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ヘッドフォンがネットワークプレーヤーに!? “前から音を届ける”Grell Audio、ヘッドフォン祭・佐々木的注目展示
2025年12月15日 08:00
ヘッドフォンがネットワークプレーヤーに
まずHIFIMAN JAPANのブースからの新製品だ。なんとヘッドフォン単体でネットワークプレーヤーになるというWi-Fi対応のワイヤレスヘッドフォンが2機種参考展示されていた。「Arya WiFi」(予定価格23万円)と「HE1000 WiFi」(予定価格46万円)だ。ヘッドフォンとしては、それぞれ既発売の「Arya Unveiled」と「HE1000 Unveiled」をベースにしている。
現在のワイヤレスヘッドフォンは、そのほぼ全てがBluetooth対応である。しかしBluetoothではハイレゾ再生などの高品質再生には難点があり、オーディオ機器との接続も限定的だ。
それを打破するキーはヘッドフォンのWi-Fi対応だが、初のWi-Fiヘッドフォンになるのではないかと予想されていたSONOSのヘッドフォン(Sonos Ace)もWi-Fi機能は限定的なものだった。
そうした意味で、このHIFIMANのWi-Fi対応ワイヤレスヘッドフォンの登場はまさに画期的だ。そして「Arya WiFi」と「HE1000 WiFi」は価格の点からも単にガジェットとしてWi-Fi対応させただけではないことを予感させる。
実際にこれらのベースは、HIFIMAN最新のUnveiled技術を用いた平面磁界型のハイエンドヘッドフォンであり、本格的にハイエンドオーディオシステムに組み込むことができるだろう。内蔵のDACもR2R型の高性能なものを搭載している。
それではどのように「Wi-Fi対応ヘッドフォン」を使うかというと、例えばApple MusicをiPhoneで聴いている時に、Wi-Fi経由でAirPlayを用いて「直接」ヘッドフォンにロスレス音源を送信することができる。
また、これらはPCオーディオファンには垂涎のRoon Ready対応なのでホームネットワーク内のRoon Coreから「直接」ヘッドフォンにRoonで扱う音源を高音質伝送できる。
実際に「Arya WiFi」に筆者のiPhoneからAirPlayで送信してみたが、とてもワイヤレスとは思えないような素晴らしい音質が楽しめた。ジャズボーカルではボーカルの声の微妙な震えや細かいニュアンスも確かに伝わり、ハイエンドヘッドフォンそのものだ。むしろケーブルという物理的な抵抗が取り払われたことが、かえって音質の純度を高めているのではないかとさえ感じられた。「HE1000 WiFi」ではAryaよりもさらに解像度が高く、クリアで鮮明だ。
Bluetooth接続でも試してみたが、やはりWi-Fiに比べると音質は大きく落ちてしまう。Wi-Fiによる音質向上はかくも大きいものかと実感した。
これらは来年の2月くらいに発売を予定しているということだ。従来にない楽しみ方ができる期待の製品と言えるだろう。
Astell & Kern × VOLK Audioの「STELLA」
次はアユートブースだが、こちらは今までにないほど新製品が充実していた。
まず注目したのはAstell & Kernと新生VOLK Audioのコラボ開発によるAstell & Kern × VOLK Audioのイヤフォン「STELLA」(予価700,000円/今冬発売予定)だ。
VOLK Audioは老舗EMPIRE EARSで開発していたJack Vang氏があらたに立ち上げたブランドであり、その第一弾である「ETOILE」はLAの著名スタジオエンジニアとの共同開発による高音質なサウンドで注目を集めている。
新製品であるSTELLAは低域用に9mmダイナミックとデュアルBA(バランスド・アーマチュアドライバー)、中域用に3BA、高域用にVOLK独自のMP-2 デュアルプラナーと4基のSonion製ESTの12ドライバーを搭載したモデルである。ハウジングはA&Kらしく豪華なステンレススチール製だ。
なおETOILEは低域用に10mmダイナミック、中域用に4BA、高域用にVOLK独自のM8静磁ドライバーとSonionのクアッドESTを搭載した10ドライバーモデルだ。
ちなみにSTELLAとETOILEは、それぞれイタリア語とフランス語で「星」という意味だ。
今回は開発者であるJack Vang氏が来日したということでインタビューをする機会に恵まれた。
まずSTELLAとETOILEの関係についてJack氏に聞いてみたところ、次のように回答してくれた。
「我々には高い理想を持つパートナーが必要だと考えていて、Astell & Kernはそれに好適だった。StellaとETOILEは同時期に並行して開発していたもので、兄弟関係にある。どちらも開発はスタジオエンジニアのMichael Gravesとの共同であり、我々は“Accuracy”(正確さ)と“Emotion”(情熱)は同じものと考えている」
一般にモニター的な正確な音と、リスニング的な情熱的な音は相反するように考えられているが、それが実は同じものだというのは情熱的なミュージシャンの演奏を正しくレコーディングしようとするエンジニアの考え方として興味深いものだ。
さらにJack氏は次のようにSTELLAとETOILEのドライバー構成について語ってくれた。
「STELLAとETOILEは兄弟関係にあるが、それぞれ性格が異なっている。STELLAはAstell & Kernの要求を反映していて、高域の煌びやかさと低域のスピード感を重視している。STELLAの高域ドライバーにMP-2デュアルプラナーが二基搭載され、低域にダイナミックとBAのハイブリッド構成を採用したのはそうした理由からだ。ETOILEは私自身の好みがより濃く反映されていて、中域と高域のテクスチャーを重視している。ETOILEにはより高音域のテクスチャーを重視するためにM8ドライバーを使用している」
次に実際にSTELLAを試聴してみた。
音がよく広がり、解像力が極めて高いなど共通点もあるが、音傾向は兄弟機であるETOILEとは異なる点もある。高音域はたしかによりキラキラとして輝く感じにシャープであり、低域はよりタイトで鋭く感じられる。全体的にETOILEよりも華やかな印象だ。
STELLAとETOILEは音傾向が違う兄弟機ではあるが、その根底に「正確さと情熱は同じものである」というVOLK AUDIOのオーディオ哲学を共有することはたしかに感じられた。
ユニークなGrell Audio「OAE2」
最後に同じアユートブースから、今回のポタフェスで個人的に最も注目したものを紹介する。
それはGrell Audio「OAE2」だ。ブランド名の「Grell」とは聞き慣れないかもしれないが、これは元ゼンハイザーの頭脳であり、歴史に残るフラッグシップ機であるHD650やHD800などを手掛けた開発者として知られているAxel Grell(アクセル・グレル)氏のことだ。HD800発表の際に日本に来日したことがあり、筆者もインタビューしたことがある。
そのグレル氏が自分の理想を実現するために立ち上げたのがGrell Audioだ。その第一弾が「OAE1」(予価90,000円/発売日未定)であり、その発展版が今回展示された「OAE2」である。これらの理念とその説明については、まず筆者自身もまだ勉強中であり理解不十分のところがあるかもしれないが、と前置きさせてもらいたい。
それではなにが画期的なのかというと、一言で言えば現在の多くのヘッドフォンとは異なり、OAE2は「自由音場」の理想に基づいて開発されているということだ。その目的は“スピーカーのように自然に鳴るヘッドフォン”を目指すことである。
これだけでは分かりにくいと思うので補足すると、一般的なヘッドフォンは部屋の反響を考慮した拡散音場的な条件やそれを発展させた考え方を前提に設計されるのに対し、自由音場とは反射のない環境で、スピーカーからの直接音が耳に届く状態(スピーカーを真正面に置いた状態)を想定した概念である。
OAE2はこの自由音場の理想を意識し、可能な限り前方からの音のみを耳へ届けるよう設計されている。これをGrell AudioではFSFM(Front-Sided Sound Field Modulation/前方音場制御)と呼んでいる。
実際にOAE2を見ると分かるが、第一のポイントはドライバーがかなり角度をつけてほぼ前方から音が届くように取り付けられている。これは人の耳たぶに対して前方から音が届くようにしているわけだ。
第二のポイントはその鳥籠のようなハウジングだ。これは音が反射して耳に戻らないように作られていて、まるで小さな無反響室をシミュレートしているようだ。現実的には「前からのみ」音を届けることはできないが、可能な限りその状態にするように設計されている。
これらにより自然に耳たぶを通じて音楽が人の耳に入るような仕組みにしてあり、このように耳たぶを積極的に使うことを数値化してGrell氏はPIAF(Pinna Interaction Factor/耳介関与度)と呼んでいる。
例えば直接耳穴に入れるカナル型イヤフォンはPIAFゼロに近い状態にある。この点で単にドライバーを傾けて配置したULTRASONEの「S-Logic」とはアプローチの仕方が異なっている。もちろんターゲットカーブはFSFMに基づいた独自のものだろうが、そこまではまだ分からない。
実際にOAE2を聴いてみた。
筆者はOAE1を試聴したことがあるが、側圧はクランプで締められるように強かったOAE1よりは緩く作られているようだ。音は浮遊感を感じるようなサウンドで従来のヘッドフォンとは違う感覚だ。音自体は滑らかで優しい音で高域は刺激感が少なく聴き疲れはないだろう。一方で楽器音は十分明瞭に感じられる。
OAE1よりも全体的な完成度は向上しているように感じられたが、finalの「ZE8000」がそうであったように、この独自の音場感は聴く側の「脳の慣れ」を必要とする類のものかもしれない。短時間での即断は禁物だ。
いずれにせよ、グレル氏という熟練の開発者が、安住することなく理想を追求し続けるその姿勢には感銘を受けた。この挑戦の行方を、今後も追い続けていきたい。
今回のポタフェスは、HIFIMANの革新性、Jack Vang氏の哲学、そしてグレル氏の挑戦といったものが、製品を通じて直接伝わってくる、非常に印象的なイベントだったと言えるだろう。















