プレイバック2024

宿泊施設の“シアター設備”を手掛けた事で見えてきたこと by逆木一

飲食・宿泊・レンタルオフィスなど様々な機能を有する複合施設「アトレデルタ」

オーディオの世界で仕事をしていて、筆者が常に意識していることがある。それは業界の「外側」との繋がりを忘れないことだ。

ライターとしては製品のレビューや様々なトピックの紹介・解説など、広義の評論が活動の中心であることは間違いない。しかし、それらは基本的に業界の「内側」、つまるところ既にオーディオやホームシアターを実践している人、あるいは興味を持っている人に向けたものだ。

もちろんそれはそれで重要なのだが、筆者の原点である「オーディオの楽しさ・面白さを多くの人に伝えたい」という想いを真に達成するためには、やはり「外側」へのアプローチも欠かせない。大切なのは両輪の取り組みだ。

このような考えのもとに、筆者は日頃から「オーディオとはあまり関わりのない」場所や機会に赴いてオーディオの魅力を伝える活動をしているのだが、今年はそれが大きく実を結んだ出来事があったので、一年の締めとして紹介したい。

秋田市に「アウトクロップ」という映像会社がある。映像制作を中心として、各種ブランディングやプロモーションなども手掛ける若い会社だ。

アウトクロップ(https://outcrop.jp/)

そのアウトクロップは今年、飲食・宿泊・レンタルオフィスなど様々な機能を有する複合施設「アトレデルタ」(秋田県秋田市保戸野原の町 7-68)をオープンした。

アトレデルタ(https://atledelta.com/)

宿泊施設としてアトレデルタにはいくつかのタイプの部屋が用意されており、そのなかに「シアタースイート」と銘打たれた部屋がある。シアタースイートはその名の通りシアター設備を備えた部屋であり、利用者が本格的な環境で様々な映像コンテンツを鑑賞できることが大きな特徴となっている。

アトレデルタ シアタースイート

アウトクロップは映像会社として以前からミニシアター事業を行なっており、アトレデルタを企画する際も、「利用者が本格的なシアター体験を味わえる環境を作りたい」という想いがあったとのこと。ただ、ホーム環境でのシアターを構築するノウハウはなかった。

アトレデルタの制作が進む過程で、地元・秋田でオーディオ&ホームシアターの普及活動に取り組んでいる筆者と接点ができ、両者の協業によってシアタースイートの実現に向かうこととなったというわけだ。

筆者が参画した時点で、特徴的なラウンジピットを含む部屋のデザインそのものは既に出来上がっており、そこにシアター設備を付け加える形になった。天井の梁や空調機器との兼ね合いもあり、機材の選定も含めて、正直なところ筆者の経験したなかで最も難しいシステム構築だったと言っても過言ではない。

最終的に、スタッフとの綿密な擦り合わせやミリ単位で苦心した機材配置(特にプロジェクター&スクリーン)を経て、シアタースイートはDolby Atmosの再生にも対応する環境として完成した。

シアタースイート

アトレデルタのオープンにあたって関係者や地元メディアを招いた内覧会が行なわれ、筆者もシアタースイートの説明係として参加した。その際にシアターを体験した参加者、そしてもちろんアウトクロップのスタッフの反応や表情は、強く筆者の記憶に残っている。「そうだ、このために私はこの仕事をしているのだ」と、あらためて思うほどに。

アウトクロップは映像制作を手掛ける会社であり、その意味ではオーディオやホームシアターとまったく無縁というわけではない。とはいえ、「オーディオ業界の外側」であることもまた事実である。

アトレデルタのシアタースイートは、まさに「オーディオ業界の外側」で、今までオーディオやホームシアターと接点のなかった利用者がその楽しさ・面白さを実感する場となるだろう。この企画に携わったことが、たまらなく嬉しく、また誇らしい。

逆木 一

オーディオ&ビジュアルライター。ネットワークオーディオに大きな可能性を見出し、そのノウハウをブログで発信していたことがきっかけでライター活動を始める。物書きとしてのモットーは「楽しい」「面白い」という体験や感情を伝えること。雪国ならではの静謐かつ気兼ねなく音が出せる環境で、オーディオとホームシアターの両方に邁進中。個人サイト:「Audio Renaissance」