小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第848回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

可愛いボディで4K動画、キヤノンのミラーレスエントリー「EOS Kiss M」

Kiss + Mの衝撃

 EOS Kissと言えば、フィルム時代から女性にも優しい操作感のエントリーシリーズである。シリーズが開始された1993年当時は、オッサンのものだった一眼レフカメラのすそ野を広げるべく、ママが子供を撮るためのカメラとして、盛んにテレビCMを打っていたのを思い出す。デジタル時代となってもEOS Kissのポジションは健在で、男女こだわりなくエントリー機のメインストリームとして今に続いている。

EOS Kiss M

 デジタル時代のキヤノンは、コンパクトデジカメおよびデジタル一眼で王者となったが、ミラーレスに関しては出遅れた。2012年に同社初のミラーレス「EOS M」が登場したが、評価としては芳しくなかった。

 以降、レンズ交換式としてはずっとエントリー機路線が続くのだが、2016年「EOS M5」の登場で、キヤノンのミラーレスもようやく本格モデルが登場したというのが、市場の評価ではないかと思う。

 そんなEOS KissとEOS Mが融合したのが、今回ご紹介する「EOS Kiss M」だ。歴史の長いKissシリーズとしては、初のミラーレスという事になる。発売は今年3月だが、2月のCP+では実動モデルを展示した。筆者も会場に行ったのだが、マニアが集うCP+にしては異様とも言えるほどEOS Kiss Mコーナーは黒山の人だかりで、簡単に順番が回ってきそうにないので断念した。それだけ期待の大きいモデルだと言える。

 ボディ単体の店頭予想価格は74,000円前後だが、通販サイトでは既に1万円ほど下がっている。同時期に発売された「EOS Kiss X90」は実売でさらに1万円ほど安いが、こちらは4K動画撮影に対応していないようだ。

 静止画のレビューは多くみられるだろうが、今回は例によって動画性能をチェックしていく。可愛い一眼として評価が高いEOS Kiss Mの実力を試してみよう。

ミラーレスらしい可愛いボディ

 EOS Kiss Mはホワイトとブラックの2色展開だが、今回はブラックをお借りしている。

 ミラーレスは、ビューファインダ用のミラーがないことでフランジバックを短くし、小型化できることがウリだ。昨今はソニー「α7」がミラーレスながらセンサーをフルサイズ化して、“ミラーレスだから小型”とは言えない状況となったが、レンズ交換式カメラを身近なものにするという役割からすれば、EOS Kiss Mは成功したと言えるだろう。

 ボディだけ見れば、コンパクトデジカメに近いサイズ感を実現している。APS-Cサイズのセンサーを搭載するミラーレスとしては、かなり小さいほうだろう。女性には使いやすいサイズだが、手の大きな男性だと、若干手に余る感じがあるかもしれない。

“かわいい一眼”を実現したEOS Kiss M

 マウントはMシリーズでお馴染みEF-Mマウント。センサーは有効画素数約2,410万画素のAPS-CサイズデュアルピクセルCMOS。動画撮影時はHDなら全画素読みだしだが、4K撮影では中央部切り出しとなる。

EF-Mマウント内にAPS-CサイズのデュアルピクセルCMOSを搭載

 動画の記録形式はMP4で、コーデックはMPEG-4 AVC/H.264 VBR。連続撮影時間は、デジカメによくある30分未満の制限に留まる。撮影モードは以下のようになっている。

モード解像度フレームレートビットレート
4K3,840×2,16023.98fps約120Mbps
Full HD1,920×1,08059.94fps約60Mbps
Full HD29.97fps約30Mbps
Full HD23.98fps約30Mbps
HD1,280×72059.94fps約26Mbps
HD119.9fps約52Mbps

 シャッターボタンはやや前方に傾斜しており、周囲にマニュアルリングがある。隣が動画の録画ボタンだ。写真モードでも録画ボタンを押せば動画撮影が可能だが、その場合は最高でフルHD/59.94p止まりとなる。4K撮影する場合は、撮影モードを動画に切り換える必要がある。

シャッターの周りにマニュアルリング
フラッシュも内蔵

 背面はバリアングルの液晶モニターを大きく取っているため、ボタン類はそれほど多くはない。もちろん各ボタンには機能割り付けができるので、自由にカスタマイズが可能だ。

液晶面積を大きく取った背面
カスタマイズ可能なボタン類

 液晶モニターは3型/約104ドットのTFTタッチディスプレイ。ビューファインダは0.39型/約236万ドットの有機ELとなっている。またEOS M5以降で搭載されている、タッチ&ドラッグAFも装備している。ファインダを覗いたままでもタッチ液晶の画面でAFポイントを指定できるという機能だ。本機の液晶はバリアングルで左に飛び出す格好で使えるため、タッチ&ドラッグAFは使いやすい。

使いやすいバリアングル液晶モニタ
ビューファインダ撮影時の強力な味方、タッチ&ドラッグAF

 端子は右側がMicroUSBとMicroHDMI端子。残念ながら外部給電には対応しない。またスマートフォン連携が取りやすいよう、Wi-Fi接続ボタンも備えている。左側には外部マイク端子、底面にバッテリーとSDカードスロットがある。

右側にMicroUSBとMicroHDMI端子
外部マイク入力も備える
底面にバッテリーとSDカードスロット

4Kでは撮れるが……

 では早速撮影してみよう。今回使用レンズは、「EF-M15-45mm F3.5-6.3 IS STM(キットレンズ)」、「EF-M28mm F3.5 マクロ IS STM」、「EF-M11-22mm F4-5.6 IS STM」の3本だ。

左から15-45mm、M28mmマクロ、11-22mm

 今回は4Kで撮影してみたが、24pでしか撮れないのが残念である。画像処理プロセッサは現時点で最新のDIGIC 8なので、プロセッサパワーは問題ないように思える。センサー側の性能か、消費電力の制約か、あるいはマーケティング上の戦略かもしれない。

動画は4K/24p止まりなのが惜しい

 HD撮影では全画素読み出しなので、静止画と横の画角は一緒だが、4Kは中央切り出しなので画角が狭くなる。全画素よりかなり狭くなるのがわかる。加えて電子手ブレ補正を加えていくと、さらに狭くなる。倍率の高いレンズでなくても寄れるという意味ではいいのだが、爽快な広い絵が4Kで撮れないのは惜しいところである。

【EF-M15-45mmのワイド端での撮影】

静止画
手ブレ補正なし
光学補正のみ
光学+電子補正
光学+電子補正強

 手ブレ補正は、レンズでの補正に加えて強力な電子手ぶれ補正を併用できるため、手持ちでの写真撮影や、FIX動画には威力を発揮するだろう。ただ、歩きながらの撮影には、あともう少し補正力が欲しい。

手ブレ補正のモードの違い
Stab.mov(73.30MB)
※編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 逆に電子手ブレ補正を強にすると、ローリングシャッター歪みが結構大きい事がわかる。センサーの読み出し速度はそれほど速くないようだ。

 期待のAFだが、動画では4K撮影の場合のみゾーンAFが使えず、一点か、追尾AFを使う事になる。追尾AFでは、FIXで撮影していても途中でAFが動いてしまう事もあり、割と条件を選ぶようだ。タッチによるフォーカス送りも可能だが、フォーカスの移動は滑らかではなく、カクカクと段階的に動くのがわかる。

 撮影時は、モードダイヤルを回すたびに、どういう設定で撮影するのか毎回選択肢が出る。初心者には親切かもしれないが、カメラ経験者には鬱陶しいだけなので、設定で「撮影モードガイド」を「表示しない」に設定することをお勧めする。その点では、初心者から経験者まで幅広く対応できる作りにはなっている。

モードダイヤルを回すたびに、さらにモード選択が出てくる

 動画撮影モードの場合、オートかマニュアルの2択しかない。マニュアルでは、シャッタースピードと絞りの両方を自由に変更できるが、ISO感度がオートであれば露出は自動的に追従するので、AvやTvモードがなくても、それに近い使い勝手となる。

 オートでは、空抜けの構図の露出はそれほど上手ではない。マニュアルで補正するのが面倒であれば、「オートライティングオプティマイザ」を使うか、「高輝度側・階調優先」を使ったほうがいいだろう。

空抜けの露出は苦手。マニュアルで+1 1/3補正

 発色はかなり強めで、写真っぽい動画が撮れるのがポイントだ。静止画には「クリエイティブフィルター」も搭載されているが、動画には使えない。絵作りできるのは「ピクチャースタイル」での調整範囲に留まる。

力強い発色が特徴
4K撮影による動画サンプル
Sample.mov(136.40MB)
※編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

【ピクチャースタイル】

オート
スタンダード
ポートレート
風景
ディテール重視
ニュートラル
忠実設定
モノクロ
ピクチャースタイルは動画でも使用できる

特殊撮影もこなせる

 特殊撮影機能としては、ハイスピード撮影がある。モードは1つしかなく、720/120pで撮影できるだけだ。ただ設定項目が動画記録の画質モードに集約されており、わかりやすい。最近はハイスピード撮影のニーズが高いのか、モードダイヤルに昇格する例もあるように、機能にアクセスしやすくするのが昨今のトレンドのようだ。

120p撮影による1/4倍速スロー
Slow.mov(21.36MB)
※編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 ただハイスピード撮影中はAFが効かなくなるので、距離が変わる撮影には向いていない。加えて電子手ぶれ補正も効かなくなるが、動きがスローになるので、ブレはそれほど気にならなくなる。

 タイムラプス撮影も、ニーズの高い機能だ。本機では人の動き、雲の動き、ゆっくり変わる風景といったシーンに最適なプリセットが仕込まれており、初めてタイムラプス撮影する人も失敗がないよう配慮されている。撮影された結果は、4K/29.97pの動画ファイルとなる。

タイムラプスもモードを選ぶだけで失敗なく撮影できる
Laps.mov(19.80MB)
※編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 動画と組み合わせた面白い機能としては、「プラスムービーオート」という機能がある。写真を撮ると、その直前までの動画を記録しているという機能だが、動画側に撮った写真を入れ込むエフェクトを加えて記録することができる。連続で撮影したものは1本のムービーに繋がっているので、ショートムービーのような使い方をしても面白いだろう。

プラスムービーオートのサンプル
PlusMovie.mov(18.22MB)
※編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 出力として気になる機能が、HDMIにHDR出力という項目があることだ。動画ではLogやHLGで撮影できないのに、なんでHDR出力があるのかなと思ったのだが、静止画でRAW撮影した場合、HDMI出力からはHDR 10で出力ができるようだ。

HDMIにHDR出力が

 実際にHDR対応REGZAで表示させてみたところ、ちゃんとHDR 10で出力されていることが確認できた。使用したケーブルは特にHDMI 2.0a対応ではなく、結構昔に買ったものなので、恐らくHDMI 1.4対応止まりだろう。それでも静止画なので、HDRで伝送できるという事だろうか。

 せっかく出力がHDR対応なのであれば、動画もHLGで撮れると面白かったのだが、さすがにエントリー機でそこまでは難しいだろう。ただ写真に関してはカメラ内でRAW現像できる機能を搭載しており、RAW - HDR現像がもはやエントリー機でもできるという事に、驚きである。

RAW撮影の静止画は、カメラ内で現像し、HDRで出力できる
色空間BT.2020、レンジ変換特性 ST2084(PQガンマ)で出力されている

総論

 4K動画に関しては、これまでレビューしてきた各社のハイエンドカメラと比べると厳しい評価になってしまったが、だいたい2~3年前のハイエンドモデルと同程度の能力、といったところだろうか。エントリー機としては十分だろう。欲を言えば30pまで撮影できて欲しかったところだが。

 静止画の撮影機能としては、コンパクトに機能がまとまっており、画面内のガイドも親切だ。エントリーモデルにしては、機能的には十分だろう。特にカメラ内でRAW現像ができる点は、絵作りの勉強にもなるはずだ。

 EF-Mはレンズのバリエーションがあともう少し欲しいところである。特に動画として使う場合、多少画質は割り切ってもズーム倍率の高い、オールマイティなレンズが欲しいところである。ただキヤノンは画質を割り切ることができないメーカーなので、難しいかもしれない。

 デジカメにとって“動画はオマケ機能”という時代を終わらせたのは、キヤノンの「5D Mark II」の功績である。またミラーレスという構造は、動画撮影に向いている。エントリー機の方向性として、まずは写真重視というのはよくわかるが、動画に関してはもう一声欲しい、というのが正直なところだ。

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小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。