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伝説的エンジニアの夢がカタチに、Grell Audio「OAE2」を聴く。自然な定位“FSFM”の効果は!?
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2026年7月3日 08:00
いきなり個人的な話で恐縮だが、“2026年、私的に最注目のヘッドフォン”が今日7月3日に発売される。Grell Audio(グレル・オーディオ)というブランドの「OAE2」というモデルだ。
ヘッドフォンに詳しい人はニヤリとして「ああ、あれね」と思うだろう。そうでない人も、AV Watch読者なら「この色合いとメッシュな感じ、あのメーカーのヘッドフォンと雰囲気が似ているな……」と思うかもしれない。
筆者がOAE2に注目していた理由は3つある。
1つ目は、かつて、あのゼンハイザーで、HD 800などの名機を手掛け、現在に続く高級ヘッドフォンブームの火付け役になったアクセル・グレル氏が、新たに立ち上げたブランドの製品であること。
2つ目は、ユニットが、耳の正面に来る独特な“フロントサイド・サウンドフィールド・モジュレーション(FSFM)”という技術を搭載していること。
そして3つ目は、上記のような注目ポイントが沢山あるのに、30万円とか50万円とかの超高額ではなく、10万円を切る99,000円であること。
要するに、「伝説のエンジニアが、新しい発想で作ったヘッドフォンが、安くはないけど頑張れば手が届く値段で登場した」わけだ。これは聴かないほかはない、ということで、1週間ほど使ってみた。結論から先に言うと、「ヘッドフォンファンはもちろん、ヘッドフォンが苦手な人も必聴」、そして「これはイロモノヘッドフォンではない、正統派なHi-Fiヘッドフォン」だ。
アクセル・グレル氏とは何者か
このOAE2は、“アクセル・グレル氏の夢を詰め込んだヘッドフォン”とも言える。
アクセル・グレル氏は、ドイツ生まれ。12歳で初めてスピーカーを自作したというから、電気工学や音響が好きな少年だったようだが、中等学校を卒業後は歴史学と社会学を学び、そこから電気工学と音響学に転向したそうだ。
在学中は、コンサートやライブ会場の客席側に設置され、観客が聴くための音響を、コンソールで調整する仕事も経験。そして、1991年にゼンハイザーへ入社。ヘッドフォンの設計における、革新的なアプローチで知られるようになり、ハイエンド・ヘッドフォン部門のチーフエンジニアとして多くの名機を生み出した。
その後独立し、2019年にエンジニアリング企業・grellaudio consultingを設立。有名オーディオブランド向けにヘッドフォンを開発していたが、2023年、ついに自身のブランドGrell Audioを設立。小規模なチームで、理想のヘッドフォンを追求。そうして生まれたのが、OAE2というわけだ。
ユニットが独特な位置に取り付けられている理由
OAE2を詳しく見ていく前に、私たちが“日常で音を聴いている仕組み”と、“ヘッドフォンで音を聴く仕組み”の違いを振り返ってみたい。
例えば、コンサートで演奏を聴いている時、家のスピーカーで音楽を聴いている時、我々は、ステージやスピーカーの前に座り、音は前から飛んでくる。
その音波は、私たちの耳(外耳)で集められ、耳の穴(外耳道)を通り、その奥にある鼓膜を震わせる。
アクセル氏によれば、横から話しかけられた時に、人間が本能的にそちらの方向へ顔を向けるのは、相手が誰かというのを目で確認することに加え、正面から音を聞くことで、音を正確に知覚しようとするためだという。
だが、一般的なヘッドフォンで音楽を聴く仕組みは、これとはだいぶ異なっている。
そもそも、ヘッドフォンの中にある振動板は、耳の正面ではなく真横に存在している。さらに、振動板から発せられた音波は、耳穴に直接入ってくる。つまり、「外耳で音を集めて、耳穴に入れる」という過程をスルーしているイメージだ。
「振動板から耳穴・鼓膜までダイレクトに音が届くので良いことでは?」とも思うのだが、“正面から来た音が、外耳にぶつかり、集められて耳穴に届くこと”も含めた流れが、人間にとって“正しく音を聞く流れ”だとしたら、その行程を半分くらいすっ飛ばしてしまったのが、ヘッドフォンと言える。
また、現実のリスニングでは起こり得ない周波数のディップやピークが発生。アクセル氏によれば、この歪を「ディテールの豊かさ」と誤解してしまうこともあるそうだ。
つまり、本来は外耳にぶつかり、集められることで、鼓膜に届くまでに特定の歪みが生じるはずだった音を、歪ませずに鼓膜に届けてしまうことで、ヘッドフォンで聴く音が、かえって不自然なものになってしまう、という考え方だ。
この発想で生み出された解決策が、OAE2に搭載されたフロントサイド・サウンドフィールド・モジュレーション(FSFM)。解決方法はある意味シンプルで、写真で一目瞭然、ハウジングの中にあるユニットの振動板が、思いっきり前よりの、ななめ下に配置されているのだ。
こうすることで、ヘッドフォンであっても、耳の前方向から音が出て、その音波が外耳にあたり、変化した上で鼓膜に届くようにしているわけだ。
この形状は、音が耳の前から鳴ることによる“定位の自然さ”と、人によって異なる耳の形状によって、音が自然に変化し、鼓膜に届く周波数特性が調整されることで、“その人にとって自然な音で聴ける”という2つのメリットがあるという。
もちろん、ユニットの取り付け位置や角度は適当に決めたものではない。ハノーバー・ライプニッツ大学の通信技術研究所(IKT)と連携し、連邦経済・エネルギー省の支援を受けながら、音の入射角が耳の形状によって周波数特性にどのような影響を与えるかを研究しながら追求したものだそうだ。
開放型でも迫力ある低音を再生するために
FSFMがユニークなので、そこに注目があつまりがちだが、OAE2にはまだ面白いポイントがある。それが低音だ。
ご存知の通り、開放型のヘッドフォンは、繊細なサウンドや音場の広がりが楽しめる一方で、低音が弱いものが多い。この問題に対応するため、OAE2は40mmという大口径のバイオセルロース製振動板を採用している。
このユニットは、大きな放射面を持ちつつ、ストロークも深く、「繊細な高音と力強い低音の絶妙なバランスが得られる」という。前述の研究所と行なっている研究から生まれた、新しいダンピング構造を使うことで、共振周波数は従来のダイナミック型ヘッドフォンが70Hzであるのに対し、40Hzを実現している。
さらに、振動板から発せられる音を阻害しないように、バッフルはドイツ製精密ステンレスメッシュで覆われている。これにより、開放面積は同等製品の約2倍となり、ユニットの能力を引き出している。
アクセル氏によれば、「低音再生は、低周波数を聞くだけでなく、心理音響効果によっても、物理的なインパクトを感じさせる」とのこと。大きなハウジングを採用したことによる開放的な音響が、OAE2のサウンドに広々とした空気感を与え、それが心理的な低音感のアップにも繋がるというわけだ。
スペック的には、周波数特性が6Hz~46kHz、音圧レベルは100dB@1KHz/1VRMS。最大連続入力電力は500mW(IEC 60268-7準拠)。
装着感にもこだわっている。ヘッドバンドは通気性のあるベロアと高品質なメモリーフォームで構成。イヤーパッドは高級ベロアをフォームに張り付けて作られており、装着してみると、頭部や耳まわりの触感はソフト。側圧はある程度感じるが、パッドのフォームが豊かなのでストレスは少ない。むしろ、しっかりとホールドしてくれるので、装着したまま首を動かしても、ズレる気配が一切なく快適。この原稿も、音楽を流しつつ1時間ほど着けっぱなしで書いているが、特に疲労感はない。
ハウジングは、開口率60%の穿孔スチールシートで覆われているため、ある程度の大きさのあるヘッドフォンだが、重量は約378g(ケーブル含まず)と軽量。支持構造には高品質ポリアミドを使っており、全体にガッシリとした剛性がある。これが、高級感にも繋がっている。
ケーブルは着脱可能で、ヘッドフォン側は2.5mm 4極ソケットを採用している。付属のケーブルは約1.8mのケブラー補強入り超極細の4芯銀メッキOFC銅を使ったもので、入力端子は4.4mmバランスプラグのケーブルと、3.5mmアンバランスのケーブルの2本が付属する。この価格のヘッドフォンを手にする人は、4.4mmバランスで接続する事が多いと思われるが、別途ケーブルを追加しなくて済むのはありがたい。
一方で、ヘッドフォン側のソケットは左右どちらにも設けられている。左右どちらにも接続できるという利便性の高さに加え、“左右両出し”のケーブルも接続できるわけだ。現時点でGrell Audioから両出し用ケーブルは発売されていないが、今後、登場するのかもしれない。
音を聴いてみる
付属の4.4mmバランスケーブルを使い、Astell&Kern「A&ultima SP3000」と接続。主にQobuzのアプリから再生してみる。
「グレゴリー・ポーター/ホエン・ラブ・ワズ・キング」を再生、ボーカルが歌い出すと、普通のヘッドフォンとの違いがわかる。普通のヘッドフォンでは、ボーカルの声が頭の中心にあり、自分が歌手と一体になったような聴こえ方になるが、OAE2はそうではない。ボーカルの音像が、頭の中心から少し前方にシフトしたような聴こえ方になる。
「前方に歌手がいるような聴こえ方」というのが理想と思われるが、残念ながらそこまで歌手と自分の距離が遠くはない。ただ、鼻が触れ合うくらいのすぐ目の前にいるような聴こえ方だ。
面白いのは、何曲も再生していると、この前方定位感がハッキリしてくることだ。OAE2を装着してすぐの時は、脳が混乱するのか、前方定位感は弱いのだが、目を閉じて2、3曲聴いていると慣れてきて、定位感が安定する。
逆に、OAE2を装着したまま、2時間ほど音楽を聴いた後、ふと思いついて普通のヘッドフォンに切り替えてみると、「うっ!」と思うほど、頭の中心にボーカルの音像が集まり、違和感を感じた。脳が、OAE2の音を自然なものとして慣れてしまったせいだろう。
ただ、最近普及が広がっている“空間オーディオヘッドフォン”のような音の聴こえ方を想像すると、OAE2の音は大きく異なる。確かに、頭内定位が緩和され、自然な聴こえ方になるのだが、音がグルグル頭のまわりを回転したり、背後や頭上に定位するような“サラウンドヘッドフォン”のようなものではない。
DSPで信号に特殊な処理を加えたりせず、あくまでユニットの配置と角度によってこの定位感を実現しているので、“既存のヘッドフォンの違和感を緩和する技術”という印象だ。
これは決して悪い意味で言っているのではない。むしろ良い意味でもある。それは、定位が自然になりつつも、聴こえる音が非常に自然だという事だ。
空間オーディオでは、処理をやりすぎると、位相が狂ったような不自然さが出たり、音の鮮度が落ちたりもするのだが、OAE2のFSFMのように、アコースティックな工夫だけで実現してくれると、Hi-Fi的な“音の良さ、自然さ”が維持された上で、定位の違和感も緩和してくれる。「ずっと聴いていたい音」のまま、「違和感を消してくれる」というのが、OAE2の大きな魅力と言える。
そして、定位以外の“Hi-Fiヘッドフォンとしての音の良さ”も特筆すべきレベルだ。
開口率の高いハウジングを活かし、グレゴリー・ポーターの歌声やピアノの響きが、広大な空間にどこまでも広がる。閉塞感とは無縁の開放感だ。
これだけ抜けが良いと、逆に迫力のある低音は出しにくいものだが、OAE2は低音もバッチリ。アコースティックベースの低音が、ズンと沈み込み、量感のある音がボディーブローのように力強く押し出してくる。両立が困難な“ナチュラルで繊細で広大な音”と“パワフルで重みのある音”が、見事に調和している。
音色も自然だ。「手嶌葵/明日への手紙」では、人の声にしっかりと温度が感じられ、変に硬質だったり、キツ過ぎたりしない。「サカナクション/さよならはエモーション」の、ドラムベースは、輪郭がソリッドかつクールな響きだが、山口一郎の声にはしっかりと温かみがあり、音色の描き分けがしっかりできている。
それにしても、OAE2で聴く「さよならはエモーション」は格別だ。部屋の中で聴いていても、音場が広大なので、自分が本当に夜の街にいて、音楽が夜空まで広がっていくような感覚が味わえる。それでいて、しっかりと量感のある低音が再生できるので、音楽にドッシリと安定感がある。
同時に、高精細でキレのある音も再生できるため、ビートの疾走感も存分に感じられる。目を閉じて聴いていると、気持ちよすぎて昇天しそうだ。
「これならば、フルオーケストラも楽しめるのでは?」と、フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮によるバレエ音楽「ダフニスとクロエ」も聴いたが、ドンピシャだ。まるでスピーカーで聴いているかのように、演奏される広大な空間が体を包み込み、それでいて、個々の楽器の細かな音が聴き取れるヘッドフォンの利点も感じられる。クラシックだけでなく、ロックやジャズのライブ録音を聴いても最高だろう。
音楽を楽しんだあとに、ノートPCとステレオミニで接続して、Netflixで映画「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」も見てみたが、これもOAE2と相性バツグン。
冒頭の墓参りのシーン。墓地を吹き荒れる風の音、舞い上がる砂埃。OAE2で聴くと、墓地の広大さが、音の広がりで実感できる。続くカーチェイスシーンでは、バイクや自動車のエンジン音、タイヤからのロードノイズが乱れ飛ぶが、その中でも、ボンドのセリフや吐息は明瞭に聴き取れる。映画鑑賞用ヘッドフォンとしても非常に優秀だ。
これはイロモノヘッドフォンではない
ハウジングの中で、不思議な角度で取り付けられたユニットを見ると、ぶっちゃけ「実験的な、イロモノヘッドフォンなのでは?」と思う人もいるだろう。筆者も実際に聴いてみるまでは、「まともな音がするのかな?」と思っていた。
だが、この音を一度体験すると、印象が180度変わって「いや、むしろOAE2の方が自然な音なのでは?」と思えてくる。ヘッドフォン好きで、今までいろいろな製品を聴いたことがある人ほど、OAE2を聴くと、驚くかもしれない。そして、時間が許せば、試聴の時はすぐ判断するのではなく、何曲かじっくり聴き込んで欲しい。
また、「ヘッドフォンは頭の中で声がして違和感がある」「音が直接的で疲れる」など、既存のヘッドフォンが苦手な人も、OAE2を体験して欲しい。求めていた理想のヘッドフォンになるかもしれない。
音楽鑑賞はもちろんだが、聴き疲れしない特徴を活かし、長時間の映像・映画鑑賞、DTMでの音楽制作、映像編集にもマッチするヘッドフォンだろう。
個人的には、休日にリクライニングチェアに身を沈めながら、コーヒー片手にOAE2で音楽に浸ると最高だろうな……と妄想する。リクライニングチェアなんて持ってはいないのだが。そのくらい、ゆったりと音楽を楽しめるヘッドフォンだと感じる。
現在のヘッドフォン市場では、より高解像度でハイスピードな音が、ダイレクトに耳に届くヘッドフォンが増えている。OAE2は、そうしたヘッドフォンとは少し異なるアプローチで、“定位と音の自然さ”の、もう1つの頂点を見せてくれる。























