プレイバック2022

なぜ音楽の虜になるのか? を紐解く。18年間、津田塾大学で教えてきたこと by 麻倉怜士

今年度にて18年務めた、津田塾大学の音楽授業が終了する。授業は2023年の1月まであるが、このエッセイがちょうど良いタイミングなので、2004年から18年に渡って教えてきたことを、報告しよう。

授業テーマは「音楽が感動する理由を発見」。音楽そのもののなかにある、人を感動させる仕組みを探求しようというものだ。そこでクラシックからポップスまで、古今東西の名曲を俎上に乗せ、「感動」の理由を理論的に探り、最終的には「大好きな音楽が、なぜ私は大好きなのか、その理由を音楽理論の中に発見し、分析してみて、なるほどと納得し、さらに大好きになる」をゴールとした。換言すると「大好きな曲は、なぜ私をして大好きにさせたか」を解く授業だ。

なぜ、オーディオ・ビジュアル評論家の私が大学で音楽を教えることになったのか。前任者の中野雄先生(音楽プロデューサー)から、私が持っているたくさんのクラシックの映像コンテンツを音楽史と共に授業で紹介して欲しいと、頼まれたからだ。確かにVHS、LD、DVD、BD……とクラシックのライブ映像はたくさん所有しており、それは授業に使えると思われた。でも、(クラシックマニアならいざしらず)大学に入ったばかりの若者に、それはちょっとマニアックすぎる。なので、当初のしばらくは音楽史を教えていたのだが、どうもいまひとつクリエイティヴではない。

そこで、3年目から大改革。「なんで音楽に感動するのだろう?」という問題意識から、「音楽自体が持っている感動する要素」を研究することに方針変更したのであった。

実は私は少年のころから、コード進行が大好きで、ラジオやテレビで聴く曲のコード進行をその場でメモしたり、街で聞こえる音楽のコード進行を判別するのが趣味だった。それは音楽的に言うと、つまりハーモニーの推移であり、音楽の本質はまさにそこにある。コード進行というと洋楽、邦楽というポピュラー音楽専用と思われがちだが、当然クラシック音楽も、ハーモニーで構成されているわけで、それならばクラシックもコード進行で分析できると踏んだ。

カリキュラム編成では、コード進行は初めての学生には難しい概念なので、それは後期に教えることにした。これまで何を教えてきたのか、大学のシラバスから一部を紹介しよう。

ドレミの発見
「ドレミファソラシドは音楽のすべての基礎」

われわれが子供の時から親しんでいる「ドレミファソラシド」は、まさに音楽の母。それは①音階の音で旋律をつくる。②音階は音楽の色、雰囲気を決める。③音名で調を形成。④音名で和音をつくる……という多機能ゆえである。ピタゴラスは、スーパーなドレミファソラシドをいかに誕生させたか。

音階の研究
「音楽の感情はまず音階から」

特定の音階から紡ぎ出される旋律は特定の感情を持つ。つまり旋律には、その音階固有の感情が反映されるのである。聴く人の心理と生理に自然に入り、人の感覚にストレートに響く「五音音階」はなぜ心に染みいるか。

調の感情研究
「なぜこの調でなければならなかったか」

調にはそれぞれ固有の響き、感情、音色がある。その調でなければならない音楽的世界観を求めて、作曲家は調を選ぶ。特定の調に特定の響きがあるという事実は、5度圏表に沿って聴くと一目瞭然。ハ長調の素直で明るくフラットな調子から、ひとつずつ調号記号が増えることにより、艶っぽさや色気、華麗さなどの、感覚的な色彩が濃くなる。

短調の魅力
「単に暗いだけでなく、多彩な感情が湧く」。

「短調」には独特の魅力がある。「暗い」のは表面的な気分であり、その奥底には「悲痛」「悲愴」「怒り」「可憐」「感傷」「ロマンティック」「耽溺感」……など、さまざまな感情が渦巻いている。授業では多くの短調名曲を聴き、その感情を味わう。

「美味しい旋律」のつくり方1
「聴く人を感動させるメロディづくり」

音符をランダムに置いただけでは旋律にならない。必ず直前の音符の記憶があり、次の音符との関係性がある。「聴く人を感動させるメロディづくり」として12の法則を学ぶ。

ピタゴラスの5度圏表の研究
「5度圏表は音階、調、旋律、和声のすべてが分かるスーパーチャート」

ピタゴラスがドレミを発見する過程で試した5度の音程移動の様子を、円形チャートに記したものが5度圏表だ。音楽はそれ自体の構造の中に、聴く人をして圧倒的に感動せしめる要素を持つのだが、実はいわゆる感動の要諦は、ほとんどがすべてこの5度圏表の中に凝縮されいる。

コード進行1
「ダイアトニックコードとノンダイアトニックコード」

コード進行とは、音楽を円滑に、かつドラマティックに進行させる仕掛けだ。ピタゴラスの5度圏表はコード進行の最高の理解道具だ。ポイントは「ダイアトニックコード 音階音和音=音階にある音だけで構成される和音」と、「ノンダイアトニックコード 非音階音和音=音階にない音が入っている和音」だ。これを初級、中級、上級のコード進行として分類して、勉強すると分かりやすい。

コード進行2 ダイアトニック進行①
「Ⅰ→IIm→Vの感情」

中級コード進行(ダイアトニックコード進行)①はI→IIm→V。ハ長調ではC→Dm→G。このコード進行は「可愛い」、「懐かしい」、「快適」、「意外性」、「曖昧でなく確固たる進行感」、「階段を上がる感覚」……という感情が特徴だ。ポピュラー音楽では「ツーファイブ」という、きわめて重要でベーシックなコード進行だ。

コード進行3 ダイアトニックコード進行②
「Ⅰ→VIm→IV(IIm)→V7の感情」

中級のダイアトニックコード進行②はI→VIm→IV(IIm)→V7だ。ハ長調でいうとC→Am→F(Dm)→G7。短3度下にメジャーからマイナーへの移行が効く。メジャーの明るい環境に、マイナーが来ることで立体的に、深く、よりドラマティックになる。

コード進行4 ダイアトニックコード進行③
「I→IIImの感情」

中級のダイアトニックコード進行③。I→IIImである。「都会的」、「スマート」、「おしゃれ」、「軽妙」、「気品」、「デリカシー」、「洗練」、「エレガント」、「円滑」……という感情が聴ける。

コード進行5 ノンダイアトニック進行①
「2重ドミナントの快感! I→II7→Vの秘密」

ノンダイアトニックコードはダイアトニックコード以外のコード。つまり音階音以外の音が交じる和音だ。ノンダイアトニックコードはダイアトニックコードに加えることによって、ダイアトニックだけでは出し得ない表情変化や、ちょっとした色気、キャッチーな色合いなどの表現が可能だ。

コード進行6 ノンダイアトニック進行②
「副5度secondary dominantの色気」

ノンダイアトニック進行の②は副5度を勉強する。副5度secondary dominantとは、4度上のダイアトニックコードに強制的に進行させる機能を持つ特別なコードのこと。ディズニー作品「星に願いを」の冒頭で、その圧倒的な感動力がわかるだろう。

コード進行7 ノンダイアトニック③
「I→IIIの衝撃」

ノンダイアトニック進行③はI→III(ハ長調ではC→E)。ハ長調ではAmに移行するための副五度コードだが、それに留まらないセクシー、胸キュン的な色気が聴ける。

コード進行8 音階和声
「カノンコード」の魅力

なぜパッフェルベル「カノン」が愛されるのか。8拍のメロディが、3つのパートで追いかけながら演奏され、音階のまま下行する順次進行が快感。耳に心地良いカノンコード進行の研究。

コード進行9 ディミニッシュ7
「古今の作曲家を魅了し続ける幻想的な響き」

短三度和音を3つ重ねるディミニッシュ7「減七」は不協和音中の不協和音だ。だが、旋律といっしょに奏されるなら、実に感情豊かな響きになる。濃密な表情づけの道具として、ドラマティックな叫びとして、さらには大見得を切る武器として、活用できる。

このような流れで、音楽の中にある感動要素をひとつひとつ、丁寧に教えてきた。ポイントをピアノで解説し、それを元に楽曲を聴くというシークエンスだから、実際に理論が楽曲をどう彩っているかが、分かるのである。例えば「ディミニッシュ7」に寄せられた感想文をご紹介しよう。

「今回はディミニッシュ7についてやりました。ディミニッシュ7は、単品で聴くとヘンテコで不快な、スッキリしないような音ですが、『TRUE LOVE』にあったように、曲の中に入れるとロマンチックになったりして本当に不思議だと思いました。また、『YESTERDAY ONCE MORE』ではディミニッシュのあるバージョンとないバージョンを聴き比べ、あるバージョンだと、ディミニッシュがメロディーを支えてくれる感じで、曲の流れの繋がりもより滑らかになっていると感じました」

毎年、最終講義の後、学生が感想文をくれる。2021年度にもらったレスポンスシートから一部をご紹介しよう。

「1年間音楽の授業をして下さりありがとうございました。毎週月曜日の最後の授業が音楽だったので、一日の疲れを吹き飛ばしてくれるような音楽の授業がとても楽しかったです。1年間沢山の音楽の理論と沢山の曲に触れられて、とても貴重な経験が出来ました。これからも音楽に触れながら楽しく過ごしていきたいと思います。先生が授業をするのが来年が最後ということで、友達にこの授業をお勧めしようと思います。1年間本当にありがとうございました!」

「理論については理解するのが難しいところもありましたが、年代を問わずたくさんの曲を聴きながら、それぞれの曲に含まれる技法や、コードごとの感情など多くのことを知ることができました。今まで自分の好きな曲をぼうっとしか聴いてきませんでしたが、これからはこの講義で教わったことも頭の片隅に置いて聴いてみようと思います。1年間ありがとうございました」

「自分が好きな曲や感動する曲にはしっかりとした理由があるということを、1年間通して学ぶことができました。今までは感覚で音楽を聴いていましたし、ただ単に“好き”“感動する”“明るい感じ”などと思いながらしか聴いてきていませんでしたが、音やコード進行などといった明確な理由によって明るい感じに聴こえたり、私たちを感動させる音楽は生まれていたのだということを知ることができました。本当に今までは考えたこともなったことを考えるきっかけとなり、たくさんの新しい発見をすることができました。1年間、素敵な授業をありがとうございました」

2004年から18年に渡って「音楽の感動のツボ」を、約三千人の学生に教えてきた。彼女たちのこれからの長い音楽生活の糧になってくれると、とても嬉しい。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表