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[BD]「コクリコ坂から」

宮崎吾朗監督の本領発揮!?
魔窟・カルチェラタンに入部希望


 このコーナーでは注目のDVDや、Blu-rayタイトルを紹介します。コーナータイトルは、取り上げるフォーマットにより、「買っとけ! DVD」、「買っとけ! Blu-ray」と変化します。
 「Blu-ray発売日一覧」と「DVD発売日一覧」とともに、皆様のAVライフの一助となれば幸いです。

■宮崎吾朗監督の2作目


コクリコ坂から
横浜特別版

(c)2011 高橋千鶴・佐山哲郎・ GNDHDDT
価格:7,350円
発売日:2012年6月20日
品番:VWBS-1353
収録時間:本編約91分+特典
映像フォーマット:MPEG-4 AVC
画面サイズ:16:9 1080p
音声:(1)日本語(リニアPCMステレオ)
    (2)日本語
      (DTS-HD MasterAudio 5.0ch)
    (3)フランス語/韓国語/
     広東語/北京語
     (DTS 5.0ch)
発売元:ウォルト・ディズニー・
      スタジオ・ジャパン

 2006年に公開された「ゲド戦記」は、色々な意味で話題の多い作品だった。宮崎駿氏の長男である宮崎吾朗氏が監督を務め、“ジブリの世代交代”を印象付ける作品であると共に、作画作業開始後、10カ月というスピードで完成させ、「制作コストアップの問題に悩むスタジオにとって、解決作に対する一筋の光明となった」(ジブリ)という作品でもある。

 個人的には眉間にシワが寄る内容で、周囲に耳を傾けても、あまり良い評判が聞こえてこないが、興行収入は76.5億円、観客動員610万人で、2006年の邦画興行トップ。これは新人監督としては興行の新記録だという。いろいろありながらも、“ジブリブランドの強さ”を証明した作品とも言えるかもしれない。

 それから宮崎駿監督の「ポニョ」、米林監督の「アリエッティ」と続き、6月20日にBD/DVDが発売されたばかりの最新作「コクリコ坂から」へと至る。監督は再び宮崎吾朗氏。「ゲド」を見た人間としては、「大丈夫だろうか」というのが正直な第一印象で、劇場に向かう足も軽くはなかった。

 だが、結論から言えばこの「コクリコ坂」、不満点も無くはないが、かなり味わい深い、良作になっている。もちろん「ラピュタ」や「ナウシカ」のような作品とはまったく毛色が違うが、「耳をすませば」や「海がきこえる」も大好きだという人は、「ゲド」の事は忘れて、とりあえず観た方がいい。興行は44.6億円、動員355万人と「ゲド」よりは少ないが、それでも2011年の邦画興行ナンバーワン作品である。

 BD/DVDのどちらも、通常版と初回限定生産の「横浜特別版」を用意。BDの価格は、通常版が7,140円、横浜特別版が7,350円と、価格差は210円しかない。詳細は後述するが、横浜観光に便利な特典ディスクや地図などがついて、ボリュームはある。210円程度の違いなら、横浜特別版を選んでおいたほうがスッキリするだろう。




■カルチェラタンに入部希望

 太平洋戦争が終わり、東京オリンピックの開幕を控えた'63年の横浜。16歳ながら、下宿を切り盛りする少女・海は、高校の文化部部室の建物・通称「カルチェラタン」の保存/取り壊しを巡っての騒動をキッカケに、その渦中の人物である少年・風間俊と出会い、カルチェラタンに足を踏み入れるようになる。

 有象無象の文化部が集まり、カオスの塔となっているカルチェラタンは、学校側が取り壊しを計画。しかし、文化部の部員達を中心に、存続を訴える学生も多い。新聞部の俊は、そうした主張も盛り込んだ「週刊カルチェラタン」を発行しており、親友である切れ者の生徒会長・水沼史郎と共に、存続活動を続けている。そんな2人と、行動を共にするようになる海。そして次第に惹かれあっていく俊と海。しかし、2人の恋の前には、出生にまつわる、思いがけない壁が立ち塞がっていた……。

ヒロインの海と、彼女が行動を共にするようになる俊。2人の間には、ある秘密が……
(c)2011 高橋千鶴・佐山哲郎・ GNDHDDT
 映画は深呼吸したくなるような、清々しい横浜の朝の風景から始まる。目覚ましも使わずキッチリ目を覚ました海は、布団をきちんと自分で仕舞う。敷き布団の下には制服のスカート(折り目維持の知恵)。着替えて身なりを整えてから、誰もいない台所に出て、昨晩水に浸しておいたご飯を土鍋で炊く(ガスの点火は当然マッチ)、朝食と弁当の準備が終わる頃、下宿人らが集まり「いただきます」と皆で朝ごはん。

 「となりのトトロ」も同じだが、自分が体験した生活でもないのに“懐かしい”と感じるのが不思議だ。一昔前は当たり前だったのかもしれないが、恐らく今の日本にはほとんど残っていないであろう光景。懐かしくも新鮮で、目が離せない。「トトロ」や「三丁目の夕日」が証明した事だが、10年程度前の風景にあまり魅力はないが、体験した世代も忘れつつあり、むしろ知らない世代が多くなったような数十年前の光景には、それが単なる日常の一コマであっても、映像的な力が強い、一種のエンターテイメントに昇華するようだ。

 「トトロ」と比べると、時代を感じさせる“小物”の見せ方がちょっと過剰で、「キチンと調べましたよ」、「ほら、懐かしいでしょう?」という“あざとさ”も少し感じるが、“食事”という、万人の共通体験が軸になっているため、抵抗感や疎外感は少ない。「おひつに入ったご飯を食べたのなんて、何年前だろう」、「あの金色のへこんだヤカン、むかし部室にあったな」などとつぶやいてしまう。懐かしさのパワーで映画の中に引き込まれるオープニングだ。

 興味深いのは、「三丁目の夕日」のように、懐かしい風景をセピア色に、あくまでノスタルジックに“過ぎ去ってしまった美しい日本”として描いているのではなく、発色鮮やかな、クリアな映像で描写している事。アニメならではと言えるかもしれないが、50年近く前の世界が新鮮さを保っており、もしかしたら今でもどこかにあるのではないかと思わせてくれる。


DVD通常版のジャケット。信号旗を掲げる海が描かれている
(c)2011 高橋千鶴・佐山哲郎・ GNDHDDT
 清楚で凛とした主人公の海は、風景と同じく、今では失われつつある大和撫子として描かれる。海外にいる母親に代わって下宿の家事を担当。学業との両立は大変だが、文句ひとつ言わない。朝鮮戦争で亡くなった船乗りの父(LST:戦車揚陸艦で機雷に接触)を想い、毎朝、庭に航海の安全を祈る信号旗を掲げる。恐らく男性観客の大半は、開始早々、健気な海に心奪われる事だろう。演じているのは長澤まさみさん。声優を起用しない最近のジブリアニメは、キャラクターの第一声が出るまでヒヤヒヤするが、変に作った声ではなく、ボソボソと普通のトーンで喋る演技になっており、感情表現が少ない海には意外とマッチしている。

 相手役の俊は、学園の人気者である好青年で、行動力と知性を併せ持った、爽やかなイケメン。傍らには知性派メガネの生徒会長まで親友として配置し、幅広い女性のニーズをキャッチ。家があまり裕福でなさそうに見えるのも高感度が高い。これが金持ちのチャラ男なら、「俺の海ちゃんに近寄るな」と悪態をつきたくなるところだが、「まあコイツならいいか」と思えるキャラクターだ。この2人の淡い恋と試練がメインなのだが、この試練の内容が、まあなんとも古典的。'80年に連載された少女漫画が原作なので当然ではあるが、勘の良い人なら観ながら予測できてしまうだろう。ちなみに、公式サイトのあらすじ段階でネタバレされているので要注意だ。

 それゆえ、ストーリーの意外性で魅せるタイプの映画ではない。飛んだり跳ねたりのアクションや、豚が空を飛ぶようなファンタジー要素も無く、登場人物たちの心の動きを、細かな仕草や“間”で、淡々と表現していく。かなり大人向けの作品だ。

 そんな落ち着いたトーン中で、唯一メリハリとインパクトがあるのが「カルチェラタン」だ。天体観測部や哲学研究会、現代詩の会、無線同好会などなど、何の活動をしているんだかよくわからない部もまとめて押し込んだような部室棟で、建物は吹き抜け構造の豪華な洋館だが、内部は“カオス”の一言。ゴミや資料が散乱し、シャンデリアはクモの巣だらけ。女子に縁のない男子生徒の吹き溜まりのような場所で、“カルチェラタン”なんて洒落た名前がついているが、有り体に言えば“魔窟”だ。「究極超人あ〜る」の光画部を巨大化したようなものと言えば、わかる人にはわかるだろう。

 私もこの学校に通っていたら、間違いなくカルチェラタンの住人側であっただろうからして、ゴチャゴチャの部室を見ているだけでワクワクする。こんな魔窟の中で、童貞こじらせた悪友達と、わけのわからない活動やら実験やらに青春を浪費するのが楽しくないわけがない。大和撫子とイケメンの恋愛はわりとどうでもいい。このカオスをもう少し掘り下げて欲しかった。もし私が石油王でTVアニメ化を依頼したら、Blu-ray最終巻にTV未放送の番外編「激震カルチェラタン -火の7日間-」(脚本:押井守)とかを収録したいところだ。

 ラストにかけては、ネタバレになるので控えるが、構成のテンポがイマイチ。クライマックスで終わると思いきや、ダラリと続く印象がある。良く言うと”淡々としたトーンを維持したまま”、悪く言うと“爽快感無く”エンドロールとなる。「ゲド戦記」の時は、経験不足ゆえに結果的にそうなったのだろうと思っていたが、「コクリコ」を観ると、こうした淡々としたトーンで展開するのが、きっと吾朗監督のスタイルなのだろう。鑑賞後に椅子にグッタリと身を沈めるような映画とは異なり、このスッと入り込んで、スッと抜けるような感覚が、気軽に何度も観たくなる心地よさを生んでいる。




■日常生活の延長のような音作り

 映像は、白や青のクリアさが印象に残る鮮やかなもので、前述のように、変にノスタルジックな絵作りにはなっていない。グレインも適度だ。現代アニメの真新しい映像と、懐かしさを感じさせる映像の、ちょうど中間という塩梅で、見る人の年齢によって受ける印象が変わりそうだ。デジタル制作ながら、フィルムのような“揺れ”が効果で入っているのもジブリお馴染みの手法。ビットレートは主に30〜35Mbpsあたりで推移。激しい動きのシーンは少ないこともあり、安定した映像。カルチェラタンの背景も、暗部の情報量は豊富。夜の街並みのネオンもしっとりした発色で美しい。

 カルチェラタンの描き込みや、商店街の街並みなどは、非常に細かく、綿密に描かれており、「流石はジブリアニメの背景」と唸る。一方で、木々や生垣などの自然物は、細部がかなり省略されたタッチで描かれており、時代を感じさせるオブジェクトが若干“浮いて”いるように感じる。こうしたオブジェクトに注目してもらおうという狙いなのかもしれない。

 音声も特徴的。サラウンドフォーマットがDTS-HD MasterAudio 5.0chで、サブウーファが入っていない。サウンドデザインもリアチャンネルもあまり使われず、フロント重視。非常に静かな作品で、布団を畳む音、本をめくる紙の音、廊下の木の床に響く音など、細かな生活音をキッチリと聞かせる。映画的で派手なサラウンドより、我々が普段暮らしている日常生活の再現を念頭に置いたような音作りだ。そして、坂本九の「上を向いて歩こう」など、随所に懐かしい音楽がBGMとして挿入。JAZZや歌謡曲が、当時の横浜の空気を運んでくれる。



■横浜に行きたくなる特典

 本編ディスクの特典映像は、ジブリお馴染みの絵コンテや、主題歌PV、主題歌発表記者会見の様子、初号試写会の挨拶、初日舞台挨拶の模様など。企画・脚本担当の宮崎駿氏の挨拶や、作品にかける想いは主題歌発表記者会見でタップリ語られている。会見が東日本大震災の直後という事もあり、この時期にアニメを作るという事とは? という深い話が展開。「何かの支えになってくれれば」と語る姿が印象的だ。

 面白いのは初号試写の様子。内輪の試写で、シアター内にいるのはジブリスタッフであり、アットホームな雰囲気が感じられ、「ジブリの日常はこんな感じなのだろうな」と思う。そして宮崎駿氏は、スタッフたちの労をねぎらいながらも、時折厳しい口調でミスや演出の問題点を指摘。吾朗監督をはじめ、今後のジブリを担う人々を導く様子が垣間見える。「次の機会が与えられればと願ってやまない」と挨拶する吾朗監督の姿も印象的だった。

 満足度の高い特典としては、「ニコファーレ」で行なわれた手嶌葵さんの公開記念ライヴが約52分とボリューム満点。素晴らしい歌声と共に、ニコファーレの360度ディスプレイとAR技術を駆使した演出も加味され、幻想的な時間が流れる。これだけBDにして売ってもいい内容だが、できればドルビーデジタルステレオ48kHz/384kbpsではなく、非圧縮で音を収録して欲しかった。

 初回限定生産の横浜特別版には、通常版と同じ本編ディスクに、特典ディスクを追加している。横浜にまつわるコンテンツが中心で、吾朗監督のインタビューも、横浜を取材した時の話などが多い。「横浜〜今昔物語〜」は、横浜の名所を紹介しつつ、現在の姿と、映画当時の映像を交え、横浜の移り変わりが楽しめるもの。レトロモダンな建物も沢山収録されており、作品の聖地巡礼(舞台地訪問)をした気分になれるコンテンツだ。横浜の四季をとらえた静止画写真集も収録。横浜の映像も使った、主題歌PVも収められている。なんだか、横浜駅の観光案内窓口に置いてありそうなディスクである。

BD/DVDの先着特典として、オリジナル縁結びお守り(2個セット)が用意されている。縁結びの神様として有名な今戸神社(台東区今戸)で、しっかり御祈祷されたものだという
※数に限りがあり、一部取扱いのない店舗もある
(C)2011高橋千鶴・佐山哲郎・GNDHDDT



■新しい時代のジブリ作品

 思い返すとこのコーナーで、ジブリの新旧作品のBDを取り上げるたび、「もっとパワー溢れる作品が観たい」とか「新しい監督には“これが面白いんだ”、“これがカッコイイんだ”と観客につきつけるような“強さ”が欲しい」など、毎回偉そうな注文をつけてきた。これは、宮崎駿監督の作品が、自身のメッセージを高いエンターテイメント性とセットで強く主張し、私がそれに打ちのめされてきた過去があったからだ。

 だが、改めて考えてみると、(宮崎駿監督クローンを望む声が多いかもしれないが)吾朗監督が、父親の作風まで真似る必要はどこにも無い。今回の作品は、企画・脚本が宮崎駿氏だが、全体のトーンとしては確実に吾朗監督のものであり、それが大きな魅力にもなっている。スタジオジブリが作るのだから、今までの宮崎アニメ、ジブリアニメの延長にある作品になるのは当然だが、この作品からは、それでも吾朗監督が、「自身のやりたいように映画を作っていくぞ」という、ある種の決意表明のようなものが感じられる。そんな見方をすると、頭の硬い大人たちに従わず、生徒達の手で大掃除をして綺麗になっていくカルチェラタンが、ジブリそのもののように見えてきた。

 宮崎駿監督も何やら凄そうな新作を準備しているようだし、高畑勲監督も新作に挑んでいるとの話もある。負けじと、吾朗監督も次の作品への意欲は旺盛のよう。ひょっとしたらコクリコ坂は、ジブリの新しい転換点になる作品かもしれない。

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(2012年6月26日)

[ AV Watch編集部 山崎健太郎 ]