ニュース

4K音楽ライブ伝送を映画館で体験。アリス武道館公演中継

4K放送実用化に向け、NexTV-Fとスカパーが伝送実験

 次世代放送推進フォーラム(NexTV-F)とスカパーJSATは2日、アリスの武道館コンサートを4Kで衛星伝送して、映画館で視聴する4Kライブビューイングを開催。報道関係者や機器メーカー、放送関係者らを招いて上映を行なった。

 2日に東京 九段下の日本武道館で開催された「アリスコンサートツアー 2013 It's a Time ファイナル in 武道館」を7台のカメラで4K撮影し、衛星で伝送。4Kライブビューイングとして、お台場の「シネマメディアージュ」で4K上映した。スクリーンサイズは約350インチ。

 4K撮影したライブイベントをそのまま衛星経由で伝送し、離れた場所で体験する「4Kライブビューイング」は、スカパーJSATが2012年10月と'13年3月にJリーグの試合で実施しており、今回は8K/4K放送を官民共同で推進するNexTV-Fと協力して実施した。新たにJVCの4Kビデオカメラ「GY-HMQ10」などを導入するなど、幾つかの新しい取り組みもあるが、基本的なシステム構成は前回を踏襲している。今回の主な目的は、被写体が明るい場所でのサッカーではなく、暗いライブ会場となるため、「ダイナミックレンジの広い映像を4Kカメラでどう撮るべきか」など、コンテンツにあわせた演出方法を検討することという。

武道館(撮影側)のシステム構成

 カメラはキヤノン「EOS C500」を3台と、ソニー「PMW-F55」を3台、JVC「GY-HMQ10」を1台の合計7台。撮影した映像は4枚のフルHD映像に分割され、Protechの3G-光伝送システムを介して、ソニーのスイッチャ「MVS-7000X」に流す。レコーダは、アストロデザインの「HR-7510」。ソニーのSRMASTERストレージユニット「SR-R1000」も使用している。モニタはソニーの「PVM-X300」とアストロデザイン「DM-3432」。送出用のエンコーダは富士通の「IP-9610」を採用した。

 この映像を衛星中継車を経由して、スカパーJSATの通信用衛星「JCSAT-5A」に伝送、お台場シネマメディアージュの屋上受信アンテナ(1.4m)で受信して、ソニーの4Kプロジェクタで上映した。

 映像は3,840×2,160ドット/59.94p(60p)で、アスペクト比は16:9。解像度はフルHDのちょうど4倍となる。映像コーデックはMPEG-4 AVC/H.264。2014年に予定している4K放送では次世代コーデックといえる「HEVC」の採用が検討されているが、「現時点では、HEVCで4K/60pをリアルタイム処理できるエンコーダが無い」(スカパーJSAT 今井豊氏)ため、今回のパブリックビューイングではH.264を採用した。回線容量は最大123Mbps。

システム概要
伝送や映像の取り扱いについて
シネマメディアージュにアンテナ仮設

 武道館のカメラレイアウトは、「一番使い慣れている」という「EOS C500」をアーティストの動きを中心に、ズーム操作が多くなるセンターの前側に配置。「F55」は全体の俯瞰やステージ全体を捉えるために、後方や上階に配置したという。

放送業務用の4Kインターフェイスの普及が進んでいないためフルHD 4枚に分割して伝送
武道館のカメラレイアウト
シネマメディアージュがあるアクアシティお台場

アリスの4Kライブを体感

 会場での関係者の挨拶やパブリックビューイングの概要説明のあと、16時に「アリスコンサートツアー 2013 It's a Time ファイナル in 武道館」が開幕。シネマメディアージュにおいても、4Kでパブリックビューイングがスタートした。

 通常の中継と比べると、カメラをやや引いて、広い画角を中心とした撮影が行なわれている。4Kの精細感は一目で感じられ、会場上部から俯瞰した映像でもそれぞれの客席の人々の動作が把握でき、会場後方からもステージにおいてあるギターのシールド(ケーブル)の形状がバッチリわかる。

 谷村新司、堀内孝雄の両氏の肌の凹凸や、被っている帽子の毛羽立ちまでもしっかり感じられる。フルHDでも高画質なソフトはあるが、350インチでこのディテール感というのは、やはり4Kの情報量ならでは。解像度が高いのはもちろんだが、映像がより実体的に感じられるように思えた。例えば、ステージ上に舞うチリのようなものが、ライトに照らされてそのまま見えて、そのチリが照明に反射して一瞬輝いて、またチリにもどる。細かいホコリのようなものまでその場の空気が感じられるので、映像にリアリティを感じるのだ。

 明暗差あるシーンも問題なく、黒はそれほど沈めていないものの、強烈な明るさやスポットのライトの瞬きなど、インパクトある映像体験になった。

 また、表情もより豊かに感じられ、汗が浮かび、徐々に玉のように流れる様や、「谷村新司より堀内孝雄のほうが汗っかきだなー」など、すぐに分かってしまう。顔のアップでなく、上半身とギター全体も入ったようなカットでも、汗がツーと顔を滴り落ちていくのがわかるのだ。

 アリスの3人はエンタテイナーとして、プロ中のプロ。音楽そのものだけでなく、トークや会場の盛り上げ方、笑顔の返し方などスキのないステージングだ。その中でも水をつかむちょっとした瞬間、ふっと緩む表情などが妙に印象に残った。

 筆者が見た限り画質面で大きな問題は感じられなかった。ただ、ドラム脇に置いてあるセットリストの文字がバッチリ読めてしまうので、終盤のMC楽曲構成からアンコールまで完全にわかってしまった。本放送などではしっかり対応されるだろうが、4Kで「ありのまま」が出てしまう怖さ、というのもあるように感じた。

 堀内氏もMCで、4K撮影が会場に入っている事に触れ「今回4Kで撮っているけど、あれは良くない。モニターを見たら、42年前に初めて会った時に瑞瑞しかった、あのキンちゃん(ドラムの矢沢透)が……。苦労してきたなーと思えて……」などと語ると、ライブ会場だけでなく,4K放送関係者が集まるパブリックビューイング会場でも笑いが起きていた。

 今回体験した4K音楽ライブ。もちろん会場の一体感という意味では、ライブ会場には及ばないが、全体的な雰囲気を味わったり、アーティストの振る舞いや仕草、そして表情などを味わうのであれば、会場のどの席よりもリアルといえると感じた。別段アリスのファンではなかった筆者にとっても、彼らの魅力と、そして会場を埋めたファンが一緒になって作り出す雰囲気がとても楽しめた。最近は映画館でも、ODS(Other Digital Stuff)といって音楽やスポーツライブを行なう事例が増えている。4K伝送が本格化すれば、こうしたサービスの市場も拡大しそうだ。

 そして、4K放送も来年にはスタート予定。このクオリティのライブ放送が家庭で味わえる、というのは非常に魅力的だ。もちろん、コンテンツラインナップも揃っていないし、機器の価格も何も決まっていないのだが、「4K放送」の可能性は存分に感じられた。

東京五輪に向け万全の準備を

NexTV-Fの須藤理事長

 NexTV-Fの理事長を務める東京大学の須藤修教授は、同フォーラムのこれまでと、今後の取組みについて説明。4K放送については、「この1年で機運がどんどん盛り上がっている。少し前は4Kの意義を疑問視したり、『地デジの大規模設備投資の後なので待って』という空気を感じた。座長を務めていた総務省の委員会(放送サービスの高度化に関する検討会)でもそんな雰囲気を感じていたが、2月の会合で放送局の皆さんから決意表明いただき、『いける』という感じになった。総務大臣、副大臣の意思も固まり、6月のフォーラム立ち上げ時には皆でやるぞという体制になった。(4K/8Kは)安倍政権の成長戦略の一環として大きなもの。総務省だけでなく、政権が推進する日本からの文化、技術展開の重要な位置づけを担う」と意気込みを紹介した。さらに、2020年の東京オリンピックが決定したことも、4K/8Kを後押しするとした。

 2020年の本格化に向けての最大のポイントと須藤氏が語るのは、撮影や編集などのノウハウ。「OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング/実務に取り組みながら仕事を覚えること)で、さまざまな知識を集めているところだと思うが、こうした機会(4Kパブリックビューイング)を活用して使い方などを身につけてオリンピックに向けて万全に整えていって欲しい」とした。

 また、4K/8Kだけでなく、次世代スマートテレビとの連携を含めた、新しいインタラクティブなテレビを目指し、同フォーラム内で作業をスタートしていることも説明。遠隔医療への4K活用や教育分野活用などにも取り組む。「活動分野は広がるが、中心は放送だ。新たな社会のコアをつくっていきたい」とした。

スカパーJSATの高田真治社長

 スカパーJSATの高田真治社長は、機材協力企業への感謝の言葉とともに、4Kの意義について説明。「60年前の街頭テレビからテレビの普及は始まった。4Kは必要か? という声はあるが、人間の目で見て、耳で聴いて体験することが、普及のポイントとなる。今後もこうした取り組みを行ない、世界の中でトップを走る日本のテレビ界にしたい」と語った。

 また、NexTV-Fでコンテンツ委員会 委員長を務めるスカパーJSAT田中晃取締役執行役員専務は、「現在は技術的な検証や演出的な挑戦に取り組んでいるところ。そのため、未熟な部分もあるが、見ていただいて、表現の世界の可能性、テレビの可能性を感じていただきたい」と切り出し、同フォーラム会員各社が用意した、野球やスーパーフォーミュラ、サッカーなどのスポーツ、自然映像などを紹介した。野球のスロー撮影では、ピッチャーの横から引き気味に撮影した映像でボールの軌道を追い、ボールの縫い目がくっきりと見えるなど、4Kならではの表現手法を紹介。シンクロナイズドスイミングなどの水の映像の解像感やノイズのなさなども体感できた。

スカパーJSAT/NexTV-F コンテンツ委員会 委員長の田中晃氏
各社の4K撮影映像を披露

 田中氏は、「1964年の東京オリンピックでNHK技研が取り組んだのが、最初のスロー撮影と言われている。同様に新しいチャレンジに取り組んでいく」とする一方、「表現者のDNAはくすぐられるが、当然お金はかかります。現状は『ないないづくし』で、カメラもレンズも足りない、編集場所も少ないし、費用は高い。そして時間は10倍かかる」と述べ、総務省に来季の予算化を要望して会場の笑いを誘ったほか、メーカーや関係各社の協力を呼びかけた。

(臼田勤哉)