第368回:Thomsonの新MP3ロスレス規格「mp3HD」を試す

~ 評価用エンコーダでWMP/iTunes再生も可能 ~


 既報のとおり、3月19日MP3のライセンスを持つ仏ThomsonがMP3規格の新バージョンとしてロスレスに対応した「mp3HD」を発表した。拡張子「.mp3」というこのmp3HDはMP3とのハイブリッド仕様となっており、既存のプレーヤーでも再生が可能というのが大きな特徴。今回、実際にmp3HDに対応したエンコーダを使用し、その実力をチェックした。


■ MP3とハイブリットの新ロスレス形式「mp3HD」

 Thomsonが発表したプレスリリースによれば、mp3HDは16bit/44.1kHzのWAVファイル(1,411kbps)を、約500~900kbpsに圧縮できるという。しかもこの新たなmp3HDにネイティブ対応していないプレーヤーでもmp3HDファイルに含まれるMP3データ部分が認識されることで、普通に再生することができるというのが大きな特徴だ。

 これまでロスレスに対応したフォーマットとしては、下記の形式があった。

  • Apple Lossless
  • FLAC
  • Perfect Clarity Audio
  • Monkey's Audio
  • ATRAC Advanced Lossless

 しかし、対応しているプレーヤーが少なかったり、圧縮しても使い勝手が非常に悪いなどの欠点があった。またロスレスの場合、圧縮率がどうしても低くなり、実質的には非圧縮ファイルの容量の50%程度にしか圧縮できない。

 その一方で、データを保存するためのHDDやフラッシュメモリなどのストレージ容量がどんどんと大きくなってきており、通信速度も飛躍的に向上していることから、非圧縮のWAVやAIFFでなく、あえてロスレスを使う必要性は低くなっていると言えるだろう。

 そんな中、ロスレスのあり方に一石を投じたのが今回のmp3HDだ。音質を一切損なわないロスレスでありつつも、MP3ファイルと互換性があるので、再生環境で心配する必要がなくなったのだ。

 なぜそんなことができたのか? 仕掛けは単純だ。つまり圧縮した結果、確かにファイルは拡張子「.mp3」のファイルひとつにまとまっているが、実態としては2つのデータから構成されている。つまり、ロスレス圧縮したものと、従来どおりのMP3が同居しているのだ。

 プレスリリースからだけでは細かなことは分からないが、これまでのロスレスの各フォーマットを見る限り、圧縮率というのはどれも大差ないので、mp3HDも同等の可能性が高い。そこに従来どおりのMP3も追加されているわけだから、ファイルサイズ的には大きくなりそうだ。

 また従来のMP3との互換性があるとはいえ、本当にどのソフト、ハードでも問題なく動作するのかちょっと気になるところではある。

 まだこれに対応したアプリケーションは出ていない模様だが、ThomsonがWindows、Linux、Macのそれぞれコマンドラインで動作する評価版のエンコーダおよびデコーダを公開している。そこで、Windows版を用いて、mp3HDがどんなものなのかを試した。


■ エンコーダでmp3HDファイルを生成 

zipファイルを解凍すると、5つのファイル

 「mp3hd_toolkit_for_windows_2009-03-31.zip」というファイル名で公開されているファイルをダウンロードし、解凍すると、5つのファイルがある。

 見ると分かるとおり「mp3hdEncoder.exe」がエンコーダ、「mp3hdDecoder.exe」がデコーダ。また「in_mp3hd.dll」というDLLファイルがあるが、これはWindows版にのみバンドルされるもので、Winamp用のプラグイン型デコーダとなっている。

 さっそくエンコーダを使ってWAVファイルからのエンコードしてみた。コマンドヘルプを見ると、使い方は単純だ。とりあえず、ビットレート128kbpsのMP3データ付きのファイルを生成した。

エンコードを実施

WAVファイルから128kbpsのMP3へエンコード

 実行すると、WAVファイルに収録されている曲の時間、それにエンコードにかかった時間が表示されて、mp3HDファイルが生成される。ちなみにエンコードに使ったマシンはCore 2 Duo E6400(2.13GHz)である。

 試しに生成されたファイルをWindows Media Playerで再生してみたところ、問題なく再生することができ、同様にiTunesでも再生できた。

生成されたファイルはWindows Media PlayerやiTunesでも再生可能
Winampに「in_mp3hd.dll」プラグインを追加して再生すると、mp3HDと認識

 この時、Windowsでmp3HDを再生するためのデコーダはインストールしていないので、単なるMP3で再生しているわけだ。さらに手元にあるiPod touchに転送してみたところ、まったく問題なく転送することができ、iPodで再生することもできた。

 一方、Winampに、in_mp3hd.dllというプラグインを追加した上で、再生してみたところ、再生スタート時に、mp3HDのロゴが表示され、mp3HDと認識していることが分かる。この場合は、MP3としてではなく、ロスレスのファイルとして再生をしているわけだ。



■ ほかのロスレス形式との比較

 では、mp3HDに圧縮した際のファイルサイズは、ほかのロスレスのフォーマットと比較してどの程度の違いがあるのだろうか? ここではWMA LosslessとApple Losslessのそれぞれと比較した。

 テスとした曲は【表1】のとおり、クラシック、ピアノ曲、ロック、パーカッションの4種類で試してみた。結果は【表2】のとおりだ。また、ストップウォッチによる計測なので、あまり正確とはいえないが、それぞれのエンコードにかかった時間も【表3】のとおりまとめてみた。

 【表1/曲目】


曲名

アルバム名

アーティスト名

ジャンル

時間

01組曲「展覧会の絵」
プロムナード
アールイーLINXクラシック1:58
02前奏曲集 第1巻より
第8曲<亜麻色の髪の乙女>
100曲ピアノavexクラシックスピアノ曲2:15
03THE QUEEN OF COOLVITAMIN-QVITAMIN-Q
featuring ANZA
ロック3:31
04You IIChaotic PlanetHYPSパーカッション4:11

 

【表2/各フォーマットで圧縮したファイルサイズ】

 01 クラシック02 ピアノ03 ロック04 パーカッション

WAV

20,337KB (100%)

23,257KB (100%)

36,291KB (100%)

43,281KB (100%)

mp3HD

9,689KB (47.64%)

7,312KB (31.44%)

25,771KB (71.01%)

21,214KB (49.01%)

WMA Lossless

9,184KB (45.16%)

6,343KB (27.27%)

24,973KB (68.81%)

19,514KB (45.09%)

Apple Lossless

9,544KB (46.93%)

6,636KB (28.53%)

25,770KB (71.01%)

20,319KB (46.95%)

 

【表3/エンコード時間】

 01 クラシック02 ピアノ03 ロック04 パーカッション

mp3HD

12.5秒

13.0秒

26.9秒

26.8秒

WMA Lossless

10.2秒

9.8秒

13.4秒

19.0秒

Apple Lossless

2.6秒

2.8秒

4.1秒

4.2秒

 

 まず、一番気になるファイルサイズだが、mp3HDの圧縮率の傾向はWMA LosslessやApple Losslessと同等。つまり、クラッシックやピアノ曲といったものでは、30~45%程度と高く、さまざまな音が混じるロックでは70%程度と低い。比較的、音の間隔が長く感じられるパーカッションの曲の圧縮率は高いのではと思っていたが、結果はいずれも50%程度となった。

 しかし、それぞれの数値をよく比較してみると、やはりmp3HDは128kbpsのMP3データが余計に加わっている分、圧縮率は低めだ。ただ、中にはApple Losslessと同等の結果になるものもあった。

 一方、圧縮時間はというと、コマンドラインで実行しているため、あくまでも参考値程度に考えたほうがいいと思うが、ロスレス圧縮とMP3圧縮の2つの圧縮を行っていることもあり、ちょっと長めではあった。

 Winampでは、ロスレスとしての再生ができたが、念のため本当にロスレス圧縮ができているのか、先ほどのコマンドラインのデコーダであるmp3hdDecoder.exeを使って、一度解凍してみた。そして間違いなく元の状態に戻っているか、efu氏のWAVファイル比較ツール「WaveCompare」を用いて元データと比較をした。結果としては、当然のことながらドンピシャ一致した。

 圧縮率の面では他フォーマットと大きな違いは無いが、MP3の汎用性を活かした使い勝手の良さは魅力。今後どれだけmp3HDが普及するかは分からないが、ロスレスの中では比較的有望なフォーマットといえそうだ。

ロスレス圧縮ができているか、mp3hdDecoder.exeを使って解凍「WaveCompare」を用いて元データと比較したところ、一致した

■ 「WMA Lossless」形式について

 ところで、つい先日、6年半前のDigital Audio Laboratoryの記事に、読者からメールが届いた。「第72回:Windows Media Audio 9の実力」の記事において「WMA Losslessで圧縮したファイルを、Windows Media Playerで再生した結果をキャプチャソフト、Total RecorderでWAV化したものとオリジナルのWAVファイルを比較すると一致しない」としていたことに対するご指摘だ。

 そのメールでは、現在Microsoftがリリースしている「Windows Media Audio Lossless to Wave Converter」というコマンドラインで動作するソフトを使ってWAV化したものはオリジナルと一致するとのことだ。

 Windows Media Audio Lossless to Wave Converterというソフト、第72回の記事を書いた時点では存在していなかったと思うが、さっそくこれをダウンロードして試してみると、確かに一致した。

「Windows Media Audio Lossless to Wave Converter」ソフトを使ってWAV化したものはオリジナルと一致する

 ところが、当時と同じようにTotal Recorderでキャプチャすると一致しないのだ。当時はWindows XP上で、Windows Media Player 9βを用い、Total Recorder 2でキャプチャしていたのに対し、ここで試したのはWindows Vista上のWindows Media Player 11を用い、Total Recorder 7でのキャプチャだ。

 実は個人的にWindows VistaでTotal Recorderを使ったのは今回が初めてで、最新版のTotal Recorder 7はVistaで動作すると書かれているが、動作にやや不安があったため、同じ環境をWindows XPで試した結果のファイルで比較してみた。その結果、ファイルの前後に一部一致しない部分があったものの基本的に一致した。

Total Recorder 7でのキャプチャを実施Windows XPで試したファイルを比較したところ、基本的に一致した

 6年半、まったく検証はしていなかったが、この問題は解決していたようだ。ただ、なぜVista上でうまくいかなかったかについては不明。Total Recorderの設定の問題という可能性があるが、ほかのコーデックでも同様の問題が起こったためVistaのカーネルミキサーあたりに問題が潜んでいる可能性も否定できない。これについては追試をして、原因などがハッキリしたら、改めて取り上げたい。


(2009年 4月 20日)

= 藤本健 =リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。また、アサヒコムでオーディオステーションの連載。All Aboutでは、DTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。

[Text by藤本健]