藤本健のDigital Audio Laboratory
第697回 “日本版SXSW”目指す「No Maps」で見た、音楽とテクノロジーの新たな動向
“日本版SXSW”目指す「No Maps」で見た、音楽とテクノロジーの新たな動向
2016年10月24日 12:51
10月10日~16日の1週間、札幌市で「No Maps 2016」というイベントが開催された。これは札幌を「世界屈指のイノベーティブなまち」にすることを目標に掲げ、映画/音楽/インタラクティブ(IT先端技術など)の3分野からなるイベント。
米テキサス州オースティンで毎年開催されている音楽祭・映画祭・インタラクティブフェスティバルなどを組み合わせた大規模イベント「SXSW(サウスバイ・サウスウエスト)」を参考に、札幌市全面協力のもと、札幌市中心部に21会場、白石エリア、琴似エリアにも1会場ずつの計23会場に分散して行なわれたものだ。その日本版SXSWを目指したNo Mapsを見に15日、16日の2日間、札幌に行ってきた。
No Mapsは映画、音楽、インタラクティブ=ITを掛け合わせたイベント。主催はNo Maps実行委員会となっており、その委員には北海道経済産業局地域経済部長、北海道経済部長、札幌市経済観光局長、また名誉委員長に札幌市長、さらに、顧問に北海道知事、北海道大学総長、札幌市立大学理事長……といった人たちが名を連ねているが、そのNo Maps実行委員の委員長はNo Maps合同会社代表であり、No Mapsの発案者でもあるクリプトン・フューチャー・メディアの代表取締役、伊藤博之氏。DTM業界から、こんなすごいイベントが発案されたと思うと、なんとなく誇らしく思ってしまうほどだ。
伊藤氏によると「SXSWのようなことを札幌でやりたいとかなり以前から言っていたのですが、ようやくそれを実現することができました。ただ、今回はまだプレ開催という意味で第0回という位置づけ。来年秋から正式にNo Mapsを始動させる予定です」とのこと。「世界を変えるクリエイティブイベントを札幌で開催する」ということに大きな意義があると話していた。
実は、筆者が札幌に行ったのは15年以上ぶりで、しかもその時は日帰りの企業取材だったから、ゆっくり訪れるのはほとんど初めて。半分観光気分でやってきた。正午に飛行機で新千歳空港に到着し、JRで札幌駅へ。そこから地図を頼りに各企業がブース出展している大通り公園付近にあるTrade Show会場へと駅前通を歩いて向かった。
途中、地下歩道である「チ・カ・ホ」に潜ると、目の前にはいきなり初音ミクの大きなポスターとクリプトンのロゴの掛かったデスク、No Mapsの看板が。担当者に聞くと、No Mapsの展示の一つであり、ここでは新千歳空港限定の“雪ミク”グッズの展示をしているのとともに、隣では音楽配信カード、SONOCAの紹介をしているのだとか。
また、そのすぐそばには、北海道の流木を使ったオブジェがあり、ここにたくさんの人が集まっている。こちらは筆者も持っているMOGEESというシステムを使ったデモ。これは、流木を叩くとそこに張り付けられた振動センサーが感知し、iPhoneのアプリからまったく別の音を出したり、アルペジオを奏でるというもの。レイテンシーが非常に小さく、リアルタイムに鳴ってくれるので、みんなで木を叩いて不思議な演奏をしている気分に浸れる。大人から小さい子供まで夢中に叩いているのが印象的だった。
そしてNo Mapsの大きなテーマの一つにもなっていたVRも、この地下歩道で無料体験できるようになっていたので、ちょっと試してみた。初音ミクをモチーフにした体験型アクションゲームということで、3Dで見えるゴーグル型ディスプレイをつけて、動く椅子に座り、レバー操作で映像と音を頼りに初音ミクを探しにいくというもの。すごくリアルであり、まるで遊園地の中のようではあったが、試してみて後悔。頑張って5分近く続けたのだが、3D酔いが激しくゴールにたどり着くことなく離脱。「ダメな人には、向かないことがあるみたいですね」と担当者も話していたが、その後も半日近く3D酔いが続いたほどだった。
そんな地下道を見ても、No Mapsが札幌市をあげての大イベントになっていることを実感できる。その先にあるNo Mapsでプレス受付をした上で、Trade Show会場に入った。
この会場は、普段は使っていない旧北洋銀行本店。テレビ塔のすぐそばながら、やや目立たないところだからか、人が少ない印象ではあったが、DTM・DAWの世界ではお馴染みの企業がブースを連ねていた。
入口すぐそばにあったのはSteinberg(ヤマハミュージックジャパン)。発表したばかりのDTM入門者用パック製品、UR22mkII Recording Packを前面に出しての展示。また、その隣にはクリプトン・フューチャー・メディアが初音ミクなどVOCALOID製品や音声処理システムのADX TRAX PROなどを展示、さらに、その隣のエムアイセブンジャパンでは先日グッドデザイン賞を受賞した不思議な感覚のキーボード、ROLI Seaboardの展示・デモ演奏などを行なっていた。
実は筆者のNo Mapsでの大きな目的の一つは、このSteinbergのブースでインターネット生放送を行なうこと。具体的にはSteinbergが展開するAbemaTV FRESH!チャンネル「SOUND ROSTER」で、「藤本健Talk Session」というシリーズ番組をスタートさせる第1回ということで、札幌のNo Maps会場から放送した。その内容はアーカイブされているので、興味のある方はぜひ、ご覧いただければと思う。ここではNo Mapsについて紹介した後、札幌にあるVSTプラグインのベンダー、Prominyの代表、大川晃史氏をゲストに招いて、同社の製品開発についてうかがった。非常にリアルな演奏ができるギター音源、Hummingbirdなどで世界的にも著名なProminyはNative InstrumentsのKontaktをエンジンに使っている。話を聞いたところ、大川氏本人はキーボーディストであるため、リアルなサウンドが得られるギター音源が欲しいという思いから2003年から開発を開始。膨大な手間と時間をかけて、いまも新バージョンの開発を続けているとのことだった。
さて、このTrade Show会場には、ほかにもさまざまなブースが出展されていた。外の道路から見えるところには、筆者が苦手なVR体験コーナーが設置されていたり、そうしたVR映像を撮影するためのシステムとして360度カメラ搭載のラジコン型ロボットも会場内で動いていた。また、札幌と同様にSXSW的なイベントを開催してきていた博多の明星和楽、また来年から078-Coming Kobe Interractiveというイベントをスタートさせる予定の神戸の団体も、都市交流ということでブースを出していたのも印象的だった。
また、Trade Show会場に到着して、聞き覚えのある学術研究用で使われる曲が流れてきて振り返ったら、産業技術総合研究所(産総研)がブースを出していたのにもちょっと驚いた。このDigital Audio Laboratoryでも何度か紹介したSongleやSongrium、TextAliveといったものを展示していた。ちょうど産総研の後藤真孝氏とクリプトンの伊藤氏が翌日のイベントについて打合せをしていたところ。聞いてみると、16日に初披露となるシステムを使ったアイドルのステージがあるという。その情報を元に、翌日のスケジュールを組みなおしたのだ。
一夜明けて、翌朝は札幌駅そばの札幌市立大学サテライトキャンパスで「JUCE開発環境ワークショップ」に参加してみた。JUCEについてご存じない方も多いと思うが、これはオーディオアプリケーshンとプラグインの制作のための、クラスプラットフォームのC++フレームワークのこと。グラフィック(2D、3D)のAPI、信号処理、ネットワーキング、GUI、暗号化など、さまざまな機能を提供してくれるもので、現在かなり多くのプラグインメーカーが、このJUCEを使っているという話を聞いていたので、個人的にも非常に興味を持っていたのだ。オーディオプラグインをゼロから自分で開発するとなると、レイテンシーの問題など、クリアしなくてはならない問題が数多くあるが、JUCEを使えばその点が非常に簡単に済むだけでなく、1つのプログラムを組めば、それをWindowsのVST、MacのVST、CoreAudio、さらにはWindows/MacのAAXやRTAS、さらにはスタンドアロンのアプリなど数多くのプラットフォームに対応させたオブジェクトを生み出すことができるというメリットもある。
現在、JUCEはROLI社が提供するオープンソースの開発環境で、Julian Storer氏が開発したもの。元Tracktion社のエンジニアであったJulian Store氏が同社のDAWであるTRAKTIONを開発するための過程で作ったものだが、彼がROLI社に移籍した現在もオープンソースとして提供しているものなのだ。「JUCE開発環境ワークショップ」では、冒頭にJulian Store氏のビデオメッセージがあった後、「JUCE JAPAN」という同人誌を発行する塩澤達矢氏がSkypeを使って東京からの入門セミナーを開催。彼自身も、JUCEを使ってアプリケーションを作っているそうだが、DX7互換のソフト音源dexedやVAシンセサイザのsynisterなどのオープンソースのプラグインもJUCEで開発されたものだと語っていた。
その後、クリプトン・フューチャー・メディアの黒田毅氏が「Piapro Studio開発におけるJUCEライブラリの活用」と題して、JUCEに関して説明。黒田氏によると、JUCEはオーディオ信号処理のみならず、GUIの開発においても非常に強力な力を持っているとのこと。マルチプラットフォーム対応という意味では、Windows、Macはもちろんのこと、Linux、iOS、Androidとあらゆる環境に対応しており、「Write once , run on many」というコンセプトで使えるという。
また、黒田氏が集めた情報によると商業系でもTracktionのみならず、Cycling 74、KORG、Artiria、UVI、AKAI(MPC Software)、IK Multimedia、Universal Audio、Image-Line、Applied Acoustics Systems、XLN Audioなど多くのベンダーがJUCEを使っており、クリプトンも2年ほど前からPiapro Studioの開発をJUCE環境に切り替えたという。Piapro StudioはVOCALOIDを歌わせるためのエディタであり、現在でているVersion 2.xはWindowsおよびMacでのVST/AudioUnitsプラグインとして動作するものとなっているが、現在開発中のVersion 3.xはJUCE環境となり、スタンドアロンでも動作するようになるという。Piapro Studio 3が披露されたのは、今回が初めてだったが、まだリリース日程は未定とのこと。どんな仕上がりになるかも楽しみだ。
このあと、わくわくホリデーホール(札幌市民ホール)で行なわれていた「2045年:人工知能の旅」という講演・パネルディスカッションを少し覗いて、ライブ会場へ向かった。産総研が初めてお披露目するというライブまで時間がなかったので、人工知能の話はあまり聞けなかったが、1,500人のホールにはかなりの人が入っていた。おそらく、全国から集まった人工知能関係の研究者や関連する仕事をする人たちのようだ。ここでは公立はこだて未来大学教授による「人工知能はどこまで来てどこに向かうのかという基調講演にはじまり、ドワンゴ人工知能研究所の所長による「人工知能がより汎用的になると何が起こるのか」という講演、さらには人工知能関連の企業の社長とクリプトンの伊藤氏を交えた6人による「人工知能をビジネスに結び付けるには」というパネルディスカッションなどが行なわれていた。
この人工知能の会場からライブ会場であるZepp Sapporoまでは歩くと20分以上かかるので、地下鉄に乗って移動すると、そこには人工知能の会場に集まっていたのとは、まったく違う雰囲気の人たちがやはり1,000人近く全国から詰めかけていた。その日行なわれていたのは「IDOL DIVERSITY」というライブで、その日は℃-ute、ハロプロ研修生北海道、虹のコンキスタドール、BELLRING少女ハート、ミルクス本物、妄想キャリブレーション、ゆるめるモ!、lyrical schoolの各アイドルグループが出演。その中で、今回のお目当ては、「BELLRING少女ハート」。事前告知などはまったくなかったが、ここで産総研の技術によるユニークな試みがお披露目されたのだ。その試みとは、以前にも紹介したTextAliveというシステムで作り出した歌詞アニメーションをステージのスクリーンに表示させるというもの。
物凄い熱狂の中、約30分のステージが繰り広げられたが、TextAliveが利用されたのは最後の2曲。このとき使った歌詞アニメーションビデオが産総研によってYouTube上とTextAlive上の両方で公開されているので、ご覧いただきたい(TextAliveの配信ページ:1/2)。
これまでTextAliveはYouTube、ニコニコ動画、SoundCloud、Piapro等に登録されている曲で、かつSongleにも登録されている楽曲に、歌詞情報のURLを入れることでTextAlive上でビデオ表示することができた。しかし、10月13日、No Mapsの開催に合わせ、Piaproとの連携を強化し、出来上がった歌詞アニメーションをダウンロードできるようになった。今回のステージで使ったものは、産総研内にある非公開のシステムを用い「BELLRING少女ハート」から提供された楽曲をビデオ化したとのことだが、Piaproを使い、その規約の制限内の利用であれば、誰でも同様のビデオを作ることができ、今回のステージのような使い方も可能になるというわけだ。これまでVOCALOID楽曲用のシステムのようにも思えていたTextAliveだが、こうした活用が可能になるとだいぶ意味合いも変わってきそうだし、注目度も上がってくるのではないだろうか?
以上、2日間で回ったNo Mapsについてレポートしたが、いかがだっただろうか?このNo Mapsに包含される形で第11回札幌国際短編映画祭が行なわれていたり、ほかにも数多くのライブが開催されていたので、見て回れたのは、ほんの一部ではあったが、かなり面白いイベントであった。これが日本版SXSWとして、国内だけでなく、国際的にも認知されていくことを期待したい。