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松下電器産業株式会社の大坪文雄社長が、社名変更を約2週間後に控えた現在の心境を語った。
「パナソニックへの社名変更は、グローバルエクセレンスカンパニーに向けた大きな一歩。だが、山登りに例えれば、まだ5合目にも到達していない。いまこそ、創業者の経営理念に則り、衆知を集めた経営によって、世界に打って出るタイミング」と語る大坪社長に聞いた。(以下、敬称略)
■ 「松下」「ナショナル」から「パナソニック」へ
―パナソニックでは、グローバルエクセレンスカンパニーになることを将来の目標として掲げています。今回の社名変更、ブランド統一によって、この大きな目標に対しては、何合目に到達したと見ていますか? 大坪:なにをもって、グローバルエクセレンスというかによって、その指標も変わってきます。収益性や、成長性という観点からのグローバルエクセレンスという見方もできるでしょう。もし、パナソニックと聞くだけで、安心感をもって消費行動をとっていただけるということをグローバルエクセレンスの条件とするのであれば、日本国内では5合目にいるという言い方ができるでしょう。 ただ、グローバルという観点で捉えた場合、そこまでは到達していない。5合目以下というのは明らかです。もっと社名、ブランドを親しみにあるものにしていかなくてはならない。しかも、我々が登ろうとしている山は、その高さがどんどん高くなっていく。5合目に到達した時点で、ようやくグローバルエクセレンスへの挑戦権を得た、ということができるのではないでしょうか。 ―9月16日に開いたナショナルからパナソニックへのブランド変更の記者会見では、1400人もの記者が集まりました。三方に向かって、深々とお辞儀をしたのが印象的でした。 大坪:白物商品が、パナソニックとしてデビューするタイミングですから、ぜひ私の想いをみなさんに伝えたかった。そして、松下、ナショナルという2つの名前に対する感謝の気持ちを伝えたいと思っていました。紋切り型で、ナショナルからパナソニックに変わるということを言うのではなく、壇上に立ったその場で、こみ上げてくるものを言葉にして伝えたかった。その一点だけにこだわりました。 今、会社がここまで大きくなれたのは、ナショナル、松下という名前があり、それを多くの方々に育てていただいたからです。社名変更、ブランド統一というのは、グローバルな時代に向けての英断であるという気持ちが7~8割を占めています。だが、5%ほどは、無くなる名前の大きさを常に感じている。そうした理解の上での社名変更だということを知っていただきたい。 ―90周年というタイミングでの社名変更ですが、100年という区切りでの決断もあったのではないでしょうか。 大坪:90周年というのはトリガーのひとつとなっています。しかし、100周年まで、いまのままでいいということは考えられません。グローバルに競争をするなかで、一刻も早い経営判断が求められている。3か月、6か月、1年の遅れが致命傷になる。パナソニックは、100周年の時には、世界一の電機メーカーになることを目指しています。そのためには、今しかない。そう思っています。 ―ナショナルのロゴがなくなることについてはどう感じられていますか。 大坪:目指すところは、くらし全体、生活丸ごと提案が、パナソニックというひとつのブランドで提案できるようになることです。これまで、商品やドメインごとに、生活者の視点で受け入れられる商品を投入してきましたが、ドメインを越えた商品が本当に投入できていたかというと、そこには課題があったといえます。パナソニック、ナショナルと分かれた途端に、コラボが進みにくい環境ができてしまう。 振り返ってみれば、松下電器の社員は、組織に対する忠誠心が最も高い社員たちだといえるのでしないでしょうか。事業部制がなくなったとはいえ、深いところでは、まだまだ組織ごとに分かれた考え方がある。パナソニックに一本化したことで、ドメイン、職能、国内外ということを越えて、モノづくりに邁進することができるようになることが大切です。グループ内には、多くの要素技術があります。これを既存の商品領域を越えて、消費者目線で課題を解決できるような新たな商品へと結びつけたい。これが十分といえる段階に到達するには、もう少し時間がかかりそうです。 パナソニックは、白物だけを考えているメーカー、AVCだけの商品を出しているメーカーとは異なり、家丸ごとの提案ができる。そこが大きな強みです。 ―海外ではすでにパナソニックのブランドが浸透していますから、社名変更のメリットは少ないのでは。 大坪:そんなことはありません。例えば、先日も中近東で、当社が知財件数が1位だという記事が出ていた。しかし、知財の登録は松下(MATSUSHITA)で行なっているわけですから、記事にもMATSUSHITAと表記される。中近東の人は、松下とパナソニックが結びつかないわけですから、知財で一位という報道がされても、「知らない会社」で終わってしまう。ところが、今後はパナソニックと表記されますから、「俺の持っている103インチのプラズマテレビの会社だ」ということがわかる。技術イメージ、先進性のイメージを高めることにも役立つでしょう。 また、今後、欧州において白物家電で本格参入するのにあわせて、9月に開催されたIFAで、すべてのメーカーのブースをご挨拶に回らせていただきました。どのブースも経営幹部が出迎えてくれ、「ウェルカムだ1」という返事をいただきました。よほど自信があるのかと思ったのですが、ブースを見てみると、我々の勝ち目は十分ある。握手した手を、いつかは震わせてやる、と強い決意をしましたよ。 10月1日には、海外の社員に向けて、社名変更、ブランド変更の意図を説明したメッセージを英文で発信します。松下、ナショナル、パナソニックという3つのブランドを整理したのではなく、パナソニックの名のもと、世界中の社員が一致団結することが大切だということを訴えます。また、原価低減活動である「イタコナ活動」を全世界に浸透させていく。これは、パナソニックとして最優先すべき課題です。30万人のグループ社員の気持ちをひとつにできるか、行動、言動を徹底できるかが重要なことだと考えます。
■ 白物家電の世界展開
大坪:ポストGP3となる2010年から2012年までの次の中期経営計画では、白物家電のグローバル展開が最大のポイントとなるでしょう。欧米のほか、BRICsにおいては、現在のAVCの認知度と同等以上へと、パナソニックの白物家電の認知度をあげなくてはならないと考えています。 ―この社名変更のタイミングに市場環境は悪化しています。原材料価格の高騰、米リーマンの破綻を機にした経済環境の不透明感、日本でも政治局面での不安定が課題となっています。これは、どう影響しますか。 大坪:世界経済を、いかにマクロ的に見るかというのは大変重要なポイントです。これをきっちりと分析することもやり続ける。しかし、私たちはモノづくりのメーカーであり、まず消費者のことを考えなくてはならない。マクロ経済の動向だけで動くことはありません。 考えてみれば、世界経済を俯瞰すれば、必ずどこかで問題が起こっている。それを積み重ねると、なにもできないということになる(笑)。もし、私が開発現場にいて、上司がマクロ経済の話ばかりをしていたら、どこも悪いという話ばかりになりますから、結局売れないという結論にしかならない。やる気がなくなりますよ(笑)。そうではなく、こんな時こそが、設計者や開発者の知恵の出しどころだと。グループ全員が知恵を出して、これを乗り越えていこうというわけです。 北米で、リーマンの問題が、マクロ経済にも大きな影響を与えている。しかし、北米の消費者は、薄型テレビに強い関心を持っている。北米の消費者のニーズはなにか、そのニーズに合致した商品とはどんなものか。それを追求することが大切です。マクロ経済の潮流とは別のところで、我々の商品に期待してくれるいる人たちがいます。こうした人たちに、消費者目線で開発した商品をきっちりとお届けする。そのことに力を注いでいきたい。私が消費者のニーズに目を向けることこそが、マクロ経済の影響によるダメージを小さくできることにもつながると考えています。 ―創業者の言葉でいえば、「社員稼業に徹する」と。 大坪:その意識は間違いなく浸透しています。だが、外に向けて、そのエネルギーが発揮されているかというと決してそうとはいえない。これは経営幹部が知恵を使って、変えていかなくてはならない。 先日、第1回グローバルアドバイザー会議を、東京・有明のパナソニックセンター東京で開催しました。これは、経営のさらなるグローバル化を目指し、国際的、経済的な視点で、各国政治、経済の実状などに詳しい一流のアドバイザーから、グローバル人材の育成を一層強化することを目的に開催したものです。 次代を担う40歳以下の社員にも参加してもらい、予定を1、2時間オーバーするほど盛り上がりました。その後、参加した社員全員からメールが届いたのですが、「こんなにインパクトがあり、価値観を変えてくれたセミナーはなかった」という声や、「私は20数年間、海外勤務の経験があり、グローバル人材になっていたと思っていたが、今回のセミナーを通じて、単に海外勤務の経験があったというだけで、パナソニックが必要とするグローバル人材にはなり得てなかった」という声がありました。むしろ、海外経験を持つ社員へのインパクトの方が大きかったようです。こうしたセミナーの開催も、社員が外に向けてエネルギーを発揮していくための仕掛けだといえます。 ―中期経営計画「GP3」では、成長戦略を掲げています。しかし、テイクオフの瞬間こそが危ないとの指摘もありますが。 大坪:中村さん(中村邦夫会長)が社長時代に推進した「中村改革」は、急降下で着陸して、急上昇でテイクオフするという状況だったといえます。これを引き続き上昇させていく必要がある。急上昇したあとには、水平飛行を目指すようになり、結果として緊張感がなくなり、目標が下がるということになりがちです。緊張感を維持することが大変大きな課題です。そのためには、幹部自らが、課題に正面から向き合い、お客様の声に向き合い、そして、なにが真実かを導き出さなくてはならない。 パナソニックグループには、優秀な社員が多い。そして、多様性もある。これだけの社員を持った会社は世界にはありません。この能力を十分に発揮させたい。そのためには、緊張感を維持するだけでは不十分です。消費者の目線で考え、コンペチターの商品を越える、自分たちが自信をもって市場に投入できるものを出し続けていく意志も必要です。それが、グローバル競争を勝ち抜くための源泉になります。 ―社名の変更によって、創業家の役割は変化しますか。 大坪:創業者と日々の生活を過ごした方々ですから、創業者の本当の心、頭の中を深く理解していています。私たちが、書物や映像を通じて、過去のコメントを拝見しても、やはり創業家の方々は、それに対する理解が一層深いということを感じます。社名を変更しても、創業者の経営理念には変化はありません。もし、この経営理念を否定するようなことがあれば、根幹が大きく崩れることになる。創業者の経営理念をより身近に感じられている創業家には、今後も尊敬の念を持って接していきたいとう気持ちには変わりがありません。
□松下電器のホームページ (2008年9月18日) ) [Reported by 大河原克行]
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