レビュー

“バランス接続”に本腰!? ソニー最上位ヘッドフォン「MDR-Z7」、ポタアン「PHA-3」を聴く

 2012年、ポータブルヘッドフォンアンプという(当時は)ニッチな市場に「PHA-1」を引っ提げて参入し、ヘッドフォン/イヤフォンファンを驚かせたソニー。しかも「流行ってるっぽいのでチャチャッと作って出しました」という製品ではなく、ハイレゾ対応のUSB DACをキッチリ搭載した“本気っぷり”も大きな話題となった。以降、ソニーのポータブルオーディオにおける“本気”はトーンダウンするどころか、加速している。

左が「PHA-3」、右が「MDR-Z7」

 その勢いを象徴するような製品が、10月18日から発売されているヘッドフォンのフラッグシップモデル「MDR-Z7」と、ポータブルヘッドフォンアンプのフラッグシップ「PHA-3」。2機種に共通するキーワードは「バランス接続」。この、ポータブルオーディオの最新トレンドにソニーが対応した事で、これまでマニアックな印象があったバランス駆動そのものに対する注目度が、一段アップするのは間違いないだろう。

 今回はこの2つのフラッグシップを組み合わせて聴いていく。価格はどちらもオープンプライスだが、実売は「MDR-Z7」が56,000円前後、「PHA-3」が93,000円前後だ。

70mm径ユニットでスピーカーを再現? ヘッドフォン「MDR-Z7」

 まずはヘッドフォン「MDR-Z7」(以下Z7)から見ていこう。ブラックとシルバーを基調とした落ち着いたデザインで、派手さは無いが、フラッグシップ機らしい重厚感がある。

 ハウジングは密閉型で、サイズは大きめ。密閉型なので屋外で使えない事もないが、基本は屋内用のサイズだろう。ハウジングが大きいのには理由があり、中に70mm径という大口径なドライバを搭載しているためだ。

70mm径のHDドライバーユニットを搭載している

 やみくもに巨大なユニットを搭載したというわけではないようで、ソニーによれば70mmというサイズは、多くの人間の耳の縦方向のサイズが約70mmである事から決まったそうだ。

 耳と同じサイズのユニットから音を出す事で、耳元へ届く音波は、ほぼ平面波になる。この音の届き方が、“スピーカーからの音が届くような音波”を再現できるという。これがZ7の大きなポイントだ。

 音波以外にも利点がある。振動板が大きいと、同じ大きさの音を出そうとした場合、小さな振動板と比べて振幅が小さくて済む。これにより、入力信号に対して正確に音を鳴らすリニアリティに優れ、微小音の再現性が良くなるという。再生周波数帯域は4Hz~100kHzとワイドレンジで、ハイレゾ再生にも対応している。

液晶ポリマーフィルム振動板の表面に、アルミニウムの薄膜をコーティング

 サイズだけでなく、振動板の素材も進化している。MDR-1RやMDR-Z1000など、ソニーのヘッドフォンと言えば、固有音の少ない液晶ポリマーフィルムがお馴染みだが、Z7ではそれを進化させた「アルミニウムコートLCP振動板」を採用している。

 これは、液晶ポリマーフィルム振動板の表面に、アルミニウムの薄膜をコーティングしたもの。こうする事で、異なる素材が組み合わさる事になり、共振モードが分散し、高域の内部損失がさらに向上するそうだ。“内部損失の向上”は、つまり色付け、振動板固有の音がしなくなるという事で、超高域までナチュラルな音になったというのがウリだ。

 ハウジングは密閉型だが、下部を見るとメッシュのポート(通気孔)が見える。これにより、低域における通気抵抗をコントロールし、低域の、特にリズムを正確に再現できるという。「ビートレスポンスコントロール」と名付けられた技術だ。また、低域再生で重要な密閉度を高めるため、ウレタンフォームのイヤーパッドには、エルゴノミック立体縫製を採用。耳の周囲との密着性を高めている。さらに、装着するとパッドが内側に倒れこむような構造になっており、耳を包み込むようにして気密性をアップさせている。

下部にメッシュの通気孔を設けている。これがビートレスポンスコントロール技術の肝だ
ウレタンフォームのイヤーパッドには、エルゴノミック立体縫製を採用。耳の周囲にピッタリフィットする

 重量は335gと、決して軽くない。だが、装着してみるとイヤーパッドがピッタリと耳の周囲に密着。耳の下側も“浮いた”感じはまったく無く、ピタッとホールドされる感覚で、安定感がある。事実、少し首を振ったくらいではズレない。1時間ほど装着したが、特にどこかが痛いという事もなかった。

最初からバランスケーブルが付属するのだが……

 一番の注目ポイントは接続ケーブルだ。ハウジングから両出しタイプで、ヘッドフォン接続側はステレオミニ端子(3芯)×2を採用し、バランス接続に対応している。

ケーブルは着脱可能。ヘッドフォン側はステレオミニ端子(3芯)×2
アンバランス接続ケーブルのヘッドフォン側。端子にL/Rを示す色がつけられている
アンバランス接続用ケーブル

 接続端子の違いはあれ、ここまではヘッドフォンの上位モデルとして珍しくはない。Z7がユニークなのは、標準で付属するアンバランス接続ケーブルに加え、標準でバランス接続ケーブルも同梱している事だ。

 通常、バランス対応ヘッドフォンを購入し、音のレベルアップを図ろうと、後から単品のバランス接続ケーブルを1~2万円程度で購入するというケースが多いと思われるが、Z7の場合はそれが不要だ。バランス接続ケーブル自体、さほど安くない現状を考えると、ヘッドフォンの価格(実売56,000円前後)が急にリーズナブルに感じてくる。

バランス接続用ケーブルも同梱している。ヘッドフォン側、入力側、どちらも3.5mmステレオミニ端子(3芯)×2本構成だ
ケーブル表面には細かい溝が作られている。摩擦を低減する仕組みだ

 ただ、注意しなければらないのは、付属ケーブルの入力プラグが、ヘッドフォン側と同じ3.5mmミニ端子(3芯)×2になっている事。ご存知のように、AK240などのAstell&Kernシリーズでは2.5mmの4極端子、Cypher Labsやパイオニアが11月下旬に発売する「XPA-700」(TACTICAL ARMORED)は4ピンの角型端子と、これまで各社が採用してきたバランス用端子とはまた異なる仕様になっている。

 1ユーザーとしては、AKシリーズの人気で「ポータブルでは2.5mmの4極にまとまっていくのかな?」という雰囲気を感じていたところなので、「これ以上イロイロ増やすのは勘弁して」というのが本音。だが、ソニーによれば、「(2.5mm/4極のバランスも)試作はしてみたが、プラグ内の導体の断面積が小さく、音質上のネックになっているという検証結果があったため、3.5mmミニ(3芯)×2本を採用した」という。あくまで音にこだわった結果、この方式になったというわけだ。

 まあそれもわからなくはないが、安くないバランスケーブルを機器のたびに買わねばならない状態が続くのは厳しい。そろそろ誰かが手をあげて、「ポータブルのバランスはこの端子で行こうぜ」とまとめて欲しいと感じる。

 その点、Z7は3.5mmミニ×2本のバランスケーブルを同梱しているので良心的と言える。ただ、当たり前の話ではあるが、このケーブルを使ってバランス駆動するためには、3.5mmミニ×2本でバランス出力するヘッドフォンアンプ「PHA-3」が必要になる。つまり、今のところPHA-3を持っていないと活用できないのが難点だ。

 なお、付属バランスケーブルで満足できないという人には、KIMBER KABLEが協力したハイクラスモデルも発売される。2mのバランス接続「MUC-B20BL1」(オープン/実売24,000円前後)、3mの標準プラグアンバランスケーブル「MUC-B30UM1」(同24,000円前後)などだ。Braid構造(8本)と呼ばれる、KIMBER KABLE独自の編み構造を採用し、外部ノイズを遮断している。

2mのバランス接続ケーブル「MUC-B20BL1」

バランス駆動って? Z7はアンバランス接続にも工夫が

 ヘッドフォンの左右ハウジング内にはユニットが入っているが、通常のヘッドフォン(アンバランスタイプ)の場合は、ユニットの片側にアンプ(正相)、もう片方にグランド/アースが接続されている。

アンバランス接続のイメージ
バランス接続のイメージ

 このグランド側にもアンプ(逆相)を接続して、“1つのユニットを2つのアンプでドライブしよう”というのがバランス駆動の基本的な考え方だ。スピーカーに詳しい人は、ステレオアンプを2台、ブリッジ接続して1つのモノラルアンプとして使い、スピーカーをドライブする「BTL接続」というのをご存知だと思うが、あれと似たようなものである。

 つまり、左右の音を完全に分離し、グラウンドを介さずに音の信号を出力できるため、クロストークが低減。ノイズの少ない低歪で繊細な音が再現できる……というものだ。

 このようなバランス接続は、対応するケーブルとアンプが無いと意味がないが、Z7はアンバランス接続の音質もバランス接続時に近づけようと工夫されている。

 具体的には、付属のアンバランスケーブルが、内部でLRのグランドを分けた4芯構造になっている。通常のヘッドフォンでは、L/Rユニットからのグランドの帰り道を、ユニットの近くでまとめてしまうが、Z7付属ケーブルではL/Rで2本のケーブルに“分けたまま”ステレオミニの入力端子まで戻している。端子部分では1つにまとまるが、その直前まで分離させておく事で、音の広がりと、引き締まった低音を実現できるとしている。

4芯構造を採用したアンバランスケーブルの概要

バランス接続対応ポータブルアンプ「PHA-3」

 外形寸法約80×140.5×29mm(幅×奥行き×厚さ)、重量約300gのポータブルアンプ。PCと接続して利用できるUSB DAC機能に加え、iPhone/iPod/iPad、ウォークマン、さらにはハイレゾ出力対応のXperiaスマートフォンとも接続できる。

ポータブルアンプ「PHA-3」

 最大の特徴は前述の通り、バランス出力に対応している事。DACでアナログ変換した後、2基のオペアンプを使いアナログ増幅、ヘッドフォンアンプも2基搭載し、L/Rそれぞれのチャンネルを2つのアンプで構成する事でノイズの影響を改善している。出力端子は3.5mmミニ×2端子で、まさにZ7との組み合わせにピッタリだ。

フロントパネル。左端がアンバランス、その隣に2本並んでいるのがバランス出力端子だ
Z7とバランス接続したところ

 DACはESS製の「ES9018」。PCとの接続時は、384kHz/32bitのPCM、DSDは5.6MHzまでサポート。アシンクロナス伝送もサポートし、内蔵した高精度クロックジェネレータから、ピュアなクロックをDACに供給、アナログ変換時の時間軸精度を高めている。また、CDや圧縮音楽をハイレゾ相当のサウンドに変換する「DSEE HX」機能も利用可能だ。

背面の入力端子部
側面にゲイン調整と「DSEE HX」機能のON/OFFスイッチがある
PCやウォークマン接続用の各種ケーブル、シリコンバンドなどを同梱する
ウォークマンと組み合わせたところ

 入力端子はPC/ウォークマン/Xperia用のUSBと、iPhone/iPod/iPad用のUSB、光デジタル入力、ステレオミニのアナログ音声入力を各1系統装備。バランス出力、アンバランスのステレオミニ出力に加え、ステレオミニのライン出力も備え、アクティブスピーカーなどと接続する事もできる。内蔵バッテリによる動作時間は、アナログ接続時で約28時間、デジタル接続時で約5時間だ。

 手にした第一印象は「デカイ」。既存のPHA-1やPHA-2と比べると、一回り大きく感じる。また、ボリュームつまみや端子類をガードするため、筐体の左右が出っ張っているため、実際の筐体サイズよりも奥行きが長く感じられる。

筐体の両端が出っ張って、ボリュームノブや端子を保護している
PHA-2(左)とのサイズ比較

 全体として丸みを帯びたフォルムなのが特徴で、ゴツゴツしたガジェット感に溢れるPHA-2/1と比べるとだいぶ印象が異なる。ハイエンド機らしい落ち着きを感じさせる。筐体はアルミニウム製だ。しかし、アンプに付属するシリコンバンドでスマホと接続。ケーブルを接続して持ち歩いていたところ、他の編集部員から「ダイナマイト持ってるのかと思いました」と言われてしまった。

 確かに、アンプのサイズが大きいので、四角いスマホやウォークマンとケーブルで接続した姿はちょっと異様だ。電車内で取り出して操作すると、周囲の人にギョッとされるかもしれない。ただ、サイズ的に胸ポケットに入れるのは不可能なので、リュックやバッグの中に入れてケーブルだけ外に出すというのが基本的な使い方になるだろう。

スマートフォンやウォークマンと接続したところ。アンプのサイズが大きいのでちょっと異様に見える

アンバランスで聴いてみる

まずは付属のアンバランス接続で試聴

 バランス駆動が特徴の2機種だが、まずはベーシックな音を確認するため、Z7付属のアンバランスケーブルで接続。ソースとしてPCとUSB接続し、ハイレゾ楽曲を聴いてみた。なお、既発売モデルと同様に、PHA-3ではソニーのWebサイトからダウンロードできる「Hi-Res Audio Prayer」が利用できる。ドライバがキチンとインストールできていれば、複雑な設定をせずに、すぐ使える再生ソフトだ。

Hi-Res Audio Prayerの再生画面
設定画面

 192kHz/24bitの「イーグルス/ホテル・カリフォルニア」や、「茅原実里/NEO FANTASIA」から「この世界は僕らを待っていた」(翠星のガルガンティアOP/96kHz/24bit)などを再生。

 まず驚くのがスケールの大きさだ。通常、ヘッドフォンでは音場が自分の頭の周りにフワッと広がるが、Z7の場合は、その広がる空間が広大で、とても密閉型と思えない。ヘッドフォンなので、ユニットは耳のすぐ近くにあるはずだが、聴いてみると、音源がもっと離れた場所にあり、そこから空間をしっかり音波が伝搬して耳に届いたような感覚で、空間の広さがリアルに感じられる。

 ただ、密閉型ヘッドフォンではあるので、開放型のように、音の余韻がどこまでも際限無く広がっていくというほどではない。通常の密閉型ヘッドフォンが、頭のまわりで音が停滞するのに対し、Z7は空間自体は有限ではあるものの、その範囲がとても広い。

 例えば、屋外で聴く場合、開放型は屋外に音が溶け込むように広がり。普通の密閉型ヘッドフォンは、屋外にいるのに“狭い部屋”に頭を突っ込んだ感じ。Z7は、頭を突っ込んだ部屋が、とても“広い”。しかし、部屋ではあるので壁は感じる……という違いだ。

 空間の広がりに限度があると書くと、悪い印象を受けるかもしれないが、決してそうではない。密閉型は、広がる空間の音の密度が高く、パワフルであるため、力強く音楽が楽しめる。開放型はともすると、激しいロックのライヴ音源を素っ気なく描写してしまう。

 Z7の描写は、何かに似ていると思いながら聴いていたが、一番イメージにピッタリマッチするのはピュアオーディオを設置したリスニングルームだ。。しっかりと防音処理された部屋に、巨大なフロア型ハイエンドスピーカーを設置。その前にかぶりつきで座り、思うさまアンプのボリュームを上げても誰からも怒られず、好きな音楽を大音量で、パンチを浴びるような感覚で楽しめる。恐らく、平面波の音を耳に届ける70mm径ドライバの効果なのだろう。

 こう書くと「低域が強いだけの大味なヘッドフォンなのでは」と思われるかもしれない。Z7の凄いところは、そのイメージと真逆の要素を兼ね備えている事。音場が広く、ワイドレンジでスケールの大きな再生ができるにも関わらず、ジャズピアノの左手や、クラシックのストリングスの弦のほぐれ、ヴォーカルのかすかなブレスといった、細かな音がクッキリと聴き取れる。ハイレゾの細かな情報も、スケールの大きなサウンドに飲み込まれず、細かく描写する繊細さがあるのだ。この点も、ハイエンドフロア型スピーカーを聴いている感覚に近い。

 そしてZ7は、ここからさらに進化する。

バランス接続で真価を発揮

付属のバランスケーブルに交換

 付属のバランスケーブルに交換。音が出た瞬間に、音が激変しているのがわかる。元から広かった音場がフワーッとさらに拡大。左右、上下、そして奥行方向にも、魔法のように空間が広がる。先ほどは「オーディオルームで聴いている感じ」と書いたが、部屋のサイズがもっと大きくなり、あまり壁の存在を感じなくなる。開放型に近い描写だ。

 ヘッドフォンを装着したまま、ケーブルだけアンバラ/バランスと付け替えると、まるで山奥に車で出かけて目的地に到着、狭い車内からドアを開けて、いきなり大自然の中に立った時のような空間の広がりを感じ、深呼吸をしたような気持ち良さがある。

 空間が広がったためか、低域の張り出しやパワフルさが、さほど目立たなくなり、広い音場を、縁の下から支えるような立ち回りとなる。パワフルで元気なタイプから、ワイドレンジでバランス重視のハイエンドらしい“大人なサウンド”に変化する。

 ただ驚くべきは、低域の量感が減ったからそう聴こえるのではなく、あくまで空間が広がり、張り出しが目立たなくなっただけで、低域の沈み込みの深さや、音圧は低下していない。むしろ分解能の面では、アンバランス時よりもクオリティアップしている。アコースティックベースの「ヴォーン」という低域の中身が細かく見えるようになった事で、単純な低域のパワフルさが印象に残らなくなるためだろう。

 音の1つ1つの鳴りっぷりも良くなり、中高域が聴き取りやすく、情報量も増加する。女性ヴォーカルのサ行などは、エッジがむき出しになり、目が覚めるようなフォーカス感にゾクゾクする。同時に、高域で耳が痛くて顔をしかめるようなキツさまでは至らない。階調表現が豊かなヘッドフォンならではの現象で、描写が粗いと耳が痛いと感じてしまうが、Z7はギリギリのところで踏みとどまる。

KIMBER KABLEが協力した「MUC-B20BL1」に交換

 では、バランス接続のケーブルをグレードアップしたら、音はどう変わるだろうか? 先ほど紹介した、KIMBER KABLEが協力した2mのバランスケーブル「MUC-B20BL1」(実売24,000円前後)に変更してみる。

 この音が凄い。空間がさらに拡大すると同時に、S/Nがよくなり、音場自体が極めて静かになる。音の描写も細かく、今までマジックで描いていたものが、細いシャーペンになったようだ。

 高域のエッジがさらにキツくなるのではと心配していたが、描写が繊細かつ丁寧になった事で、むしろ“耳が痛くなるのではというギリギリ感”は薄れ、ヴォーカルの高域の表情がより滑らかに聴けるようになる。どこにも誇張・強調は感じられず、極めてナチュラルなサウンドだ。

 今までのケーブルで感じてた低域のパワフルさ、響きの豊富さよりも、繊細さ、分解能、清涼感が印象深くなる。「ホテル・カリフォルニア」のギターの弦や、 「藤田恵美/camomile Best Audio」の「Best of My Love」におけるベースとヴォーカル、ギターの距離感が、情報量が増えた事で細かく見え、音像の位置関係や実在感も生々しくなる。音が消える余韻も、遠くまで見渡す事ができ、完全に密閉型ヘッドフォンという事を忘れていた。

 にも関わらず、低域は弱くなってはおらず、芯のある深く沈む低域は維持されている。低域にも高い分解能が及んでいるので、清涼感は全体域で感じる事ができる。密閉型ヘッドフォンの迫力やパワフルさ、開放型ヘッドフォンの広がりや繊細さといった要素を“いいとこ取り”した音で、これまでのヘッドフォンではなかなか聴けなかった音だ。

 しばらく「すげぇ」と「MUC-B20BL1」の音を楽しんだ後、付属のアンバランスケーブルに戻すと、一気に世界が狭くなり、狭い空間にギュッと音がつめ込まれた事で、低域が目立つバランスになる。これはこれでパワフルで乗りの良いサウンドではあるのだが、“ハイエンドの風格”とはちょっと違う。聴き比べるとわかるが、Z7というヘッドフォンは恐らくバランス接続に軸足を置いて開発されたのだろう。バランスでこそ真価を発揮するヘッドフォンだ。

PHA-2とPHA-3ではどのように違う?

 アンプのPHA-3が、どれくらい進化したかも軽く紹介しておこう。既発売で、下位モデルとなるPHA-2は、ワイドレンジでクリア、特に目立った個性が無い代わりに、ニュートラルで使いやすいアンプだ。個人的には低域が軽やかで、キレの良いところが気に入っている。だが、このアンプでZ7をドライブすると、主に音場において、もう少し広がりや奥行きが欲しいと感じる。

左からPHA-2、PHA-3

 PHA-3に切り替えると、音場が一気に拡大。特に横方向の空間が広くなり、「Best of My Love」のパーカッションが聴こえてくる場所が、かなり頭の中心から遠くなる。音が消える様子も、PHA-3の方が遠くまで、クッキリと聴き取れる。

 低域の沈み込み、分解能も大幅に向上する。Z7のスケールの大きなサウンドに、しっかり太刀打ちできている印象で、切り込むようなソリッドさがありながら、量感も豊か。やはりハイエンドモデルは低域が違う。価格は倍以上違うが、CHORDの「Hugo」(ヒューゴ)と、1音1音の勢いは似ているが、全部の音がむき出しで飛び掛かってくるようなバランスのHugoに対し、PHA-3はまとまりの良さが感じられ、音作りの上手さを感じる。

 また、当たり前の話だが、PHA-3とZ7は組み合わせる事を想定しながら開発されているため、それぞれの長所を引き出す相性の良さがある。

Z7の真価を味わうにはPHA-3が必要?

 もし予備知識が無い状態でZ7とPHA-3の組み合わせを渡され、音を聴いてみて「幾らだと思う?」と聞かれたら、「アンプはDSD/PCM対応でバランス駆動にも対応してて、このサイズだから10万前後、ヘッドフォンは12万~14万円くらいかな?」と答えただろう。

 「PHA-3」の実売93,000円前後という価格は、スペックとサウンドを考えると、妥当だと感じる。欲を言えばもう少し小さく作って欲しかったが、厚さはさほど無いので、慣れてくれば持ち運んでの利用もできなくはないと思う。

 それよりもZ7が安い。この音で実売56,000円前後というのは驚きだ。そもそも海外メーカーのハイエンドヘッドフォンは、10万円前後、それを大きく超えるモデルも珍しくない昨今、それらの機種と堂々と渡り合えるポテンシャルを持ったZ7が、5万円台というのは破格だ。

 ただ、前述の通り、Z7はバランス接続で真価を発揮する。ケーブルを自作するという人はさておき、現時点でバランス駆動するためには純正の組み合わせであるPHA-3が必要になる。そういった意味で、Z7のサウンドをキッチリ楽しむためには、合計15万円程度のZ7+PHA-3という組み合わせが必要になると考えた方が良い。Z7を15万円で買ったら、凄いUSB DAC兼ポタアンもオマケで付属してきたくらいのイメージだ。

 個人的には、3.5mmミニ×2本のバランス駆動対応のポータブルアンプで、実売5万円くらいの低価格モデルや、ポータブルでなくても構わないので、同程度のヘッドフォンアンプが登場して欲しい。そのアンプとZ7を組み合わせ、約10万円程度で“ソニーのバランスワールド”が楽しめるというのであれば、魅力的と感じる人も一気に増えるだろう。

 また、既に4ピン角型や、2.5mm 4極ミニ、XLRなどでバランス駆動に対応している機器を持っているという人であれば、サードパーティーから、Z7対応の変換ケーブルが登場するのを待つのも良いだろう。Z7のコストパフォーマンスの良さを、ぜひ店頭などで聴いてみて欲しい。

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山崎健太郎