本田雅一のAVTrends
最新HDRプロジェクタをチェック。レーザーとノウハウ蓄積によるHDR時代の画質
2016年10月21日 08:10
ここ数年、HDR(ハイダイナミックレンジ)による映像改革を取材してきた。単純に色再現域が拡がった、あるいは解像度が上がったといった単一方向の進化だけでは得られない、映像技術が生まれてから初のダイナミックレンジ拡張は、”表現できる光(色)の範囲”が劇的に増加する。それは3Dグラフ上に表現される立体の大きさで表現されるため”カラーボリュームが増えた”といった表現がされる。
従来は表現できるカラーボリュームが小さかったため、眼で感じている色(光)を“それらしく”表現できるようグレーディングというプロセスでたたみ込まねばならなかったが、眼で感じているそのまま(に近い光)をディスプレイの性能に合わせて表示できるようになった。
しかし、それはあくまで“技術的に可能になった”ということで、実際に表示できるかどうかはディスプレイ次第。たとえば液晶テレビであれば、LEDバックライトの進化でピーク輝度が向上したが、いまだにパネルコントラストの問題がある。プロジェクタならば、そもそもの光出力が不足して、HDRで定義されている規定の輝度を出すことができない。
それぞれの問題への対処が落ち着き、HDRの本当の良さが引き出されるまでには、かなりの時間がかかるだろうと考えられていた。業務用であれば、ソニーのOLED(有機EL)マスターモニターや、水冷システムを用いた高密度LEDによる超多分割バックライトシステムを持つドルビーのマスターモニターなどがあるが、いずれもかなり特殊なシステムだ。
ところが、今年ソニーがCESで技術展示したバックライトマスタードライブを年末向け商品で実用化した上、本格的なHDR対応プロジェクタがそろい始めた。“驚き”という面では、とにかくHDR対応プロジェクタの充実が一番である。
その背景には各社ともHDRコンテンツの表示に対するノウハウが蓄積されてきたことに加え、レーザー光源の一般化によって”実質的な光出力”が向上している点が挙げられる。
詳細なレビューは西川善司氏の連載などに譲るとして、各社から相次いでいるHDR対応プロジェクタのインプレッションをお届けするとともに、“今年のHDR対応プロジェクタのひと味違うところ”について紹介したい。
HDR表示の理想と現実
HDR映像を収める規格には、大きくわけてHDR10とHybrid Log-gamma(HLG)がある。Dolby VisionはHDR10を拡張したものだが、基本的な特性部分での違いはない。
HDR10はPQカーブという人間の視覚特性に合わせて割り振られた特性カーブで記録するもので光の絶対値がそのまま記録される。つまり1,000nitsの明るさは1,000nitsで記録され、それを正確に再現するならば1,000nitsの明るさで表示せねばならない。
ブルーレイやネット配信のHDR映像は、おおよそ1,000nits前後までを再現できるディスプレイを基準に映像が作られており、テレビはそれを再現すべく絵作りされている。中には3,000nitsを越える映像もあるが、おおむね1,200nits程度まで再現できれば問題なく、600~800nitsぐらいの範囲が表示できれば作品の雰囲気は伝わる……というのが個人的な印象だ。
“個人的な印象”というのは、規格上は最大1万nitsまで記録できるためである。そのダイナミックレンジを使って、どこまで幅広い輝度レンジで映像を表現するかは、作品の作り手次第だ。
ただし、実際にはそこまでの輝度レンジを再現できない製品もある。OLEDもそのひとつだが、もっと大変なのがプロジェクタだろう。スクリーンのゲインや大きさにもよるが、たとえば100インチ/ゲイン1.0のスクリーンで考えた時、1,000nitsの絶対値を出そうと思えば、レーザー光源でも1万ルーメン以上の実効光出力が必要になるだろう。
しかし、PQカーブそのものは絶対的な明るさを基準に定義されているものの、人間の眼には“アイリス”というものがある。絞りを変えて明るさを常に調整しているわけだ。真っ暗なシアタールームでは、アイリスは開いているため、実際に記録されている明るさに達していなくても充分な明るさを感じることができる。OLEDの場合も同様で、プロジェクタのような全暗ではないものの、暗所を意識した絵作りになっている。
もっとも、完全に部屋の灯りを落とした環境で見ることが前提と言っても、プロジェクタからの光量が多ければその分、アイリスは小さくなるから、”ある程度”は明るさが必要だ。ではどの程度明るければ無理なく表示できるのだろうか?
300nits程度出ればHDRらしい上映に?
ではどの程度あれば……ということだが、米バーバンクにあるAMCのDolby Vision対応シアターでは、業務用のレーザー光源プロジェクタを2台スタックさせて、素晴らしい画質のHDR映像が上映されていた。
現地でハリウッド関係者に問い合わせたところ、概ね400nitsの明るさが出ているとのこと。これがひとつの基準になると言えよう。しかし、従来の方式でこの明るさに近付くのは難しい。超高圧水銀ランプではなく、レーザー光源であることが望ましい。レーザー光源が望ましい理由は、光の利用効率が高いためだ。
4K/HDRの映像はBT.2020という広い色域で映像が記録されている。実際にはその中のDCI-P3という色域に収まっていることがほとんどなのだが、BT.2020(あるいはDCI-P3)の色を出そうとすると、従来(BT.709)よりもRGB各色の純度を高めねばならない。
では色純度を高めるために、どのようなことが必要か? 色純度を高めるには不要な波長の光を削ればいい。しかし、不要波長の光を削るということは、その分、光が減ることを意味しているため、結果として暗くなってしまう。広色域とHDRはセットで実現することにより、カラーボリュームが増えて高画質になるというのに、広色域を実現しようとすると暗くなる。
必要な色純度を引き出した上で明るさも引き出すには、そもそも”光を削らなくても色純度が高い”光源でなければならない。この点でレーザー光源は超高圧水銀ランプに比べて有利なのだ。設計によっても条件が異なるため、おおよそのザックリとした感じではあるが、DCI-P3ぐらいの色域ならばレーザー光源の方が(同じルーメン値でも)1.5倍くらい有利といったところだろうか(異論はあるだろう)。
正確にどの程度有利かはともかく、スペック上のルーメン値で比較するよりもレーザープロジェクタは4K/HDRで明るさ面でかなり有利らしい……程度に考えておけばいいだろう。
そんなわけで、HDR対応プロジェクタが今年、昨年の製品よりも注目度アップしている理由は、レーザー光源を採用する製品が増加して、昨年までの”HDRコンテンツも上映できる”程度から、“HDRコンテンツを本格的に愉しめるレベル”にまで光出力が向上してきたからだ。
実際には業務用レベルの明るさで投影できるのは、価格が800万円のソニー「VPL-VW5000ES」だけだろう。VW5000ESは、出力80%のランプ低設定でも、前記条件で450nitsぐらいを出せる。実際にこのクラスの製品を導入する環境では150インチぐらいの投影を行なうことも多いだろうが、フル出力で350nits相当の明るさになるだろう。高めのゲインを持つスクリーンを使えば、充分な明るさを出せる。
では3,000ルーメンのJVC「DLA-Z1」やエプソン「EH-LS10500」では不足か? というと、実はそんなこともない。なぜなら、HDR表示に関するノウハウが蓄積して、画質調整次第で実質的な明るさを稼げるようになってきたからだ。
明るさを稼ぐふたつの工夫
HDR対応プロジェクタは、主に二つの工夫で明るさを稼いでいる。
まずVW5000ESを含め、すべてのHDR対応プロジェクタはBT.2020をサポートしているが、実際にBT.2020すべての色域を表示できるわけではない。むしろ、意識して“色域を狭く”している。
というのも、実際に映像に入っているのはDCI-P3であることがほとんどだからだ。そもそも、デジタルシネマ向けに製作されている劇場公開作品なのだから、DCI規格で作られているのが自然で、規格上はBT.2020の信号を受けるものの、色飽和を抑えながらもDCI-P3を中心にした再現域に収めれば充分だ。
エプソンは最初から生真面目に“入力はBT.2020だけどDCI-P3相当”とうたっているし、ソニーも“BT.2020に準拠”と表現しつつも再現範囲については言及せず、JVCは“HDR”という色域を定義して明るさと色再現域のバランスを取った色モードを用意している。
これが明るさを稼いでいるひとつの工夫だ。言い方や色域のたたみ方は異なるものの、光出力を有効に使おうという考え方に変化はない。
もうひとつはコンテンツに含まれている映像を、どのように表示するかの工夫だ。
HDRコンテンツには0~1万nitsまでの光が記録されている。これをすべてリニアに再現しようと思えば、光出力の一番明るいところを1万nitsに割り当て、直線的に表示する必要がある。しかし、それではほとんどの映像は暗く沈んでしまう(映像作品によって異なるが、映像情報の主要な部分は300nits以下に集中している)。
そこで、HDRコンテンツに記録された映像に対して、どこまでリニアに表示するのか?そして明部をどういったカーブで表示するのが望ましいか?という工夫が必要になってくる。この特性を「EOTF」というのだが、近年のHDRプロジェクタは(レーザー光源以外のものも含め)EOFTをコンテンツに合わせてユーザーが調整できるようになっている。
UHDアライアンスのガイドラインによれば、現時点のHDRコンテンツは1,000nitsを目安に映像グレーディングを行なうこと……となっているが、実際には3,000nitsぐらい入っている映画も少なくない。バットマン対スーパーマンやLEGOムービーなどがそうだが、実際にどの程度の情報が入っているか、目安となる情報はない(メタ情報は入っているのだが、いい加減な値が入っていることが多く映像調整の目安にはならない)。
しかも、3,000nitsの情報が入っているからといって、きちんと3,000nitsを表示しないと映像として破綻するかと言えば、決してそのようなことはない。マスターモニターで言えば、ソニー「BVM-X300」は最大1,000nitsまでしか表示をサポートしてない。結局のところ、実際にどのぐらいまで再現すべきかは映像を観ながら判断せねばならない。
そんなわけで、ギリギリまで明るさを稼ぎたいプロジェクタでは、HDR表示時のEOTF特性を調整することで、明部の再現度合いとHDR表示のリニアリティのバランスを取ることになる。
ソニー製プロジェクタの場合はコントラスト設定が「コントラスト(HDR)」となり、かなり細かく連続的に調整可能で、リモコンのコントラストボタンが使えるのが特徴だ。エプソンはEOTF特性を数種類から選択(HDR1~4の選択)する。デフォルトのHDR2は1,000nitsを目安とした設定とのことなので、500nits想定のHDR1でも悪影響は少ないと思う。余談だが4,000nits想定のHDR3や1万nits想定のHDR4は出番がないと思われるので、500~2,000nitsぐらいの間に4つのモードを割り振ってはどうだろうか?>エプソン様。
JVCもエプソンの手法に近いが「ガンマ」という設定の中に織り込まれているので、少々、わかりにくいかもしれない(DLA-Z1は新製品ということもあり、筆者が見た時はまだファイナルの状態ではなかった)。
EOTFの工夫でHDRを愉しめる画質に
さて、最終的な画質に関しては「プロジェクタのHDR化元年」とも言える結果が出ているというのが、全製品を見終わっての感想だ。紹介した3製品だけでなく、レーザー光源ではないものの、透過型液晶で4Kエンハンスメント表示に対応の「EH-TW8300」も含め、インストール条件をきちんと合わせ込んでEOTFを適切に選べば充分に愉しめると思う。
価格が800万円のVW5000ESは特別な存在で、きちんと使いこなせばHDR対応の最新シアターと比べても優れている……と言えるだけの画質を実現している。その階調の豊かさや色表現の的確さは、さすがにマスターモニターや業務用プロジェクタを生み出す厚木事業所の作品というイメージ。実際、使われている映像系回路もコンシューマ向けではなく、マスターモニターのBVMで使っているプラットフォームを転用したものだそうだ。
このため超解像のアルゴリズムなど基本的な映像処理技術は同じものの、結果としての映像は液晶テレビのBRAVIAとは異なるものになっている。購入できる読者は限られているだろうが、期待は裏切らないとだけ言っておこう。
DLA-Z1に関しては発売がまだ12月。絵作りはこれから行なうところ……とのタイミングで見たため感想は先送りにしたいが、現実的に購入出来るのは350万円の本機までだろうか。もちろん、それでも高価なことに変わりはないが、レンズ解像度の高さは印象的だった。
エプソンに関しては40万円を切る「EH-TW8300」をオススメしておきたい。レーザー光源でなくとも、ここまでできるということを示した秀作だと思う。ただしHDR設定は2から1に変更した方がいい。明部はサチるが、総合的な印象はHDR1の方が良いコンテンツが多いはず。透過型ならではの、レンズシフト幅の広さも魅力と言えよう。
価格帯が異なるため、どれが上か下かという議論にあまり意味はないが、それぞれのクラスにおいて期待値を超えるデキだった。こうした製品を購入する方は、実際に自分の目で確かめて選ぶはずだ。EOTFカーブを切り替えながら、お気に入りのコンテンツを確認してみてほしい。