藤本健のDigital Audio Laboratory

第665回:今さら聞けない「音圧」の基本。上げると音はどう変わる?

第665回:今さら聞けない「音圧」の基本。上げると音はどう変わる?

 音楽、オーディオにおいて重要なキーワードの一つ「音圧」。さまざまなところで登場する用語だけど、具体的にどういうことなのかと言われると、よく分からないという人も多いはず。そこで、ここではできるだけ難しい話を抜きに、実際に音圧とはどういう意味で、これを上げるとどんなことが起こるのかということを、PC上での波形を見るととともに、そこで作られた音を聴きながら、基本的なことについて見ていきたいと思う。

「音圧」と「ボリューム」はどう違う?

 CDなどの音楽制作においては、よく“音圧戦争”なんてことを言われているし、「現代のサウンドにするために、音圧を上げたマスタリングを行なった」なんて話が出てくる。こうした話を聞くと感覚的には、「あぁ、大きい音にしてるんだよね」ということは分かると思うし、実際にその通り。でも、「音圧が大きい」ということと「ボリュームが大きい」にはどんな違いがあるか、と聞かれるとはっきりと答えられない人もいるだろう。

 そもそも音圧とは文字通り、音の圧力であり、気圧などと同様に単位はパスカル(Pa)で表される。ただ音楽やオーディオの世界においては、人間が聴こえる最小の音圧に対して、どれだけ大きいかをデシベル(dB)で表す音圧レベルのことを、音圧と呼んでいる。でもデシベルなんて言葉が出てくると、その時点で拒否反応を示す人も多いと思うし、かといってデシベルの意味を解説していくと、それだけで終わってしまいそうなので、ここでは、理論的なことや、学術的なことはほとんど無視して、波形と音だけを見ながら考えていくことにする。

 ではさっそくだが、以下の波形を見て、音を聴いてもらいたい。単純なドラムとベースのサウンドだが、見た目にも小さい波形だし、音も小さいことが分かるはずだ。

元の音源となるサンプル
音声サンプル
Audio1audio1.wav(2MB)

 実際の音量は手元のアンプなどで調整できるはずだが、普段音楽を聴いているボリューム設定で聴くと音が小さいのが分かるだろう。この画面はDAW(音楽制作ツール)の「Cubase」で見ているが、どのソフトを使ってもほぼこれと同様の画面で波形を確認することが可能だ。このCubase上で少しボリュームを上げてみると、波形がちょっと太った感じになり、音量も大きくなる。

Cubase上でボリュームを上げたところ
音声サンプル
audio2audio2.wav(2MB)

 ここではゲイン調整=ボリューム調整で+12.0dBという処理をしたのだが、簡単にいえば音量を4倍にしているのだ。全体を満遍なく4倍にしているから、波形の形状は維持しつつ4倍の音量に増幅されているわけだ。でも、これを見る限り、まだまだ大きくする余地はありそうだが、どこまで大きくしていいのかというと、この波形における最大値が0dBに合うようにする。つまりデジタル的に許容される最大のところと波形の最大のところを合わせるのだ。それが、以下のものである。

ゲインを+12dBに調整
波形の最大値が0dBに合うようにする
音声サンプル
audio3audio3.wav(2MB)

 波形は先ほどのものよりさらに太ったし、音量も明らかに大きくなった。このように小さい音量の音を最大のところまで持ってくる処理のことを一般にノーマライズと呼んでおり、DAWでも波形編集ソフトでも何にでも搭載されている基本的機能。ここまでの過程は単純にボリュームを上げただけの話なので、音に歪はないし、音色的な変化も何もない。「もっと大きくできそうだけど……」と思うかもしれないが、よく見ると4小節目の右チャンネル(下側の波形)を見ると、下ギリギリまで波形が飛び出しており、限界にあることがわかる。画面を拡大してみれば、それがハッキリと分かるはずだ。

ノーマライズを行なう
波形を拡大すると限界であるのが分かる
さらに拡大したところ

音量や音圧を上げるだけではデメリットも?

 では、この限界値を超えてさらに音量を上げるとどうなるのか……。デジタルオーディオでは、その仕組み上、0dBを超えて大きくできないため音がここでクリップ(割れて)してしまう。試しに、先ほどのノーマライズした波形をさらに音量を上げてみるとどうなるだろう? 拡大した波形を見ていると、先端がつぶれてしまっている状況にあるのが分かるだろう。これはすでにエラー状態にあるデータということであり、基本的には再生してはいけないデータとなる。まあ、ちょっとやそっとで、ハードウェアが壊れるということはないけれど、壊れる可能性もある危険なデータといえる状態だから、こういう処理をしてはいけないのだ。

限界を超えて音量を上げると、波形の先端がつぶれてしまった

 さて、ここで出てくるのが、今回のテーマである音圧。最初の小さい音と、ノーマライズした音を比べれば、ボリュームが上がっているので、音圧も上がっている。ボリューム的にはこれ以上は上げられないが、音圧を上げることは可能なのだ。とりあえず仕組みは置いておいて、コンプレッサというものを利用して処理したのが以下のものだ。

コンプレッサの画面
コンプレッサをかけたサンプル
音声サンプル
audio4audio4.wav(2MB)

 さらに波形が太っているし、音を聴いてみるとさっきより大きく聴こえるはずだ。最大音量自体は変わっていないけれど、全体の波形が太ってくると、音も大きく聴こえるこのことこそが、音圧を上げる効果なのだ。このコンプレッサでの処理を簡単に解説すると、まず元々の波形の中で大きく飛び出している部分を叩いて潰し、それから引き延ばしているのだ。もう少し正確にいうと、あるしきい値(スレッショルドと呼ぶ)を超えた音を、ある一定の倍率(1倍以下であり、これをレシオと呼ぶ)で掛け算することで下げる。その後にノーマライズをかけたのが先ほどの処理だ。

 でも、「まだまだ音圧が足りないよ」という人もいるはずだ。そこで、先ほどのコンプレッサをさらに極端にかけてみたのが、下のサンプルだ。

コンプレッサを極端にかけてみた
音声サンプル
audio5audio5.wav(2MB)

 波形はもっと太り、聴いてみてもより大きくなっていると感じられるはずだ。これがコンプレッサの威力というものなのだ。ここまでのことからも分かるとおり、瞬間的にも0dB以上を出さない、連続で0dBが続くクリップ現象を起こさないというルールを守りながら波形を太らせていくこと、これが音圧を上げるという処理なのだ。

 このようにコンプレッサをかけることで、瞬間的に大きいレベルになっていたところを潰し、全体を持ち上げることによって、聴こえにくかった小さな音を聴きとりやすくし、よりインパクトのある音にできるのが大きなメリットだ。また、このサンプルのサウンドを聴いてみると、コンプレッサをかけたことによって、たとえばキックドラムの音の雰囲気がグッと変化してくることも感じるはずだ。より乾いたタイトな音になっているが、波形を潰すことで各楽器の音の聴こえ方を変えるのもコンプレッサの一つの役割となっている。

 でも最近の音圧戦争などと言われている世界は、このコンプレッサをかけるだけに留まらない。マキシマイザーというシステムがあるので、これを用いて大きく音圧を上げることができる。実際にCubase標準のMaxmizerと、それを試してみたのが以下の波形と音だ。

Maxmizer
Maxmizerを使って音圧を上げたところ
音声サンプル
audio6audio6.wav(2MB)

 コンプレッサの場合と比較してもかなり太ったように見えるし、音を出すとさらに大きくなっているのが感じられる。一方で、最初の波形から見るとずいぶん違った形になっていているのも分かるだろう。これがマキシマイザーの効果なのだが、何をやっているのか。実は波形全体をまず細かく分割をする。この分割はゼロクロスポイントといって、瞬間的に音量が0になるところを見つけて、ブチブチと切っていき、その分割したそれぞれの素材に対してノーマライズをかけるということを行なっているのだ。そのため、もともと大きい音も、本来は小さくあるべき音も全部揃って大きくなってしまうため、音楽的なバランスが崩れるという弊害はある。それでも音圧を優先し、より迫力ある音にしようという事象を音圧戦争などと呼んでいるのだ。

 もちろんマキシマイザーにも、いろいろなパラメータがあるので、そうしたものを上手く使うことで、音楽性を残しつつ、音圧を上げることは可能なのだが、昨今のCDのマスタリングなどを見るととにかく波形が極端なまでに太り、上下にへばりついたものになっているものが多い。そのため、迫力はあるけれど、メリハリがなくなってしまうのは仕方ないところかもしれない。

 このようなコンプレッサ、マキシマイザを利用した音圧調整は、通常はマスタリングエンジニアと呼ばれる職種の人たちが行なうが、DTM系ツールの普及により、すでにある素材を手元でリマスタリングするということも可能になってきてる。先ほどのCubaseのようなDAWにある機能を用いるのもいいし、さらにプラグインを追加して利用するという手もある。最近ではレバー一つで、ガツンと音圧を上げる国産のツールDeeMaxというものも登場し、話題を集めていたが、これを使って音圧を上げてみたのが以下のサンプル。TURBOボタンを押すとともに、レベルを大きく上げて、あえてアナログ風のサチュレーションをかけた歪ませた音にしているので、雰囲気の違いがよく出ているはずだ。

DeeMax
DeeMaxで音圧を上げたサンプルの波形
音声サンプル
audio7audio7.wav(2MB)

 そのほかにも、iPadでマスタリングが行なえるPositive GridやLurssen Mastering Consoleといったツールも出てきており、手軽に利用できるようになってきている。

 もちろん、ただ単に音圧を上げればいい、というものではないけれど、こうしたツールを活用して、昔の音源などを自分好みの音圧に調整してみるというのも面白いのではないだろうか?

iPadでマスタリングが行なえるPositive Grid
Lurssen Mastering Console

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。EPUBマガジン「MAGon」で、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Journal」を配信中。Twitterは@kenfujimoto