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[BD]「耳をすませば」

共感できる青春ではなく「リア充」映画?
雫の団地もBDでクッキリ


 このコーナーでは注目のDVDや、Blu-rayタイトルを紹介します。コーナータイトルは、取り上げるフォーマットにより、「買っとけ! DVD」、「買っとけ! Blu-ray」と変化します。
 「Blu-ray発売日一覧」と「DVD発売日一覧」とともに、皆様のAVライフの一助となれば幸いです。

■ 後悔の念にかられる映画?



耳をすませば

(C)1995 柊あおい/
集英社・二馬力・GNH

価格:7,140円
発売日:2011年7月20日
品番:VWBS-1238
収録時間:約111分(本編)
映像フォーマット:MPEG-4 AVC
ディスク:片面2層×1枚
画面サイズ:16:9 1080p
音声:(1)日本語(リニアPCMステレオ)
    (2)日本語
      (DTS-HD Master Audio 5.1ch)
    (3)その他
発売・販売元:
ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン

 ネットを眺めていると、最近では「耳をすませば」を「リア充映画」とか「鬱映画」と呼ぶらしい。読書好きの中学生・月島雫と、バイオリン職人を目指す天沢聖司少年の初々しい恋愛を描いた作品なのは、説明するまでもないが、こうしたストーリーや境遇を自分の青春時代に当てはめ、「俺の青春はなんと灰色だった事か」、「あの時転がっていたチャンスやフラグを、何故なぎ倒してしまったのか」と頭をかかえ、後悔の念にかられるのが理由らしい。

 昔はそういったネガティブな評価はあまり見かけなかった気がするが、歳をとったアニメファンが多くなったと言う事なのだろうか。ちなみに、「耳をすませば」のDVD版(2002年5月発売)は、私がAV Watch編集部に入って初めて書いた「買っとけDVD」だったりする。そして今年の7月20日にBlu-ray版が発売。BDで改めて鑑賞すると、確かに「リア充映画」だが、二次元に生きている私には昔と変わらず清清しい気持ちで楽しめた。

 映画が公開されたのは'95年。多くのジブリ作品で作画監督などを務め、宮崎監督の後継者として期待されていた近藤喜文氏が初監督した長編アニメであり、制作プロデューサー・脚本・絵コンテを宮崎駿氏が担当している。柊あおいの少女マンガがベースだが、画家・井上直久によるイバラードの世界観も織り交ぜているのが特徴だ。近藤監督は残念ながら'98年に亡くなってしまい、ジブリはその後、「猫の恩返し」や「アリエッティ」、「ゲド」&「コクリコ坂から」と、監督がコロコロ変わる試行錯誤の時代に突入する事となる。



■ 日常の隣にあるかもしれない地球屋

 月島雫は、明るく読書好きな少女。中学3年になり、周囲は皆受験勉強で一生懸命だが、彼女は学校の図書館や市立図書館で本を読みふける毎日。そんなある日、雫は図書館の貸出カードに天沢聖司という名前を発見。彼女が読む本には、必ずと言って良いほど彼の名前がある事に気付き、彼女はその人物に興味を持つ。

 やがて、雫は一人の少年と出会う。中学を卒業したらイタリアへ渡り、ヴァイオリン職人の修業をしようと決意している少年……彼こそ天沢聖司であった。彼に惹かれる一方、進路や将来、自分の才能といった全てが曖昧である自分にコンプレックスを感じ、焦りに引き裂かれていく雫。彼女はやがて、聖司の祖父・西老人が経営する不思議なアンティークショップ“地球屋”にある猫の人形・バロンを主人公に、物語を書く事を決意するのだが……。

 ストーリーの基本は雫と聖司の恋愛だ。しかし、個人的には“雫が社会&自分自身と向き合う事を決意する作品”ととらえている。聖司への憧れは、あくまで覚悟を決めるためのキッカケに過ぎない。それが、“リア充映画”と感じて体をかきむしらない理由でもある。

 雫のような読書好きには、精神的に早熟な子が多く、そうしたタイプの子は親に色々と期待される半面、早熟さが災いしてか、横道にそれてしまう事もある。特に雫のように、自分で小説を書き始めてしまうようなタイプの人間は、学校の勉強1つとっても「社会に出てそれほど役に立たない勉学に励む必要性」とかをウダウダ考える頭デッカチな状態になりやすく、経験が伴わないのに「小説なら、私にも面白いものが書けるはずだ」と、根拠の無いプライドと自信に満ち溢れがちだ。小説どころか、漫画まで描いていた人間が言うのだから間違いない。

 だが、想像するのと、実際に行動に移して結果を残すのとは大違いだ。その落差を埋めるために、勉学などの“自分磨き”が必要になるが、思い込みの力が強い子供時代には己の未熟さに気付くのは難しい。好きなバイオリン作りに対して真摯で、努力を怠らない聖司と出会い、彼と吊り合う女性になりたいと思った事で初めて、雫は自分が今まで何もしていなかった事に気付く。このあたりの細かな描写はいつ見ても素晴らしい。

 慌てて図書館で本を引っ張りだし、他人の知識やアイデアを拝借して小説もどきを書き始めた事で、自分の中の引き出しが空っぽである事が露呈。人を楽しませる物語を生み出す力が不足していると、嫌と言うほど自覚する。凹んだ上で雫自身が納得し、これから勉強して、大人になろうと決意するまでの作品だ。キッカケの違いはあれ、誰しもが通る道とも言えるだろう。

 こうした作品は、共感を得なければ何も始まらない。それを可能にしているのが、ジブリクオリティで描かれる圧倒的な生活観だ。特に雫の家の“団地感”が凄い。ロケハンされたのではと思えるほど似ている団地に学生時代、友人が住んでいたが、開閉すると「バコン」と大きな音がする鉄製の玄関ドアや、雑多でカオスなリビング+台所をBDの高解像度で鑑賞していると、彼の家に遊びに行った時に「雫の家だ!!」と興奮した記憶が甦る(何故か蛇のような目で睨まれたが)。どこか頼りない両親や、早口で畳み掛けてくるアクティブな姉のウザさなど、近藤監督に「いつのまに私の姉を取材したんですか」と聞きたくなるほど人物描写もリアルだ。

 それに比べ、クールだがシャイで、バイオリン職人を目指すイケメンの聖司君や、雫の良き理解者となってくれる西老人は「いたら素敵だけど、まずいない」アニメ的なキャラクターだと感じる。雫は猫を追って偶然、薄暗い裏路地に迷い込み、少し雰囲気の違う場所にたどり着き、西老人のアトリエ「地球屋」を発見する。脇道にそれただけで、雰囲気がガラッと変わり、違う世界に迷い込んだような経験は誰しもあるだろうが、細かな描写で説得力を産み、「ありふれた日常の隣に、こんな場所や出会いが隠れているかもしれない」と思わせてくれる所が、この作品の魅力だろう。


■ 音が意外に重要

 約100インチのスクリーンで、DVD版と比較しながら再生してみた。冒頭の夜景から、コンビニで雫が買い物をするシーンまでで、唖然とするほど情報量が違う。夜景の遠景は、DVDではくもりガラス越しに見ているようにビルの輪郭がボヤけており、電車が走っているのはわかるが、黒い線の上に、窓から漏れる光の点が連なっている事でかろうじて電車だと判断できるレベル。

 BDでは、ビルの窓ガラスの形状がクッキリ判別でき、どの窓が暗くて、どの窓が明るいかも見分けられる。黒い線路の上を走る電車の、黒いボディもしっかり輪郭線が見え、車両と車両の境目までわかる。通勤するサラリーマンの群れも、BDでは服装や歩き方の違いがよくわかり、一瞬のシーンだが、情報量の多さに圧倒されてしまう。

 色味もDVDとは異なり、青空や白いビルの壁などで見比べると、BD版の方が若干緑が強い。また、夜の街の暗部や、雫が図書館に向かう夏の昼間のシーンで比べると、BD版の方が全体的に画面が明るい。前述の緑の強さと合わさり、総じて“夏の日差しの強さ”や“抜けの良さ”がアップしていると感じる。キャラクターの肌色も、明るさがアップしたことで若干赤が強く感じる。しかし、「千と千尋」や「ナウシカ」ほどではなく、鑑賞中に違和感を覚えるほどではなかった。

 画面が明るくなった事で、BDの解像度の高さが活かされ、雫の家の台所の食器など、背景美術の細かな描き込みも堪能できる。反面、紙の質感まで見え過ぎて、キャラクターのセルとの質感の違いを感じ、現実に引き戻されるシーンもある。テレビやプロジェクタの輝度を若干落とし気味にすると、雰囲気が良くなる。

 ビットレートは30Mbps台が基本。絵作りは従来のジブリBDと同様、オリジナルフィルムを活かした感じで、画面の揺れはそのまま。しかし、目立つ傷や汚れは無く、安定している。グレインはそれなりにあり、白いシャツや壁の影などでジラジラと動いているのがわかる。これも輝度を落とすとあまり気にならなくなった。

 注目は音だ。日本語はリニアPCMステレオと、DTS-HD MasterAudio 5.1chで収録されており、今回はDTS-HD MAをメインに鑑賞したが、DVDと比べてレンジが大幅に拡大。特に低域の伸びが別物だ。音場の奥行きも深く、BGMと効果音の分離も明瞭。雫がリビングで家族と会話するシーンでも、セリフの背後に広がる冷蔵庫のコンプレッサの唸りがしっかり聞き分けられる。立花隆演じる雫の父親の、モゴモゴした声も明瞭に聞き取れて驚いた。

 特に良かったのは、図書館からの帰り道。頭上の空は晴れ渡っているのに、遠くの空には黒い雨雲が広がり始めるという、夏の午後特有の風景が、クリアで明るい映像で表示。それに、BGMに埋もれない風のSEが臨場感を倍増させており、「こういう瞬間って夏休みにあったなぁ」と子供時代に戻った感覚が味わえた。


■ 特典

 特典はPinP(子画面表示)で収録している絵コンテと、「バロンのくれた物語」背景画集、アフレコ台本、「井上直久の1枚の絵が出来るまで。」(4編)、予告編集。興味深いのは「井上直久の1枚の絵が出来るまで。」で、最初にキャンバスいっぱいに様々な色を配置した後で、人物や家などの形状を描き、一枚の絵として完成させていく独特の手法が順を追って確認できるようになっている。

 また、BDをPCで読み込むと、「『バロンのくれた物語』の物語-ひとつのシークエンスが完成するまで-」という書籍のPDFデータも特典として収録されている。


■ まとめ

 BDの価格は7,140円で、「ナウシカ」や「ラピュタ」などと同じ、ジブリBDの基本価格だ。洋画BDなどと比べると高価で、国民的アニメスタジオの作品としては定価で5,000円台程度に抑えて欲しいところ。ただ、ネットの通販サイトでは5,000円台の所も多いようだ。DVDやテレビ放送で何度も繰り返し楽しんでいるという人には、BDの情報量の多い映像と音をぜひ体験して欲しい。

 宮崎監督の「となりのトトロ」には、サツキとメイが庭や家の中で遊ぶ描写が溢れているが、どのシーンにも「確かに子供ってこんな風に動くよな」という説得力に溢れている。「耳をすませば」には、大きなアクションシーンは少ないが、読書中の仕草や、好きな人に話しかけられた時の緊張した立ち方など、細かい動き中にハッとするリアリティがある。

 宮崎監督とは演出のアプローチが異なるが、こうした描写の積み重ねにより、キャラクターが生き生きと動き出し、観客はいつのまにか感情移入してしまう。リア充への嫉妬も、そもそも感情移入できなければ感じようがない。この映像が持つパワーこそが、かつてのジブリアニメの特徴であり、それに共感しやすい物語が組み合わさった事が、「耳すま」の魅力と言えるだろう。大人も子供も、夏休みに鑑賞して欲しい作品だ。


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[ AV Watch編集部 山崎健太郎 ]