鳥居一豊の「良作×良品」
第139回

ピュアオーディオに迫るサウンドに驚く。ヤマハ「SR-X90A」でリアル「F1」体験
2025年12月23日 08:00
今回取り上げるのはヤマハのサウンドバーの最上位モデルである「SR-X90A」(実売35万円前後)。かつてYSP(ヤマハ・サウンド・プロジェクター)シリーズで採用していたビームスピーカー技術を搭載したサウンドバーだ。このモデルは今年の6月に行なわれた「OTOTEN2025」で参考出品され、その時点では詳細はあまり説明されなかったものの、上面にビームスピーカーと思しき小口径のスピーカーが左右各6基搭載されており、「お、YSPシリーズの復活か!」と期待したもの。
それにしても今年はサウンドバーに強力な新製品が多い。これは、100インチ級の大画面が続々と製品化されているなど、薄型テレビの大画面化に合わせ、大画面にふさわしい薄型テレビ用の音響システムとしての意味合いが強まっているため。なかでもサウンドバーの枠には収まらないような規模の製品も少なくなく、実際に製品が登場するのが楽しみだった。そして、ようやく正式に発表され、さっそくお借りしたというわけだ。
SR-X90Aは前述のビームスピーカー技術をはじめとして語るべきことが多い。簡潔に紹介していこう。まずはビームスピーカー技術。これは、2004年のYSP-1で採用された技術で、小口径のスピーカーを多数配置したスピーカーアレイを構成し、それらを高精度に制御することで「音のビーム」を作り出す。音のビームは壁の反射を利用して部屋の後方などに音を出現させ、ワンボディながらもリアル5.1chに匹敵するサラウンド再生を可能にしたシステムだ。
SR-X90Aでは、このビームスピーカー技術を継承し、本体上面に左右各6個の垂直ビーム専用アレイスピーカーを搭載。音のビームを天井に反射させ、リアルなハイトチャンネルを実現する。YSPシリーズを知る者からすると、全チャンネルをビームスピーカーで再現してほしいところだが、フロントチャンネルは一般的なスピーカーとしている。この理由はビームスピーカーの数が少数だと音圧を確保できないし、小口径スピーカーによるアレイ構成のため中低音の再現にも限界があるため。
さて、前面に配置されるスピーカーだが、新開発のアイシェイプド・オーバル・スピーカーを採用した。サウンドバーの薄型ボディには振動板面積をかせぐために正円形ではなく、楕円形(正確には長円形)の形状のドライバーが多く使われるが、音質という点では不利だ。そこで、人間の眼を模したような独自の楕円形の形状としてスピーカー振動板の強度と追従性を高め、音質的な弱点を克服した。これを左右に各1基、センター位置に2基搭載している。フロント(左右)、センターチャンネルとしては、それぞれ正円形のツイーターを組み合わせた2Way構成となっている。
別体型のワイヤレスサブウーファーは、17cmコーン型ドライバー1基を内蔵したバスレフ型で、バスレフポートの形状を水平・垂直方向ともに対称な形状とした「シンメトリカルフレアポート」を採用。これは管楽器などの開発に使用されるPIV(Particle Image Velocimetry)計測を活用して開発されたものので、低音のエネルギーの大きな空気の流れをスムーズに排出してノイズを抑えるというもの。それに加えて、サブウーファー出力の周波数帯域を分割して、それぞれに対して独立でリミッターをかけるマルチバンドリミッターを採用し、瞬間的な大きな音が出るような場合でも、低域の量感を保ちつつ、音が歪むなどの破綻が生じないように低音再現ができるようになっている。
サラウンド機能としては、同社のAVアンプの高級シリーズ「AVENTAGE」で採用されている64bit SoCを採用し、「SURROUND:AI」をサウンドバーとしては初採用。サラウンドモードを選ぶことなく、コンテンツに適した最適な音場を再現することができる。
そして、外観の特徴ともなっているのが、サウンドバー部分のスチール製の高強度な筐体と大口径の樹脂製脚部。スチール製の高剛性な作りで振動を抑え、さらに大型の脚部で微細な振動までも受け止める作りはまさにHi-Fiスピーカーの発想。サブウーファー部は厚みのある木製キャビネットを採用している。
サラウンドシステムとしてのチャンネル数は3.1.2ch。高級サウンドバーとしては少ないだろうか。あえてチャンネル数をシンプルにして、少ないチャンネルそのものの音を徹底して磨き上げる。シンプル・イズ・ベストの考え方もHi-Fiスピーカー的だ。こうして見ていくと、見た目や構成はサウンドバーなのだが、それらを構成する要素をHi-Fiコンポーネントの手法で新たに作り上げたものと言える。まさにサウンドバーを超えるサウンドバーだ。
武骨にも感じるデザインなどを含めて、リビング用のおしゃれなアイテムという感じは薄く、本格的なオーディオシステムとしての雰囲気が満点で、オーディオ好きならばなかなか魅力的なデザインだと思う。ただ、価格的にも高額なシステムなので、リビングにマッチするインテリア性なども意識した方が良いとも思えるので、好みは分かれそう。筆者は大好きだが、見た目通りにかなり重い(サウンドバー11kg、サブウーファー12.7kg)のも頻繁に掃除するときには不便かもしれない。そういう意味ではかなりはっきりと割り切った硬派なシステムだ。
映画だけでなく、音楽再生も音楽配信サービスなど幅広く対応
サウンドバーとしての機能は充実しており、Wi-Fi、Bluetoothに対応し、スマホ用アプリ「MusicCast」を使って多くの音楽配信サービスと連携して、手軽に音楽再生を楽しめる。もちろん、家庭内LANにあるサーバーに保存した手持ちの音楽ファイルの再生なども可能だ。
こうした機能はアプリ側からの設定も行なえるが、すべての機能の確認や設定はGUIメニューからの設定で行なう。画面のGUIメニューはヤマハのAVアンプユーザーならば見慣れたデザインだ。このあたりを含めて、制御系はサウンドバーのものではなく、AVアンプ由来のものであるとわかる。
サウンドバーらしからぬ高機能と言えるのは、サラウンドデコーダーとしてAURO-3Dに対応していること。これはサウンドバーでは今のところ本機だけだ。パッケージソフトや配信サービスなどでAURO-3Dの信号が入力されればAURO-3Dとして再生ができるし、テレビ音声や2チャンネル音声のサラウンド化などでも使える。
軽く試してみると、ドルビーサラウンドやDTS Neural:Xが映画館的なサラウンド感になるのに対し、AURO-3Dは音楽ホール的な響きや包囲感になること。前方主体の鳴り方も音楽再生には合うし、目の前の映像と音場の一致した感じが好ましい。映画はドルビーサラウンドなどが合うが、コンサートや歌番組、ドラマやアニメなども案外相性が良いと感じた。このほかはスピーカー設定、音声設定のほかはHDMI設定やネットワーク設定などの項目となる。
思った以上に面白い!ビームスピーカーの設定
思った以上に本格的な作りなので、自動音場補正「YPAO」もあるかと思ったが、自動音場補正機能自体がない。筆者は自動調整があってもビームスピーカーの調整は手動でやり直すので、何の問題もないし、SR-X90Aを魅力的と感じる人は同じような印象だとは思うが、3.1.2ch構成でも自動音場補正機能やビームスピーカー調整の自動機能はあっても良かったと思う。このあたりを潔く省略しているのは硬派というよりも無骨。このあたりも好みがはっきりと分かれる部分だ。
とはいえ、実際に試してみると思った以上に面白いのがビームスピーカーの調整だ。ビーム調整は角度/焦点距離/天井高の項目があり、天井高は実際の部屋の天井高を入力する。角度は音のビームの方向で、焦点距離はビームが焦点を結ぶ距離を調整する。天井に届く距離を入力するとぴたりとフォーカスの合ったビームが反射するので、音像がシャープになる。しかしピンポイントになりすぎると正確だが音場が狭くなるようにも感じることもある。ここは耳で聴いて好みに合うように調整するといいだろう。このあたりは角度によっても焦点距離が変わるので、角度→焦点距離の設定を何度かやり直してちょうどいいところに合わせるといい。
この調整で面白いのは、テストトーンを流しながら行なうと、ハイトチャンネルの聞こえてくる位置が実際に移動すること。ビーム角度では部屋の形状や材質で、聞こえにくい箇所とそうでない箇所があるので、テストトーンが明瞭に聞こえる場所にするとよい。
サウンドバーでのハイトチャンネルは、なんとなく上の方から聞こえる感じにはなるが、神経質に聴いているとサウンドバーから音が出ているのがわかってしまいがちだが、SR-X90Aはさすがビームスピーカー。きちんと天井の高い位置に音が出現する。これはなかなかよく出来ているとわかる。調整値を変えていくといろいろと変化していくので、まずはいろいろと試しながら、位置の変化やフォーカス感の変化を試してみるといい。仕組みがわからないと難しいかもしれないが、実際に音を出しながら試せるのですぐにコツをつかめるだろう。
ビーム調整がある程度終わったら、チャンネルレベルの調整をしよう。フロント(左右)、センター、ハイト(左右)、サブウーファーという調子で各チャンネルの音が出るので、聴感上同じ音量になるように揃えよう。正確を期すならば、スマホ用アプリの騒音計などで測りながらだいたい同じ音量になるように揃えればいい。
サウンドバーの設置についてだが、ふだん使っている50インチ前後の薄型テレビを想定したラック(横幅1m)では横幅が足りなかった。設置する部分の脚部が大きく、間隔も広いので、はみ出してしまうのだ。薄型テレビを置いているラックなどに置こうとしている人は注意しよう。取材では、音質的にも有利であらかじめ設置済みの張り込み型スクリーンの高さにも合わせやすいスピーカー用スタンドを使用した(TAOC HST-60B)。脚部がしっかりスタンドに乗るように間隔を調整して設置。鉄製ボディのため、橋渡しのような置き方でも筐体がしなるような不安はまるでなし。
サブウーファーは、スピーカースタンドの間にオーディオボードを置き、その上に設置した。ちょうど部屋の真ん中だ。最近気に入っているサウンドバーの設置だ。サブウーファーを部屋の真ん中に置くことに違和感がないならばおすすめの置き方だ。なお、機器との接続は、ディスクプレーヤーはDP-UB9000の音声出力をHDMI入力に接続(映像・音声出力はプロジェクターDLA-V90Rに接続)。
サウンドバーとは思えない音の良さ
視聴はまず音楽再生から始めた。テストを兼ねて映画や音楽など、いろいろと見てみると、かなり音質が優れていることがわかったからだ。現代のサウンドバーはテレビ用スピーカーだけではなく、映画鑑賞、音楽鑑賞と幅が広い。映像や音声のソースも、HDMI(eARC)でテレビ音声やテレビ内蔵の動画配信サービス、HDMI入力でUHDブルーレイなどのパッケージソフト、ゲーム、そして、SR-X90Aが内蔵するネットワーク機能による音楽配信サービスや家庭内LANにあるサーバーの音源の再生と多彩なソースに対応する。もはやリビング向けのオーディオ装置と言っていい。だから、サラウンド機能だけでなく、音楽再生の実力を重視したモデルも多い。そのなかでも、SR-X90AはかなりHi-Fiを意識した、ピュアオーディオの領域に迫ったモデルだと感じた。
MusicCastアプリでQobuzを再生してみた。サウンドモードは「3D MUSIC」。これはAURO-3Dを使った音楽用のサラウンド再生モード。このほか、音源そのままの「STRAIGHT」、サラウンド化をしない「STEREO」、そしてソースに合わせて自動的に最適なサラウンド化を行う独自の「SURROUND:AI」がある。このほか、音声を聞き取りやすくする「CLEAR VOICE」、低音を増強する「BASS EXT」などの機能もあるが、今回は比較的大きめの音量で再生していたこともあり、「CLEAR VOICE」、「BASSS EXT」は使用していない。
グスターボ・ドゥダメル/ウィーン・フィルによる「ムソルグスキー/展覧会の絵」を聴いた。天井の高さがよくわかるホール感で、楽器の音がクリアかつ力強く鳴る。多くの人がよく知る「プロムナード」のイントロを聴いただけで、「これはサウンドバーの音じゃない!!」と感じるだろう。ブラインドで音を出したとすれば、ちょっとしたHi-Fiスピーカーと出来の良いアンプを組み合わせたシステムの音だと思うに違いない。
その理由は、サウンドバー特有のスピーカー同士の間隔が狭い感じがなく、音場がスムーズかつきれいに広がること。ステレオ特有の音場感というか、奥行き感もある。間隔の狭さもあって個々の音がつぶれてひとかたまりになってしまうのではなく、ひとつひとつの音がきれいに分離して、楽器の音色をじっくりと聴き込める。「3D MUSIC」ではトップスピーカーも鳴っていることもあり、ホール特有の天井の高い空間での音の響きも出る。
粒立ちの良い音は芯が通って力強い音だ。最近のアクティブスピーカーは、ユニットやアンプの実力だけでなく、高精度なイコライザーで補正も行なうので、周波数特性はある程度自由にコントロールできる。だから、楽器の音色などは比較的きちんとしているのだが、どこか不自然に感じることもある。例えば、音色は正確だが、力感のない平面的な音になってしまうとか。本機にはそれがない。芯の通った力強い音だ。たくさんの楽器の音が重なっても混濁しないし、音のひとつひとつが重厚で深みがある。かなり本格的な音だ。本格的でしかも生っぽい、本物感のある音だ。金管楽器は輝きがあるどころか、強く吹いた時には少しキツさを感じることもあるし、弦楽器も弦を擦った感じの感触がしっかりと出る。聴いているとすぐに耳がなじむのだが、高域は少し強めだと感じる。ただのきれいで澄んだ音ではなく、強くで生々しい音だ。このあたりは往年の名機であるNS-10Mを思い出す。ヤマハらしいリアルな美音だ。
そして、「鶏の足の上に立つバーバ・ヤーガの小屋」を聴くと、ドゥダメルらしい切れ味とテンションの高さで、スリリングに再現してくれる。この低音のスピードと力感には驚かされる。仕様表によるとサウンドバー本体とワイヤレスサブウーファーは120kHz付近で帯域を分担しているようだが、その低音がしっかりと量感のある力強さを持ちながらも、タイトで引き締まった感じの瞬発力とスピードまで合わせ持っているように感じる。マルチバンドリミッターの効果だろう。かなり質の良い低音で、量感はあっても中高域を濁らせるようなことはなく、かなり低い帯域まで力感を失うことなく伸びる。そのため、オーケストラのスケール感もしっかりと出て、サラウンド感もあってコンサートホールで聴いているような感覚になる。
サラウンド感で言うと、前方のみの3.1.2ch再生で、後方の音はサウンドモードにもよるがバーチャル再生技術を組み合わせたものだろう。はっきりと言うとあまり後方から音が聴こえるようなことはない。もともとクラシックの録音はサラウンド収録されていても後方の音はホールの響きとかせいぜい観客の拍手くらいで、実音はあまりない。それもあって、あまり後方の音の回り込みなどは重視していないのだろう。試しに「SURROUND:AI」に切り替えてみても、後方からの音は雰囲気くらいのものだ。
だが、それでも目の前の立体的な演奏にぐいぐいと引き込まれるような感覚があり、後ろの音などあまり意識しなくなる。元がステレオソースらしい音場感と奥行き感があり、それをリアルにスピーカーを天井に置いたかのような鳴り方をするトップスピーカーがあることで、十分に立体的だし、音に包まれる感覚がある。音楽の主体である前方に意識を集中させ、後方の音がないことを気にさせない。前方に意識を集中してもそれにたえるだけの情報量がああるので物足りなさを感じることもない。この感じは、単品スピーカーで構築した前方だけの3.1.2chのサラウンド再生に近い感じがある。音が前方だけで鳴っているなぁ、と感じさせず、むしろ前方だけでおなかいっぱいになる情報量を浴びせてくる感じだ。
米津玄師と宇多田ヒカルによる「JANE DOE」を聴くと、目の前にふたりが立ったステージが感じられ、実体感たっぷりのなまなましい声で熱く、そして色っぽく歌ってくれる。おそらくふつうにスタジオ収録された音源だと思うが、「3D MUSIC」だとスタジオライブとか、少し小さめのライブハウスで歌う感じがよく出る。
コクピットに座ったドライバーの気分になれる。「F1/エフワン」視聴
さて、今度は映画だ。「トップガン:マーベリック」で知られるジョセフ・コシンスキー監督、ブラッド・ピット主演の「F1/エフワン」をUHD BD再生で見た。本作は実際にF1レースにカメラを持ち込んで撮影しており、実際に活躍する現役F1レーサーの姿を見られるもので、かなりリアル志向で制作されたF1ドラマだ。筋書きとしては、1990年代にF1に参戦した経歴を持つが、今はレースからレースを渡り歩く男、ソニー・ヘイズが、下位に低迷したチームのドライバーに抜擢され、若く才能のあるドライバーとともにF1で勝利を目指すというストーリー。
日本でもF1が大きな人気となっていた1990年代からついこの間シーズンが終了した2025年まで、ほぼ欠かすことなくF1を見てきた筆者からすると、ドラマチックなストーリーすぎるとも感じたが、こういうドラマを本当のF1でも見たいんだと胸を熱くさせられるものでもあった。ソニー・ヘイズは勝つことへのこだわりは超一流で、そのためにはルール違反ギリギリの手段を使うこともいとわない老獪さを見せるベテランドライバーで、そのクセ者ぶりもなかなか見応えがある。
本物のF1レースで撮影を行なった点からもわかる通り、ドライバー視点を多様するなど、臨場感たっぷりな映画だ。レース中継のように、観客席を見渡したり、サーキットのコース全体を俯瞰するようなカットもあるが、多くはドライバー視点やF1マシンを真後ろから追うようなカットが多く、実際にサーキットでF1レースを体験するどころか、F1ドライバーの感覚を体験できると言ってもいい映画になっている。
冒頭ではF1レースに参加する前、ディトナ24時間レースでの走行シーンがあるが、屋根のある車ならではの閉塞感やギアを操作するときの機械の荒々しい音、エンジンの轟音などがひしめきあう様子をリアルに再現した。タイヤが路面を削るようにして走るときのスキール音やブレーキングでの車が前のめりになって減速する様子を衝撃音にも似たガツンとした音で描くなど、かなり生々しい。こうした荒い音、ドライバーの間近で鳴る音をダイレクトな感触で楽しめた。
また、F1マシンのドライバーはお尻の位置が地面スレスレになるほど低い位置で着座するので、時速300km/hで走行するときの風切り音や周囲の音はすべて上の方から聞こえる感覚になると思われる。この上の方から聴こえる音のリアルさは、まさにビームスピーカー技術によるハイトスピーカーならではのものだろう。前方音場主体ながらも左右と高さがしっかりと再現されることで立体的な音場として不満のない空間を感じられるのだ。
F1マシンはドライバーの真後ろにエンジンがあるので、ドライバー視点でリアルに後ろの音を再現すると自分のマシンの爆音しから聞こえない状態になる。そのせいもあってか、音は基本的に前方の音をたっぷりと収録することが多い。目の前に展開する映像とそこから聴こえるはずの音をたっぷりと詰め込み、とにかく前方(画面)に集中させようとする狙いがわかる。そのあたりでもSR−X90Aとは相性がいい。前方の情報量がたっぷりなので、とにかく画面が眼をそらすことなく、耳どころから身体全体で前のめりで視聴したくなる感じで楽しめた。
物語はF1レースファンならば、よく見たサーキットが数多く登場し、世界中を転戦するF1レースのスケールの大きな世界をしっかりと描いているが、表現される世界というか空間は狭い。コクピットは身動きひとつできない狭さだし、F1マシンを収めたガレージ、最新の設備を使ってデータ解析やシミュレーションを行う設備も決して広くはない。その狭さを密度感たっぷりに描き、狭いがゆえの音が近い感じをダイレクトに伝えるのは見事だ。この緻密さこそ、SR-X90Aの魅力であり、なかなかこういう音を得意とするサウンドバーがないとも感じる。
途中、若いファーストドライバーが事故で負傷してしまったり、何者かの密告でレギュレーション違反の疑いが生じるなどのF1ならではの政治的な駆け引きもあり、物語はクライマックへとなだれ込む。この頃には、画面に食い入るように集中してしまっているだろう。果たしてAPX GPは勝利をつかむことができるのか。素晴らしい映画なので、ぜひとも自分の目で確かめてほしい。
SR-X90Aで見たF1/エフワンは、間近で鳴る音のダイレクト感、ドライバー視点で聞こえるさまざまな音がこれでもかというほど、たっぷりと詰まっていて、しかもそれを緻密かつダイレクトに伝えてくるので、すっかりドライバーになった感覚で楽しめる映画だ。SURROUND:AIは、以前使っていたAVアンプでもその良さはよく知っているが、3.1.2ch再生でも前方主体の音場感が再現されるし、ストレートデコードでの再生がちょっとドライで味けなく感じてしまうくらい、ここぞという時のエンジン音の迫力、ブラッド・ピットの魂の入ったセリフ、胸の鼓動を早めてくれるような音楽を優れたバランスで、しかもそれぞれの良さを際立たせるように鳴る。
そして、サブウーファーの低音。けっしてバリバリと目立った鳴り方をするタイプではないが、おとなしいわけではない。F1マシンの発する轟音をはじめ、あらゆる音にリアリティを加え、セリフの声の厚みや、音楽の存在感まで、あらゆる場面で活躍している。
繰り返しになるが、高級サウンドバーのわりに3.1.2chというとスペック的な物足りなさを感じる人もいるかもしれない。しかし、実際に聴いてその不足をほとんど感じさせないのはSURROUND:AIが貢献しているのは間違いないだろう。優れた音質と膨大な経験とノウハウが完成させた音場再現によって、ドルビーアトモス時代のイマーシブオーディオとしては最小単位の構成でありながら、ここまで満足度の高い鑑賞ができたのは、シンプル・イズ・ベストの賜物と言ってもいいだろう。極端なことを言えば、「ステレオ再生の流儀からすれば後ろの音など不要だ」と言いたくなるくらい、3.1.2chとして音場がきちんと完成している。
リアル志向のヤマハの音を体感できる、SR-X90A
ヤマハは現在、自らの追求するサウンドポリシーとして、TRUE SOUNDを標榜している。以前の取材で聞いたのだが、ヤマハは楽器屋なので、楽器の音がしないとそれはヤマハの音ではない。そのため、耳で聴いてきれいな、気持ちいい音にするのはヤマハでは通用しない。時に歪んだ音も出る、音が濁ることもある、そういう音をそぎ落としてしまうのはヤマハの音ではない。Hi-Fi(原音忠実)とはまた違ったヤマハらしいポリシーだと感心した覚えがある。
そんなヤマハらしいTRUE SOUNDは、安価なモデルも含めてそのポリシーで開発されているが、やはりピュアオーディオと呼ばれる製品に近くなるほど、そのポリシーが明瞭になるのも事実。その意味では、筆者は同社のサウンドバーの系列にある名前ではなく、堂々とヤマハのフラッグシップに与えられる5000番を名乗ってもいいとさえ感じた。SR-X90Aがまだその域には達していないのかもしれないし、5000番にあたるサウンドバーが着々と準備を進めているかもしれない。そうした未来を含めてとても楽しみになった。
一見、軽く見られがちなサウンドバーの底力を見せるという意味でも、サウンドバーの形態で本気のピュアオーディオを追求するとどうなるのかを形にした点でもSR-X90Aは大きな価値がある。今後、家庭用の薄型テレビはますます大きくなるが、ただ拡大するだけでなく、密度も高めたい。そこで活躍するのは、やはり「音」だろう。今のサウンドバーの音に物足りなさを感じている人だけでなく、テレビを買い換えて大画面化をしようとしている人も、ぜひ「音」の方も検討してほしい。























