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ベルリン・フィルがIIJとパートナー契約。ブラウザでFLACハイレゾ再生の新サービス

 インターネットイニシアティブ(IIJ)は、ドイツのベルリン・フィル・メディア(Berlin Phil Media)が運営するベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(ベルリン・フィル)の映像配信サービス「デジタル・コンサートホール」において、ストリーミングパートナーとなるスポンサーシップ契約を1月1日付で締結。最初のプロジェクトとして、ベルリン・フィルの演奏をPCのWebブラウザ向けにハイレゾで配信するサービスを4月8日より順次展開する。

左から、ベルリン・フィル・メディアのオラフ・マニンガー取締役、IIJの鈴木幸一会長、ベルリン・フィル・メディアのローベルト・ツィンマーマン取締役

 今回の契約により、両社は高精細映像と高品位音声を用いた配信サービス実現に向け、共同で新技術の開発を推進。IIJは、最先端のストリーミング配信技術に関心を寄せるベルリン・フィル・メディアの趣旨に賛同し、ストリーミングパートナー契約の締結に至った。

IIJとベルリン・フィルのパートナー契約の主な内容

ブラウザからプラグイン不要でFLAC再生。将来はChromecastやAirPlay対応も

 最初のプロジェクトは、現在パソコンやAVアンプ/テレビなどの機器向けにベルリン・フィルが展開しているコンサート映像配信「デジタル・コンサートホール」の新たなサービス追加。IIJのストリーミング技術を利用した音声のみのハイレゾストリーミングサービスとしてスタートする。4月8日より日本で先行してオンデマンド配信を開始し、提供地域を順次拡大する。デジタル・コンサートホール(年間18,500円)に契約すると、既存の映像配信と共にハイレゾ音楽も追加料金不要で聴ける。

新たに「デジタル・コンサートホール」で音楽専用の配信も実施

 このハイレゾストリーミングサービスは、一般的なWebブラウザ上で、FLAC 48~192kHz/24bitのハイレゾ音源を、プラグイン不要で再生できるのが特徴。配信第1弾作品として、「シベリウス交響曲全集」、「シューベルト・エディション」、「シューマン交響曲全集」の3タイトル22曲を4月8日より配信開始した。

 再生時は、プラグインやソフトのダウンロードは不要で、購入前に90秒のサンプル再生も可能。再生画面では、再生音質の選択(サンプリング周波数/量子化ビット数)が可能で、シークバーにダイナミックレンジの波形も表示され、聴きたい部分を探せるようになっている。作品名や、指揮者、オーケストラ、ソリスト、楽章なども表示される。

 なお、現時点では音声をパソコンからUSB DACなどへデジタル出力することはできないという。ただし、今後の計画として、ChromecastやAirPlayを用いた他の機器へのワイヤレス転送や、現在のモバイルアプリ向けにも配信することなども計画している。このほか、曲の拡充に合わせてプレイリスト機能や検索機能の実装も検討している。

3タイトル22曲からスタート
FLACをWebブラウザ上で再生
既存のデジタル・コンサートホールサービス
今後のハイレゾ配信への取り組み

 また、IIJがベルリン・フィル・メディアよりコンテンツ提供を受け、IIJがサービス提供する「PrimeSeat」のインターネットラジオ番組を通して配信する予定。初回の放送は4月16日に実施する。

 このほかにも、デジタル・コンサートホールにおいて、IIJが配信基盤となるクラウドネットワークを提供することも、今回のストリーミングパートナー契約の重点項目となっている。

IIJ鈴木会長「高音質配信は、日本を変えるきっかけ」

 4月8日に、IIJとベルリン・フィルとの共同記者会見が開催した。登壇したIIJ会長の鈴木幸一氏は、4月17日まで開催中のコンサート「東京・春・音楽祭」(春祭)の前身となる「東京のオペラの森」を、私費で立ち上げたというほど、大のクラシック好きとしても知られる。

IIJ会長の鈴木幸一氏

 IIJは、同社のインターネット配信技術を活かした高音質配信への取り組みをこれまでも進めており、2015年4月にはベルリン・フィルの演奏会をハイレゾのDSD 5.6MHzでライブ配信する公開実験に成功したほか、同年12月には世界初のハイレゾ音源によるストリーミングサービス「PrimeSeat」もスタートし、音楽配信事業へ参入した。

 鈴木氏は、「全てのコンテンツディストリビューションは、将来的に(放送などから)ネットになっていくのではと思い、ストリーミングサービスを早い時期から始めてきた。普通のCDは、音はキレイだが、会場のノイズや、歪みなどたくさんの音を捨てて“美しい音”にしている。(ハイレゾの)高音質な配信により、ノイズを含めてまさに会場にいるような“本来の音”ができる限り再現できるようなライブストリーミングを行ないたい」とした。

 鈴木氏の話は音楽だけでなくコンテンツ全体に及び、「いま、テレビで“4K”とよく言われるが、今の電波で4Kを放送した場合、(今と同じ技術のままでは)使える帯域は1.5局分ぐらい。将来を考えるとNHKとあと0.5局しかできないようなブロードキャスティングに将来があるのか、と申し上げている(笑)。今回、最も優れた音源を提供してくれるベルリン・フィルとの取り組みは、日本を変えるきっかけになる」とした。

 ベルリン・フィル・メディアは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団がメディア事業を推進するために設立した子会社。楽団の演奏を世界の聴衆へ届けることを目的に、クラシック界で初めて、演奏会映像のハイビジョン配信サービス「デジタル・コンサートホール」を'09年より開始。年間約50回の定期演奏会を、ライブ中継およびオンデマンドで有料配信している。「世界をリードするオーケストラとして、演奏を伝える手段としての録音・録画メディアに、大きな関心を寄せてきた。様々な国の聴衆に直接アクセスできるインターネットの可能性に着目し、今後も高画質・高音質によるネット配信に力を入れていく」としている。

生の代わりにはならないが、近づけるのがチャレンジ

 ベルリン・フィル・メディアからは、オラフ・マニンガー取締役と、ローベルト・ツィンマーマン取締役が登壇。マニンガー氏は、ベルリン・フィルのチェリストとして現在も演奏している。今回の春祭にもマニンガー氏らが登場し、9日の演奏が、IIJのPrimeSeatで同日19時から配信される予定。

ベルリン・フィル・メディアのオラフ・マニンガー取締役
ローベルト・ツィンマーマン取締役

 マニンガー氏は、ベルリン・フィルのこれまでの配信への取り組みを説明。「伝統を守る中で、音楽のライブの瞬間をいかに伝えるかが重要なポイントの一つ」とし、ステレオ録音の始まりから、CDなどの様々なパッケージの流れを振り返り、「我々は演奏活動だけでなく、メディアと共に、時にはメディアを推進するように常に最高の音質を届けることに注力してきた。コンサートホールで最高の音を届けるのは当然だが、それだけではなく、色々な媒体で届ける音の質にもこだわってきた。映像も同じで、(デジタル・コンサートホールでの)HD配信を開始した時も同じように映像の質にこだわっている」と述べた。

 IIJとパートナー契約を締結した点について、「我々もストリーミングの経験を持っていて知識はあったが、IIJの話は説得力がある。配信時は大きなデータになるが、最初の実験がうまくいったため、日本でストリーミングパートナーになるとしたらIIJ以外ないと確信していた。一緒に未来を見る視点を持っていることと、建設的であり、リスクを恐れないことを兼ね備えたパートナー。また、クラシックをここまで愛し、造詣の深い鈴木会長というキーパーソンがいたことが決定的」とした。

 IIJは今後の取り組みとして、「4Kテクノロジー、ヴァーチャル・リアリティ映像、バイノーラル・オーディオ等も視野に置き、高品位および最新技術によるストリーミングをめぐる様々なプロジェクトを実施していく」としている。

IIJのコンテンツ配信への取り組み
IIJがDSD配信を行なっているPrimeSeatのストリーミングシステム構成

 記者会見の会場では、配信の高音質化が進むことについて、実際のホールへ訪れる客に影響があるのかという質問が寄せられた。また、実際にベルリン・フィルの演奏を生で年に何回も聴いているという出席者から、(ホールの響きなどを含めた)ベルリン・フィルそのものの音と、配信などで届けられる音はどう変わっていくのか? といった趣旨の質問があった。

 ベルリン・フィルのマニンガー氏は、「演奏する場の雰囲気は何よりも大切にしており、今後も変わるものではない。芸術はその場で生まれるものだけでなく、フィルハーモニーも一つの楽器。“ホールという楽器”の中で演奏して、客との間に生まれるエネルギーがライブであることは変わりない。技術がどんなに進化しても、エネルギーそのものを写し取ることはできない」と述べた。また、ツィンマーマン氏は「配信などが、生の体験の代わりになることは、未来永劫無い。ただ、クオリティは上がっていく。それを上げていくとのが我々のチャレンジ」と加えた。現在のデジタル・コンサートホールのサービスを聴いてから、実際のコンサートホールへ足を運ぶ人も、世界中で増えているという。

 鈴木会長は「“生こそ最高”という意見に反対はしない」とした一方で、自身が音楽を好きになったきっかけが、78回転の手回しレコードを聴いた体験だったことを紹介。「年に何回もベルリン・フィルに行けるのは、まれな職業の人(笑)であり、世界中に音楽を愛好する人たちが生まれたのは、複製技術のおかげ。新しい技術によって、生に近い音を初体験としても聴いてもらえるようにしたいというのが、我々の一つの大きな役割」と述べた。

東京・春・音楽祭が開催中の東京文化会館

(中林暁)