藤本健のDigital Audio Laboratory
第534回:「iTunes 11で音質が変わった?」を検証
第534回:「iTunes 11で音質が変わった?」を検証
Windows/Macで、3バージョンの再生音質を比較
(2013/1/7 13:37)
新年、明けましておめでとうございます。本年もDigital Audio Laboratoryをよろしくお願いいたします。さて、その新年一発目の記事として選んだのはMacとiTunesの音質の検証。何を今さら、という人も少なくないと思うが、先日2回にわたってWindowsの音の評価・検証を行なった際、多くの方から「Macも同様の検証を! 」という声をもらっていた。その一方、11月末にリリースされたiTunes 11についてTwitter上などで、気になる発言を多数目にしたというのも、今回取り上げる大きな理由。それは、「iTunes 11にアップデートしたら音質が変わった」という意見を散見したからだ。にわかには信じられないが、これだけ多くの声が上がっているのだから、何かあるのかもしれない……と検証してみることにした。
iTunes 11で音質が悪くなった?
筆者自身は、特にiTunesを常時活用しているというわけではないが、iPhoneやiPadなどと連携させる上で、どうしても必要になるため、ときどき使っている。だから、ちょっとアップデートした程度だと、何が変わったのかさえまったく気づかないのだが、iTunes 10からiTunes 11になったときには、さすがに驚いた。ユーザーインターフェイスが大きく変わったためだ。ネット上を見てみると、このユーザーインターフェイスの変化には賛否両論あるようだが、まあ慣れればどっちでもいいかな、と。
もっとも筆者自身、普段多く接しているのはWindows。だから、iTunes 11へのアップデートもWindows上で体験したのだ。もちろん、仕事柄Macも使うことは多いし、仕事机の上には2台のMacが常に置かれてはいるのだが、これらはできるだけ環境をいじらず、なるべく安定稼動するようにしているため、つい最近までOSもLionのままだったくらいだ。
しかし前述のとおり、Twitterを眺めている中で、iTunesの音質に関する言及がいくつも目に留まった。「高域がブーストされた感じで、音がキツイ」、「不自然な音になって、長時間聴くのはつらい」……といった内容のもので、著名人も含めいろいろな人が発言していたし、そうした内容のブログ記事も上がっていたようだった。
とりあえず、何の気なしにWindows上のiTunes 11で音を出して聴いてみたところ、従来のiTunes 10と比較して特に差は感じず、少なくとも高域がブーストされたというような印象はなかった。とはいえ、筆者自身の耳の性能なんてまったく当てにならないので、どこかのタイミングでしっかり検証しなくては……と思っていたのだ。
そんなことを筆者もTwitterでつぶやいたところ、即座に対応してくれたのが、Max/MSPのスペシャリストとしても知られる電子音楽家のKatsuhiro Chibaさん。「ちょうどうちも古いiTunesだったんで、soundflowerで標準出力をabletonにルーティングしてスペアナで見て、iTunesアップデートしてまた見て、ってやってみましたが特に変わりはなかったですね」とのお返事とともに、周波数分析をかけた画像を送ってくれたのだ。これはホワイトノイズをMacのiTunes 11で再生したものであるが、これを見る限り「高域をブーストした」というような状況は見受けられない。やはり気のせいだろうとの確信を強めつつも、やはり自分でも検証しようとは思ったのだ。
とはいえ、今回のiTunes 11の音質についての発言はWindowsユーザー、Macユーザー、双方いるようなので、それぞれの環境での検証が必要そうだ。となるとMacでもiTunes 10とiTunes 11の環境を用意し、そこでの実験をする必要がある。せっかくならOSもMountain Lionを導入してチェックしてみたい……なんて考えると、ある程度まとまった時間がないと実験できない。というわけで、この正月休みを利用し、環境を整えつつ実験に挑んだのである。
まず手元にあったMacの環境というのはMac OS X 10.7.5に、iTunes 10.6が入っているもの。これを完全な形で保存しておこうと空いているHDDにそのままバックアップを取り、ここから起動できる環境を用意した。そして、新しいOSであるMountain Lionは、ほかの影響を残さないように、まっさらにフォーマットしたHDDへ新規インストールする形で行なった。こちらはOSのアップデートをかけてMac OS X 10.8.2に。ただしiTunesはとりあえずインストールしたままの状態の10.6.3のままにしておいた。
ここからの実験手順は、以前Windowsの音質検証で行なった方法に準じることにした。iTunesで再生した音をそのままキャプチャして、比較するという方法だ。Windowsにおいては、出した音をそのままキャプチャすることが可能なオーディオインターフェイス、ローランドのQUAD-CAPUTREと、波形編集ソフトにはSONY Creative SoftwareのSoundForgeを使っていた。このうちQUAD-CAPUTREはそのままMacでも利用。一方、波形編集ソフトは、ちょうどこのタイミングでSoundForgeのMac版がリリースされたので、これを使ってみることにした。ちなみに、以前、Mac環境での波形編集ソフトにはBIASのPEAKというソフトを使っていたが、同社は昨年倒産してしまい、PEAKを引き継ぐ会社も現れなかった。そんな中でSoundForgeが登場したので、これに飛びついたわけだ。
Mac版のSoundForgeも、とても軽く使いやすいソフトではあったが、思い描いていた画面とはちょっと違うものだった。Windowsとまったく同じデザイン、同じ使い勝手を求めていたのだが、その点においては、ちょっと期待はずれではあった。同じ製品名ながら、現在においてはまったく別設計のソフトのようで、普段の使い慣れたユーザーインターフェイス、機能というわけにはいかなかった。とはいえ、今回の目的においては、なんら問題はなし。ドライバの設定をQUAD-CAPTUREのループバックに設定した上で、iTunesで再生した音を録音してみたのだ。
Mac/Windows環境で3バージョンの音質を比較
まず行なったのは、やはり従来環境であるMac OS X Lion + iTunes 10でのもの。さらにMountain Lion + iTunes 10でのキャプチャも行なった。そして、Mountain LionのiTunesをアップデート。以前、音質が話題になったときはiTunes 11.0.0だったが、すでに11.0.1になってしまったので、このバージョンで行なっている。
キャプチャ結果をMac版のSoundForgeでWAVファイルで保存。あえて、Mac上で比較をする必要はないし、手元に使い慣れたツールがあるわけではないので、そのWAVファイルをいったんWindowsへ持っていった上で、efu氏のWaveCompareを使ってビット比較をしてみたのだ。結論から言ってしまうと、予想通り、すべての結果がオリジナルと完全に一致した。いわゆるビットパーフェクトの実現である。
この結果を見る限り、「高域がブーストされた」とか「音が不自然」というのは、「気のせいである」と断言できそうだ。もちろん、ジッターの影響だとか、何らかの問題があった可能性もゼロではないが、アプリケーションソフトが変わっただけで、ドライバを含めハードウェアに影響を及ぼすことは理論的に考えにくい。ネット上の発言を見た上でのプラシーボ効果が働いたのでは……と思わざるを得ないというのが筆者の考えだ。それと同時に、Windowsのオーディオエンジンのような変なエフェクトはかからず、ストレートに音が出ていることも確認できたわけだ。
なお、「音質が変わった」という声の中には、アップデート後に実はイコライザの設定が変わっていたというものもあった。筆者はデフォルトのまま使用しており、特に変更していないが、気になった人は、イコライザの設定を再確認することもおすすめしておく。
ただし1点、ここに検証できていない問題がある。それはiTunes 11.0.0で問題があったけれど11.0.1になった時点でそこが修正されたのではないか…ということだ。Appleのアップデートに関するコメントにおいては、そうした言及はまったくなかったが、これについては手元に11.0.0がないので、検証のしようがない。そこで、この違いはWindowsでチェックしてみることにした。
ご存知のとおり、iTunesはAppleのWebサイトからインストーラをダウンロードして使うようになっている。実は、筆者はWindows版のダウンロードしたiTunesのインストーラを時々バージョン番号をつけた上で保存しているのだ。妙な収集癖という感じがしないでもないが、いまHDDの中を見ると2005年の4.9というものから、28個ほどとってあった。結局、これまで古いバージョンをインストールしたことなどなかったのだが、今回初めて役に立った。昨年6月にダウンロードしたiTunes 10.6.1.7というものが保存してあり、iTunes 11.0.0がリリースされたときにも保存しておいたので、現在の11.0.1を含め3つのバージョンで試すことができたのだ。
なお、Windows版においては、例のWindows側のオーディオエンジンによるコンプレッサがかかってしまうという問題がある。そのため、そもそもオリジナルとのビットパーフェクトの実現自体が不可能なのだが、それぞれを比較してみた。
結果的にいえば、Windowsのオーディオエンジンの問題なのだろう、各バージョンにおいて違いが出てしまった。実は今回気づいたのは、同じバージョンを複数回試しても毎回違いがでてしまう不安定さなのだ。といっても、それほど心配するほどのこともない。まあ、それがWindowsのオーディオエンジン。3つのiTunesのバージョンの差分を比較してみると16bitオーディオの最下位ビットあたりがフラフラ動いていた、という程度の違いだったのだ。まあ、その程度のことで、音にそれほどの影響があるとは思えないし、高域がブーストされているといった事実は明らかに存在しない。もちろん、そんな差分が生じるような問題はないに越したことはないのだが、Windowsのオーディオエンジンを利用する限りは、こうした問題はどうしても出てくる。しかも例のリミッターの問題もあるので、いい音で聴きたいのであれば、現状においてはiTunesやWindows Media Playerなどは避けるのが無難といわざるをえない。せっかくMicrosoftがWASAPI排他モードというものを用意したのだから、せめてWindows Media Playerがそれに対応してくれるといいのだが……。と、また話が脱線してしまったので元に戻そう。
iTunesの3つのバージョンを比較したところ、違いはやはり最下位ビットの揺れ程度であり、音質的な変化は一切見受けられなかった。
以上の結果から言えることは、MacにおいてもWindowsにおいても、iTunes 10とiTunes 11において音質的な差は生じない、ということ。もちろんユーザーインターフェイスの好き嫌いはあるだろうから、そのためにiTunes 11へのアップデートをやめる、という選択肢はあると思う。その一方で、音質が心配でアップデートしないというのは見当違いな選択だと断言する。もしかしたら、Mac版のiTunes 11.0.0には問題があったのかもしれないが、11.0.1にアップデートした現在において、その心配はない。
あとはぜひ、AppleにiTunesのWindows版のWASAPI排他モードへの対応を願いたいところだ。