ミニレビュー

総額195万円の聴き比べ!? もう1つの超弩級ハイレゾプレーヤー「AK380 SS」を聴いてみた

 Astell&Kernの「AK380」と言えば、泣く子も黙るハイエンドハイレゾプレーヤーとしてお馴染みだ。音も凄いが、直販499,980円(税込)という価格も凄い。ある意味ぶっ飛んだプレーヤーだ。登場するバリエーションモデルもぶっ飛んでおり、昨年は筐体を銅のカタマリから削り出した「AK380 Copper」直販549,980円(税込/生産完了)が話題を集めた。そして、今年の2月17日から発売されたのが、“ステンレスチール筐体”の「AK380 SS」だ。

左からAK380+AK380 AMP、AK380 SS、AK380 Copper+AK380 AMP Copper

 無印「AK380」や「AK380 Copper」と違い、単品販売はされず、ジャケット型の外部ヘッドフォンアンプ「AK380 AMP SS」と、バンナイズ製のケースも同梱で直販価格は649,980円(税込)。純粋な価格比較をするのが難しいが、「AK380 Copper」と同程度の超ハイエンドモデルなのは間違いない。しかも世界200セット限定モデルだ。おいそれとは買えない値段だが、いったいどんな音がするのか気になる人も多いはず。そこで、無印、Copper、SSを聴き比べてみた。

AK380 SS
AK380 SSにはバンナイズ製のケースが付属する

素材の“味”……じゃなかった“音”がする

 AK380の基本的な仕様をおさらいしよう。256GBのフラッシュメモリを搭載し、最大128GBまで対応するmicroSD/SDHC/SDXCカードスロットを装備。DACは、旭化成エレクトロニクス製の32bitプレミアムDACのフラッグシップ「VERITA AK4490」をL/R独立して1基ずつ搭載。グランドもL/R独立させている。出力はステレオミニのアンバランスに加え、2.5mm 4極のバランス出力も搭載している。

 ジャケット型のポータブルアンプは、AK380と専用ネジで固定するもので、駆動力をアップできる周辺機器だ。

AK380 SS。AMPを取り付けたところ

 こうした機能は3機種共通で、違うのは筐体の素材だ。「AK380 SS」はステンレススチールを採用。高い剛性と比重により共振を抑制し、ノイズフロアの減衰といった効果があるという。無印のAK380はジュラルミン(航空機グレードのアルミ)、AK380 Copperは銅だ。

外部アンプももちろんステンレススチール製だ
AK380 SS。AMPを取り付けたところ

 手にしてみると、ズシリと重い。無印が230g、AK380 Copperは約350g、AK380 SSは約340g。10gの差はあるが、持ち比べると、AK380 CopperとAK380 SSはほぼ同じくらいの重さ。高級感と重厚さが漂い、まさにステンレスのカタマリといった感じ。貫禄の違いを実感するが、落として足の指に当たりでもしたらシャレにならなそうなので無意識にしっかりと握ってしまう。

 AK380 Copperは銅製なので、素手で触ってしばらくしてから手の匂いをかぐと、10円玉を触っていた時のような銅の匂いがする。ステンレススチールも、若干金属っぽい匂いが手に移るが、AK380 Copperほど強くはなく、さほど気にならない。

左からAK380 Copper、AK380 SS

 3機種を並べると、色味の清々しさによるものか、AK380 SSが一番ソリッドでシャープな印象を受ける。形状は同じなのだが。無印はシックでおとなし目、AK380 Copperは綺羅びやかで、派手というか、独特の存在感がある。好みによるが、個人的にはAK380 SSが一番カッコよく見える。

総額195万円! 3機種を聴き比べる

 聴き比べの準備として、全モデルに外部アンプを装着。3機種並べると壮観だ。価格を計算すると、AK380+AK380 AMPが499,980円+約99,980円で約60万円、AK380 Copper+AK380 AMP Copperが549,980円+149,980円で約70万円、AK380 SSがAMP諸々込みで649,980円で約65万円。総額195万円となる。合算する事に意味があるのかよくわからないが、とにかく凄い。

左からAK380+AK380 AMP、AK380 SS、AK380 Copper+AK380 AMP Copper

 テスラテクノロジーを投入し、細かな音の違いの描写が得意なイヤフォン「AK T8iE MkII」を使い、「ハイレゾの宇多田ヒカル/花束を君に」で聴き比べてみる。接続は2.5mm/4極のバランスだ。

「AK T8iE MkII」で聴き比べ

 AK380とAK 380 Copperの違いは以前のレビューで詳しく書いているが、無印AK380のとにかく色付けが少なく、ワイドレンジ、ニュートラルな優等生サウンドと比べると、AK380 Copperは中低域が分厚く、例えば「ズンズン」と沈んでいたベースが、「ズオンズオン」と野太くなる。

 単に音像が膨らんだというよりも、低域の沈み込みが深くなり、より“腰の座った”音になり、同時にその力強い低域の芯に、銅のまろやかというか、暖かな響きがプラスされた印象。それゆえ、ボワッと実体のない中低域が湯気のように膨らむ……という感じではなく、パワフルで野太い実体のあるゴムにひっぱたかれるような印象の違いがある。

 素材の響きの違いは確かにあるが、中低域に限って言えば恐らく、素材の電気伝導性の違いが大きそうで、ピュアオーディオのアンプで、アースをしっかり落とした時と、そうでない時のような、重心の低さの違いがポータブルでも出ているように感じる。

 一方で、高域は無印のスッと天井まで伸びる、抜けの良いサウンドと違い、AK380 Copperはややボーカルのサ行など、高域のキツイ部分が丸く、穏やかになる。そのため、豊かに、押し出しが強くなった中低域と合わせると、「低音はパワフルで迫力があるのに、どこかゆったりとして、ホッと落ち着く」ような音に聴こえる。人によっては「Copperはフォーカスが甘い」と感じるかもしれない。個人的には、アコースティックな楽曲や、民族音楽など、温かみのある音楽とマッチしそうなサウンド傾向だと感じる。無印はもちろんオールマイティーだ。

 では、AK380 CopperからAK380 SSに繋ぎ変えると音はどう変化するだろうか? 見た目だけで言えば「シャープでスッキリとした、凛としたサウンドになる」ような気がする。実際に音が出ると、まさにその想像通り、見た目通りの音で驚く。

 まず注意が向くのは、中高域の鋭さだ。ステンレスの響きがやや乗っており、クールで音の輪郭がシャープ。切り込むような鋭い音に聴こえるので、トランジェントが良くなったように感じる。女性の声のサ行は、無印よりもキツめの描写になるが、プラスチックや樹脂筐体の響きではないので、カサついてはおらず、安っぽくはない。独特の清涼感があり、シャープな高音の響きが空間に広がっていく様子は美しい。

 面白いのは中低域だ。てっきり低い音もシャープに、締まって聴こえるのかなと思っていたが、中低域の押出のパワフルさ、重心の低さなどはAK380 Copperに良く似ている。素材の響きよりも、金属の素材の利点がCopperとステンレススチールでは似ているのかもしれない。

 そのため、AK380 Copperを聴いて感じた「迫力あっていいのだけれど、中高域はもう少しシャープさが欲しい」という希望が、AK380 SSではまさに実現されている。様々な音楽に対応できるオールマイティーさがありつつ、特別なモデルとしての中低域のパワフルさを兼ね備えたサウンド……と言えそうだ。

 もっとも、AK380 SSの高域の金属質な綺羅びやさが気になるという人もいるだろう。そういう場合は無印AK380のニュートラルさがマッチするハズだ。逆に言えば、無印の中低域を改良しつつ、高域にステンレスの味わいを少し個性としてプラスしたのがAK380 SS……と表現する事もできる。

AK380 SS AMPを取り外し、本体だけで聴いてみる

 ここまでは外部のAK380 SS AMPを取り付けて聴き比べたが、これを外して、AK380 SS本体だけで聴いてみると、これが実に面白い。AK380 SS AMPを通した時より、中低域のパワフルさが抑えられ、中高域のシャープさがバランスとして目立ってくるのだ。AK380 SS+SS AMPを聴いた直後だと、音が痩せて、弱くなったように聴こえ、高域に低域が負けているようにも感じる。

 AK380 SSは外部AMPを標準でセットしているので、AK380 SS+AK380 SS AMPという組み合わせで聴く人が多いだろう。個人的な推測だが、恐らくそれを見越して、AK380 SS+AK380 SS AMPを組み合わせた時のサウンドを最優先に、音作りされているように感じる。

 最後に、せっかく3機種が揃っているので、AK380 SSと、AK380 AMP Copperを取り付けてみた。実際に両方買っている人は少ないと思うが、どんな音がするのかは興味がある。

なんともリッチな実験。AK380 SSに、AK380 AMP Copperを装着してみた

 結果はまさにCopper+ステンレススチールのサウンド。中低域のパワフルさ、おおらかな響きはCopperのそれで、中高域の鋭さ、シャープさはステンレススチールの持ち味が光る。「なかなかいいかも!」と思ったが、しばらく聴いていると、中低域の音色と、中高域の音色がマッチしていないので、全体の調和の崩れが気になってくる。なんというか、おでんとかき氷を同時に食べているような感じ。やはり本体と外部アンプは、同じ素材で揃えた方が良さそうだ。

これも1つの“ポータブルオーディオならではの遊び”

 Astell&Kernは、高価になってしまっても、とことんこだわった製品を迅速なスピードで投入する点に強みがある。この素材が音に良いとわかったら、高価なハイエンドモデルでもすかさず採用し、バリエーションモデルとして展開するマニアックさ、柔軟さがユニークなメーカーだ。

 ポータブルのオーディオでも、筐体の素材で音はガラリと変化する。据置きのオーディオで同じ事をしようとすると、聴き比べるだけで一苦労のオオゴトであり、銅やステンレスのカタマリから削り出すとした場合、それこそAK380の価格が可愛く思えるほど、とんでもない値段になってしまうだろう。

 同じモデルで筐体の素材違いのバリエーションを作り、それがイヤフォンを繋ぎ変えるだけで簡単に聴き比べられ、素材によるサウンドの違いが楽しめるという意味では、“ポータブルオーディオならではの遊び”と言えるのかもしれない。

山崎健太郎