トピック

ULTRASONE新モニター「Signature MASTER MkII」をサウンドエンジニアが聴く。「スピーカーより作業が捗る」

「Signature MASTER MkII」

2024年、ULTRASONEは多くのサウンドプロフェッショナルから認められたモニターヘッドフォン「Signature MASTER」を「Signature MASTER MkII」へと進化させた。

プロフェッショナルユーザーのニーズを反映し、長時間使用でも疲れにくく、革新的なS-Logic 3、ULE、FGCなど、ULTRASONE独自の最新テクノロジーが採用されている。また待望のバランス接続にも対応。

Signature MASTER MkIIという名のとおり、マスタリング業務にふさわしいモニタリング環境を提供することを目標に、綿密に調整された音質が特徴だ。

現役のサウンドエンジニアであるMine-Changが実力をチェック

その実力を評価するべく、現役サウンドエンジニアである筆者がふだん使用している作業環境である「formTHE MASTER room S6」にて、業務用モニターとしての資質と、純粋に音楽を楽しむオーディオファンにとっても使いやすい製品に仕上がっているか、ふたつの視点でチェックした。

そもそもULTRASONEとは

ULTRASONEは、1991年にドイツで設立された音響機器メーカーだ。設立以来、独自の技術開発に力を注ぎ、その技術力はプロフェッショナルから高く評価されている。

「ULE」では特殊金属「ミューメタル」を使い、最大98%の電磁波をシャットアウトする

特に注目すべきは「S-Logic」と「ULE(Ultra Low Emission)」という独自技術。S-Logicは、自然で立体的な音場を実現する技術であり、ヘッドフォン独特の再生音場の不自然さを抑えることができる。またULEは、電磁波の放射を低減することで、ユーザーの健康への影響を最小限に抑えることを目指しているという。

ULTRASONEの製品ラインナップは、プロフェッショナル向けから一般消費者向けまで幅広く展開されており、プロ向けの製品は、レコーディングスタジオや放送局での使用に耐えうる高い品質と性能を備え、音楽制作や音響エンジニアリングの現場で信頼されている。

また一方で、DJおよびコンシューマー向け製品も高音質と快適な使用感を両立させ、音楽愛好家から高い支持を得ているブランドでもある。

独自技術満載、バランス接続にも対応した「Signature MASTER MkII」

ハウジングには金属プレートがあしらわれている

日本では6月1日に発売された「Signature MASTER MkII」は、2021年発売の「Signature MASTER」を最新テクノロジーでアップデートしたプロユースモニターヘッドフォンだ。価格は110,000円。

40mm径の密閉ダイナミック型チタンプレイテッド・マイラードライバーを搭載。独自のS-Logic 3テクノロジーにより、ヘッドフォン再生でありながらスピーカー再生のような自然なサウンドフィールドを実現しており、リスナーに臨場感溢れる音場を届けるという。

そんなS-Logic 3を支えている独自技術のひとつがDDF(Double Deflector Fin)。イヤーカップ内に配置され、指向性のある中高域の信号成分はほとんど変化せず、低い中低域が部分的にマスキングされて指向性を持ち、その面的な出口分布が変化することで、S-Logic効果がさらに洗練されるという。これにより、リファレンスとなり得るスタジオサウンドを得ながら、同時に音の広がり感、開放感を向上させることができるとのこと。

またDDFは「多層構造のステージを作り出し、より大きなサウンドの幅、ディテール、深さを実現する」という。振動板の中心部はほとんど影響を受けないが、関連する低周波の音場はDDFの周りを流れるため、変化が生じる。この結果、リスナーにとっては、よりリニアな音の感覚が得られ、プロのユーザーにとっては特に重要な信号知覚が強化され、奥行きと距離感が大幅に改善されるのだ。

音質面では主に低域再生能力が強化され、近年の音楽プロダクションに重要な、サブベースまでしっかりとモニタリングできる。広い再生周波数帯域と優れた過渡応答特性により、細部まで正確な音の再現が可能となっている。

Signatureシリーズで初めて4.4mmバランス接続に対応。付属ケーブルも3種類になった

ユーザーニーズを取り入れるなかで、オーディオ愛好家からのフィードバックも採り入れられた。ヘッドフォン内部基板の新規設計を行ない、Signatureシリーズ初となる、4極バランス接続に対応したのである。用途や接続先に合わせて、ユーザーがさらなるサウンドの可能性を広げることが可能となった。

また、これまで付属していたNeutrik製6.3mm標準プラグ3mストレートケーブル、Neutrik製3.5mmプラグ1.5mストレートケーブルに加え、新たに4.4mmバランスプラグ、1.4mストレートケーブルが付属するようになった。

シープスキンレザー製のイヤーパッドを採用

長時間の使用でも快適さを損なわない設計が施されており、シープスキンレザー製のイヤーパッドを採用。優れた装着感と遮音性を提供する。ヘッドパッド下には通気性の良いメッシュ構造を取り入れることで、長時間でも快適に使用できる。

ヘッドバンドの中央には頭頂部の“角”を圧迫しないように窪みのような切れ込み入り

またヘッドバンドの中央に窪みのような切れ込みを入れる「FGCテクノロジー」も採用している。人間の頭頂部には乳幼児期に前頭前野が閉じるために角ができており、この角を圧迫しないようにすることが、ヘッドフォンを長時間、快適に装着するためのポイントだという。

そのほか、堅牢なSignatureシリーズ用のオリジナルキャリングケースが付属しており、スタジオへの持ち運びも安心。プロユースを想定したメーカー保証が2年間付いているのは、プロならずとも嬉しいポイントだろう。

オリジナルキャリングケースに収納したところ

プロがモニターヘッドフォンを使う理由と求める音質

「Signature MASTER MkII」のサウンドをレビューする前に、そもそもサウンドエンジニアには、なぜモニターヘッドフォンが必要なのか、そしてプロが現場で必要とする音質とはどういったものか、簡単に紹介しておこう。

まずエンジニアにとって、モニターヘッドフォンは、正確な音の再現が求められる音楽制作や音響作業の現場で不可欠なツール。室内の反射の影響を受けるスピーカーと異なり、ヘッドフォンは耳に直接音が届くため、細部まで音を確認することができるのだ。

特にミキシングやマスタリングの際には、微細な音の調整やノイズの検出が必要となるため、高精度のモニターヘッドフォンが必要になる。

プロのエンジニアがモニターヘッドフォンに求める音質には、いくつかの重要な要素がある。まず第一に、ヘッドフォンが音の色付けをせず、原音に忠実に再現すること。録音やミキシング、マスタリングの際には、正確な音のバランスを判断する必要があるためだ。

次に、高い解像度が求められる。音の細部までクリアに再現できることが重要であり、微妙な音のニュアンスやエフェクトを正確に聴き取れなくてはならない。

正しく音場が再現されることも重要だ。音の空間的な広がりをなるべく正確に感じることで、音源の位置や深さを正確に把握することができる。ステレオイメージの調整やリバーブ感の調整などは、音場の再現性が高いほど作業がしやすい。

さらに正確に作品の音色を評価するためには、低歪みであることも重要。特にノイズ確認など一時的に高音量で使用する場合でも、音の歪みが最小限に抑えられていることが求められる。

また一方で、小音量での再生時や、微細信号に対するレスポンスの良さも重要で、細かな音の表現を余すところなく聴き取れなくてはいけない。すなわち、広いダイナミックレンジが確保されている必要もある。

再生音量によらず、ヘッドフォンから出る音が一貫性のある音色でないと、我々プロにとっては、信頼性の高い作業環境とは言えないのである。

これらの要件を満たすモニターヘッドフォンは、プロのエンジニアが音楽制作やオーディオ作業において正確で信頼性の高いパフォーマンスを発揮するための重要なツールとなる。

一聴して分かる「今までのヘッドフォンになかった音場」の広がり

それでは、さっそく実機に触れてみよう。

まずは開封しての、外観のファーストインプレッションから。ハウジングに埋め込まれた金色のプレートなど、旧モデルと外観上の共通点があるが、ヘッドバンドやハンガー部などをよく見てみると、多くの部品が新設計だとわかる。

持ち上げてみると、非常に軽い。先代の「Signature MASTER」は約325g(ケーブル含めず)で、それに比べて今回のMkIIは約296g(ケーブル含めず)と、大幅に軽量化されている。

ハンガー部は、先代に比べて可動範囲が広がっており、折りたたみ時や装着時の角度の自由度が増す設計になっていると同時に、補強リブなどが細かく追加されていて、強度に影響が出ないようにしつつ、軽量化する工夫も見られる。

ヘッドバンド部の改良は今回のアップデートの外観上の大きな特徴で、FGCテクノロジーを採用したヘッドパッドは、その中央部分に窪みのような切込みが入れられている。これにより人間の頭頂部にある“角”を圧迫せず、快適な装着時間を長くしているという。

装着感は先代モデル同様に耳に押し付ける力、側圧は強めな印象で、これにより優れたフィッティングと遮音性が実現されている。シープスキンレザーを使ったイヤーパッドは耳や頭部への負担が軽減されており、長時間のリスニングでも快適に使用できる。

試聴は、筆者の仕事場であるスタジオ「formTHE MASTER room S6」にて実施

今回の試聴は、筆者が普段作業に使用しているスタジオ「formTHE MASTER room S6」で行なった。試聴に用いたソースは、AVID ProToolsから自身の制作中の音楽や、TIDAL、Apple Musicといった音楽ストリーミングサービス、スタジオ音響調整に普段用いているリファレンス音源を再生した。

grace design m908モニターコントローラーに、Signature MASTER MkIIを接続、TIDALで、まずは「Jane Monhite/Honeysucicle Rose」を聴いてみる。この楽曲は、ウッドベースによる短いイントロからすぐに最初のヴァースが始まるため、スタジオのモニタースピーカーの特性やルームアコースティックを、10秒程度の試聴で素早く把握できる。

一聴して、Signature MASTER MkIIには今までのヘッドフォンにはなかった音場感があった。通常のヘッドフォンでは必ず起こる頭内定位、つまりボーカルなど、センターに定位する声や楽器が、頭の中に点で存在しているように感じる、一種の閉塞感を伴う現象がまるで起こらないのだ。

これがULTRASONEの独自技術であるS-Logic 3の効果で、その威力は絶大。ヘッドフォンながら、どこからともなく音が降ってくるような不思議な印象の音場感を味わえた。

加えて、Jane Monhiteのボーカルの表現も素晴らしい。歌詞を一字一句書き取れそうなほど明瞭に再生される。細かな強弱や子音と母音のバランスといった、ボーカルの微細な魅力ある表現を情報量豊かに聴かせる一方で、決して耳ざわりになることはない。

一方、ベースラインの動気も大変わかりやすく、ボリュームを上げて“がんばって”聴音する必要はない。また、リバーブの包まれ感も非常に心地よい。一般的に、スピーカーと比べると、ヘッドフォンではリバーブ量を実際よりも多く感じがちなのだが、Signature MASTER MkIIのリバーブの音量感は適切で、より豊かな広がりを感じる。

二番以降に出てくるピアノの質感も、過剰に右手がうるさくなることがなく、軽快に歌を包み込む。ドラムスのブラシの質感も、非常にクリスピーだった。

続いて「Eric Clapton/My Father's Eyes」を聴いてみると、ヴァース冒頭からボーカルに対してディレイエフェクトが、キラキラと左右にパンニングしてリバーブとともに消えていく、独特の空間を感じることができた。ヘッドフォンで、このような感覚になるのは初めてのこと。この感覚はスタジオのモニタースピーカーが、理想的に調整された状態でないと、味わえないものだ。

旧モデルのSignature MASTERは、確かに高域に華やかさのある音色であったと記憶しているが、ノイズチェックなど、マスタリング業務に使用するためにそのような音響調整になっていると解釈していた。

一方、このMkIIの音響調整はまるでコンセプトが違うようで、高域はむしろニアフィールドモニタースピーカーと比べても、さらに大人しく調整されている。かといって、前述のように再生ソースに含まれる情報を、文字通り余すところなく、ノイズなど注意が必要な要素も、大変に容易に感じることができるので、無理に音量を上げる必要がない。

これは、我々サウンドエンジニアにとっては、大切なことなのである。もしかしたらスピーカーで聴くよりも、作業が捗るかもしれない。1日の騒音暴露量を、音量を85LAEqで8時間以下とすることで、難聴になる可能性を下げることができるので、聴覚の保護という観点でも、このような音の特徴は非常に効果的だ。

改良されたヘッドバンドクッションの効果は絶大で、まったく頭頂部が痛くならない。また側圧の高さも相まって、長時間の装着でも安定した装着感を維持できるため、作業中もヘッドフォンのことは忘れて、音楽そのものに集中できる。これは純粋に音楽を楽しむ上でも大変重要なことで、つまり自然に音楽に没入できるということだ。

もちろんDAPと組み合わせて使うこともできる

一般の音楽好き、オーディオファンにとっても、このようなSignature MASTER MkIIの特性は大きなメリットがある。自然な音場感と装着感によりヘッドフォンの存在を感じにくく、また楽曲の細部まで忠実に再現してくれるので、自然に音楽の本質に集中でき、時間を忘れて聴き続けることができる。つまり音楽を楽しむ際に、臨場感や楽曲の持つエモーションを最大限に感じることができた。

さらに、Signature MASTER MkIIは音のバランスが優れているため、過剰な音量でのリスニングを必要としない。音のディテールに耳を傾けることができるため、通常の音量でも十分に満足感を得ることができる。これにより音量を無理に上げる必要がなく、長時間のリスニングでも耳への負担を軽減できるのである。

オーディオ好きの人のなかには、高音質を求めるあまり、ややもすると刺激的な音色を、大音量で聞き続けている人もいるかもしれない。Signature MASTER MkIIのような音響特性は、聴覚の健康を害する危険から解放し、より長きにわたって音楽体験をより豊かにすることができる。

代わりがない唯一無二のサウンドを持つ「Signature MASTER MkII」

今回のテストで、Signature MASTER MkIIがプロフェッショナルユーザーにとって制作の基準となり得る性能があり、S-Logic 3テクノロジーをはじめとするユニークな工夫により、一般的なヘッドフォンとはもはや別物であることがわかった。裏を返せば、この音を気に入ってしまったら、これ以外に代わりになるものがないということでもある。

プロ向けの製品と一般リスニング向けの製品は、近年の音響解析技術の向上により、実は音質面での理想は同じといっても過言ではない。そのため、耐久性や装着安定性などが、リスニングユースとしてはややオーバースペック気味に感じるという点などを除けば、Signature MASTER MkIIはプロフェッショナルユーザーのみならず、一般の方にもぜひおすすめしたいモデルに仕上がっていた。

Mine-Chang