大河原克行のデジタル家電 -最前線-

いまのシャープには「創意」が足りない

~シャープ・奥田隆司次期社長に今後の方向性を聞く~


シャープの次期社長に就任する奥田隆司常務執行役員

「いまのシャープには、創意という点でやや足りない部分がある」、「顧客視点でのモノづくりができていないことが、目立ったオンリーワン商品の創出につながらない理由だといえる」

 2012年4月1日付けで、シャープの社長に就任する奥田隆司常務執行役員は、いま、シャープが置かれている立場と課題についてこう切り出した。

「私自身、新たな仕組みをつくり、新たな市場を開拓し、新たなビジネスモデルをつくるといった、地味だが、難しい仕事を経験してきた。社長としてその経験を生かしたい」と、今後のシャープの変革に意欲をみせる。シャープ次期社長である奥田氏に、今後のシャープの方向性について聞いた。なお、インタビューは共同で行なわれた。



■ 海外、テレビ、亀山など。奥田次期社長の実績

--3月初旬に片山幹雄社長から次期社長指名を受け、3月14日に会見を行ないました。現時点まで心境の変化はありますか。

奥田:3月14日の会見で、次期社長は奥田であるという発表を聞いて、多くの人が驚いたかもしれませんが、一番びっくりしたのは私です(笑)。3月14日の社長交代会見を経て、日が経つに連れ、ますます肩の荷の重さを感じていますよ(笑)。そうした重責を感じながらも、その一方で、若い社員たちからメールが届き、現場主義という方針のもと、社員を巻き込んでやるというメッセージに対して反応してくれていることに、がんばらなくてはという気持ちが一層高まっています。やる気が一段と湧いてきている状況です。プライベートの話になりますが、家内も元シャープの社員であり、しかも、広報部門に在籍していました。つまり、シャープのことについては大変よく理解しています。「全面的にサポートする」という力強い言葉をもらっていますよ(笑)

--シャープでの実績を教えてください。

奥田:私は、1996年から国際資材本部で、グローバル調達の仕組みを構築する任についていました。この時に、マレーシアにシャープ・エレクトロニクス・マレーシア(SEM)という会社を設立したのですが、これがなかなかうまく行かない。そこで、作った本人が現地に行って立ち直らせろということで、1997年から2000年まで、マレーシアで勤務しました。SEMでは、テレビの部材を調達し、世界の生産拠点に供給することが主な仕事でしたが、私自身、情報関連部門で仕事をしていた経験もあり、モニターや電卓の完成品を直接現地で仕入れて、販売するというビジネスモデルを新たにスタートしました。それまでは一度日本で仕入れて、それを現地に輸出して販売するという仕組みだったものを大幅に変えたわけです。

 その後、栃木県矢板市に本拠を持つAVシステム事業本部に異動し、2001年からはテレビ事業部長に就任。2003年からはAVシステム事業本部長を務め、約3年間に渡り、液晶テレビ「AQUOS」の事業立ち上げを担当しました。2004年1月には亀山工場が稼働し、当時の私の肩書きは、AVシステム事業本部長兼亀山工場補佐。垂直統合のビジネスモデルをテレビサイドから推進しました。当時は、亀山工場を立ち上げるために、パネル側とテレビ側が侃々諤々の論議をし、テレビ側の要求と、パネル側の要求の違いを少しずつ詰めていき、垂直統合型のビジネスモデルを立ち上げたという点で思い出深い仕事でした。

2004年のCEATEC会場で65型液晶テレビを発表する奥田氏(当時はAVシステム事業本部長)

 2004年10月には、CEATECの会場で、当時世界最大となる65型液晶テレビを発表しました。AQUOS事業の立ち上げにおいても重要な仕事を担当し、AVシステム事業本部長を務めたことは、いまの私にとって、大きな財産になっています。世の中にない液晶テレビを試行錯誤でつくりながら、ユーザーの方々にも大変喜んでいただき、販売店の方々からも「こんなもの売れるか」と言われたものが、売れるようになり感謝された。また、液晶テレビの画質づくりにおいて、放送局や評論家の方々に数多くのご意見をいただきました。こうした活動の結果、液晶テレビを、ブラウン管テレビに変わる世界の標準テレビへと育てることができたと思っています。グローバル市場において、AQUOSブランドを確立することができ、独自の技術で世界に貢献するという点で、貴重な体験だったと考えています。

 2006年には調達本部長として、亀山第2工場および堺工場における部材調達の仕事にかかわり、続いて、2008年には海外の液晶モジュール工場の建設にあわせて、海外生産企画本部長に就任。さらに、新興国でのビジネスを拡大するための戦略市場を担当し、2010年からは、海外市場開発本部長として、インド市場での販売体制の見直し、ブラジルでの新たな販社の設立など、ここ数年は、新興国で戦える仕組みづくりに取り組んできました。現在、海外事業統括兼海外事業本部長という仕事をしています。

--こうした経験はどう生きますか。

奥田:これまでの経験を振り返ると、新しい仕組みを作ったり、新しい市場を開拓したり、新しいビジネスモデルを作ったりという、地味だが、難しい仕事に取り組んできました。片山さん(=片山幹雄社長)が、後継指名の理由に、「日本市場もグローバル化するなかで、国内、海外において勝てる仕組みを構築することが必要。その点で、様々な経験をしてきた奥田が最も適任だ」ということをあげていました。こうした難しい仕事をしてきたことが、任命に至ったと理解しています。

 海外の生産拠点の統廃合や、新たな拠点の設置、新たな協業の仕組みを作ったりといったことを担当してきましたから、今後もこうした経験を生かし、ビジネスモデルの改革、グローバルで戦える仕組みづくりの構築に生かしていきたいと考えています。

 最近、私が強く感じていることは、私1人ではこういう仕事ができるわけではなく、現場の社員のがんばりがあって実現できているという点です。自分の基本的な考え方は「現場主義」であり、いかに現場のなかに深く入り込んで、社員のやる気と本気度を引き出してやっていくかという点を重視しています。これから社長という立場に変わりますが、引き続き、こうした仕事の仕方は心掛けていきたいと考えています。

 シャープには、液晶をはじめ、太陽電池、プラズマクラスターイオンなどの独自の技術があります。これらの技術は応用範囲は広いが、最近ではスピード感が落ち、オンリーワン商品として目立ったものが生まれていないことが課題だと感じています。シャープには、応用範囲の広い技術を活用して、特徴商品を生み出すDNAがある。国内外の従業員の力を十分に発揮させながら、新しい市場を創造できるような商品をどんどん作り上げたい。国内、海外の社員を巻き込んで、ビジネスモデルを変革し、さらにはグローバルで戦える仕組みづくりができれば、持っているオンリーワン技術、そして、オンリーワン商品をつくるDNAが、新たな成長ドライバーへと変わっていくことになる。それをやるのが私のミッションです。トップダウンに加えて、自分の現場主義と、社員の力を引き出すボトムアップのバランスを、見直しをかけながら推進していきたい。

 我々はメーカーです。誠意と独自の技術を応用したオンリーワンの商品を作り出していくことが、我々のミッション。今年9月にシャープは創業100周年を迎えますが、先人たちが苦労して築いてきた「誠意と創意」の歴史を継承しながら、グローバル市場で一層輝きを発する企業になりたいと考えています。まずは業績を立ち直らせなくてはならない。業績と信頼を回復して、社会の期待に応えていくためには、財務戦略と事業戦略のバランスが重要です。この事業戦略、そして財務戦略については、きちっと説明する場を設けるつもりです。


■ これからの商品、市場戦略

--オンリーワン商品に目立ったものが生まれてこない理由はどこにありますか。

奥田:いかに、「製品」から「商品」に仕上げていくかが重要です。そのためには、マーケットの近くに行き、顧客ターゲットを明確にし、用途をはっきりと打ち出しながら、顧客目線で商品を作り上げる必要がある。それが真のオンリーワン商品をつくる上で重要なことです。顧客目線が足りないということは、もっとマーケットインに対する活動を積極化し、優秀な人材をそこに配備をしていく必要がある。また、それだけではなく、意思決定のスピードが遅いという点も改善しなくてはならない。書類にハンコがたくさん並ぶのではなく、現地に権限を委譲したり、現地完結型というバリューチェーンの仕組みを作りながら、即決断できるような仕組みに変えていきたいと考えています。

--これまで海外での経験が長く、グローバル視点での経営が奥田次期社長の特色になるともいえますが、グローバル市場におけるシャープらしさを、どう出しますか。

奥田:アジアの新興国を例にとると、白物家電では、プラズマクラスターイオンというオンリーワン技術を搭載した製品を、積極的に展開することにこだわっています。また、白物家電以外のところでは、複写機やBigPadのようなBtoB型の製品も展開しています。さらには太陽光発電のビジネスもやっている。BtoCだけでなく、BtoBを加えたバランスが取れた事業展開を行なえるのが、海外におけるシャープの特徴だといえます。

 一方で、シャープが国内で展開している「合展」や「個展」という独自の手法を海外で展開するということもやっています。こうした日本での経験をミックスしながら海外でビジネスを加速していきたい。ただし、海外では、オンリーワン商品で利益を創造していく分野と、コモディティ化した商品で、回転率で勝負する商品とがあります。これは、日本で展開しているビジネスモデルだけではうまくいきません。ビジネスモデルを変えていくこと、世界で戦える仕組みづくりをすることを、これからのシャープの事業戦略のなかで進めていきます。意思決定を早くできる仕組みだけでなく、スピードをあげることができるのならば、シャープ1社がすべてのことをやるのではなく、バリューチェーンのなかに、協業を含めた取り組みも含める。そうしたことも視野に入れたいと考えています。

--グローバル展開において、成長戦略の鍵となる新興国市場では、どんな取り組みを重視していますか。

奥田:たとえば、インドでは、Tier1(ティアワン)、Tier2と呼ばれる都市に集中した展開を行なっています。まずは、その市場において、シャープブランドを確立したい。ブランドにはシャワー効果というものがあり、ボトムの商品から引き上げていくのではなく、オンリーワンの商品をベースに、シャワー効果でブランドの浸透を図りたい。白物家電では、意図的にプラズマクラスターイオン搭載の冷蔵庫やエアコンを販売し、液晶テレビでも意図的に、大型テレビを展開している。ボトムの市場から入ると、その市場には多くのメーカーがあり、シャープの存在感が発揮できない。新興国のマーケットはこれから大きなスピードで伸びていきます。そのなかで、いかにシャープのブランドを確立するかが重要な要素になります。また、アジア市場では、多くの国で電気が足りないという状況に陥っています。その点で、太陽光発電事業は大いにビジネスチャンスがあると思っています。その際には、ファイナンシングの面においても提案するといったビジネスバリューチェーンで対応できるように体制強化を進めていきたいと考えています。

-- 一方で、グローバル人材の育成をどう考えていますか。

奥田:日本人は、グローバルではなく、グローカルにならなくてはいけない。そのなかで、地場に溶け込む人材をどう育成するかが重要です。戦略市場開拓を担当しているときに、「GRID(Global-minded Regional market Innovators Development、グリッド)」と呼ぶ、グローバル若手育成プログラムを新たにスタートさせました。これは若手社員を新興国地域に派遣して、一年間仕事をしなくていいから、文化に触れる、現地語を勉強するという任務に当たらせた。1日400~500円で過ごすような国で、その生活を直接体験した若い人たちを増やすことが、今後、グローバルでビジネスを行なう上で大切であると思っています。この活動をさらに進化をさせたい。一方で、外国人の登用は積極的にやっていきたいと考えています。キャリアの採用も同じで、優秀な人がいれば積極的に採用したい。優秀な人は海外にたくさんいます。複数の会社を経験して、キャリアが深く、経済だけでなく、法律を勉強し、財務にも詳しい。そうした人材を獲得する一方で、日本の若い人たちにも同じような経験をさせたいですね。

 最近、インドでビジネスをしていて、インド人から言われることは、日本人は仕事をしなくなったという点です。最近の日本人のなかには、メールを送れば仕事が終わったと勘違いしている人が増えたというのです。日本人の良さは、きめ細かな仕事ぶりと、摺りあわせやフェイス・トゥ・フェイスによって、切磋琢磨して仕事をするという手法にあった。しかし、最近は相手が内容を理解していないのに、勝手に相手が理解したという誤解をもって仕事をしている人が多い。もっと日本人は、昔の日本人の魂を思い出してがんばってほしい。そうすれば、絶対に日本は復活するというのです。こうしたことを、もう一度徹底する必要があるかもしれませんね。

--液晶パネルおよび液晶テレビ事業が大きな転換期を迎えています。今後、液晶関連事業をどう推進していきますか。

奥田:液晶パネルは、スマートフォンやタブレット端末でも、さらに高解像度のものが要求され、どんどん進化することになります。Windows 8といった今後登場する新たなインフラのなかでも、求められるものが変化してきますし、ウルトラブックによって、ノートPCの世界も大きく変わってくるでしょう。そして、液晶パネルの応用分野という観点で見たときに、シャープが開拓できていない分野はまだまだあります。シャープは、車載分野に対してもまだ大きな提案ができていませんし、医療、教育、エネルギー、ロボティクス分野に関しても、まだ踏み込めてないところがたくさんある。既存のアプリケーションだけで、エレクトロニクス産業の先が見えないといわれるのは、おかしな話です。もっといろいろな広がりをもって、切磋琢磨して商品を作っていくこと。それが私の役割だと思っています。液晶事業は中長期的にみると、応用範囲が幅広い。いかに広げられるかが鍵であり、マーケットインの考え方を取り入れ、メーカーの原点に立ち返って事業を推進することで、液晶事業はさらに伸びると考えています。

 一方で、液晶テレビですが、ここにきて、テレビにネットがつながる時代に入ってきましたが、リビングにおいて、家族全員で、ネットにつないで、テレビで情報をみるといった使い方に関しては、議論が必要かもしれません。どんな使い方がこれからされていくのか、テレビがネットにつながる時代に、テレビの姿はどうなるのかということは社内でも議論しています。将来のテレビの姿は、チューナーが分離され、モニターだけになり、セットトップボックスのようなゲートウェイに接続され、そこから様々なコンテンツが見られるという仕組みになる。そういう時代がくるかもしれません。しかし、それが100%受け入れられるかどうかは、国によっても違うでしょう。冷静にマーケットの状況を見ながら、テレビづくりをしていく必要があると考えています。テレビは、様々な形に分かれる可能性もある。シャープが提案したフリースタイルAQUOSも、独自の方向性を示した、新たなテレビの形のひとつだといえます。次世代テレビの開発にむけては、これからも積極的に検討していきたくことになります。

--シャープにとってコアコンピタンスとはなんですか。

奥田:液晶であり、太陽光発電であり、プラズマクラスターイオンなどの健康関連技術になります。しかも、この応用範囲は限りなく広いと考えています。太陽光発電も、いまは屋根の上に乗せるという発想ですが、これを壁につけたらどうなると考えるだけでも、まったく違う商品が生まれることになります。選択と集中を進める一方、新たな協業を模索し、さらに、幅広い応用と、新たなビジネスモデルの展開、グローバルで考える仕組みを構築したいと考えています。

--生産拠点の考え方はどうなりますか。

奥田:特許に裏付けされた技術を持つもの、圧倒的な技術力があるものを日本で生産することになります。シャープはメーカーですから、独自の特徴に裏付けられた技術によって、新たな需要や市場を創造する商品やシステムを、日本から作っていきたいと考えています。

--シャープをどんな会社にしたいと考えていますか。

奥田:初代社長から現社長まで共通しているのは、言い方は違いますが、独自の特徴を持った商品を作るということです。そして、オンリーワン商品を作り、常に新たな市場を創造し、みなさんの生活を豊かにし、社会に貢献する会社であるということが、シャープが創業以来目指してきた姿です。それが、誠意と創意ということになります。私が目指すシャープの姿も同じです。いま、私が感じるのは、創意の部分がやや足りないという点です。折角、いいデバイスを持っていながら、それを使ったいい商品が他社から出てくるという状況にある。これをなんとかしなくてはならない。シャープから創意を持ったオンリーワン商品を市場に数多く投入していきたいですね。


(2012年 3月 21日)

[Reported by 大河原克行]


= 大河原克行 =
 (おおかわら かつゆき)
'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、20年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。

現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、クラウドWatch、家電Watch(以上、ImpressWatch)、日経トレンディネット(日経BP社)、ASCII.jp (アスキー・メディアワークス)、ZDNet(朝日インタラクティブ)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下からパナソニックへ」(アスキー・メディアワークス)など