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第433回:DSD楽曲配信のレコーディング現場と再生環境の実際

〜PS3でも再生可。ライブの雰囲気/空気感を再生 〜


 第430回でもお伝えしたとおり、8月12日より音楽配信サービスの「OTOTOY」が、リットーミュージックの音楽専門誌「サウンド & レコーディング・マガジン」(以下サンレコ)と共同で、DSDによる配信をスタートさせた。

 まだ世界にもほかにほとんど例のないDSD配信。どうやって購入し、どのように使い、本当に音はいいのか、など実際に購入して、いろいろと試してみた。


■ 観客が見守る中でのレコーディング

「BOW」(全5曲)の配信が9月15日から開始

 8月12日に配信がスタートした清水靖晃+渋谷慶一郎の「FELT」(全8曲)は、2010年3月1日に東京芸術劇場中ホールで行なわれた2人のコンサートで収録された。さらに9月15日には第2弾として大友良英+高田漣の「BOW」(全5曲)の配信がスタートしている。こちらは、サンレコが主催で8月27日に開催されたコンサート「Premium Studio Live vol.1」を収録したもの。当日の詳細についてはサンレコに掲載されているが、筆者もここに参加して、生でその音を味わってきた。

 今回のコンサートを簡単に紹介しておくと、一口坂スタジオのStudio1という非常に大きなレコーディングスタジオで、大友さんと高田さんが50人強の観客の前でライブを行なった。ただ、いわゆるコンサートとはかなり異なり、二人のレコーディング風景を多くの観客が見守るというちょっと不思議なもの。

 観客もガラス越しで見ているわけではなく、同じスタジオ内で息を呑んで見ているというもので、レコーディング中は歓声を上げたり拍手をするのは厳禁。レコーディング終了の合図があって、はじめて拍手が起こり、みんなでホッとするというかなり珍しい内容だ。また4曲目の「At The Airport」は高田さんが飛行場の雑踏の中でのサウンドをイメージして作った曲ということで、観客全員の参加を要望。ここでは、みんながスタジオ内でガサガサと音を立てながら歩き回り、大友さんも観客とともに歩きながら演奏したものをレコーディングしている。

手前が大友さん、奥が高田さん、ガラス窓の向こう側にコントロールルームがある(Photo:Takashi_Yashima) 大友さんが観客とともに歩きながら演奏したものをレコーディングしている(Photo:Takashi_Yashima)

KORGのMR-2000Sを3台使用してレコーディング
 一般のレコーディングとの最大の違いは、DSDでのレコーディングということ。Pro Toolsを使ってのマルチトラックレコーディングと異なり、後で編集が一切できないため、とにかく一発録りなのだ。使ったのは以前レビューした、KORGのMR-2000S。

 今回はこれを3台使ってのレコーディングであった。3台を同期しての録音、再生ができるため、2台を使って4TrのMTRのように録音し、それを再生しながら、2Trにミックスしてもう1台へダビングといった操作ができる。

レコーディング・ライブ終了後には、コントロールルームへと移動し、葛西さんの指揮のもと即ミックス作業に入った
 レコーディングを行なったのは、レコーディングエンジニアの葛西敏彦さん。葛西さんのコントロールルーム側からの指示がトークバックで観客側にも聞こえるという、不思議なライブでもあった。そして1曲目の「街の灯」ほか2曲では、重ね録りというトリッキーなレコーディングも披露された。つまりまず1回目のレコーディングを行ない、それを観客の前で再生しながら、新しい音を重ねて録音するというものだ。

 レコーディング・ライブ終了後には、コントロールルームへと移動し、葛西さんの指揮のもと即ミックス作業に移った。前回の清水さん、渋谷さんのミックスでは機材の関係上、いったんPCMに変換せざるをえないという問題があったが、今回はPCMプロセスは一切通さず、DSDとアナログ機材だけでのミックスとなった。KORGの開発エンジニアも立ち会いながらの作業で、まさに試行錯誤をしながらの作品作りであった。


■ 実際に購入してみる

購入ページ

 その結果が9月15日から配信されるということで、楽しみにしていたわけだが、さっそく購入してみた。購入方法はいくつかあるが、もっとも簡単なのがクレジットカード決済。OTOTOYにおいて、ユーザー登録と、クレジットカード登録を一度してしまえば、あとは簡単にダウンロードできるようになっている。

 前回のインタビュー記事でも紹介したとおり、DRMはかかっていないので、ダウンロードしたファイルをコピーするだけでバックアップでき、ダウンロード中になんらかのトラブルで失敗しても、24時間以内であれば、何回でもダウンロードできるというのもうれしいところだ。

 大友さんと高田さんのライブは「BOW」というアルバム名となったが、DSD+MP3のバージョンと、24bit/48kHzのWAVのバージョンのそれぞれが1,000円という価格で販売されたが、もちろんここではまよわずDSD+MP3バージョンを選択。ちなみにファイルサイズはDSD+MP3バージョンが1.14GB、WAVバージョンでも617MBとなかなか大きい。ただKDDIの光回線のダウンロードでは、かかったのは3分30秒とそれほど気にもならなかった。また今や2TBのHDDが1万円を切る時代なので、1GB強のデータという大きさも、そう問題にはならないだろう。

 ダウンロードデータはzipで圧縮されているのだが、最初におやっ?と思ったのは、Windowsで解凍できなかったこと。OTOTOYサイトの注意事項を読むと、Windows標準の機能ではうまく解凍できないことがあるので、「7-Zip」というソフトを使ってほしいとのこと。これによって解凍することができた。また以前使っていたUnzip32.dllでも問題なく解凍できた。

 解凍すると、256kbpsのMP3ファイルが5つと、取り扱い説明のPDFがあり、さらに下の階層となるDSD_DISCフォルダに拡張子「.dsf」というDSDデータが5つ入っているという構成だ。とりあえずは、MP3ファイルを再生すると、結構キレイな音で入っている。1,000円という価格なら、これでも十分満足でき、先日のライブがそのまま蘇ってくる。ただ、やはり聴きたいのはDSDのデータ。Windows Media PlayerやiTunesといったプレイヤーソフトでは直接再生することができないが、方法はいろいろとある。

フォルダ構造

■ 再生環境の実際。PlayStation 3などで聴いてみる

DSDレコーダ「MR-2

 まず最初に試してみたのが、以前レビューしたKORGのポータブルDSDレコーダ「MR-2」を使っての再生。MR-2に入れるSD/SDHCカードのPlaybackフォルダにコピーすれば、即再生可能で、まさにMP3プレイヤー感覚だ。確かに、MP3で聴くのと比較しても断然いい。ただ、基本的にはヘッドフォンで聴く機材で、音量的にもそれほど大きく出せないこともあって、DSDプレイヤーとして考えたときに必ずしも満足のいくものとはいえないというのが正直な印象だ。

 しかし、このMR-2には、以前にも何度かとりあげている「AudioGate」というソフトが付いてくる。AudioGateは、DSDファイルをリアルタイムにPCM変換することで、普通のPCM対応機器で再生可能にするもの。しかもASIOに対応しているので、24bit/96kHzさらには24bit/192kHzといった高音質再生が可能だ。
MR-2の付属ソフト「AudioGate」は、DSDファイルをリアルタイムにPCM変換出力が可能。ASIOにも対応しているので、24bit/192kHz再生もできる

 ここでは、発売されたばかりのRolandのオーディオインターフェイス「OCTA-CAPTURE」(次回、詳しく紹介する予定)で24bit/192kHzモードで再生してみたところ、すごい音が飛び出してきた。まさに先日のライブのあの雰囲気、あの空気感だ。もちろん、正確にいうと、あの時の記憶とは違いもいろいろある。

 当然、客席で直接聴いたのとマイクで収録した音は違い、葛西さんによる丁寧なミックスがされているので、よりバランスよく聴こえる。とはいえアンビエントマイクで拾った音がうまく入っているからなのだろう、会場としての雰囲気が十分に伝わってくる。少し気になったのは、全体的に入っているホワイトノイズ。ダイナミックレンジが大きいせいなのか、一発録りだからなのか、またはアンビエントマイクのせいなのか、原因はよくわからないがレベルを大きくして聴くと「サー」という音がちょっと目立ってくる。MP3で聴いていても入っているので、それも含めてライブ作品として捉えたほうがいいのかもしれない。

「AudioGate」からDSDディスクを作成することもできる

 次に試したのがDSDディスクを使っての再生だ。先ほどのAudioGateには、DVDメディアにDSDディスクを作成する機能が搭載されている。手順は至って簡単で、「BURN DISC」ボタンをクリックして、書き込み速度などの設定をするだけだ。このDSDディスクを再生できる機材は現在のところ、ソニーのSACDプレイヤー「SCD-XA5400ES」や「SCD-XE800」、そして「PlayStation 3」など限られているが、SACDと違い最新のPS3でも再生できるのは嬉しいところだ。

 今回は初代PS3を使い、そのHDMI出力をYAMAHAのAVアンプ「DSP-AX763」に接続するという方法で再生した。PS3にDSDディスクを入れると、認識まで5、6秒かかるが「ミュージック」の項目に「DSDディスク」という表示が現れるこれをクリックすると、アルバムの曲一覧が表示される。ここには曲名、アーティスト名、アルバム名、そしてアルバムのジャケットまで表示されて、演奏される。
PlayStation 3でのDSDディスク再生画面。アーティスト名、アルバム名、そしてアルバムのジャケットまで表示される

AudioGateでもメタ情報を確認できる
 先日、サンレコ編集長の國崎さんにインタビューした際、第1弾の「FELT」ではこうしたメタ情報が入った形での配信ができなかったという話を聞いたが、今回はうまく入れられたようだ。AudioGateでも、こうしたメタ情報が入っているのを確認できた。現在配信されている「FELT」もメタ情報が入っていない状態のままだが、AudioGateでジャケットデータを含めて入力することが可能で、その後DSDディスクを焼けば、PS3上で同様に見ることができる。

 さて、肝心のPS3の音だが、これが想像以上にいい音だ。もちろん、好みの問題だとは思うが、AudioGate+OCTA-CAPUTREで再生したのよりも好印象。少し柔らかい感じの音になっていたのは、AVアンプ側の影響かもしれないが……。いずれにせよ、CDよりも高品位なサウンドであることは間違いなく、新しい音楽配信サービスの利用の仕方、新しいオーディオの楽しみ方といえそうだ。


SonicStage Mastering Studio

 もうひとつ試してみたのが、VAIOでの再生。Windows 7以降のVAIOでは残念ながら非サポートとなってしまったが、それまでのVAIOの大半のマシンにはSoundRealityというDSD対応のオーディオチップが搭載されており、「SonicStage Mastering Studio」(以下SSMS)というDSD対応のアプリケーションが搭載されていた。手元にあったVAIOでSSMSを起動して、ダウンロードしたDSDデータを読み込ませてみたところ、読み込みに多少時間はかかったものの、スムーズに再生することができた。

 ただ、このサウンド出力が内蔵スピーカーとステレオミニ端子に限られることもあり、MR-2を含めるほかの再生手段と比較すると、劣る印象ではあった。また、SSMSからもDSDディスクを焼いてみたところ、問題なくPS3で再生できたのだが、SSMS側がメタ情報を削除してしまうようで、PS3で曲名やジャケットなどの表示はされなかった。

 実はここまで気づいたのがDSDディスクの構造。DSDディスクは、単純にDVDメディアにDSD_DISCというフォルダがあり、その中にDSFファイルが入っているだけ。つまり、わざわざAudioGateやSSMSなどを使わなくても、ダウンロードしたデータを単純にDVD-Rに焼けばいいだけなのだ。実際にWindowsの標準機能でDVD-Rに焼いてみたところ、あっさりメタ情報付きでDSDディスクを作ることができた。つまり、PS3ユーザーなら、迷わずDSD+MP3バージョンを購入すればいいわけだ。


SonicStage Mastering Studioで作成したDSDディスクは、メタ情報が削除されるようだ ダウンロードしたデータをそのまま、Windowsの標準機能でDVD-Rに焼き込むと、メタ情報付きでDSDディスクができあがる。

■ 周波数特性をチェック

AudioGateで24bit/192kHzのWAVファイルに変換

 ここでやはり試してみたくなったのが、DSDデータの周波数特性だ。BOWやFELTなど、現在配信されているのはサンプリング周波数が2.8224MHzというものだが、この周波数特性がどうなっているかはとても気になるところ。一般的に2.8224MHzのDSDは192kHzのPCMと同程度のサウンドといわれる。ただ、DSDデータのままでは、周波数分析ができないので、AudioGateを用いて24bit/192kHzのWAVファイルに変換して、WaveSpectraで見てみた。DSD-PCM変換は可逆変換ではないが、それほどの変質はないだろうという過程のもとでの変換である。

 事前にMP3ファイルも24bit/192kHzのWAVファイルに変換しておいたので、これを比較してみると違いが視覚的にもわかるはずだ。なお、AudioGateの変換は標準設定でフィルタが設定されており、「なだらかな減衰特性(-3dB@50kHz)」がオンになっている。これを「なし」にして比較した。

 96kHzまでの成分が入っていることが確認できるが、このグラフを見てわかるように、低域から25kHzあたりまではなだらかに下がっていく一方、25kHzから96kHzに向かっては徐々にレベルが増えていくという不思議な特性だ。可聴範囲外の音ではあるが、各曲ともに、同様の特性となっていた。もしかして、今回のレコーディング機材による特徴かと思い、FELTでの収録曲でも同じ実験をしてみたが、結果は同様だった。

MP3(周波数軸Log表示)
DSD(周波数軸Log表示)
MP3(周波数軸リニア表示)
DSD(周波数軸リニア表示)
「なだらかな減衰特性(-3dB@50kHz)」を「なし」に設定

 いずれにせよMP3が20kHz程度まで音が出ているのに対し、DSDはずっと高い音が出ていることが確認できる。もっとも人間の耳の可聴範囲は20kHz程度といわれているので、単純に理論的に考えればMP3でも十分なように思える。

 試しに聴力テストのソフトを使って自分の耳をテストしてみたら、17.5kHzくらいが上限で、それ以上を聴くことができなかったので、なおさらのことだ。10代、20代といった世代の人と比較して高域が聴こえないことは間違いない。が、不思議なことに、そんな耳であってもそれぞれは違って聴こえる。多少コツなどはあるものの、打楽器系の音などに焦点を当てて聴いてみると明らかに音色も違って聴こえる。これは単にMP3の圧縮による違いかもしれないが……。


SSMSを使ってのDSD-WAV変換

 さらに、もうひとつ試してみたのが、SSMSを使ってのDSD-WAV変換。そのアルゴリズムでAudioGateと大きな違いがあれば、周波数特性としても現れてくるのではと思ったが、ほぼ同じという結果であった。

 このとき試しに、それぞれのWAVファイルをSoundForge Pro 10で開いて波形表示させて驚いたのが、その音圧だ。最近のCDなどは、とにかく目いっぱいに音圧を上げて作られているが、このDSDデータは見てのとおり、スカスカ。確かに音量が小さいなと感じていたが、その理由はここにあったのだ。最大のレベルも-6dB程度だから、ノーマライズ処理もされていないようで、本当に余裕を持ってレコーディング、ミックスされていた。それでも、これだけ音の細かいところまで表現できているのだから、あらためてDSDレコーディングのすごさを感じさせてくれる。
SSMSを使ってのDSD-WAV変換
(周波数軸Log表示)
SSMSを使ってのDSD-WAV変換
(周波数軸Log表示)
SoundForge Pro 10の波形表示



■ 1,000円で、これだけの音楽、そして音を楽しめる

 以上、DSD配信データを素材にいろいろと試してみたが、1,000円で、これだけの音楽、そして音を楽しめるのだからとても面白いと思う。個人的な要望として、ぜひKORGにお願いしたいのが、AudioGateの一般への開放だ。このソフト自体、ハードウェアの制約もなく普通にPCで使えるとても優秀なソフトだが、プロテクトがかかっているため、MR-2をはじめとするKORG MRシリーズが接続されていないと初回起動ができないようになっている。DSDの機材が極めて少ない中、DSDを普及させるためにも、手軽に使えるソフトは必須だろう。VAIOがDSDから撤退してしまった今だからこそ、その重要性は高まっている。フル機能でなくてもいいので、機能制限版のフリーウェア化を期待したい。

 なお、第2回目のPremium Studio Live「Premium Studio Live Vol.2」が2010年10月31日(日)に開催が決定した。出演者は原田郁子さんと高木正勝さんで、第1回目と同様に一口坂スタジオで行なわれる。チケットの申し込みなどはサンレコのサイトで受け付けている。



(2010年 9月 27日)

= 藤本健 =  リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto

[Text by 藤本健]