本田雅一のAVTrends

新iPod nano、iTunes 9を気に入った理由

そしてウォークマンに望むこと



iPod nano

 例年、9月に新製品が発表されるiPodだが、噂・予想された通りに9月10日にはアップルストアで発売。量販店などでも当日の夕方には緊急入荷という形で販売が開始された。発売当日の夕方、池袋のカメラ量販店に足を運んでみたが、その時点ですでに売り切れていた。

 本格的に流通を始めた11日を待って、有楽町でiPod nanoを入手したが、平日の昼間にもかかわらず、溢れるほど多くの人がiPodの販売コーナーで賑わっていたのに驚いた。

 もっとも、新iPod nanoのレビュー記事を書こうというのではない。今回の発表で、もっとも”アップルらしさ”を感じたのはiTunes 9と製品ラインナップの整え方だ。もちろん、新ハードウェアには魅力的な機能が追加されているが、そのうちのいくつかはiTunesに依存しており、実質的にはiTunes 9の機能と言える。


 


■ お買い得感を強く演出した新ラインナップ

 筆者は夜中に行なわれたiPod発表のビデオキャストを見ていないが、アップル広報によると今回、スティーブ・ジョブズ氏は新iPod nanoとiTunes9の持つ新機能を熱心に解説したものの、32GB版以上のモデルが高速化したiPod touchについてはほとんど触れていないという。

新iPod touch

 しかし、新ラインナップを俯瞰する上で新iPod touchの存在は見逃せない。既存プラットフォームの流用である8GB版は、おそらくPSP goやニンテンドーDSiを意識したものだ。32GB版以上になると、1.5倍に高速化された新プラットフォーム(iPhone 3GSと同じプラットフォーム)になるが、そちらはまだ高い。そこで、iPhone向けゲームで盛り上がるApps Storeの現状も鑑みて、あえて携帯ゲーム機市場を狙う価格に設定した8GB廉価版を作った。

 世界的な景気後退の中で「アレは高い。高すぎる」と指を差されて売り上げを落としているブランドは多数ある。代表的な例では、北米におけるスターバックスが挙げられるが、スターバックスはサービス低下の問題と景気後退の両方が一度に盛り上がってしまい、ダメージが大きかったとも言える。しかし、アップルとしても、今の時期はお買い得感を強く演出したかったのではないだろうか。

 新nanoにしてもフラッシュメモリの容量は8GBと16GB。フラッシュメモリの価格トレンドから言えば、それぞれ16GBと32GBの2ラインナップで価格は据え置きでも良かったのではないだろうか。

 価格は従来の8GB版の価格(17,800円)が、そのままスライドして16GB版の価格になっているので、価格据え置き容量2倍という路線でも、実際には発売できたのだと思う。しかしビデオ撮影機能やディスプレイサイズ向上、Genius Mix対応など機能アップしながら“値下げ”という、今回は買い換えずに我慢しようかという消費者心理に待ったをかけるラインナップにしたのではないか。と、これは邪推である。

 が、何を意図していたとしても、総じてお買い得感を感じさせる製品の並べ方にはなっているのではないだろうか。


■Genius Mixで“ライブラリの切り出し”が容易に

 “iPodユーザー”といっても、使い方はひとそれぞれだろうが、ちょいと音楽プレーヤを使い込んでいれば、ライブラリのサイズは8GBでは収まらない。128Kbpsでのエンコードで8GBなら200枚ほどのアルバム数。中高生なら充分かもしれないが、年を重ねたユーザーなら160GBのiPod Classicですら不足という人もいることだろう。

 結局の所、音楽プレーヤのメモリサイズとライブラリのサイズは、ユーザーの音楽に対する投資や年齢(ずっとCDを買い続けていれば、そりゃいくらでも溜まっていく)に依存するわけで、コストも鑑みれば最適解は今のところない。

 将来、さらにフラッシュメモリが安くなれば、人が一生のうちに買うだろうCDを治めるのに必要充分なメモリを搭載できるようになるだろうが、その時にはビットレートを上げたい、あるいはロスレスエンコードで……と欲が出てくるものだ。

Genius Mix

 そもそも、あまりにアルバム数が増えてくると、自分自身で買ったことすら忘れてしまっているタイトルまで出てくる。筆者の場合、海外でまとめて数10枚の中古CDを仕入れたはいいが、エンコードしたが最後、存在を忘れていたことが何度もあった。

 そうした自身のライブラリからの“曲の発掘”に、Geniusはとても有効な機能だったが、iTunes9に加わったGenius Mixは、自分の持っている曲ライブラリをインターネットラジオ的に楽しめるだけでなく、小さなメモリしかないiPodにライブラリの一部を切り出す時にとても便利だ。

 Genius Mixには最大12個のプレイリストが自動的に作られる。曲リストを作る仕組みはGeniusと同様で、iTunesユーザーが作っているプレイリストの情報を集計し、ジャンル情報なども加味しながら一定のアルゴリズムで曲同士の関連性を解析。その解析データを元にプレイリストを自動生成するが、Genius Mixではさらに”自動的に分類を行なう”という切り口の処理が行なわれている。

 たとえば筆者のiTunesには、R&B、Jazz、Jazz Vocal、Country、Soulがそれぞれ1つ、Popsが4つ、Rockが3つ、合計で12のMixができている。それぞれのまとめ方は非常に緩やかなもので、Rock MixにCountryシンガーの曲が入ることもあれば、Jazz Vocal Mixに楽器のみのJazz演奏が入ったり。それでいて、日本の曲と海外の曲はしっかりと別のMixになっていたりするから面白い。

 このMixジャンルの分け方は、ライブラリの内容によって違う。筆者の場合、クラシック系の楽曲はiTunesには登録していないのでClassic Mixがないが、もしライブラリの半分ぐらいがClassicジャンルの曲ならば、Classic Mixが6つぐらい生成されただろう。

iPod nanoでGenius Mixを再生

 さらに同じジャンルでもRock Mix 1とRock Mix 2は雰囲気がかなり違う。我が家の場合、Rock Mix 1は70~80年代が集まっており、Rock Mix 2には女性ロックアーティストの楽曲、Rock Mix 3にはオルタナティブ系アーティストといった具合に、なんとなく分かれているが、完全に分かれているのではなく、各Mixに重なって入り込んでくるアーティストもいる。

 これら12のMixを全部iPodに同期すると、全部で曲データは11GBほどになった。といっても、Genius Mixを同期できるのは新iPod nanoか、iPhone software 3.1以降のインストールされたiPhone、iPod touchのみで、どうやらMixしたリストをiTunesがiPodに渡すのではなく、iPod内の新しいGeniusエンジンに曲リスト生成データを渡すことで機能しているようだ。

 8GBのnanoの場合、いくつかのMixを取捨選択することになるが、あえて全部のMixを同期指定しておいてもいい。iTunes 9は同期先のiPodが容量不足の場合、ランダムに曲を選んで容量ギリギリまで詰め込んでくれる。同期する度に自動選択される曲は変化するので、Mixで楽しむならばこれでも充分。8GBでもGenius Mixを楽しむのが中心なら充分な容量だ。

 さらに16GBのモデルであれば、Genius Mixをすべて同期させても4.5GBほどの空き容量ができる。最新の追加曲から3.5GBを選ぶスマートプレイリストを作って同期させておけば、少なくとも近日に購入したアルバムはスグに聴けるので、私の場合はGenius Mix+最新3.5GBで同期というスタイルで行く事に決めた。1GBほど余らせているのは、ビデオ撮影のための空き容量で、これは使い方次第で空けておく容量を決めればいい。

 ということで、私の場合はGenius Mixを使う事で、それまで満足できていなかった16GBという容量でも充分にiPodを楽しめるようになった。と、ちょっと待て、そういえばよく似た機能がウォークマンにもあったのではないか?

 


■ アップルからソニーに乗り換えない理由

 Geniusの良さは、いい意味での緩さ加減で、これはGeniusプレイリストだろうが、Genius Mixだろうが同じだ。まさに天才(?)と言うべき発想で、秀才にはなしえない独創的な曲の選び方をする場合もある。

SonicStage Ver.5.2

 比較的最近のウォークマンを使っているユーザーしか知らないかもしれないが、実はソニーのSonicStage V以降には、12音解析による楽曲の雰囲気を加味した、実にマジメな自動プレイリスト機能が付いている。

 12音解析は曲のテンポや音階パターンを解析し、その曲がどのような雰囲気の曲かを分析する技術だ。このため、タグ付けを間違えていても、あるいはジャンルの曖昧な曲でも、ちゃんと求める雰囲気を曲を選んでくれる優れものである。解析の精度はかなり高く、信頼性はとても高い。あまり意外性はないのが難点だが、Geniusの適度なバカさ加減が許せないという人は、こちらの方が性に合うかもしれない。

 また、あれほど良いと褒めたGenius Mixだが気に入らないところもある。ライブラリを更新したり、新しいGeniusデータをダウンロードするなどしてMixの中身が更新されない限り、ずっとMixの中身が変化しないことだ。同期するたびに選び方や曲順が変化してくれた方が楽しめると思うのだが。

 あまり広くは知られていない12音解析の良さを知ってもらうためには、SonicStage Vを積極的にダウンロードし、使ってもらうべきなのだが、VAIOにプリインストールはされているものの、あまり積極的には非ウォークマンユーザーのダウンロードサイトへの誘導や他社PCへのプリインストールを行なっておらず、一時のSonicStageの悪評もあって使う人が少ないのはソニーにとって大きなハンディキャップになっていると思う。

 しかし、個人的にiPodからウォークマンへと乗りかえない最大の理由は、ソニーのウォークマン戦略に落ち着きがないことだ。ソニー自身はそう思っていないかもしれないが、付属アプリケーションや関連サービスの度重なる変更、最新SonicStageでの旧モデル機非対応などもあって、新たにライブラリを作り直そうと思うだけの信頼感をソニーに対して持てないというのが偽らざる気持ちだ。

 12音解析技術の素晴らしさは以前から知っているし、音質に定評のあるXシリーズだけでなく、全般にウォークマンの方がiPodよりも音は良い。最新のnanoは第4世代nanoよりヌケが良くなり情報量も豊富で、鼻が通ったようにスッキリした音になったが、絶対的な音の質はウォークマンにまだ及ばないと思う。余談だが歴代iPodではビデオ再生が初めて可能になった時のプラットフォームが優れていたと思う。しかし、音質には少しウルサイ筆者であっても、だから乗り換えるという程の圧倒的差だとは思えない。

 同じぐらいに心地良い利用環境、ライブラリ構築のためのツールやジャケット写真提供などのサービスなどを提供してくれれば、ソニーを使ってみたいとも思う。おそらく同じように考えている人はいるのではないだろうか。

 昨今は若年層をターゲットにした製品戦略が功を奏し、かなり巻き返してきたという話も聞く。が、営業戦術で日本市場に特化したマーケティングを行ない、過去のしがらみに囚われない若い層を捉えたもので、純粋にサービスを含む商品の総合力でアップルに追いついたとは思えない。もちろん、すでにiTunesでライブラリを作っている既存のユーザー層を攻略するよりも、若年層に訴求して数年後にも使い続けてもらうという地道な戦略の方が、今のウォークマンには合っているのかもしれない。

 とはいえ、かつては携帯音楽プレーヤの絶対王者だったソニーである。中高生ターゲットの細かな機能でシェアを稼ぐ戦略的な工夫ではなく、それこそMacユーザーがWindowsマシンを用意してまで使いたくなるような気の利いた手放せない利用環境を、時間をかけてもいいから腰を据えて構築して欲しいものだ。


(2009年 9月 15日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]