,024×768ドットのIPS液晶。表面には、iPhone同様マルチタッチセンサーが内蔵されているが、それが画質に影響している印象はない。サイズこそ大きめだが、1.5ポンド(約680g)/0.5インチ(約1.3cm)という筐体は、十分に薄く、軽いと言っていい。
それでいて、バッテリー持続時間が10時間(スリープ状態では約1カ月動作)という点が注目だ。これは、iPadが同社オリジナルのLSI「Apple A4」を採用しているためだ、とジョブズ氏は説明する。
IPS液晶ディスプレイを「プレミアムLCD」と呼んで紹介。特に視野角の広さを強調し、この分野には最適と語った | タッチセンサーは、iPhone譲りのマルチタッチ対応。即応性と感度の良さを特に強調する |
iPadで使われるのは、独自の「Apple A4」プロセッサ1GHzと、16GB~64GBのフラッシュメモリ |
ただし、会見内でも、その後に行なわれたハンズオン・イベントでも、A4がどのようなLSIなのか、ということは解説されなかった。唯一公表されたのは、クロック周波数が「1GHzである」ということだけだ。どうやら、CPUコアなどを1チップに混載したシステムLSIであるのは間違いないようだが、どこが製造しているのか、どのような能力を持っているのかは分からない。
だが、その能力は「省電力性能」だけでないことだけは、間違いないようだ。iPadを公開したジョブズ氏は、そのままステージ上に用意されたソファーに腰掛け、iPadのデモンストレーションを始めた。これはiPadの利用シーンを強く意識したものであるのは間違いない。
デモの大半はステージ上のソファーで行なわれた。Appleが想定するのは、おそらくこのようなスタイルでの利用なのだろう。キーボードも「膝の上」で使う |
最初に行なわれたのは、iPhoneでできることが、iPadではいかに「より快適にできるか」というデモ。Web閲覧はもちろん、メールの送受信や地図、iTunesを使った音楽や動画の再生などが中心だ。率直に言って、それぞれの機能はまさに「iPhoneでもできること」だった。だが、iPadでは広い画面とより強力になったプロセッサ・パワーを活かし、「機能性はパソコンに近いけれど、直感性はiPhoneに近い」といった趣の操作が実現されていた。HDクオリティの映像もスムーズに表示されていたし、iPhoneでは機能の割に画面が狭すぎるように思えたiTunesも、かなりリニューアルされて使いやすくなっている印象を受けた。
Webブラウジング画面 |
iTunes利用画面 |
特にスピードとなめらかな操作感は、iPhoneよりも、ひょっとすると高性能なパソコンよりも優れているのでは、という印象を受けるほどだ。「安いPCでないもの」が目指したところは、その辺であるのだろう。
家庭用を目指すのだから、本体価格も高くてはいけない。イベントの最後に、ジョブズ氏は「499ドルから、3G通信の定額制もあり」という価格を提示したが、この点も、最初から織り込み済みであり、だからこそiPhoneの技術をベースにしている、と考えるのが自然だ。
なお、iPadを実際に触ってみたファーストインプレッションや仕様の詳細については、ここでは割愛し、別途掲載するハンズオン・イベントの体験記の方で詳しくご紹介する。そちらを併読していただけるとありがたい。
■ iPhone用アプリがそのまま動作
SDKを同日公開、専用アプリの開発も促進
iPadを支える要素として、特に大きくフィーチャーされたのが「AppStore」の存在だ。iPhoneの現在の成功は、間違いなくAppStoreにある。iPadは「AppStoreで売られているiPhone用アプリケーションのすべてを、そのままエミュレーションして動作させられる」(ジョブズ氏)ため、発売初日から、大量のアプリケーションをユーザーに提供することが可能だ。
その仕組みは意外とシンプルなものだ。iPadのべースとなっている技術は、見ての通りiPhoneとそのOSである。iPad用OSのバージョンは「iPhoneOS 3.2」だ、と言われているが、だからこそ、操作の面でも動作の面でも共通項が多い。
iPadでのアプリ動作を解説する、アップル・iPhone ソフトウエア担当シニアバイスプレジデントのスコット・フォルストール氏 |
もちろん、それだけでiPadの価値が出てこない。iPadの高解像度ディスプレイを生かす「専用アプリケーション」の存在がカギとなる。
そこでステージ上には、「1、2週間前に秘密裏にiPadを渡したデベロッパー」(フォルストール氏)が手掛けた、専用アプリケーションのデモが行なわれた。ゲームやペイントソフトなど、いかにも大画面が映えそうなアプリケーションが目を惹いたが、筆者が特に注目したのは2つのアプリケーションだ。
Pad専用の「MLB.com」。情報量が豊富になり、より自然に試合の内容を確認できるようになった。映像配信と合わせて利用すると、iPadだけでメジャーリーグが楽しめる |
もう一つの注目株が、アメリカの大手新聞社The New York Timesの「新聞アプリ」だ。このアプリでは、紙のニューヨーク・タイムズにそっくりなレイアウトのものを、iPadのユーザーインターフェースを使って閲覧できる。しかもそれは、紙面をスキャンしたものではなく、Webのようにきちんと「独自にレイアウトして、リンクを生かした」ものだ。また、写真だけでなく動画も組みこまれており、単なる「紙の代替物ではないもの」という印象を受けた。
ペイントアプリのデモ |
The New York Timesのアプリ版。iPadのディスプレイに最適化されており、精細な表示と、文章と動画・映像とを組み合わせた情報提供が特徴だ |
こちらは標準添付ではなく、Pages(ワープロ)、Keynote(プレゼンテーション)、Number(表計算)の3本が、それぞれ9.99ドルで配信される。
iPad用アプリは、本日から公開された「iPad対応SDK」を使って開発できるという。SDKの中にはiPhoneの場合と同様、iPadのシミュレーターも含まれており、挙動を確認しながら開発できる。
iPad版iWorkを発表する、ワールドワイドプロダクトマーケティング担当シニアバイスプレジデントのフィル・シラー氏 | iPad版「Pages」。文章を書けるのはもちろん、写真を自動的に文字が避けてレイアウトされるなど、高度な処理も施される |
■ eBookは「iBooks」ブランドで展開
ePUBと「オリジナルアプリ」の二段階作戦で攻める?!
ジョブズ氏は、Kindleの功績について説明した上で、「我々はさらにその上を行く」と解説、eBook市場への自信を強調した |
「だから僕たちは、彼らの肩の上に乗って、ビジネスを始めようと思う」
そう言って発表したのが、iPadにおけるeBookリーダー・アプリであり、配信サービスでもある「iBooks」だ。
簡単に言えば、iBooksは、eBookにおけるiTunes Music Storeである。正確に言えば、「iTunes Storeの中に、eBookのためのストアが作られる」ことになる。iTunesでおなじみのレーティングや、1クリックでの購入といったシステムは、そのままiBooksでも採用されている。
iBooksを販売するストアである「iBookStore」。iTunes Storeと統一した操作感・画面デザインを踏襲している | iBooksの画面例。文字サイズやフォント種別などは変更が可能。液晶であるせいか、他のeBookリーダーよりかなりリッチな見かけである |
iBooksの特徴は“カラーで美しい表示である”ということだ。他のeBookリーダーがモノクロ電子ペーパーを採用しているのに対し、カラー液晶を採用しているのだから当然といえば当然だ。また、他の端末がページ送りを「画面切り換え式」としているのに対し、iBooksは文字通り「ページをめくるような動作」としているのも異なる。なにしろ、指の動きに追随するよう、ゆっくりとめくっていくこともできるのだ。このあたりは、「単機能型eBookリーダー」にない特徴である。
他方、他のeBookリーダーに習ったのが「フォーマット」だ。iBooksは、データフォーマットとして、アメリカ国内でeBook向けの標準化を推進する団体の一つであるInternational Digital Publishing Forum(IDPF)が推し、ソニーやバーンズ&ノーブルが採用する「ePUB」形式を採用する。Google Booksで提供される電子書籍もePUBだ。ePUBは「MP3の電子書籍版」と言われることあるが、それはサポートする端末やサービスが多いゆえである。
ただし、この点にはまだ不明確な点も多い。ePUBを採用していても、DRMが違えば他のサービスのeBookは読めないし、iBooks StoreのeBookを他の端末で読むこともできない。
会見ではその点に対するコメントは一切無かったし、別途記事で触れるハンズオン会場でも、「DRMはあるだろう。iBooks Store以外から取得したeBookについては、誰かがアプリを作れば読めるようになるのではないか」という、少々不安な答えが返ってきた。ただし、eBookの価格やラインナップについても、iTunesを使ったPC側との連携についても「現時点ではわからない」との回答だったため、むしろ「そのあたりもまだ明確にできないか、しない」と見るのが正しいだろう。
iTunes Storeの持つ強みを、「すでに1億2,500万件の、クレジットカードの情報を持つアカウントがあること」を例に説明。3つのコンテンツを中心に、iPadでもiPhone同様の成功を狙う |
また、詳しくはハンズオン記事で述べるが、そもそも「読書体験」として、KindleとiPadのそれは相当に異なるもので、同じ土俵で比較しづらい。仮に「eBookそのものの数」や「読みやすさ」で他のeBookリーダーに劣っていても、iPadには「アプリを使う」という手もある。ニューヨーク・タイムズのアプリをデモしたのは、そういったeBookリーダーでは終わらない“二段構え”を明確にするため、と考えていいだろう。
(2010年 1月 28日)