本田雅一のAVTrends

3D画質、進化へのキーデバイスは「3Dメガネ」

XpanD劇場と民生テレビで共用できる3Dメガネ標準化へ




XpanD

 今年のInternational CESからハリウッド映画スタジオ取材の過程で、印象が180度変化した会社がある。それはXpanDだ。日本では業界内でもエクスパンディーと発音される場合があるが、正式にはエクスパンドとの事だ。

 彼らはTOHOシネマズに代表されるように、日本の3D上映館の500館中390館で導入されており、急速に3D上映スクリーン数が伸びている中国でのシェアも1,250館中750館と、圧倒的に高い。

 しかし、日本でのXpanDの評判は決して芳しいものではない。ところが同社CEOのマリア・コステリア氏は「XpanDの特徴はなんと言っても画質。画質の良さと将来進化するための余白部分がアクティブシャッター方式の3Dメガネにはある」と、圧倒的な自信を表情に見せながら語った。

 “本当だろうか?”と、日本のXpanD上映館で見た人は訝しむに違いない。しかし、実際に体験し、その説明を聞いてみると、確かにアクティブシャッター方式の3Dメガネは他の3D上映方式に比べて有利な点が多い。

 それだけではなく、通常のテレビや家庭向けプロジェクターにおいても、最終的にはアクティブシャッター方式が、パッシブシャッター方式あるいは裸眼立体視などよりも、ずっと快適で高画質な3D映像を実現する可能性がある。まったく、ここまで短期間で印象が逆さまになった技術も他にない。

 しかも、近く登場するパナソニック製の、劇場でも家庭でも使える“標準仕様”3DメガネをXpanD対応劇場で用いれば、IMAXをはじめとする他3D方式より明らかにクロストークの少ない、世界一スッキリ高画質の3D映像を楽しむ事が可能になる。


■ シンプル=高画質の典型例

XpanDのマリア・コステリアCEO

 コステリア氏とビジネス戦略担当役員のアミ・ドロア氏に言わせれば、IMAXやRealDと比べるべくもなくXpanDは明確に優れている。なぜなら方式がシンプルだからだ。

 IMAXは直線偏光、RealDは円偏光の違いはあるが、いずれも左右用の映像に異なる偏光フィルタを通して投影し、それを左右異なる偏光フィルタを組み込んだメガネで見る。これがパッシブシャッター方式メガネの特徴だ。単なる光学フィルタなので、メガネも軽量でRealD用には自分のメガネレンズの前に取り付けるクリップオンタイプのレンズもある。ただしゲイン3程度の偏光を乱さない3Dシルバースクリーンを導入せねばならないため初期投資が大きく、3Dシルバースクリーンは2D画質では不利という問題もある。

 これに対してXpanDの方式は赤外線(あるいは電波を使ったものもある)で、左右の液晶シャッターをオン/オフすることで、左右の眼に対して異なる映像を見せる方式だ。偏光の必要はなく、よって偏光を乱さないスクリーンを別途用意する必要もないだが、メガネが大きく重いという不利な点もある。

 アクティブシャッター方式は高速でのオン/オフがあるため、フリッカーを感じるという意見もあるが、実はパッシブシャッター方式でも映写機がDLP方式ならばフレームシーケンシャルになるので条件は変わらない。また3D映画は24コマ×6倍速で左右映像を切り替えて見せる(144Hz)ため、視覚心理学的にもフリッカーはほとんど無いと言っていいという。

 偏光を用いる方式の問題点は、メガネ側で完全に反対側の映像をフィルタし切れない点にある。スクリーンは完全な鏡面ではないため、偏光はある程度乱れてクロストークが増える。スクリーンに近い席から見るとさらに顕著なため、前の方の席を使えなくしている場合もある。

 これに対してアクティブシャッター方式は、単に液晶シャッターを通して画面をそのまま見ているに過ぎない。確かに透過する光は減るため暗くはなるが、解像度には全く影響を与えないし、色再現に関しても大きな違いは出ない。DLP方式のように左右映像を高速で切り替えても応答遅れがない投影方式ならば、クロストークも極めて少なくなる。

XpanDビジネス戦略担当役員のアミ・ドロア氏

 では、なぜ日本での印象が悪いのかだが、コステリア氏は「プロジェクタのランプ設定を劇場側が変更しなかったためでしょう。ローエンドプロジェクタの場合はランプ出力最大でも適切な明るさが取れない場合がありますが、通常は出力を変えれば調整できます。またプロジェクタを買い換える場合でも、そのコストは他の方式に比べ安いんです」と話す。

 日本での状況を調べてみるとのことだったが、実はその暗さが指摘されていたTOHOシネマズのXpanD上映スクリーンも、現在は大きく改善されているようだ。少なくとも筆者が見た六本木のスクリーンは、かなり明るくなっていた。かつて、3Dシステムの中で最低の体験だったと書いた事を考えると、その印象は180度変わった。

 が、実はアクティブシャッター方式には、もっと多くの可能性が秘められていた。その入り口となる体験は、近く発表される標準仕様の3Dメガネで体感可能になる。


■ “ユニバーサル”ではなく“スタンダード”のメガネ

 XpanDのメガネには大きく重いという問題もある。現在のバージョンは約60gで、これはRealD用メガネ(約30g)の2倍だ。この点に関しては第2世代製品で対応するという。第一世代製品は放り投げても壊れず傷が付きにくい堅牢性を重視した。

 同社は昨年10月に、XpanDシステム対応劇場に加えパナソニック、ソニー、東芝、三菱電機、サムスン、LG、フィリップスなど多くの3Dテレビに対応するユニバーサルメガネを発売した。この3Dメガネは144Hz表示の劇場用システムと同じもので、応答性の高さによってメーカー付属のメガネよりもずっと高い3D品質を実現できるとしている。実際にこのメガネを持って懇意にしているAVショップを尋ねてみたが、確かに良くなっているようだ。特に頭を傾けるとクロストークが増えるソニーの標準メガネに比べると格段に良い。

 XpanDはさらに高性能化と軽量化を図り、赤外線だけでなくBluetoothやZigbee、DLP Linkなどによる同期も対応した第2世代製品を、今春の向けて製品化を検討しており、日本での販売も視野に入れて動いているところだという。第2世代のユニバーサル3DメガネはBlutoothでスマートフォンと接続し、明るさとクロストークのバランスや表示タイミングなど、様々な調整を自分の好みに合わせるカスタマイズ機能も備えるようになる。

現在XpanDが市販している“ユニバーサル”3Dメガネ標準仕様を取り込んだ次世代のスタンダード3Dメガネの概要シャッター開閉時間などを調整できる
CESで展示していたMONSTERのユニバーサルメガネ

 こうしたユニバーサルメガネは、XpanD以外にもモンスターゲーブルなどが発表しており、今後も増えてくるだろうが、別の問題も内包している。メガネとテレビ(プロジェクタ)の通信手順や駆動タイミングを、メーカーが勝手に変更してしまった場合に、表示品質や、そもそも動作しないなどの問題を引き起こす可能性があるからだ。

 しかし、ユニバーサル化以外にも期待できる動きがある。それはアクティブシャッター方式3Dメガネの標準化の動きだ。賛同メーカーなどは現在、整理中とのことだが、サムスンとソニーを除く大手民生機器メーカー、PCメーカー、それに劇場向けとしてはXpanDが参加する。標準化の音頭を取っているのはパナソニックで、PCメーカーとしてはNECが積極的。XpanDのメガネを同梱しているヒューレット・パッカードなども賛同すると見られる。

 


■ 標準化で進化するアクティブシャッター方式の品質

パナソニックの小塚雅之氏

 標準化団体は今年3月にも設立される見込みで、赤外線を用いた同期システムが即ライセンス開始される。さらにBluetoothなど無線方式を用いた同期システムに関しても、標準仕様を追って発行する予定だ。これにより、映画館、テレビ、プロジェクタ、パソコンで共通に利用できるメガネを開発可能になる。

 CESで話を聞いた範囲では、たとえばサムスンは同期プロトコルが固定されると進化が阻害される可能性があると話していた。Bluetoothなど無線への発展(実際、サムスンは38gのBluetooth対応超軽量3DメガネをCESで展示した)を意識した発言とのことだが、赤外線と無線の両方での標準化するのであれば、標準化によるメガネの性能競争が起こった方が利益は大きい。

 パナソニック本社理事の小塚雅之氏は「3Dメガネの駆動プロトコルを公開することは、我々にとってもノウハウ流出に繋がる上、周辺機器としてのメガネの販売利益を逸失することになるかもしれない。しかし、標準化されて3D品位が高く、かけ心地の良いメガネが登場する利の方が大きいと判断して標準化を推し進める事にした」と話す。


標準仕様に改造されたパナソニックの3Dメガネ

 赤外線版の標準仕様は、簡単に言えばXpanDとパナソニックの方式、両方に対応したものをスタンダード・メガネと位置付ける。つまり、民生用としてはパナソニック方式をそのまま各社が利用するということだ。無線方式に関しては今後の検討となるため、ひとつの方式に絞られる。

 標準化されると進歩するのは性能とかけ心地だ。アクティブシャッター方式の場合、メガネが改善されると3Dの品質は大きく向上する。たとえばパナソニックの場合、当初添付されていた銀色の3Dメガネに比べ、第2世代の軽量化(約50g)されたものの方がクロストークが少なく、コントラストも高い。アクティブシャッターに使われている液晶が改善されており、シャッターを閉じた時の遮光性が極めて高く、視野角(端の方を見た時の透過率の変化)も広くなっているからだ。同じパナソニックの3Dプラズマテレビでも画質が大きく変わるので、両方をお持ちの方は比べてみるといい。部屋を暗くして比べると一目瞭然だ。

 もちろん、標準化によりサングラスメーカーなどが心地よく軽量な3Dメガネを提供するケースも出てくる可能性がある。が、ともかくクロストークの減少効果は素晴らしい。冒頭で述べたように、標準仕様に改造されたパナソニックの第2世代3Dメガネを用いてXpanDの業務用システムを見ると、ほとんどクロストークがなくなるのだ。


■ 春になれば体験できる世界最高の3D体験

 筆者が体験したのは、ウシオ電機(クリスティ・デジタル)製の業務用3DLPプロジェクタにXpanDのシステムを取り付けたもので、メガネにXpanDではなくパナソニックの第2世代3Dメガネ(標準仕様版)を用いた。これは、現時点ではまだ体験できない組み合わせだが、パナソニック・ハリウッド研究所にある試験システムを用いている。

 XpanD純正のメガネでも画質は良いのだが、パナソニック製メガネに掛け替えると、色バランスが改善され、コントラストが高まるだけでなく、画像の明瞭度が格段に上がる。アバターのワンシーンで比べてみたのだが、よくある2Dでの画質改善どころの話ではない。元もとの品質も高いのだが、さらにクロストークが減ることでここまで変わるのかと正直驚いた。

 これがサイボーグ009の3D版トレーラーになると、さらに明確になる。輪郭の周囲に感じられるゴーストが一掃され、一時停止して比較しても左右像の混濁はほとんどない。IMAXがいい、いや頭が傾いた時の事を考えればRealDの方が……といった議論がむなしくなるほど、圧倒的な高品質だった。

 わざわざ3D映画館のためにメガネだけを購入するほど、コスト的に見合うかどうかわからないが、自宅にあるなら、是非ともマイメガネとして忘れず持っていきたいと思えるだけの差はある。

 パナソニック製の第2世代メガネが優秀という事もあるが、これも競争。アクティブシャッターの工夫、XpanDのようなカスタマイズによる工夫、それにかけ心地やレンズ表面の低反射コーティングなど、様々な工夫での差異化競争で、3D体験はどんどん改善されていくだろう。明るさの問題も透過率が高いシャッターの開発で改善される可能性がある。

 昨年のCEATEC以来、裸眼立体視は大きな話題になってきたが、画素数や見え味の点は改善が難しい。リラックスして家族で楽しめるテレビが裸眼で実現できるかと言えば、おそらく近い将来には難しいだろう。一方、画質の点で大幅に有利でメガネの進歩で体験レベルを上げていけるフレームシーケンシャル・アクティブシャッター方式は、実はこの先の進化の可能性という点で大きな余地がある。

 あれほど大きくて重くてかけ心地が悪いと思っていた3Dメガネだが、だからこそ進歩の可能性を秘めているのかもしれない。

(2011年 1月 20日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]