藤本健のDigital Audio Laboratory

第855回

スピーカー音をヘッドフォンで再現、多彩なEQも魅力「Re-Head」を試す

Windows/Mac用プラグインソフト「Re-Head」

先日、フランスのプラグインソフトメーカー、Blue Cat Audioから「Re-Head」というWindows/Mac用プラグインソフトが発売された。これはVST、AU、AAXのプラグインとしてリリースした業務用のソフトウェアで、ヘッドフォンで聴く音をスピーカーから聴いているようにするためのツールだ。

メーカーはあくまでも、音をモニタリングするためのツールとして提供しているが、使い方によってはバーチャル・バイノーラルサウンドの作成ツールとしても使えそうだ。発売記念ということもあって、現状は3,680円(税込)で入手できるので、実際に使ってどんな音になるのか試してみた。

スピーカー音の再現だけでなく、“位置”を上・下・後方に設定できる

ヘッドフォンやイヤフォンから再生すると、左右の音が完全に分離されるため、その音はどうしても頭の中で定位してしまう。それを改善するべく、より自然な音、つまりスピーカーから出ているように、前方向から音が出ているかのように感じさせるシステムが存在する。

本連載においても以前、「HPL2 Processor Plugin」というアコースティックフィールド開発の国産無料プラグインを取り上げたし(第751回参照)、ほかにも「DeeSpeaker」(DOTEC-AUDIO)などがある。

アコースティックフィールドの「HPL2 Processor Plugin」
DOTEC-AUDIOの「DeeSpeaker」

そういう意味では、スピーカーから出る音をヘッドフォンで再現する技術、そのためのソフトウェア自体はあまり珍しいものではないのだが、今回取り上げる「Re-Head」は、単にスピーカーからの音をエミュレーションするだけに留まらず、より立体的に音を聴くことができるのが特徴だ。

Re-Headは、基本的にマスタートラックの最終段にインサーションする形で使うプラグイン。起動時の画面は、下記写真のようになっていて、人の頭を真上から見た図が左側、真横から見た図が右側に表示される。

Re-Headの起動画面

マウスを使い左側の“Stereo Width”を動かすと、音の広がり方が変わってくる。これは比較的分かりやすいし、よくあるタイプのものだが、面白いのは右側の“Speaker Position”だ。

デフォルトでは正面にスピーカーがある形で、これが普通にヘッドフォンで聴くことなのだが、前方上にすると、音が上から降ってくるように聴こえるようになり、下に持ってくと、音が下のほうから聴こえるようになる。試してみたところ、それほど極端ではないけれど、確かに音が出てくる位置が変わって聴こえる。

Stereo Widthを動かすと、音の広がりを変えることができる
Speaker Positionを動かすと、上や下から音が鳴っているように再現できる

さらに真下を通り越して後ろ側に持っていくと、左側の図でもスピーカーの位置が前後反転し、音は後ろ側から聴こえてくるようになる。目をつぶって聞いて、どこまで後ろ側と認識できるかは微妙なところではあるけれど、確かに音が出てくる位置の変化は誰でも感じられるだろう。

Speaker Positionで後頭部付近に設置すると、音が後ろから聴こえる…!

言葉だけだと、なかなか分かりにくいと思うので、実際に試した結果をそのまま録音するとともに、その操作している状況を下記ビデオにしたので参照されたい。

Re Head

これをヘッドフォンで聴いてみると、音の動きがお分かり頂けるだろう。ちなみにこの楽曲「しゃぼんだま」は、学研のアナログレコードカッティングマシン「トイ・レコードメーカー」でのカッティング実験のために、われわれが行なっているネット番組「DTMステーションPlus!」内で制作したものだ。

ボーカルは、けものフレンズ・ジェンツーペンギン役などで知られる田村響華さん、編曲は作曲家の多田彰文さんが行なっている。5月の緊急事態宣言下での制作だったので、田村さんには自宅で歌ったものをiPhone内蔵マイクで録音し、それをトラックに流し込んで制作した。

レコード盤が作成できる組立キット「トイ・レコードメーカー」

イヤフォンのプリセット値を用意。インパルスレスポンスファイル対応も

ビデオを見ると、右側にスペクトラムアナライザーが表示されていたのに気づいたかと思うが、これもRe-Headのもう一つの大きな特徴となっている。

EQボタンをクリックして拡張表示させると、このように右側にEQ画面が表示される。これは5バンドのパラメトリックEQにハイカットとローカットがあり、自由に音の調整ができるようになっているのだが、なぜ、こんなものがあるのかというと、各ヘッドフォン、イヤフォンに最適化させるために用意された機能で、実際いろいろなヘッドフォンのプリセットも用意されている。

EQボタンを押すと、右側にEQ画面が表示
5バンドのパラメトリックEQにハイカットとローカットを用意
各ヘッドフォン・イヤフォンのプリセットを備える

マニュアルには、それぞれプリセットの意味は記載されていないのだが、名前を見るとアップルの「AirPods」や「EarPods」、AKG「K240」「K702」、ゼンハイザー「HD 25」、Beyerdynamic「DT 770」「DT 990」、またオーディオテクニカ「ATH-M50」などがある。これらのプリセットを選択すると、EQが設定され、よりスピーカーから聴いている感じの音にシミュレーションできるというわけなのだ。

ちなみに、日本でモニターヘッドフォンというと、ソニー「MDR-CD900ST」が圧倒的なシェアを持っているが、Blue Cat Audioはフランスのプラグインソフトメーカーだけに、少し事情が違うようで、プリセットの中にMDR-CD900STはなく“Sy 7056”となっている。これはMDR-CD900STの海外版ともいえるMDR-7506を意味するものだと思うが、これもヨーロッパのソフトだからこそなのかもしれない。

さらにこのEQに関して言うと、インパルスレスポンスファイルにも対応している。インパルスレスポンスとは、音響空間や機材の音の特性をデータにしたもの。IRデータなどとも呼ばれており、WAVファイルやAIFFファイルなどとして存在する。

インパルスレスポンスの詳細の解説は省略するが、ホールの特性を収録したIRデータやギターアンプの特性を収録したIRデータなどが数多く販売されており、またネット上で配布されていたりもする。それをRe-Headに読み込ませると、その音響特性が再現できるわけだ。

この時、画面にはEQ特性が表示されるが、時間軸に対しても効果を持つため、ホールのIRデータを読み込めば、広い空間で音を聴いているような感じになる。

IRデータを読み込ませることで、音響空間や機材の音の特性も再現可能

インパルスレスポンスを設定することで、音が変わって聴こえるわけだが、視覚的には先ほどのビデオのほうにスペクトラムアナライザーで音を表示させることもできる。メニューとしては、Spectrum、Gray Spectrogram、Color Spectrogramの3種類があり、それによって見え方が変わってくるので、これは好みに応じて選択するといいだろう。

メニュー画面
Spectrum
Gray Spectrogram
Color Spectrogram

なお先ほどのビデオにおいて、最後のほうで、Brightnessというパラメータを少し動かしていたが、これはその名の通り、音の“明るさ”を調整するためのもの。

基本的にはEQで中高域を持ち上げたような感じではあるが、こもりぎみの音をクリアにするのに活用できそう。また、その下のGainは単純に出力音量を調整するためのものとなっている。普通は動かさなくてもいいだろう。

“明るさ”を調整できるBrightness

頭の画面下にも、2つのスイッチが用意されている。左側にあるFlip Earsは、音を左右反転させるスイッチ。通常はNに固定しておけばいい。一方右側のBinauralは、バイノーラル機能の切り替えに使用する。通常はYにしておくが、立体感が強すぎる場合、もしくは単純に音質だけをチェックしたい場合にはこれをNにすることでオフにできる。

以上、3,680円で入手できるプラグインでいろいろと試してみたが、いかがだっただろうか? メーカーがいう通り、本来はモニターするためのものなのだが、立体音響づくりにも利用できそうなユニークなプラグインと思う。興味のある方は試してみて欲しい。

Blue Cat's Re-Head: Mixing Room Experience With Headphone Convenience

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto