藤本健のDigital Audio Laboratory

第854回

まるでレーザービーム?! 超音波で音を飛ばすパラメトリック・スピーカーを試した

パラメトリック・スピーカー実験キット

パラメトリック・スピーカーというものをご存知だろうか?

これは超単一指向性スピーカーともいえるもので、オーディオ・スポットライトなどとも表現される音響システムだ。この技術自体は50年近く前から存在するものであり、決して新しいものではないが、以前からなんとなく興味があって、試してみたい……と思っていた。

が、先週思い切って入手して、ちょっと遊んでみたところ、想像していた以上に面白いシステムだったので、紹介してみよう。

100m先まで音が飛ぶ?! パラメトリック・スピーカーとは

パラメトリック・スピーカーがどんなものなのか、その概要や仕組みはともかく、ちょっとした実験をビデオで録ってみたので、まずはこれをご覧いただきたい。

パラメトリックスピーカーで実験してみた
使用楽曲:ハレのち☆ことり♪ 作詞・作曲・編曲:多田彰文 ボーカル:小岩井ことり
https://amzn.to/2Ym1Rn2

お分かりいただけただろうか? これは、路上に置いた椅子の上に約10cm×5cmという小さなパラメトリック・スピーカーを設置し、ここからiPhoneで再生させた楽曲を鳴らしたものを撮影・録音したものだ。

実験の様子

動画を見ていただくとわかる通り、この小さなスピーカーから出す音は目の前で聴こえるのはもちろんだが、そこからどんどん離れていき、10m離れても聴こえ、30m離れても聴こえ、さらには100m離れたところからでも聴こえるのだ。

これ以上、直線のまま進むことが不可能だったので、ビデオ撮影はおよそ100m離れたところで終了したわけだが、道がまっすぐだったら、感覚的にはもう少し行けるのではないか……という気はした。

スピーカーの目の前での音からも想像できるように、決して莫大な音量を出しているわけではないし、どちらかというと小さな音。おそらく近所でも誰ひとり、ここで音を出していることに気づいていないはずだ。

録音に使ったのは、以前この連載でも取り上げたことのあるリニアPCM録音が可能な4Kビデオカメラ、ズームの「Q2nー4K」(第791回参照)。

録音には、ズームの小型音楽用ビデオカメラ「Q2n-4K」を使用した

オートゲインコントロールなどにはせず、固定のレベルで録音しているので、録った音のまま。何の編集も調整もしていない。知識の上では、指向性が高く、かなり遠くまで音が届くということは知っていたが、実際に試してみてこんなに遠くまで音が届くとは想像していなかった。

超音波を利用して、音をまっすぐに飛ばすパラメトリック・スピーカーが初めて世の中に披露されたのは、1970年の大阪万博の松下館だったそうなので、ご存知の方は多いと思うが、筆者がその名前を知ったのは数年前。取材に行った1ビット研究会の中で、パラメトリック・スピーカーが少し話題に上ったので、気になっていたのだ。

その後、そのパラメトリック・スピーカーの実験キットが、秋葉原の電子部品店、秋月電子通商で販売されているのを見かけて、買ってみたい! と思っていた。が、価格を見ると税込11,800円と、結構なお値段。行くたびに気になりつつも躊躇していたのだ。

秋月電子通商で販売されていた「パラメトリック・スピーカー実験キット」

そうした中、先日、某大学の准教授と話をしていた際、昔パラメトリック・スピーカーの研究をしていた……という話を聞くとともに、その特性などを改めて教えてもらうと、ますます欲しくなり、先週、思い切って購入してみたのだ。別途12VのACアダプタも必要とのことで、合わせて12,750円也。

パラメトリック・スピーカーの実験キットを組み立てる

先日も、この連載ネタでUSB-DACのキットを組み立てたところなので、まあ、なんとか作れるだろうとは思いつつも、失敗したらこれだけの出費が無駄になってしまう。ちょっぴり緊張しつつ、基板に部品を載せては半田付けをする作業を行なっていった。

最初に説明書を読むと、これは北海道苫小牧市にある有限会社トライステートという会社が設計・開発したものだそうだ。何度か部品変更などは行なっているようだが、最初に発売されたのは2008年とのことなので、ロングセラーのキットらしい。

設計・開発は北海道苫小牧市にある有限会社トライステート

見ると分かるとおり、パラメトリック・スピーカー・キットは2枚のプリント基板で構成されており、片方が制御ボード、もう片方が音を発信するスピーカーボードとなっている。

2枚のプリント基板で構成されている

部品が全部揃っているか、部品表をチェックしつつ、説明書にしたがって半田付けを開始。思っていたより、部品点数も少なく、制御ボードのほうは30分強で完成した。

まずは、部品表を見ながら不足している同梱物がないかチェック
説明書に従って半田付けを行なっていく
点数が少なく、制御ボードは30分程度で完成

続いて、小さな超音波発振素子をズラリと50個敷き詰める形のスピーカーボードのほうも半田付けを開始。こちらも素子の極性に注意しつつ半田付けしていくことで30分もかからず完成した。

この小さいものが超音波発振素子
素子の極性に注意しながら、半田付けしよう
こちらも30分程度で無事に完成!

説明書を見ると、とくにテスターなども不要で調整も簡単とあったが、正しく音を出すためには、超音波の共振周波数を40.0kHzにするための調整が必要とのこと。

テストボタンを押しながら制御ボード上にある小さな半固定抵抗を回して、赤=Over・緑=Good・赤=Underと3つ並んだLEDが緑になるようにしていく。

恐る恐るACアダプタを接続して電源を入れると、正常に動作しているように見える。テストボタンを押してみるとLED表示はUnderになっていたので半固定抵抗を回してみたのだが、いくら回しても変化がない。

ありゃ。反応が無い……

あれ? まずい……と思って半田付けした面を見ても、よく分からない。一度カメラで撮影し、PCの大きな画面で拡大しながらチェックしてみると……なんのことはない。その半固定抵抗の1つの端子だけ、なぜか半田付けし忘れていたのだ。

改めて半田付けし、調整してみると、今度はバッチリ。手持ちの赤と黒のリード線を使って制御ボードとスピーカーボードを接続して、ようやく完成。

半固定素子の端子を半田付けし忘れていた……。改めて調整すると、今度はキチンと反応した
制御ボードとスピーカーボードを接続して完成

さっそく試してみようと説明書を読むと、使い方はあまりにもシンプル。

そう、ここには電源スイッチもなければ、ボリュームもない。ACアダプタを接続し、ステレオミニのジャックにオーディオ信号を入れれば動く、ただそれだけなのだ。

まずはACアダプタだけをつないだが、何も音はしない。実は、この時点で40kHzの超音波が発信されているようだが、20kHzくらいのモスキート音などと異なり、完全に超音波だからまったく知覚することはできない。ここでiPhoneをステレオミニのケーブルで接続して、音楽を再生してみると……、このスピーカーから音が鳴りだした。目の前にあるのに、小さな音である。

が、ここでスピーカーボードを手で持って動かしてみると、一瞬大きな音が左耳だけ感じられた。おや?と思ってゆっくりと動かし見ると、まさにビーム。左耳の方向に向けると、左耳だけ音が聴こえ、右耳の方向に向けると右耳だけ聴こえるのだ。まあ、目の前にあるから、反対側の耳も無音というわけではないけれど、ホントに微かな音量なのだ。

スピーカーボードを手で持って動かしてみる

また筆者の部屋はコンクリートの打ちっぱなしであることもあり、このビームの反射もすごい。スピーカーボードを天井に向けたり、壁に向けたりすると、あるところではクッキリと音が聴こえるけれど、ほかではあまり聴こえない……といった具合なのだ。とっても面白いけれど、この音を直接聴いて大丈夫なんだろうか……とちょっと不安に感じるほどだ。

実は某大学の准教授から聞いていた話では、パラメトリック・スピーカーの音質はまだ発展途上だということ。会話を聞き取るには十分使えるけれど、音楽用としてはまだダメということだった。オーディオマニアな先生なので、そこには彼の主観がかなり入っていたとは思うが、その話からきっと本当に帯域を絞った狭いバンドパスフィルターを通したような音なのでは……と想像していたのだが、このキットから出てくる音は、思っていたほど悪くはない印象だ。

もちろん、ハイファイとか高音質といったものには程遠く、鑑賞するためのサウンドではまったくないけれど、十分音楽として認識できるレベルではある。キットの説明書を読むと400Hz~5kHz程度とあるので、それなりの帯域はあるわけだ。

でも、このパラメトリック・スピーカー、超音波を使っていることまでは分かったけれど、どういう仕組みになっているのだろう?

調べてみると、一言でパラメトリック・スピーカーといっても2種類あるようで、片方は准教授が昔、研究していたという振幅変調=AM方式で、超音波のキャリアにオーディオ信号を振幅変調して飛ばすというもの。

それに対し、今回のキットは周波数変調=FM方式なのだという。簡単にいうと40kHzの固定周波数の超音波を出しつつ、周波数変調をかけたもう一つの超音波を同時に発生させ、その2つの超音波の周波数差から発生するうねりが、オーディオ信号として聴くことができるという原理だ。振幅変調方式の音を聴いていないので、比較することはできないが、方式の違いが音質の差となっていたのかもしれない。

1つ1つの超音波発振素子自体、出力はとても小さく、これ単体での出力調整の余地はあまりないようだ。そのため、制御ボード側にもスピーカーボード側にもボリュームというものは存在しない。その代わりに50個もの素子を敷き詰めて、音圧向上を実現させているわけだ。さらに大きな音、さらに遠くへ飛ばすためには超音波素子の数を増やすことで実現できるようで、実際、オプションとして、さらに50個の素子を並べたスピーカーボードを接続するためのキットも発売されている。

オプションとして、パラメトリック・スピーカー増設キットも販売されている(税込8,000円)

一方、入力音量によっても、聴こえる音量は変わってくる。iPhoneの再生音量を上げていくと音は大きくなっていくけれど、iPhoneのプレイヤーの音量で6割程度を超えると音が割れてくる。これは過変調になるためであり、その辺がFM変調での限界。先ほどのビデオでの実験では少しでも音圧を上げるためプレイヤーの音量をわざと7割程度にしていたので若干音割れしていたのだ。

以上、パラメトリック・スピーカーのキットを組み立てて遊んでみた結果を簡単にレポートしてみたが、いかがだっただろうか? 本来デジタルオーディオを扱う、このDigital Audio Laboratoryの連載だが、今回は完全にアナログネタ。一応、この制御ボード上にPICマイコンが乗っていて、それで周波数制御を行なっているから、ぎりぎりデジタルネタということにしてみたが、不思議で楽しいスピーカーなので、機会があったら、ぜひ試してみてほしい。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto