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約3万円で普段づかいもできるガチモニター、ULTRASONE「Signature PURE」の実力

Signature PURE

ULTRASONEの「Signature」シリーズと言えば、2021年の秋に「Signature MASTER」、「Signature NATURAL」、「Signature PULSE」の3機種が登場。スタジオモニターヘッドフォンにも使える高い音質が話題となり、上位機のSignature MASTERは139,980円と高価ながら、想定を大幅に超える注文が殺到して一時受注ストップになるほどの人気となった。

そんなSignatureシリーズが気になりながらも、価格面で「ちょっと手が出ないな……」と感じていた人も多いだろう。そこに、要注目の新モデルが登場した。名前は「Signature PURE(シグネチャー・ピュア)」。Signatureシリーズのエントリーであり、価格はなんと33,000円と大幅にお手頃な価格帯になっている。

果たして音質はどうなのか? シリーズ最上位のSignature MASTERとの比較も交えて、聴いてみた。

左から「Signature PURE」、「Signature MASTER」

手頃な価格でULTRASONEの技術満載

Signature PUREの特徴は、「お手頃価格なのに手を抜いていない」ところだ。

例えば、搭載しているユニットは名機「Signature DJ」と同じくダイナミック型の50mm径マイラードライバーを採用しており、そこに最新のチューニングを施したという。ハウジングは密閉型。再生周波数帯域は8Hz~35kHzで、出力音圧レベルは114dB。

50mm径マイラードライバーを採用

さらに、ULTRASONEの代名詞と言える「S-Logic 3」技術も投入。これは、音像が頭の中心に集まるように聴こえるヘッドフォン特有の音場を、スピーカーで聴いているような自然なものにする「3次元サウンド・ローカライゼーション」技術だ。

バンド部分に「S-Logic 3」のロゴ

同じような目的の技術は他社のヘッドフォンにも存在するが、それらの製品は再生する音楽のデジタル信号に、処理を加えているものが多い。一方で、S-Logicは、ユニットを搭載する向きや内部の形状などを工夫する、アナログ的な手法で実現しているのが大きな特徴だ。

加えて、Signature PUREには「DDF(Double Deflector Fin)」という技術も投入。これはS-Logic 3テクノロジーの一部なのだが、ハウジングに搭載されている黒い、複雑な形状をしたパーツを指している。

バッフル面
よく見ると、中央に黒曜石のように光る、複雑な形状のパーツがある。これがDDFだ

このパーツを配置する事で、指向性のある中高域の信号成分はほとんど変化しないが、低い中低域が部分的にマスキングされて指向性を持ち、その面的な出口分布が変化することで、S-Logic効果がさらに洗練されるという。これにより、スタジオサウンドを再生しつつ、開放感が向上。多層構造のステージを作り出し、より大きなサウンドの幅、ディテール、深さが表現できるという。

また、低周波の音場はDDFの周りを流れる事で変化し、「よりリニアな音の感覚が得られ、プロのユーザーにとっては特に重要な信号知覚が強化、奥行きと距離感が大幅に改善される」そうだ。

こうした、ULTRASONEの高級ヘッドフォンで採用されている様々な独自技術を、3万円台前半のSignature PUREに投入したという、コストパフォーマンスの高さが大きな魅力と言えるだろう。

各部の作りは頑丈そう

触れてわかるのは堅牢性だ。バンドやヒンジ部分がガッシリ作られており、耐久性が高そう。「Signatureシリーズのピュアなサウンドをより多くのユーザーへ届ける」というコンセプトで開発されたモデルだが、「プロ用モニターヘッドフォンとしてもガチで使えますよ」という雰囲気が漂っている。ちなみに、組み立ては自社工場で訓練を受けたスペシャリストが手掛けているそうだ。

装着感はモニターヘッドフォンらしく側圧が少し強め。頭部を左右からしっかりホールドしてくれる。少し動いたくらいではズレない。25mmもの厚みがあるスエード製イヤーパッドも、しっかりと耳のまわりに密着するので、遮音性は非常に高い。音楽を聴く用途にはもちろんだが、周囲の騒音を減らしてリモートワークに集中するヘッドフォンとしても使えそうだ。

25mmもの厚みがあるスエード製イヤーパッドが付属する

ホールド力が強いヘッドフォンだと、どうしても耳の周りや頭頂部に圧迫感を感じたり、蒸れたりするものだが、Signature PUREは前述のようにイヤーパッドが肉厚なので、あまりストレスは感じない。

ヘッドパッドもスエード製でこちらもクッション性が高いので痛くなりにくいだろう。ヘッドパッド下部は通気性の良いメッシュ構造になっており、汗による蒸れにも配慮。長時間装着するモニターヘッドフォンらしい工夫だが、例えば家で音楽を長時間聴くとか、ゲームを長時間プレイする時などにも快適だ。

ヘッドパッドもスエード製
下部は通気性の良いメッシュ構造になっている

ケーブルは着脱可能で、端子はステレオミニ。根本に切り欠きがあり、挿入して少し回す事で脱落を防止する機構になっている。このあたりもモニターヘッドフォンらしい。2mのカールケーブルになっており、6.3mm変換プラグも同梱する。ケーブルを除いた重量は約294g。クッション性の高いオリジナルキャリングバッグが付属する。

ケーブルは着脱可能
2mのカールケーブルを同梱

音を聴いてみる

Signature PURE

音を聴いてみよう。ソースとしてデノンのネットワークプレーヤー「DNP-2000NE」で、Amazon Music HDのハイレゾをメインに再生。BURSON AUDIOのA級ヘッドフォンアンプ「Soloist SL」を用いてドライブした。

Signature PUREを装着し、「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を聴いてみる。冒頭、肉厚なアコースティックベースが入ってくるのだが、この時点でSignature PUREがタダモノではない事がわかる。ベースの低域がズシンとしっかり沈み、低い音にちゃんと“重さ”が感じられるのだ。

続くダイアナ・クラールのボーカルも、自然でリアル。歌っている口の中を覗き込んでいるかのような、生々しさが感じられる。

こうした分解能の高さ、微細な信号でもクリアに聴かせる能力は、まさにモニターヘッドフォンという印象。ベースの低域も、単に迫力があるだけでなく、ズンという低い音に中にも芯があり、弦の直接音と、筐体で増幅される豊かな響きをしっかりと描き分けてくれる。

「Aimer/カタオモイ - From THE FIRST TAKE」のようなシンプルな女性ボーカルでも、描写力が高いので、歌声が生々しく聴こえ、ドキッとする。聴き慣れた曲でも、「こんな音が入っていたのか」と発見できるヘッドフォンだ。

その上で、Signature PUREを聴いて「いいな」と思うポイントは、「聴きやすい事」だ。

一般的に、モニターヘッドフォンは微細な音まで分析的に描写するが、それゆえ、音の輪郭が強調されてキツく聴こえたり、女性のサ行が耳に刺さるような無機質な音だったり、さらに言えば、音像が近く、頭内定位がキツくて閉塞感のある製品も存在する。

しかし、Signature PUREの音は高解像度ながら非常にナチュラルで、固有のキャラクターを感じさせない。描写は細かいが、輪郭の強調感も無いので、聴いていて疲れる音でもない。

そして何より優秀なのは音場の自然さだ。ダイアナ・クラールやAimerの音像が、頭の中心にギュッと詰め込まれたりせず、ふわっと広がってくれるので閉塞感が無い。歌声や楽器の音が広がる様子も見やすく、密閉型ヘッドフォンながら、開放的な気分で聴ける。これが前述のS-Logic 3やDDFの効果なのだろう。

そのため、音楽のアラ探しをするような聴き方ではなく、ゆったりとした気分で長時間聴いていられる。「Signatureシリーズのピュアなサウンドをより多くのユーザーへ届ける」をコンセプトに作られたというのも、頷ける。“モニターライクな音だが、リスニングでも活躍するヘッドフォン”と言えるだろう。

また、PCと接続して、FPSゲームの「Apex Legends」などもプレイしてみたが、音の描写が細かいため、敵の足音や、自分の銃をリロードする音などが良く聴き取れる。それでいて音場も広いので、フィールドを移動している時には開放感も感じられる。ゲームともよくマッチするヘッドフォンだ。

Signature MASTER

では、より高価で、よりガチなモニターヘッドフォンである「Signature MASTER」と聴き比べたらどうだろうか?

Signature MASTERの大きな特徴は、ハイエンド「Edition」シリーズ直系の40mm径チタンプレイテッド・マイラードライバーを搭載している事と、ハウジングには純金メッキ加工を施した金属製プレートを配置している事。

質実剛健なヘッドフォンとしての作りはSignature PUREと同じだが、金属製プレートや、肌に触れる部分にシープスキンレザーが使われているなど、「確かに高級モデルだ」と感じさせる部分がある。

聴き比べてみると、これが非常に面白い。

確かに上位モデルSignature MASTERは、音の解像度の高さ、音像の輪郭のシャープさが、Signature PUREより優れている。一皮むけたような、視力が良くなったような、より細い線で描写されたような音楽が展開。モニターヘッドフォンとして、Signature PUREよりも実力が上というのが頷ける音だ。

ただ、女性ボーカルの声などに注意して聴いていると、解像度は高いのだが、Signature MASTERの方がチタンプレイテッド・マイラードライバーによるものか、音が硬質で、寒色系のキャラクターを感じてしまう。

音のナチュラルさ、聴いていてホッとする質感などは、むしろSignature PUREの方が好みだ。モニターヘッドフォンとして使うのであればSignature MASTERの方が良いが、家でくつろいで音楽を楽しむならば、Signature PUREを選びたいところだ。

ちなみに、据え置きヘッドフォンアンプではなく、Astell&Kernのポータブルオーディオプレーヤー「A&norma SR25 MKII」でもドライブしてみた。

モニターヘッドフォンは、大出力アンプでないとまともに鳴らない印象があるが、Signature PUREの場合は、A&norma SR25 MKIIのボリューム最大値150のところ、100あたりで十分な音量が得られた。ハウジングがスイーベルして可搬性も高いので、ケーブルを短めのものにしてポータブルヘッドフォンとして使うのもアリだろう。

イヤーパッドの交換で音はどう変化する?

イヤフォンのイヤーピースを違うものに交換すると、音が違って聴こえるが、ヘッドフォンのイヤーパッドでも同じように音が変化する。

YAXI EARPADSが、ULTRASONE Signatureシリーズ向けに展開している交換用イヤーパッド「YAXI FIX90」を入手したので、Signature PURE付属の極厚イヤーパッドと交換してみた。ウレタンの厚さは16mmだ。

極厚イヤーパッドからの交換なので、見た目はかなり変化する。イヤーパッドが薄くなると、より「ガチなモニターヘッドフォン感」が漂うのは面白い。

YAXI FIX90を装着したところ

音もかなり変化する。ユニットと耳への距離が縮まるためか、音の“ダイレクト感”がアップし、よりむき出しの音になる印象だ。そういう意味で、よりモニターヘッドフォン的な音が楽しめる。

一方で、S-Logic 3の効果で緩和されていた頭内定位が、YAXI FIX90ではちょっと強くなり、聴きやすさは薄れる。Signature PUREの特徴を活かすという意味では、やはり付属の極厚イヤーパッドを使うのが良いだろう。

まとめ

モニターヘッドフォンは、音を細かく、素直に描写する能力に長けている一方で、ゆったりと音楽に浸り、聴き込むような使い方とはマッチしない事も多い。しかし、Signature PUREの場合は、ストレートに描写する性能を持ちながら、音楽を楽しむ普段づかいにもマッチしたサウンドになっている。まさに「Signatureシリーズのピュアなサウンドをより多くのユーザーへ届ける」というコンセプト通りのヘッドフォンで、多くの人にオススメできる。

33,000円という価格で、このクオリティと汎用性の高さを備えているのも大きな魅力。ハイコストパフォーマンスなヘッドフォンだ。

唯一の不満は、ハウジングに金属プレートが無いので、上位モデルと見比べると、高級感があまり無い事。しかし、モニターヘッドフォンとして見ると、この無骨さが逆にカッコいいとも言えるだろう。

山崎健太郎