藤本健のDigital Audio Laboratory
第947回
レーザー光で音を測る!? マイクを超える光学的音響計測の世界
2022年7月4日 10:50
7月1日、2年半ぶりとなる「第21回 1ビット研究会」が開催された。コロナ禍により多くのイベントがオンライン化されていたが、同研究会は“現場で実際の音を聴くことに意義がある”というスタンスから、開催の延期を継続。しかし、ようやくコロナも下火になってきた、という判断から研究会を開催、4つの発表が行なわれた。
今回は、4つの発表の中から「光を用いた音響計測の動向とパラメトリックスピーカ計測への応用」と題されたプログラムを紹介していこう。
約2年半ぶりの開催された「1ビット研究会」
1ビット研究会は、早稲田大学 総合研究機構 波動場・コミュニケーション科学研究所の1ビットオーディオ研究会が主催するシンポジウム。その前にあった1ビットフォーラムから数えると20年以上続くシンポジウムであり、研究開発者からオーディオ愛好家まで、“1ビットオーディオ”に関心を持つ人々が集う研究発表会だ。
2019年12月以来、2年半ぶりとなった今回の1ビット研究会は、例年通り早稲田大学理工学部のある西早稲田キャンパスで行なわれた。7月1日、東京は最高気温37度という猛暑日ではあったが、会場には80名が参加。以前と比べて終了時間も早めての開催で、展示などもなかったが、久しぶりの開催とあって、心待ちにしていた人も多かったようだ。
ではさっそく、“光を用いた音響測定”とは何なのか、見ていくことにしよう。
冒頭のプログラムを発表した石川憲治氏は、NTTコミュニケーション科学基礎研究所の研究員だ。もともと早稲田大学の1ビットオーディオ研究会の会長である山﨑芳男先生、及川靖広先生のもとで修士課程、博士課程を修了し、3年前からNTTコミュニケーションで研究を行なっている。
“光で音を測定”と聞くと、かなり不思議な感じがするが、石川氏は早稲田大学にいた当時からこの研究を行なっていたという。
一般に音響測定はマイクを使うわけだが、ここではマイクは使わず、何もモノを置かなくてもレーザー光を使うことで音を測定するというのだ。
右側の図は2Wayのスピーカーから出る音をグラフィカルに表示させたもの。プレゼンテーションではこれが動画として動く様子を見せており、緑と赤は粗密を表している。しかし、どうしてこんなことができるのか。
音というのは空気を通じて伝わっていくが、石川氏はその空気の屈折率が音圧によってわずかに変動することに着目。これを捉えたというのだ。
数式は難解だし、実際には右の近似式を使っているようだが、下にある図が分かりやすい。
光を送る際、その光が正弦波だとすると、音による伝搬速度の変動が光の位相変化として現れるので、光の位相を見れば、どんな音なのかを捉えることができる、というのだ。つまり、振動板で音を捉えるマイクとはまったく異なる仕組みで、光を使って音を捉えることができる装置であるわけだ。
光を使って音を計測することのメリット
このような光を使って音を計測することには、いろいろなメリットがある。
まずは測定対象の音場内に機器を置かなくていい。通常であればマイクを設置するわけだが、このときマイクやマイクスタンド、マイクケーブルなども一緒に置く必要があり、これが音の広がりの邪魔をするため、正確な測定がしづらくなる。
また、マイクの場合は音源に極限まで近い位置での状況を測定することは難しいが、光での計測であれば、そうしたことも可能になる。
さらに、マイクの場合、設置した場所での計測しかできないが、この方法であればたとえば1mm刻みでの音の空間的な挙動を観測することもできる。しかもこの際、カメラを使うことで、同時に数十万点以上の観測データが得られるわけで、マイクでは絶対に不可能な計測が実現できるというのだ。
では、一般的なマイクを使った測定と光を使った測定ではどのような違いがあるのか。
個人的には一番気になった音を捉える性能であるSNについては、やはりマイクに分があるという。とくに空気に揺らぎがある場合……つまり空調などで風があると、低周波での雑音が大きくなってしまうとのこと。ノイズフロアについては光学系のセンサーの性能次第とのことなのだが、近年かなりこれが向上しているようなので、期待したいところだ。
実際に光を使った測定はどのように行なうのか。もっともシンプルな実装例が下の写真。
これはレーザー光をビームスプリッターで分けた上で、音のある空間に飛び出させ、それをミラーで反射して戻して、元のレーザー光とどう違っているのかを見るというもの。石川氏によれば、コツをつかめばそれほど難しいものではない、という。
そしてそれを発展させた測定方法として、レーザードップラー振動計、ミッドフリンジロック干渉計、シュリーレン法、偏光光速度干渉計など、様々な手法が編み出されているという。
上の光学的音響計測手法の変遷を見ると、ESPI(=電子スペックルパターン干渉法)という測定手法は1980年代以前からあり、そこから発展してきたものだ。もっともESPIはまだ音を測定する以前の手法で、粗い表面にレーザー光を当てて、CCDカメラで撮影した干渉縞を解析することで情報を得るもの。それを発展させて、音を測定できるようになってきたのだ。
その間、高速度カメラや、各種機器の高精度化が実現してきたことで、音を測定するうえでのSNも向上し、石川氏がいるNTTでの基礎研究においてはほぼノイズがないレベルまで来ているのだという。
スピーカーの内部など、マイクでは測定できない音場も可視化!
では、こうした光学測定で実際に何ができるのか? 石川氏が示した事例の1つが、透明な箱の中の音場を測定するというものだった。
写真は50×35×60mmという小さなスピーカーボックス。この箱がアクリル製で透明だから、どのような音場が構成されているのかを解析できる、というわけだ。
写真の右側は各周波数ごとに、どうなっているかを解析した図。今回のプレゼンテーションにおいては、それぞれが動画で動いており、周波数ごとにかなり違う様相となっていることが確認できた。
2つ目の事例はカスタネットがなぜこのような音がでるのか、それぞれの筐体がどのように振動し、共鳴しているのか、内部を細かく解析するというものだ。
ここでいう“カスタネット”とは、小学校で使うようなものではなく、フラメンコなどで用いるカスタネットの事。
このカスタネットには数mmの隙間があり、ここにレーザーを通し音場を観測した結果、シェル内部の窪みの部分で共振が起きていることが発見できたという。つまり、この共振があるからこそ、カスタネット特有の音色が作り出されていることが分かった訳だ。
パラメトリックスピーカーも、擬音レスで正しく測定
さて、今回の石川氏の発表のタイトルが「光を用いた音響計測の動向とパラメトリックスピーカ計測への応用」となっていたのだが、そのパラメトリックスピーカー計測とはどういう話なのか。
その前にパラメトリックスピーカーについてご存じない方もいると思うので、簡単に説明しておこう。
これは超音波を利用することで、非常に鋭い指向性を持たせることができるスピーカー。狙った方向だけに音が届き、他ではまったく音が聴こえないというちょっと不思議なもので、2種類の超音波の周波数のズレによって生じる非線形作用を利用して可聴音を再現する仕組みになっている。
以前「まるでレーザービーム?! 超音波で音を飛ばすパラメトリック・スピーカーを試した」という記事でどこまで音が飛ばせるのか実験したこともあったが、100m以上音が届く事に驚いた。パラメトリックスピーカーを知らない人は、ぜひこの記事の中でも実験したビデオをご覧いただきたい。
実験をした際にはまったく気づかなかったのだが、石川氏によると、パラメトリックスピーカーの音を計測する際には、一つ大きな問題があるという。それはパラメトリックスピーカーのすぐ近くでマイクを使うと、擬音が発生してしまい、正しく音を捉えられないというのだ。
かなり強い超音波を出すパラメトリックスピーカーは、近くだと音圧が非常に高く、ダイアフラム(=振動板)においても非線形作用が発生し、これが擬音を発生させるのだ。しかもその擬音は本来の音よりも数十dBも大きくなってしまうため、おかしなことになるらしい。その状況を説明するのが下図だ。
その擬音も可聴音であるとのことなので、今度ぜひ改めて試してみようと思うが、いずれにせよマイクではパラメトリックスピーカー近くの音を正しく捉えることができない。
まあ、そんな音を捉える必要があるシチュエーションが存在するのかは知らないが、これを解決してくれるのがレーザーを使った計測というわけだ。
つまりレーザーであれば、マイクのような振動板が存在しないし、音の直進性を遮ることもなく、どのように音が伝播していくのかを見るには最適、というわけ。
実際、石川氏はこのレーザーを使った計測法とマイクを使っての計測、さらにはパラメトリックスピーカーでどのように音が伝播するのかをシミュレーションするという3つの方法を比較実験したという。
これによれば、パラメトリックスピーカーから100cmの距離において、マイクだと、7kHz以下の擬音が生じ、低い音になればなるほど音圧が高くなっている。それに対し、光を使った計測だと、シミュレーションとほぼ一致した結果になっているのだ。
個人的には、光で音を計測できるなんて、まったく知らなかったので、驚きだったが、その計測結果を元にすれば、実際ある地点での音を、音として再現することもできるようなので、ぜひ聴いてみたいところ。
現状においては最先端の超高価な機材を使わない限りSNは悪そうではあるが、将来、光マイクなんてものができるかもしれないし、これを使った立体音響技術なんていうものが発展してくる可能性もありそうだ。今後の研究と、その発展に期待したい。